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怪異撃滅クラブ  作者: 秋野てくと
番外編「天狗の爪」
17/46

どこの山にもデカい鮫はいる(後編)

ミコネが「天狗の爪」を持ってきた、翌日のこと。


放課後の怪異撃滅クラブ――


マツリの交渉が上手くいき、

即日でクーラーは調子を取り戻した。


「涼しいねー、マツリちゃんッ!」


「涼しいでゴザルー。

 あのままだったら、人死にが出てたとこでゴザルよっ」


外は相変わらず、うだるような暑さであるが、

なんとか怪異撃滅クラブは平穏を取り戻した。


と、言いたいところだが。


部室の片隅では剣呑な空気がただよっていた。

目を三角にしたヨミが、セラをじーっと見ている。


「な、何よぅ……」


「セラ」


「あのねぇ、だから呼び捨て禁止って」


「セラ……許さない」


とことことこ、とヨミはミコネに隣に歩いていく。

ミコネは不思議に思って、問いかけた。


「ヨミちゃん?」


「ミコネ……セラの妄言を聞いちゃ、ダメ」


ぐらり――と、倒れかかるようにヨミは体重を預けた。

細い腕が背中に回り込み、ヨミは探るようにぎゅっ、とミコネを引き寄せる。想像よりもずっと軽い、紙で折った人形のような身体――骨ばった肩口と薄い胸板が、制服越しにミコネに密着する。


「ひゃっ……ど、どうしたの?」


柔らかな銀髪が鼻先をくすぐるくらいに近づく。

ふぅ、と吐息混じりの声がかかった。


「天狗なんていない……ミコネはすぐに騙される」


「えーっ!? そうなんだッ!?

 じゃあ、マツリちゃんも天狗じゃないの!?」


マツリは「そうだ、そうだ」と言っている。


「当然でゴザル! 拙者は天狗ではなく、忍者なので。

 ヨミ殿、拙者の無念を晴らしてほしいでゴザル!」


「マツリはまぁ……天狗かも。

 今回は置いておく、ね。

 話が……ややこしくなるから」


「ご無体なっ!」


ミコネは、たじたじと言った。


「ところで、ヨミちゃん。

 ……どうして、こんなに近いの!?」


鼻と鼻がぶつかりそうな距離。

肋骨を介して届く、心臓の鼓動。

ミコネに密着したヨミは、銀糸の長いまつ毛を上げた。


「……クーラーが直ったけど。

 逆にちょっと寒い、かも」


ヨミの肌はひんやりと冷たい。

そこに触れると、ほんのりと白い肌に朱が差す。


なるほど、とミコネは納得した。


「そ、そうなんだ。

 あたしで良かったら、あったまってね……!」


「ん……」


二人の様子を見ていたセラが、リモコンを取り出す。


「なァんだ、エアコンが効きすぎてたのね。

 それならそうと言いなさいよ。

 温度だったら、いつでも上げるからさァ」


「セラ……ッ!」


「な、何よぅ。その目つき、怖いからやめてよ……」



何故かミコネと密着したまま――

ヨミの怪異撃滅ディセクトが始まった。



天狗の爪の正体について。


()()()()()()――

 あるいは、()()()()()、かも」


いきなり、怪獣の名前のような言葉を口にするヨミ。


「ヨミちゃん、それって?」


「サメの一種。天狗の爪、と呼ばれていたものの正体は――サメの歯の化石」


「サメの、歯ッ!?」


言われてみれば、天狗の爪は――

半透明の光沢といい、形といい、

爪というよりは歯……に見えなくもない。


「サメの歯って、こんなに大きいんだッ!」


「今は現存していない、古代サメだから。

 大きさも、デカくなる……のかも」


ヨミの言葉を継いで、セラが補足する。


「日本では明治時代になるまで、本格的な古生物学ペイリアントロジーが根付いていなかったのよ。今日こんにちで言う化石が、古代生物の痕跡であることも知られていなかったぐらいにね。たとえば、江戸時代に記された木内石亭の『雲根志』にも“天狗の爪石”として記録があるくらいよ」


「えーっ!? セラ先輩、知ってたんですか!?」


「もちろん。たださァ、アンタが何でも信じるもんだから、可愛くなっちゃってェ……ごめんね♪」


「ひどいですー、セラ先輩ッ!」


あれ――と、ミコネは疑問を抱いた。


「でも、たしか天狗って山に住む妖怪ですよね? サメが生息するのは海辺だし、流石に海辺で見つかったら天狗だとは思われないんじゃ?」


「天狗が山に住むとは限らないわよ。たとえば東京の高尾山なんかは有名な天狗の聖地だけど、川に住む”川天狗”という妖怪もいるし、天狗とはそもそもが”あまきつね”――天空を走るイヌだったという、中国の伝承が元になってる妖怪ですもの。陸・海・空、天狗なんて何処にでもいるわ……けど、ね」


セラは、ヨミに目配せする。

ヨミは撃滅を引き継いだ。


「天狗の爪が発見されるのは、多くの場合は山。それは――その山が、かつては海だったから」


「海が、山ッ!?」


「かつて海だった場所は、何千年もかけて隆起して、山になる。そういった場所には、巨大な古代サメの歯石が見つかる。つまり……どこの山にも、デカいさめはいる」


サメが海を泳ぐと、誰が決めたのだろう?

天狗の爪――

大昔の人は、山で見つかった不可解な痕跡に、

恐るべき怪異の影を見たのかもしれない。



怪異模倣案件モキュメント――

撃滅完了ディセクト



「セラ。ミコネの可愛さは認めるけど……今度、ふざけたことを吹き込んだら、セラにひどいことをする……かも」


「ひ、ひどいことって何よ!?」


「無視する」


「えっ――」


「無視する……セラを。三日間……ぐらい」


「や、やめてェーーー!」


ヨミとセラが騒いでいるのを見て、ミコネはほほ笑んだ。


「(ヨミちゃんとセラ先輩。なんだかんだ、仲が良いなぁ)」


ひょい、っとマツリが桐箱の中を覗き込んで言う。


「ところで、ミコネ殿。拙者、昔、師父に聞いたことがあるのでゴザルが――天狗の爪は、お守りになるそうでゴザルよ?」


「そうなのッ!?」


セラが補足する。


「そうねぇ。ヨーロッパでも、サメの歯の化石は“グロッソペトラ(石の舌)”と呼んで、縁起物ラッキー・チャームにしてたらしいわよ? せっかくだし、大事にしときなさいな」


「はい……!」


ヨミが首を丸めながら、問いかけた。


「実家で見つかったってことは……母親の?」


「そうだね。お母さんの……形見、かな」



ミコネは、手元にある「天狗の爪」を見つめた。

ヨミがぎゅっ、とミコネを抱きしめる力を強くする。



「きっと、ミコネを守ってくれる、かも」


「……うん。大切にするね、ヨミちゃん!」




番外編【天狗の爪】――了

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