皇太子のお見舞い
入室の許可をだすと、ドアを開けて入ってきたのは皇太子殿下でした。
「皇太子殿下!」
侍女たちが一斉に跪き、わたくしもベッドから身を起こそうとすると、殿下に止められてしまいました。
「そのままで構わない。無理に動くな」
「見苦しい姿で申し訳ございません」
「気にするな。体調は?」
「少しだるいですけれど、大丈夫です」
「そうか。ならば、伝えなければならないことがある」
「はい、なんでしょう?」
なにか直々に伝えられなければならない連絡事項などあったでしょうか。わたくしが小首をかしげると、殿下はじっとわたくしの目を見つめて口を開きました。
「婚約式の日取りが決まった」
「婚約式…」
「二週間後、に執り行う。場所は神殿、来賓は皇帝皇后両陛下、宰相一家、上級貴族たちだ」
「二週間…わかりました」
「それまでに体調が悪くなったり、無理だなと思ったら、また調節するから遠慮なく言ってくれ」
「はい」
「体に気をつけて、無理をしないように。作法は完璧だとヴィクトリアが言っていたし、ゆっくりしなさい」
少し笑顔をみせて、長居していると負担だろうからと、殿下はお戻りになられました。
「婚約式ですよ!クリスティア様!」
「リリー、声が高いわ」
「けれど、一生に一度のことですから。もう少し反応しましょう?クリスティア様?」
「そうね。嬉しいような気もするけれど、とうとう来たのね…」
「それでは私は失礼いたしますね」
「えぇ。ありがとうございました、ブラックウェル先生。また、よろしくお願いいたしますね」
「はい」
殿下がいらしたことで退室のタイミングを失ったブラックウェル先生を帰し、リナとリリーと話し合いをします。
「まず、来賓は上級貴族ということは、嫉妬の目を浴びることになるわね。そしてあら探しもされるわ」
「容姿に関しては私達におまかせくださいませ。皇后陛下の侍女に話を通してありますし、オースティン家にある最新の化粧品も融通していただけることになっております」
「待って。リナ、貴女いつから準備していたの…」
「昨日です。公爵様に直接交渉いたしました」
「そう…」
「問題は衣装です。何を着ましょうか」
「婚約式だから、白はだめよ。ヴェールをかぶることになるでしょうし、それにあうドレスとなると難しいわね…」
「衣装の規定もありますよね」
「…リナ、確認してきて」
「かしこまりました」
リナが少し慌てて部屋を出ていきます。その間にわたくしたちは衣装部屋で、いくつかのドレスを見繕うことにしました。
「リリー。今から作るのでは間に合わないわよね」
「それは…無理でしょうね」
「となると、今持っているものを手直しする…?」
「ヴェールが一番の問題です。クリスティア様の持ち物にヴェールはないでしょう?」
「…持っていた覚えがないわ」
「ですよね…」
「待って、そもそも、ヴェールって手作りなんじゃなかったかしら?」
「あ、え、婚約式もですか?」
「多分そのはず…」
2人揃って、頭を抱えます。ヴェールになる程の薄い布を手に入れるのも、それに刺繍をするのも母と娘が嫁入り前最後の共同作業として、婚約が決まってから、結婚式までの間に行うものです。いまから、お母様に連絡してもお忙しいでしょうから、二週間でできるとは思えません。
「どうしようかしらね…」
「とりあえず、部屋に戻りましょう。お茶を入れます」
「ありがとう」
焦っても仕方ないので、お茶を飲んで状況を整理しようということでしょう。リリーがお茶を入れ終わる頃に、リナが戻ってきました。
「おかえりなさい、リナ。どうだったかしら?」
「衣装は、細かいサイズ調整だけすれば完成するようなものを準備してあるとのことです。できるだけ早く採寸したいそうですが、いかが致しましょう」
「では明日で」
「かしこまりました。それから靴なのですが…」
「あるものでいいの?」
「はい」
「そう。ねぇ、リナ。ヴェールはどうしましょう?」
「パトリシア様の手際の良さに驚いてくださいませ。こちらです」
リナがきれいな箱を取り出します。机に置かれたその箱を開けると、中にはヴェールが入っていました。真っ白な薄布に金の糸で縁取りがされています。
「…どういうこと?」
「パトリシア様が、もう、作成されていたということです」
「お母様はなぜ、ヴェールで困るとわかっていたのかしら…」
「…先見の明に感謝いたしましょう」
「えぇ。…なんだか疲れたわ」
「では、気分転換にお散歩に行かれますか?」
「勝手にウロウロして良いの?」
「許可は取ってあります」
「じゃあ少し散歩しましょう」
2人を伴って、皇太子宮の庭に散歩に行きました。美しい花の咲き乱れる庭園で気持ちを落ち着かせます。