エリア2「エイリアン・アブダクション」
宇宙人の円盤を模したようなUFO型のハット。
その下から、
ガラス玉のような瞳がぱっと輝いた。
「いいですかっ!
よく、聞くのですよっ!」
その威勢とは裏腹に、
いかにも小動物じみた所作で……。
江藤マイヤは、
ミコネとセラを上目づかいで見上げた。
「(か、かわいい~っ!)」
と、ミコネは口元を抑える。
虹彩の奥は星屑を溶かしたようにきらめき、
まるで夜空を閉じ込めた望遠鏡のようで。
髪は、ほんのりと光を透かす薄桃色。
服装は黒いフリルが波打つピンクのドレス、
胸元にはハートの刺繍の上にリボンが結ばれている。
小柄なミコネよりも更に小さいその少女は、
まるで、球体関節でポージングする西洋人形に見えた。
江藤マイヤ――
UFO研究家の少女は、ミコネとセラに言う。
「この聖地に邪悪な念を持ち込む者は、
交信の邪魔なのです。
ゲット・アウトっ!でノープっ!なのです!」
「え、えーと……」
ミコネは隣のセラを見た。
「セラ先輩ッ!
マイヤちゃん、何を言っているんでしょうかッ!?」
「出てけ、って言ってんじゃない?
何よ……アンタ、この牧場の人なのかしら」
ズイッ、とセラが前に出る。
緑髪のツインテールを手でいじりながら、セラが一歩踏み込むと――セラの大きな胸が前のめりにせり出し、影となって、マイヤに威圧感を与える形になった。
元より、つり目気味のセラ。
見下ろす形になると、更に、人相が悪く見える。
「アンタさァ、何の権限があって……
このアタシに指図してんのよ?」
「ひ、ひえぇっ……!」
「あのっ、聖地というのはですねッ!」
マイヤを庇うように、ミコネが間に入った。
「このウワサの出どころは、マイヤちゃんが自身のSNSで投稿した写真なんですッ! 見てください、この空の部分をッ!」
「ああん……?」
ミコネが見せた写真は、
Twitter(現X)に投稿されたものだった。
雲一つない高原の青空に、一点の墨が落ちている。
これが航空機なら、あまりに奇妙なこと。
翼もなく、尾翼もなく、
つばが両側にある帽子のような――
円盤が、空を飛んでいた。
陽の光を吸い込むように、夜の欠片がへばりついてる。
空の下、
なだらかな草地に点々と散らばる牛たちは、
頭上の影など気にも留めていないように見えた。
日常と非日常――
その境界のあわいに浮かぶのは、円盤型飛行物体。
「へェ……UFO写真、ってこと?」
「はいッ! マイヤちゃんはフォロワー数400万人超えのUFOインフルエンサーなんです。それで、最近、この牧場で撮った写真がめちゃくちゃバズったんですよッ!」
「フォロワー400万って、すごいの?
あんまりSNSやってないから、ピンとこないわ」
「そうですね……
大体、ちいかわのナガノ先生と同じぐらいですッ!」
「はァ!? ちいかわと同じですってェ!?
何よぅ、アンタ、めっちゃ、すごいじゃないっ!?」
セラが驚くと、
「ボクはすごいのですっ!」
と、マイヤは小さな胸を張った。
「ちょっとは見直したわ。で、ウワサの出どころがUFO写真って……つまり、エイリアン・アブダクションが起きてるってことよね?」
ミコネが首をかしげる。
「エイリアン・アブダクションって?」
「異星人による誘拐事件のことよ。人間をターゲットにする場合が多いけど、牛のような家畜を対象とすることもあるわ」
「それって、キャトルミューティレーションじゃないんですか?」
ミコネが言うと、マイヤが叫ぶ。
「ノープッ!
きゃとるみゅーてぃれーしょんっ!」
マイヤは手で大きく「バツ」を作った。
ポシェットからスマホを取り出し、過去の記録を見せる。
「キャトルミューティレーションとは、エイリアンによる家畜の虐待行為を指すのですッ! 目や耳、乳房をくり抜いたり、全身の血液を抜いたりするのですッ!」
「全身の血を抜くんですかッ!?」
セラは「家畜の血を抜くのは、エイリアンとは限らないけどね」と言う。
「たとえば、南米のUMA(未確認生命体)であるチュパカブラは、放牧されているヤギの血液を吸い尽くして殺すとされているわ。吸い尽くし系男子ってことかしら。いや、オスとは限らないわね……」
セラはスマホを開き、自身のデータベース――
”セラの大図書館”を呼び出す。
「有名なUFO事例としては、1973年から1974年にかけて、アメリカの中西部で報告された事件があるわ。謎の人物がヘリコプター状の飛行物体に乗り、空から牛を撃ち殺す事件が連続で発生し――更には、実際に犯人が牧場に着陸して、残忍な方法で牛を殺して回った。オハイオ州デイトンの警察では、八十件以上の通報を受けたと言われてる。被害はノースダゴタ、ミネソタ、ミシシッピーにも拡大し……こういったUFOに関する通報には、決まって”牛を攻撃する”という事例が確認されていたのよ」
ミコネはセラの言葉に驚いた。
「UFOって、そんなに牛を殺してたんだッ!?」
「そうわよ。とはいえ、今回の牧場の事件では遺体は見つかってないんでしょ? だったら、殺戮ではなく誘拐――エイリアン・アブダクションの事例になるわね」
ミコネはうなずく。
「はいッ! 実はこの写真がバズったのも、UFO写真と同時期に牛が行方不明になっているウワサが流れたからなんですッ! 誘拐犯の正体見たり、って。そうですよねッ、マイヤちゃんッ!?」
ミコネが話を向けると――
先ほどまで元気に話していたマイヤは、
見るからに調子を落とした。
「そ、そう……なの……ですよ」
「マイヤちゃん?」
マイヤは帽子を目深にかぶり、
目元を隠した。
「ああーーッ! あっちの方から交信の気配がするのです! ここは、一旦、失礼するのでしてっ!」
「えっ、マイヤちゃん、待って!」
急に逃げようとするマイヤを、
セラが腕を伸ばしてつかまえた。
「……待ちなさいよ、アンタ」
マイヤは泣きそうな声で言う。
「な、なんなのですかぁ?」
「アタシ、UFO写真には昔から目がなくってさァ。
ここが聖地って言うなら、そう――」
セラは、マイヤの手にしたスマホに目を落とす。
円盤のフィギュアのストラップが揺れていた。
「ここで、一枚……撮ってみてくんない?」




