第4話 誕生日
今日もグイグイ押します!!
「『バイト行った後の汗まみれじゃ、レッスンでみっともねえから!銭湯寄ってから行く』って言ったら美穂子のヤツ、あっさり信じやがった。お前どうして分かったんだ?」
ネオンの瞬きが窓に映る安ホテル。
寝物語に問う勝二の顔にカオリはタバコの煙を吹き掛ける。
「オンナはね!惚れたオトコの言葉を信じたがるもんなのよ」
「お前もそうか?」
「ああ、散々信じたね!今は違うけど……」
「じゃあ、オレの事も信じないのか?」
「アンタは別!歌っている時のアンタはホントにカッコいいし……今、私の胸に甘えているアンタは可愛い」
「母性本能くすぐるか?」
「そうね」
「じゃあ、オレ!明日も頑張ってバイトするからよぉ~」
「明日はダメだよ」
「なぜ?」
「あさってはカノジョの誕生日だろ? バイト代でケーキでも買ってやんなよ」
「そんな事したら却って疑うぜ!」
「バカだねえ~アンタの腰が抜けるまでご奉仕もしてやんな」
そう言ってカオリは勝二のオシリをピシャリ!と叩く。
「さ!もうおしまいだよ!」
「ええ~!! オレはお前がいいのによぉ~」
「もっと私と寝たい?」
「ああ!!」
「じゃあ、カノジョの居ない昼間にアンタの部屋でシようよ!アタシも最近“オトコ”が怪しんでるからさ……夜はあんまり抜けられないんだ!アンタだって“簀巻き”にされるのはごめんだろ?! アタシはビニールシートの上でも床の上でもいいからさ」
「じゃあ、さっそく明日……」
「だから明日はダメだって!! 明日は精一杯カノジョを可愛がって安心させてやんな!」
「だってよぉ~アイツはお前とじゃ“月とスッポン”なんだぜ……」
いじけながら甘えて来る勝二にカオリはため息をついて胸を開いた。
「仕方ないねえ~来な!」
◇◇◇◇◇◇
遅い時間の……美穂子の会社の更衣室。
保子と美穂子は二人きりで帰り支度をしている。
保子が慌ただしく事務服のブラウスを脱ぐと金のネックレスがキラリ!と光る。
「わあ!素敵ですね!」
「ふふ、ありがとう 亮一さん……婚約者とね、二人で婚約指輪を選びに行った時、カレが『会社では婚約指輪を身に着けられないんなら、せめてこれを身に着けて欲しい』って買ってくれたの」
「本当に保子センパイの事を愛してらっしゃるんですね!いいなあ~」
「そう言えば美穂子ちゃんはアクセサリー着けないのね」
「ええ、自分だと、どれを選んでいいか分からないし、プレゼントしてくれる人も居ないし……」
「ホントかなぁ~明日、誕生日なんでしょ?」
「誕生日だって何も無いですよ~だいたいウチは兄がウルサイし……」
「じゃあ、その“ウルサイお兄さん”へ銀のアクセサリーをおねだりしたら!『幸せの銀のアクセサリー』を!」
「それって二十歳前じゃなきゃいけないんでしょ?私、もう二十二歳になるんですもの……」
「そんな事無いわよ! 私だって兄から銀のペンダントを貰ったのは二十一の時なんだから」
「それは初耳です!」
「こんな気恥ずかしい話は……美穂子ちゃんくらいにしかできないわ」
◇◇◇◇◇◇
時間は戻って昼下がりの嶋本の会社。
電話が鳴り女子社員が声を掛ける。
「嶋本主任! 等々力様からお電話です!」
嶋本が手を挙げると目の前の電話が鳴り、受話器を取る。
「お待たせしました、孝平です…… …… …… やはりそう言う事ですか…… ええ、僕の意志に変わりはありません。男として断固!彼女を救い出します!」
意を決した鋭い目つきのまま、電話を切った嶋本は猛然と仕事をこなしていった。
◇◇◇◇◇◇
商店街の質屋の前で美穂子は足を止めた。
ウィンドウには質流れ品が色々と展示されていて、その中には指輪やネックレスもある。
「銀のネックレスってこのくらいのお値段なのね。でも……」
美穂子の頭には額に汗して鶴嘴を振るう勝二の姿が浮かぶ。
『慣れない力仕事をしたその体で勝二さんは歌のレッスンへ通ってるんだわ……アクセサリーを買うどころか、逆の話………』
ここまで考えた所で美穂子はいきなり腕を引っ張られた。
「嶋本さん!どうして……」
「あなたにご馳走したい物があるんです!付き合って下さい!」
嶋本が有無を言わさず美穂子を引っ張っていたのは老舗の喫茶店だった。
ブナの木作りの上質なソファーに美穂子を座らせると嶋本はようやくその手を放した。
「ここのマスターは私のコーヒーの師匠なんですよ。だから私がお出しできないコーヒーをあなたに味わって欲しいのです。」
「それはいったい?」
「ウィンナーコーヒーです」
「ウィンナー?!」
「来ればわかりますよ」と嶋本はウィンクし、しばしの後、泡立てされた生クリームで蓋をされたウィンナーコーヒーが運ばれて来た。
「これがウィンナーコーヒーなんですね!私、てっきり……」
「ははは、誰でも一度はやる勘違いですよ。私もそうでした。」
「どうやっていただくのかしら?」
「それはどうとでも……私はまずは、かき混ぜずにそのまま飲んで、最初にクリームのまろやかさを味わい、その後にコーヒーの苦味が口に広がる感覚を楽しんでいます。でもスプーンを使って、クリームを掬って食べる様な感覚で召し上がるのも、よりクリームの甘さが感じられていいですよ」
嶋本の勧めに副ってクリームを掬った美穂子はその味わいに微笑んだ。
「ようやく笑顔になりましたね」
「えっ?!」
「若い娘さんが質屋の前に立っていてはいけません。しかもあんな顔で……」
「見られてしまいましたね……」
「スミマセン。でもお兄さんの事でお困りなら私がご用立ていたします。」
「でも……」
「私がなぜ自分のギターをお兄さんに提供したかお分かりですか?」
「それは……オーディションに受かる様にと……」
「そうです!でもそれだけではありません!私には夢があるのです! 私がアメリカから持ち帰ったあのギターを使ってお兄さんが武道館を満員にする!! どうです!とても素敵だと思いませんか?」
「ええ……勝……兄が武道館を……」
「この夢はきっと叶いますよ。そうしたら私は特別席でペアシートを取ってもらって恋人を招待し、自慢するんです『あのギターは私が提供した物なんだよ』って」
「それは……嶋本さんの恋人になられる方は幸せですね」
少しだけ夢見る瞳になった美穂子の顔を覗き込んで嶋本は苦笑した。
「でも残念な事に……この夢はやはり叶いません」
「やっぱり……そうなんでしょうか……」と美穂子の顔に暗い影が差すと嶋本は慌てた素振りで言葉を足す。
「いえ!お兄さんのご成功は間違いないです!問題は私の恋人の方で……仕事ずくめの私にはきっと恋人などできず……いずれ、どなたかにご紹介いただいてお見合結婚をするのだと思います」
「いいえ!お見合い結婚だって!いいご縁はございますわ!今度お見合い結婚をする私の会社のセンパイはとても幸せそうですから」
「そうですか……私もそんなご縁に巡り合えれば良いのですが……だから今木さんにお願いがあるのです」
「私に?」
「武道館の隣の席に……あなたに座っていただきいのです」
「私で宜しいのですか?」
「ええ、舞台の上で熱唱しているミュージシャンの実の妹が隣に居るなんて!とても素敵じゃないですか?!」
「……それはそうですね……」
美穂子は少し俯いて唇について生クリームをハンカチで拭った。
「嶋本さんは本当に不思議な方ですね」
「えっ?! 私が??」
「あなたがおっしゃるとすべて本当になってしまう様な気がします……質屋の件は本当に気にしないで下さいね。今日ね、件のセンパイに言われんです『明日の誕生日に……お兄さんからでもいいから銀のアクセサリーをプレゼントしてもらいなさい』って……それで自分自身にプレゼントしようかなって!バカな話ですよね」
「そんな事はないですよ。あなたは毎日闘い、努力なさっている」
「ビジネスマンの嶋本さんからその様に言われると恥ずかしいですわ! あ、もう行かなきゃ!ここは私がお支払いします」
「いいえ!お誘いしたのは私ですから……それよりお兄さんに栄養が付く物をお出ししてあげないと!デビュー間近なのだから」
「そうですね。ではご馳走さまでした」と慌ただしく美穂子は出て行く。
その姿が窓から見えなくなってから嶋本は席を立ち、ビンクの公衆電話に10円玉を落とし込んだ。
「ああ、鈴木さん!ご苦労だが母さんの所へ繋いでもらえるかな…… …… …… ああ、母さん!夜分で申し訳ないんだけど“松越”の外商さんを呼んでもらえるかな? 僕もタクシーでそちらへ行くから。そう、彼女、明日が誕生日で……プラチナのネックレスをプレゼントしたいんだ……いや、金は僕が支払うよ。彼女へのプレゼントなんだから」
そしてその翌朝、朝の満員電車での別れ際に「ハッピーバースデー」のひと言を添えて、嶋本は“松越百貨店”の包装紙に包まれた細長い小箱を美穂子に手渡した。
この様にして始まった美穂子の二十二歳の誕生日は驚きの連続だった。
部屋に帰ると勝二が“レッスン”を休んで一輪の薔薇と赤ワインとケーキを用意して待っていたのだ!
美穂子は目の前が見えなくなるくらいに涙が零れ、ケーキにギッシリと立てられた二十二本のローソク一つ一つに火を点けていった。
そして十七本目からは……
「マッチはオレが擦ってやる」と勝二がマッチを擦り、二人でローソクに火を点けた。
でも……どうかするとマッチの燐の匂いが消えないくらいの間で……勝二は美穂子のTシャツを下着をたくし上げ、両のふくらみの先にケーキのバタークリームをくっ付けて舌で舐った。
そして………
久しぶりに女の悦びへと落ちた美穂子の耳には……いつも様に部屋を出て行く嶋本の下駄の音は届かなかった。




