衣装の調整
なるべく早く採寸をしたいという服飾師の希望に対して、明日という無茶な答えを返したのは昨日のことでした。無理だろうと思っていた無茶振りはあっさり受け入れられ、今日に至ります。
「はじめまして。服飾師のエルザと申します。よろしくお願いいたします」
「クリスティア・ベル・オースティンよ。よろしくお願いいたしますね」
「こちら、私の弟子で店では針子として働いており、本日の採寸のために同行させた者たちです。向かって左から、サリー、ケイト、ジュリーと申します」
「皆様、よろしくお願いしますね」
「「はい」」
「では早速、こちらを着ていただけますか?」
緑のドレスかと思っていたわたくしは、差し出されたドレスを見て目を瞬かせました。リナが同じように戸惑っているのがわかります。リリーはというと、瞳がキラキラと輝いていました。
「リリー?」
「だって素敵ではありませんか!クリスティア様は殿下の色を、殿下はクリスティア様の色を纏うのでしょう?」
「なるほど…」
「そういうことだったのね。リナ、リリー手伝って」
「「はい」」
納得がいったわたくしはドレスを着ます。全体的にゆるいドレスは想像していたものよりずっと肌が見えるもので、かなり恥ずかしい気持ちになりました。そんなわたくしの気持ちはそっちのけで、リリーはうっとりとしたようにつぶやきました。助けを求めてリナの方を向きますが、リナもリナで、ふんわりと微笑んで、わたくしを見ていました。
「きれいですね…」
「ほんとうに…」
「採寸をするのでしょう?着てみたけれど、どうかしら」
わたくしの声で針子たちが動き出します。コルセットを付けていないことに何も言われないので本当にしないことが当たり前になってきているのだと感じました。
「もう少し、腰のあたりを詰めましょう。それから、スカートの布はもう一枚追加して」
「はい」
「クリスティア様、ヴェールを拝見してもよろしいでしょうか」
「リナ」
「かしこまりました」
リナが衣装部屋に取りに行ったヴェールをエルザに渡すと、彼女は目を軽く見開いて、固まってしまいました。
「エルザ、どうしたの?」
「あ、申し訳ございません。こちらの刺繍はご自身でされたのですか?」
「いえ。母が」
「オースティン公爵夫人が…とても複雑な意匠ですね」
「わたくしもそれは刺せますけれど、難しいものなのかしら?」
「そうですね。当店の針子はこのくらいのものができなければ合格にはいたしませんが、かなり難しいものですよ。普通のご婦人方には無理でしょうね」
「そう。でも、その意匠をどうするのかしら?」
「最後に重ねる布の裾に刺繍したいと思ったのです」
「ならば、ここであなた方が直しているうちに、わたくしが刺しましょう。繰り返しの文様ですから、一部があればできますもの」
「お願いしてもよろしいですか?」
「えぇ」
実は採寸というのは、測ったあと、針子たちが直しているときが一番暇なのです。その間にできることを獲得したわたくしは。リリーに刺繍箱を取ってきてもらい、お母様の刺しているのを参考にしながら刺していきます。
「クリスティア様、もう一度着ていただいても良いですか?」
「えぇ。どう?間に合いそうかしら?」
「間に合わせます」
頼もしい返事を頂いてしまいました。間に合うかではなく間に合わせるのだそうです。皇族からの依頼ですから、間に合わないなどという失敗をするわけにはいかないのでしょうけれど、それにしてもなんだか恐怖を感じる返事でした。
「先程より、体に沿うようになったわね」
「少しだけ失礼いたしますね」
「どうぞ」
いくつかピンで止められながら、体に合う一番綺麗に見える位置を探していきます。目が真剣で、穴が開きそうなほど見られると気恥ずかしいものです。
「ヴェールとは合わせなくていいの?」
「そうですね。ヴェールもお願いいたします」
「ねぇ、リナ、当日の髪型は?」
「顔の両脇でふわりとまとめて、編み込みを入れて…」
「いま、できる?」
「…編み込みは時間がかかりますが、それでもよろしければ」
「じゃあ編み込みはなしで」
「かしこまりました。お座りくださいませ」
なんとなく雰囲気がわかるようにリナが髪を整えてくれます。
その上からふわりと被せたヴェールを留めて、婚約式本番の装いが完成しました。
そんなときに、コンコンとドアがノックされます。
「どなた…皇太子殿下!」
昨日もいらしていたのに…と首を傾げる余裕は王宮側の人間にしかなく、服飾師や針子たちの顔は真っ青です。街で流れている噂だけ聞けば、真っ青になるのもわかります。
「あなた達は跪いていなさい」
「「はい」」
声が震えているのは見ないふりをして、わたくしたちも少し身の回りを整えます。
「お通しして」
「かしこまりました。どうぞ」
「帝国の星、皇太子殿下に…」
「挨拶は良い。婚約してからも毎日その挨拶をするつもりなのか?」
少し笑いを含んだ声に針子たちは驚いたようです。真っ青だった顔に血の気が戻ると同時に、戸惑いの表情を浮かべていました。そんな針子たちには目もくれず、殿下はわたくしを手ずから立たせ、そのまま、目を見開きました。
「殿下…?」
「…似合っているな。ヴェールで隠さないと攫われてしまいそうだ」
「ありがとうございます」
「ここの者たちが仕上げたのか?」
「はい。実は最後にもう一枚スカート部分に布を足すのです。ヴェールと同じ刺繍を入れた布を」
「そうか。服飾師よ、面をあげよ」
「はい。帝国の星、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。ストリート服飾店のエルザと申します」
「よくやった。美しい仕上がりだ」
「あ、ありがとうございます!」
殿下直々にお褒めの言葉を賜ったエルザは、嬉しさと畏れ多さからか、ぎこちない返事を返します。それを気に留めることなく、殿下はわたくしの方を振り返りました。
「ヴェールには母上も苦労されたそうだ。刺繍の美しさが出来を左右するとも仰っていた。その刺繍はオースティン嬢自ら刺したのか?」
「いえ、これは母が刺していたそうです」
「…そうだったのか。私は貴女の刺繍も見てみたい」
「え…?」
最後によくわからない言葉を残して、殿下は執務に戻ってしまいました。何が望みなのか、よくわからず混乱したまま、とりあえず服飾師たちと次の約束をして、彼女たちを帰しました。
なななんと、60ptを超えていました…
本当にありがとうございます!9月から忙しくなって、更新できないのが無念です…
夏のうちにたくさん書いておくので、たまに覗きに来てください。更新されてるかも知れません。(更新できているようにがんばります)
みなさま、いつも読んでくださって本当にありがとうございます。




