第一フェイズ「劇本殺」
「(……お腹、すいた)」
時間の感覚がわからない。
VRゴーグルの画面は真っ暗になっている。
ゴーグルを外すことも許されず、
椅子から立ち上がることも許されず、
玄野ミコネは何も見えない場所で放置されていた。
と、突然――
視界に、鮮やかな色が戻る。
赤さび色に染まった廃墟の駅。
CGで再現された『さぎり駅』が、
VRゴーグルが描画する水平視界に出現した。
駅のホームには二つの椅子があった。
いや、ミコネ自身の座る椅子を含めれば三つか。
椅子の一つにいるのは、すらっとした印象の青年。
ここに来る前に動画やSNSで見たことがある――
怪談系配信者の羽住イサキだ。
椅子から立ち上がり、イサキは叫んだ。
「お、おい……。何が目的なんだよ。
オレが何したって言うんだよぉ!」
もう一つの椅子には、濃いメイクをした少女。
ウェーブのかかった茶髪の、ギャル系の女の子だ。
「……テメェ。
ウチにこんなことして、ただで済むと思うなよ?
あァ!? 出て来いよ、キチガイ女!」
少女の乱暴な口調に、ミコネはドキリとする。
「(うわっ、怖い人っ!)」
ミコネが口を挟めずにいると、
三人がいる空間に甲高い声が響いた。
「あらあら。元気がよろしいことで。言っておきますけど、わたくしはボタン一つで、いつでも貴方たちの頭に電流を流すことができるんですのよ――こんな風に」
バン、と軽い音が響く。
その瞬間に、茶髪の少女が頭を抑えてうずくまった。
「ぐあああっ!!!」
まさか――電流を、流した?
「ひいい!」とイサキが怯えた声を出した。
一つ、わかったことがある。
ミコネの頭部にはVRゴーグルが装着されていて、スピーカーが耳を覆っているらしい――電流を流された少女の声や、怯えるイサキの声はスピーカーから鳴っている。
ただし、それとは別に……
スピーカーの外からも、同じ声が聞こえた。
「(つまり、現実のあたし達も、同じ部屋にいるんだッ!)」
ミコネは何もない空間に呼びかける。
犯人を探るために――。
いや、それ以上に、目の前で起きた凶行を止めるために。
「やめてッ! ひどいことをしないで。
そんなことしたら、死んじゃうよッ!」
――犯人も、同じ部屋にいるのかもしれない、と考える。
ゴーグルに覆われて、視界の全てが見えない。
まるで目隠しをされてるみたいに。
だからこそ、ミコネは耳に集中した。
果たして、犯人と思われる声が響く――
頭上から。
「ご挨拶が遅れましたわね――
自己紹介しましょう」
上を見上げると、赤茶色に染まった不気味な空に、
黄金色に輝く光の玉が現れた。
玉はゆっくりと地面に落ちると、花開く。
金色に輝く、九本の光――それは、尻尾だった。
白無垢の衣装を着た、艶やかな少女が姿を現す。
頭には狐を模した二本の耳。
雪の如くに白い肌。
背後には後光のように、九本の尻尾がうねっていた。
黄金なる狐娘――
紅が引かれた唇を吊り上げて、異形の少女は言う。
「八雲サギリ、と言います。
皆様をマーダーミステリーの世界に案内する――
今回のゲームマスターを務める者ですわ」
「八雲、サギリ……!?」
サギリの姿は、まるで美少女ソーシャルゲームのSRキャラのような現実離れした姿であり――ここが現実ではない、VRの世界だということを思い知らされる。
何よりも、声の位置だ。
「(サギリの声は、頭上から地面へと位置を変えてたけど……スピーカーからしか声がしなかった。たぶん、これは立体音響みたいなシステムを利用して、位置が変わってるように見せるやつ!)」
現実にミコネがいる部屋には、サギリはいない可能性が高い。
一体、サギリの目的は――?
ミコネはサギリが口にした言葉について質問した。
「……マーダーミステリー、って?」
「本場の中国では劇本殺と呼ぶ、
トークゲームの一種ですわ。ご存じでなくて?」
サギリが言うと、横のイサキが口を挟む。
「マーダーミステリーって、マダミスのことだろ?それなら、オレも遊んだことあるよ。……人狼みたいな感じで、プレイヤーの中にいる犯人を見つけるゲームだよな」
電流で苦しんでいた少女は「ちっ」と舌打ちした。
「あァ……? じゃあ、ウチらにゲームをしろって言うのか?
わざわざ誘拐みたいな真似まで、しておいてよォ」
八雲サギリは豪奢な扇子を取り出すと、
口元に当てて「おほほほ」と嫌味に笑った。
「ええ、ええ。
ですが、ただのマダミスではありませんわよ」
サギリが扇子を振るう――
すると、『さぎり駅』のホームが鳴動した。
現れたのは――人の、死体。
「マーダーミステリーゲーム、『さぎり駅』。
このゲームの敗者は現実でも死を迎えるのよ。
仮想現実に死というペナルティを持ち込む――
それによって、ゲームは本物の体験となるッ!」




