追求
殿下によって整えられた追求の場は、十歳以上の皇族や国の中枢を担う2つの家が全員揃うという異様な空間で始まりました。王宮の謁見の間にほど近い場所に、皇帝皇后両陛下と、皇太子殿下、第一皇女殿下、オースティン家、ビリヤール家が揃い、全員が席についたことが確認されると、ドアが開いて殿下の側近に拘束された状態のジュリー様が入ってきました。
「離してってば…なんのた…!」
「弁えろ。陛下の御前だ」
ビリヤール家当主に気が付き、助けを求めるように視線を上げるジュリー様を、騎士が窘めます。ぐっと押し黙ったジュリー様は騎士に促されて挨拶をしました。
「ビリヤール家次女、ジュリー・ベル・ビリヤールが皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「…あぁ」
ジュリー様は罪人のように扱われていたわけではなく軟禁されていただけのようですが、以前とはかなり面影が変わっています。陛下は一瞬戸惑ったように瞳を揺らしてから、コクリとうなずきました。
「して、オースティン嬢。これだけの人数を集めた理由は何かな?」
「はい。わたくしにかけられている、疑惑を晴らすためでございます」
「なるほど。それで」
「わたくしに今、かけられている疑惑は、侍女に対する態度のことです。わたくしがリナとリリーに我儘を言って困らせ、あまつさえ、休みを与えることもせず、働かせているとか」
「事実でしょう!?」
「ジュリー様、少しお声が高いですわ。今、陛下は貴女に発言を許されていないと思いますけれど」
「話をそらさないでよ!」
「さて、わたくしにかけられているこの疑惑ですけれど、真実ではありません。ですが、すべてが嘘というわけでもないのです」
「どういうことだ?」
「はい。大変ややこしくなる言い方をしてしまったのですけれど、まず、前半部分。我儘を言って困らせている。この部分については全面的に否定させていただきます」
「根拠はあるんでしょうね!」
「ですから、少しお静かにしていてくださいませ。貴女の発言は後でしっかり聞きますから」
「後っていつよ?そうやってわたくしの話も聞かないつもりね!」
「…」
何度窘めても無駄だと悟ったわたくしは、ジュリー様を無視してお話を続けることにしました。殿下も何も言わずにわたくしの好きにさせてくださいます。
「後半の部分に関してはある意味正しいのです」
「ある意味…?」
「王宮や皇太子宮が人手不足なのは皆様御存知でしょう?」
「…あぁ」
「知っている」
「知っています」
順に陛下やお父様がうなずいてくださいます。それに励まされるようにしてわたくしは話を続けました。
「わたくし付きの侍女も仕事量に対して人数が足りないのはおわかりいただけますよね」
「2人しかいないからな」
「殿下の仰る通り、2人しかいないのですから、どちらかが休むわけにはいかないのです。結局ふたりとも休むことなく働いてくれています。これはわたくしの我儘により休みがないとか、わたくしが仕事を増やしたが故のものだとか、そういったことではないでしょう?」
「そうだな」
「陛下、ですから、わたくしとしては、この噂を全面的に否定させていただきたいのですが、ご理解いただけるでしょうか」
「理解した」
「さて、わたくしにかけられていた疑惑の払拭は簡単にですが、終了しました。つきましては、この問題の具体的解決案をしたためた書類を陛下及び、宰相に提出しておりますので、後ほど目を通していただけますと幸いです」
「「わかった」」
お父様と陛下がうなずいたのを確認して、わたくしはジュリー様に目を向けます。騒がないようにとはめられた猿轡を殿下にお願いして外していただきました。猿轡を外されても、ジュリー様はわたくしを睨むばかり。その視線を遮るように殿下が前に立とうとされるのを、わたくしは更に前に出ることで、断り、ジュリー様と向き合いました。
「ジュリー様。お話、してくださるでしょう?」
「わたくしに話すことなど無いわ」
「無礼だぞ!」
「良いのです」
「申し訳ございません」
騎士がジュリー様の態度を咎める声を上げます。ですがわたくしはそれを制して、
「ジュリー様は皇太子妃になりたかったのでしょう?」
「っ!?なによ、それ!?そうだって言ったら、皇太子妃にしてくれるわけでもないのに!」
「そうですね。残念ながらそうすることはできないのですけれど。わたくしの体の問題が解決しなければ、殿下の婚約者はジュリー様だったでしょう」
「えぇ、そうよ!あんたみたいな弱い女より、わたくしのほうが向いているわ」
「そうですね」
「その態度は何よ!もうあんたに確定しているから余裕なの!?」
「いいえ。余裕などありません。だってわたくしジュリー様のほうが向いていると思いますもの。体だけ見れば」
「どういう意味よ!」
「皇太子妃ひいては、皇后に求められるのは、世継ぎを生むこと。もしそれだけなのならば、ジュリー様にもできたでしょう。ですが、公務も付随してきます。自分のことより、国を、民を優先できなければ、皇族にはなれないのですよ」
「わたくしだって、受け入れられるわ」
「そうですか…では、これはわかりますか?『外交も仕事のうちです。他国との付き合いもありますよ』」
「は?意味のわからない言葉を話してるんじゃないわよ」
「やはり…ジュリー様には難しいのかも知れません」
隣国の言語であるラング語で話すと、ジュリー様は首を傾げました。殿下の側近の方々も少し首を傾げています。対する皇后様は玉座から身を乗り出されました。
『クリスティア?わかるの、わたくしたちの言葉が?』
『えぇ。訛ってしまうこともありますけれど、多少ならば…』
『いえ、完璧よ』
「ちょっと、なに?」
「皇族は話せるのが当たり前みたいですよ。殿下も陛下も、通じていますもの」
「そんなの、勉強すれば、できるようになるわ!」
「えぇ。ジュリー様ならできるでしょう。けれどね。じゃあ、ジュリー様は今からこの国中のことを覚えられますか?」
「国中?」
「地域ごとの特色、名産品、その土地を治める貴族は誰で、どのような地位の者か。そのものの性格は?全部覚えていないと、交渉どころか社交も成立しないのはわかるでしょう?」
「わたくしのことはわかっていなかったけれどね」
「そうね。わたくしの失敗だわ。学ばせてくれてありがとうございます、ジュリー様」
「あんたに感謝されるいわれはないわよ!」
なんだかんだで、ジュリー様も諦めてきたようです。仕方ないというように口元が緩んでいます。わたくしとしても、頑なだった態度が崩れてきて安心しました。
「ねぇ、ジュリー様。どうして、皇太子妃になりたかったの?」
「だって、最高位じゃない」
「いいえ。それが本意ではないはずよ」
「じゃあ何だとおもうの?」
「そうねぇ…家の中での地位…かしら?」
「っ!?なんでそれを!?」
「ふふっ。やっぱりそうだったのね。さすがのわたくしでも知っているわ。ジュリー様も、キース様も正妻の子ではないものね」
「それがなんだって…」
「だから、おふたりとも、家庭内での地位が低い。けれど、キース様は殿下の側近に抜擢された。そして家にいなくなる。そうすると、風当たりが強くなったのね」
「…だって、わたくしは、所詮、愛人の子ですもの」
「ジュリー様。関係ないのよ」
「なにをいっているの?」
本当にわからないという顔をするジュリー様と、キース様に向かって微笑むと、私は言葉を紡ぎます。
「貴族だからという、血筋しか誇ることのできないような人に、貴女が煩わされる必要はないわ。青い血が流れている?そんな訳はないもの。本当に青いのなら見せてほしいぐらいよね」
「オースティン嬢…」
「クリスティア様…」
二人の声が揃います。そしてそのまま、視線は一点に注がれました。平静を装って立っているビリヤール公爵ですが、その拳がきつく握りしめられているのがわかります。
「何かございましたか?」
「いや、失礼」
「なにか言いたいことがあるのなら、申せ」
「いいえ、申し上げるべきことなどございません」
陛下からの声掛けにも、ビリヤール公爵は答えようとしません。ただ、空気だけが張り詰めていきます。
「…陛下、今はおやめになってくださいませ」
「だが…」
「本題からずれてしまいますよ。クリスティアへの嫌疑を晴らすのでしょう?」
「そう…だな。もし、この場で言えないことならば、後で話に来なさい」
「かしこまりました。陛下のご温情に感謝いたします」
さてこれからが、最後のひと押しです。キース様が見つけてくださった、ビリヤール公爵の秘密を提示すれば、この話題はおしまいです。わたくしの視線を受けた殿下が、一歩前に踏み出して、口を開きました。
「さて、ビリヤール家当主。私の方からもいいかな?」




