第3-31話 とんでもない人が来訪してきた
「吾輩がわざわざ時間を作って? 来てやったのに? もてなしの一つもできんとは使えない奴らよのう。全く、これだから平民共は」
一言一句がめんどくさいその人物を俺は知っていた。
「何あいつウッザ。殴っていい?」
「どうどうどう!」
ミラの凶行を俺は必死で止める。
あれはハルクス男爵家の現当主だ。
つまり貴族ということになるが、その中でもろくでもない部類に該当する男である。
商人から貴族に成り上がっただけあってそれなりに実力はあるが、貴族になってからは有り余るお金と権力に物を言わせて好き放題しているため、悪い話ばかり聞こえてきていた。
ハイリッヒ侯爵家にいたころも、アイザックからハルクス男爵家とは関わらないほうがいいと何回か聞かされたほどだ。
下手したら国家間戦争のきっかけになりかねないかもしれないので、リジーさんとシャドーには隠れてもらう。
「本日はようこそお越しくださいました。ハルクス男爵の御姿を拝見することができ至極光栄にございます」
「ほう。たかだか冒険者だと思っておったが、優秀なメイドがいるとはな。気に入ったぞ」
アスタロトの対応にハルクス男爵は感心する。
よかった、いきなり敵意を買うことにならなくて。
これで初手戦争コースは回避できた。
にしても、ハルクス男爵はアスタロトの嫌いなタイプの人間だろうに、一切嫌悪感を抱かせない対応はさすがアスタロトと言いたい。
……ん? 俺と会話する時のアスタロトからは嫌悪感が伝わってくるんだが、隠す気がないってことなのか!?
悲しい事実に気づいてしまったぞ……。
「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
アスタロトの対応に気をよくしたのか、ハルクス男爵は上機嫌で答えた。
「単刀直入に言おう。メイドと変な仮面をつけている後ろのお前と獣人、吾輩の部下になれ。まさか平民の分際でお貴族様からのありがた~~~いお申し出を断ったりはせぬだろうなぁ?」
……やっぱりか。
ずっと前から薄々こうなる気はしていたんだ。
貴族関係者と思われる人間たちが屋敷を監視していたからな。
ハルクス男爵は、アスタロトたちを強力な私兵として使いつついかがわしいことをするのが目的だろう。
当事者じゃない俺でも一目でわかるほど卑猥な目でアスタロトたちを見ているあたり、むしろいかがわしいことのほうが主目的まである。
今の俺たちはAランク冒険者で、一般人以上貴族以下の権力をギルドから借りるのが関の山だ。
だからこそSランク冒険者という地位・権力と後ろ盾が欲しかったのだが、まだ手続きが完了していないため今回は権力の使いようがない。
ここは丁重にお断りした上で「実は近いうちにSランク冒険者になることが確定していて国王様から推薦されているんですよね~」と、やんわり穏便に圧をかけていくのがマストだろう。
「お言葉ですがハルクス男爵」
「お前には興味ないから帰っていいよ。シッシッ」
ハルクス男爵は「これ以上吾輩の邪魔をするなら不敬罪に処すぞ?」という意思を隠すことなくあしらってきた。
……こうなっては俺の出る幕はない。
アスタロトに任せるしかないか。
「ハルクス男爵ともあろう御方からお声がけいただき恐悦至極にございますが、私どもには冒険者としての責務がございますのでハルクス男爵のご期待に沿いかねます」
「まさか吾輩の誘いを断るとはな。それほどまでに冒険者としての責務とやらは大事なのか?」
丁寧な対応故か、ハルクス男爵はむっとした様子ながらもキレてはいない。
このまま丸め込めるか……?
「私どもは国王陛下の推薦もあり、現在Sランク冒険者に昇格するための手続きを進めております。これからはSランク冒険者として危険な任務を任され冒険者家業に選任することになりますので、誠に申し訳ございませんが辞退させて頂きたく存じます」
「Sランク冒険者! それはめでたいではないか! ……しかし、そなたの言い分だとまだ昇格したわけじゃないのだろう? であれば、Sランク冒険者に昇格するまでの間だけでいいから吾輩の部下になるといい。職業体験だと思ってな?」
何が何でも食い下がってくる気か。
めんどくさいことこの上ない。
揚げ足を取られる形になってしまったため断りづらいが、アスタロトはどう対応するのだろうか?
「ですから嫌だと言っているでしょう。貴方の脳は二回も言われないと理解できないほど粗悪品なのですか?」
「……んん? んんぅん!?」
ハルクス男爵は顎が外れそうなほど驚く。
「いいぞー、アスっち。もっとやれー!」
俺も今、ハルクス男爵と同じくらい驚いてる。
ミラはハルクス男爵に聞こえない声量で煽ってるあたりまだ良識があるが、アスタロトはごまかしがきくとかいう次元じゃない。
「貴様ァ! 自分が今何を言ったのか理解しておるのか!?」
「ええ、貴方の部下になるくらいなら私は不敬罪を選びます」
「吾輩を舐めやがって! 不敬罪だけで済むと思うなよ! 貴様らには吾輩への反逆罪も加えてやる!」
とハルクス男爵は息まいているが、それは不可能だ。
屋敷には監視カメラを始めとした魔界の防犯グッズを導入しているため、一連の流れが動画・音声で記録されている。
こちらから手を出したりしない限り、反逆罪のような重罪が加わることはまずない。
仮に向こうが物理行使しようが、格下なので危害にすらならない。
むしろ動画と音声がある分、不当な暴力で訴えることすら可能だ。
「……前科はつくが、不敬罪で済ますしかないか」
「ルカもあの人の部下になるくらいなら不敬罪のほうがいい」
「ってか、なんなら国王様バリアで無罪にしてもらえるまであるよね。後ろ盾になってくれるって言ってたし」
俺たち平民にとって貴族は絶対だ。
権力でゴリ押されるとどうしようもできないことに歯がゆさを覚えた。
……その時。
「お前たち、この反逆者を捕らえろ!」
「ちょっといいかな」
お抱えの私兵に向かって怒鳴り散らすハルクス男爵の肩にポンっと手が置かれた。
「誰だ!? 吾輩に気安く触りやがっ………………てぇ……!?」
振り向いたハルクス男爵が途端に顔面蒼白になる。
そこに立っていたのは、王国の頂点。
国王様その人だった。
「すまんな、気安く触ってしまって」
「め、めめっめ、滅相もない陛下! どのようなご用件で本日はこちらに……」
ニコニコ笑顔の国王様に、ハルクス男爵はたじたじになる。
もちろん俺も動揺してる。
ルカは固まってる。
「ちょうど彼らにSランク冒険者昇格の話と指名依頼をしに来たんじゃよね。ってなわけで、不敬罪の話は白紙な」
「お、お待ちを陛下! この者たちは私に反逆を……」
「え、何? 最近耳が遠くなってきたんじゃよね。不敬罪で処されたいって?」
「そそそそんなことございませんぞ陛下! 私は用事を思い出したので帰宅させていただきます! 失礼いたしましたっ!!!」
ハルクス男爵は転がり込むように馬車に乗り込み、あっという間に逃げていった。
「こくおーさま助けてくれてありがとね~。急に現れたからびっくりしちゃったよ」
「遊びに来ちゃった☆」
「「イェ~イ!」」
そう言ってミラと国王様はハイタッチを交わした。
急な貴族来訪イベントの次は国王様来訪イベントか。
展開が早すぎ、ホントに。





