第3-33話 闇の化身
「住民の皆様は直ちに避難してください!」
アスタロトが声を張り上げるなり、周囲の人たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
中には冒険者なのか、緊急事態にも関わらず怪我人を連れて非難する者もいた。
アスタロトは心の中で彼らに感謝して、対峙するダークに意識を集中させる。
(この男からは異質な気配が漂っている……。強さは間違いなくSランク以上……!)
「テメェらには……おっと」
アスタロトは容赦なく【瞬歩】で仕留めにかかる。
だが、ダークは当たり前のように反応してきた。
足元から昇らせた闇で大剣を止める。
「これならどうする?」
ダークは明後日の方向へ闇の砲弾を放つ。
(何をして……ッ!?)
その方向には。
砲弾の進む先には子どもがいた。
(取り残されて!? 間に合わないッ!)
悪意の砲弾が迫る。
あと少しで子どもに直撃する……その瞬間。
ルカが子どもを抱えてその場から離脱した。
一泊遅れて砲弾が着弾する。
爆発が起き、子どものいた店が跡形もなく消滅した。
「無事に守れたよ、アスお姉ちゃん!」
「助かりました! ありがとうございます!」
アスタロトは安心して目の前の男に向きなおる。
ダークは一切警戒した様子無く、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ルカ、その子を安全な場所まで非難させてください。その後はギルドに行って、冒険者たちに避難誘導と負傷者の救護活動など必要な措置の要請を! それからミラ様とクロムを連れてきてください!」
「でもそれじゃあアスお姉ちゃんが……!」
「被害の拡大を防ぐためにも、一番足の速いルカに動いてもらうのが最善手なのです! この男は私が食い止めますのでルカは行ってください!」
有無を言わせぬアスタロトの態度に、ルカは歯を食いしばる。
それから走り出した。
「負けないでアスお姉ちゃん!」
「おいおい、逃げられるとでも思ってんのかぁ?」
ダークの足元から闇が噴出し、ルカめがけて一直線に迫る。
「貴方の相手は私ですよ!」
ダークの操る闇が防御から攻撃に移行した隙をつき、アスタロトは【閃光斬】を放つ。
「チッ、うぜぇな」
ダークは難なく対応してくる。
が、意識がアスタロトに向いたからか、ルカを狙った闇攻撃のキレが落ちた。
ルカはフレアネイルで闇を切り裂きながら無事に離脱した。
「テメェのせいで逃げられたじゃねぇか。……まあいい。テメェさえいれば問題ねぇんだからよォ」
アスタロトは歯がみする。
(せめてリジーとシャドーをこの場に召喚できればよかったのですが、どういうわけか【悪魔召喚】のスキルが発動しない……。原因はおそらくあの剣でしょうか)
アスタロトはダークの持つ剣を睨む。
初撃で斬られた際に、何かしらの効果でスキルを封じられた可能性が高い。
そう考察する。
「この剣が気になるか? この呪剣はなぁ、俺の怒りと闇を練り込んで作った特別製だ。直接斬るだけでスキルを一つ封印できるんだぜ」
ペラペラ情報を喋るのは油断しているからか。
それとも負けるわけがないと高をくくっているからか。
(とにかく、あの剣だけは避けないといけませんね)
封印されるスキル次第では一瞬で敗北につながりかねない。
(ルカのスピードから考えるに、シャドーのスキルでミラ様たちが助けに来てくださるまで約十分ってところですか)
「仲間が来てくれるまで時間稼ぎでもしてみるかぁ!?」
「見くびらないでくださいよ」
まずは【斬撃波】で牽制。
ダークも【斬撃波】を放つ。
その隙にアスタロトは距離を詰める。
「【纏衝突き】!」
「闇、防げ」
大剣から放たれた衝撃波をダークは闇で止める。
「ハハハどうだ俺の闇は!? 強いだろ! なぁ! なぁ!? なぁぁ!?」
ダークの足元からあふれた闇が絶え間なくアスタロトに襲いかかる。
躱して、斬って、飛翔して。
逃げ続けるアスタロトだが、捌き切れず次第に傷が増えていく。
「今の俺は最強だ! この力ならクロムを……! 俺の人生を台無しにしやがったクソ野郎をぶっ殺せる! テメェはそのための餌になるんだよあひゃひゃひゃひゃ!」
狂ったように笑うダークに、アスタロトは嫌悪感を抱く。
心の底から湧き上がってくるその正体にアスタロトは心当たりがあった。
だからこそ。
気づいていたからこそ否定したくて。
それを振り払うように叫ぶ。
「お断りですよ! 貴方以下になるなんてまっぴらごめんです!」
魔法やスキルを打ち消す【破魔の一閃】。
斬撃を飛ばす【斬撃波】。
アスタロトはその二つのスキルを組み合わせて放った。
飛ぶ斬撃が闇をかき消してダークに迫る。
「さっきから剣筋が乱れまくってるぜ。怒ってんのかよ?」
ダークは剣で防ぐ。
「奇遇だな。俺もテメェを見てるとなぜだか無性に腹が立って仕方ねぇ」
ダークの周囲を闇がうごめく。
汚泥のようにあふれた大量の闇が、一斉に牙をむいた。
「これで終わりだ。クソ野郎二号」
アスタロトに向かう闇を見て、ダークは勝ちを確信したように笑う。
「終わるのは貴方です」
全方位から迫ってくる闇を前にして、アスタロトは静かに大剣を構え直した。
呼吸を整え、思考をクリアにする。
刹那の間に集中力を最大まで高め、動いた。
【破魔の一閃】で闇を斬りながら【瞬歩】で突っ込む。
闇が両断される。
差し込んだ光がアスタロトを照らす。
大剣を振りぬいたアスタロトは──
「がはッ!? ッ……!?」
胴体から鮮血を吹き出して……。
ドサリと……、その場に膝をついた。
「その超高速で動くやつさぁ、攻撃が単調すぎるんだよ。動きが目で追えれば大したことねぇ」
ダークは剣の腹でアスタロトを殴る。
すでに限界を迎えていたアスタロトは、それ以上意識を保つことができず倒れた。
「クロムも、テメェの大切な仲間も俺が全員殺してやる。先に地獄で待ち侘びてろ」
ダークが剣を掲げる。
そのままとどめを刺そうとして……ダークの足元から噴出した闇が剣を止めた。
「あ? なんで邪魔すんだよ?」
「待て。こいつからは変わった気配がする。面白いから調べたい」
闇の中から声が響いた。
ダークは特に驚くことなく返事する。
「生かす理由がない。もしもクロムたちに取り返されたら少し面倒だ」
「お前は自分がそんなヘマするなんて、これっぽっちも考えてねーだろ。何か問題でもあるか?」
「……仕方ねぇな。俺の邪魔だけはすんなよ。それさえ守ってりゃ勝手にして構わねぇからよ」
「もちろんだ。俺様ァ、契約はきっちり守るぜ?」
◇◇◇◇
「クロム、ミラ。お主らが真神郷徒の掃討作戦に参加してくれて心強い。感謝する」
「ルカとアスタロトに関しましては、帰宅後に話を通しておきます」
俺とミラは国王様の指名依頼を受けることにした。
具体的な作戦内容や日程などを聞いて話をまとめたところで、国王様は帰宅することに。
見送りをしようと俺たちが席を立ったタイミングで、ルカが勢い良く部屋に飛び込んできた。
「みんなすぐに来て! アスお姉ちゃんが襲われてケガして……ッ!」
ルカは焦った様子で必死に伝えてくる。
今までにないほどの焦りようと断片的な情報から、アスタロトが危機に陥っていることだけは読み取れた。
『──ザザッ──ザ──……あー、あー』
すぐに情報を聞き出して現場に向かおうとした時、部屋の中に聞こえるはずのない声が響いた。
『俺の声が聞こえてるか、クロム』
聞き間違えるはずがない。
……だって、元家族だったのだから。
「……ダークか?」
『ご名答』
足元、俺の影の中からゆっくりと闇が這い出てくる。
闇はゴポゴポと音を立てながら寄り集まっていき、カラスを模した姿となった。
黒一色の不気味な瞳が、焦点の定まらないまま俺を見つめてくる。
『久しぶりだな、元兄だったクソ野郎。それからクソ野郎の仲間共……って、なぜ国王陛下までいる? ……いや、もうどうでもいいか』
ダークの持つスキルは【剣聖】だけのはず。
遠隔で会話できているのは闇魔法によるものなのか?
「クロムお兄ちゃん……。こいつだよ、アスお姉ちゃんを傷つけたやつ……」
「は……? ダークが?」
ルカが呆然とした様子で告げた内容に俺は驚愕する。
「なんで……? アスお姉ちゃんが戦ってたはず……」
信じられない。
ダークは少し前にA+ランクのヒュドラに負けていたんだ。
Sランクのアスタロトを傷つけられるはずがない。
アスタロトの強さは戦った俺が一番知っている……!
『クソメイドがどうなったか知りてぇなら見せてやるよ!』
闇カラスの頭上に映像が現れる。
そこには、ボロボロになったアスタロトが拘束されている様子が映っていた。
呼吸によるものだろう、口もとがほんのわずかに動いている。
死んではいないが明らかに重症だ。
あまりの光景に脳がぐつぐつ煮られているかのように熱くなる。
かつてないほどの怒りが込み上げてくる。
「……あの時ルカが逃げなかったらアスお姉ちゃんは……」
『クソメイドの命が惜しけりゃ今すぐ商業区まで来い。俺がこの手で! この力でぶっ殺してやるよクロム!!!』
そう言い残して、闇カラスは跡形もなく消えた。





