第3-41話 闇の本質
「ようやく俺様の本気をぶつけられる……! 待ち侘びてたぜこの時をよぉ! 【暗黒世界】!」
上位悪魔がパンっと手を叩くと、周囲一帯が再び闇に包まれた。
アスタロトを閉じ込めていた結界は、どうやらこのスキルによるものらしい。
わざわざ使ったあたり、上位悪魔に何かしらのメリットがあるのだろう。
闇魔法の威力強化などが妥当なところか。
……とにかく、これまでの上位悪魔のセリフからしても、アスタロト奪還戦の時より強くなっている可能性が高い。
一筋縄ではいかないことだけは確かだ。
「私のスキルですが、上位悪魔が万全の状態では発動できません。発動させるためには、私が決定打を与える必要があります。ですので、力を貸してください」
「もちろんだ。任せとけ」
「ん! ルカ頑張る!」
上位悪魔は死んでも即座に復活する。
殺した瞬間……上位悪魔が復活するまでのほんの一瞬が分水嶺となる。
「エクストラヒール」
俺はルカとアスタロトの傷を治療する。
これで多少は動きやすくなるはずだ。
「作戦会議は終わりか? 俺様は待つのが苦手なんでなぁ! そろそろ攻撃させてもらうぜ、闇刃斬!」
上位悪魔が腕に闇を纏い、それを【斬撃波】のように飛ばしてきた。
「かなり威力が高くなってるが、まだ通常攻撃で対処可能だ。魔力消費の多い【破魔の一閃】を使う必要はない!」
「承知いたしました!」
俺とアスタロトは剣で対応しながら。
ルカは小柄さとスピードを活かして躱しながら、闇刃斬の嵐を突き進む。
「大技追加だ。死国」
上位悪魔の指先に暗黒球が生成され、放たれた。
……躱しきれない!
死国の狙いが絶妙に俺たちより前方なせいで、無理に前に出て【破魔の一閃】で対処すれば闇刃斬に被弾してしまう。
かと言って、無理に下がって死国の攻撃範囲から逃れても闇刃斬を防ぎきれず被弾してしまう。
嫌なところを的確に狙ってきやがるな……。
俺は即座に退く。
魔力消費の激しい【破魔の一閃】を使ってまで強引に攻めたところで、簡単に対処されてしまうだろう。
なら、一度引いて態勢を立て直したほうがいい。
焦りは禁物だ。
「ぐぅ……!?」
防ぎきれなかった闇刃斬が腕をかすめた瞬間、俺の体に正体不明の激痛が走った。
……なんだ……!?
何をされた!?
ただのかすり傷のはずなのに……!
「ルカ、身を縮めてください!」
アスタロトはルカを抱え、上位悪魔から距離をとる。
闇刃斬を軽く喰らってしまったアスタロトは、大した外傷でないにもかかわらず苦しそうに膝をついた。
俺と同じ現象か……?
「二人とも大丈夫!?」
「……大丈夫だ、問題ない……!」
「まだ戦えますよ……!」
攻撃のトリックはわからないが、幸いにも回復魔法は問題なく発動できる。
ミラのように回復不能状態に陥ったわけではない。
立て直しは可能だ。
「俺様に何をされたのか気になるよなぁ!? いいだろう、教えてやる!」
聞いてもいないのに、上位悪魔は語りだした。
……ブラフか?
しかし、上位悪魔は嘘をついているようには思えない。
「闇魔法ってのは使い手の発想次第で様々なことができるほど自由度が高ぇ。ダークの闇に負の感情を乗せることで呪いに転化するという発想は俺様でも目を見張るものがあったが、それ以外は全然ダメだった。闇の本質をわかってねぇ」
「闇の本質……?」
謎の大ダメージ攻撃は“闇の本質”とやらによるものなのか?
「闇の本質は、命を蝕む破壊の力だ。少しでも肉体にかすれば、魂に直接大ダメージをぶち込める」
「……防御貫通攻撃ってわけか」
「正解。しょぼい攻撃ですら致命打になりかねないこの状況、どうだ? スリル出てきただろ?」
削られた魂は回復できるとはいえ、かするだけで特大ダメージ&行動阻害になってしまうのはきつい。
「魔力消費は嵩むが使っておいた方がいいか」
俺は回復魔法を自身とルカ、アスタロトにかける。
今使ったのは、一定時間持続的に体力を回復し続けるタイプの回復魔法だ。
魂を削られるたびに回復魔法を使っていれば、必ずどこかで対応が追いつかなくなる。
なら、リソースを割く必要がなく勝手に回復し続けてくれる持続回復魔法を使っておいた方がいい。
「常に命を懸けた魂と魂の削り合いこそが本当の戦いだぜ! 死国」
上位悪魔の指先に、暗黒球が二つ現れた。
広範囲を狙った大技の二連撃。
だが、当たらなければ問題ない!
俺とアスタロトは【瞬歩】で被弾範囲を駆け抜ける。
ルカは素で【瞬歩】状態の俺たちに匹敵する速度を出せるので心配無用だ。
刹那、俺たちの背後で大爆発が起こった。
「相変わらず速ぇな、お前ら!」
大技が不発に終わった上位悪魔は、再び闇刃斬の嵐を放ってくる。
「やれるか? アスタロト」
「できないとでも思っているのですか?」
「まさか」
俺とアスタロトは同時に構える。
同じ技の準備をする。
出会った当初は、こうして協力技を放てるようになるとは思いもしなかったよ。
「私のほうが高威力を出しますのでご了承ください」
「それは了承できないな。俺のほうが威力高いから!」
俺とアスタロトは同時に突きを放った。
「「【纏衝突き】!」」
衝撃波が、闇刃斬を呑み込みながら突き進む。
「息ピッタリだな、お前ら! ライバル関係ってやつか? 羨ましいな、オイ!」
上位悪魔までの一本道ができあがる。
楽しそうに笑う上位悪魔に、炎を燃やしたルカが肉薄した。
俺は【絆の炎】で援護する。
「ブレイジング──」
腕を引き絞る。
「闇、防御しろ」
「──フレアスマッシュ!!!」
ルカは渾身のパンチを放った。
アスタロト奪還戦で上位悪魔を殺した一撃。
その威力は折り紙付きだが、届かなかった。
「ごめん……! 闇が硬すぎてルカだけじゃ突破できない!」
「上がったのは攻撃力だけじゃねぇぜ? 当然、防御性能だって向上している。破るのは初戦の時より難しくなってるぜ!」
上位悪魔は得意げに笑う。
……ダイラタンシー流動闇とかいうやつか。
「【破魔の一閃】で破ろうとも無駄だ。【破魔の一閃】は魔法やスキルを一つ消すたびに魔力を消費する。だから防御する時ァ闇を百層構造にしてるぜ。【破魔の一閃】で俺様の防御を突破するには【破魔の一閃】百回分の魔力が必要ってわけだ」
……そんなことしたらすぐに魔力が尽きてしまう。
「さあ、どうやって俺様の闇を突破する?」
闇の本質による絶対的な攻撃力。
ダイラタンシー流動闇による圧倒的な防御力。
上位悪魔はまさに最強の矛と盾を兼ね備えた存在だった。
「攻撃をかいくぐって接近できても、あの万能の防御手段を突破できない限り倒しようがない……。全員で一斉に攻撃すれば破れるか……?」
必死に思考を回すが、有効な対策方法が思いつかない……!
このままでは勝てない!
どうすれば──
「……私に考えがあります。成功するかは賭けですが、上位悪魔の防御を突破できるかもしれません」
そう言って、アスタロトは伝えてきた。
「私にやらせてください」
逆転の一手を。





