6 ピルッポの街
アルファ(ライジード):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。
ベータ(レスター):学者。
ガンマ(ザイファス):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。盗賊。
デルタ(ファルード):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。リベラ女神の神殿に属している。
イプシロン(ロムルス):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の一軍に属している。
松岡美冴:黒髪に茶色の瞳。ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳の姿を与えられ、レイラとして生を受ける。マイオスに拾われ、リリエルと名づけられる。
ロキス:レイラの父親。商売人をしていたが、妻ミザリーと共に殺された。
マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。がっしりとした大柄な男。妻モイラと娘リリエルを殺された盗賊。
リリエル(レイラ):薄い水色の髪と青い瞳。
ロード:リミダ村(盗賊村)の村長。
キリア:ザイの姉。同じリミダ村の男と結婚している。
ザイ:ロードの長男。濃い緑の髪に灰色の瞳。
ローリー:ロードの次男。
リネア:黄緑色の髪に赤い目をした、マイオスの隣家の奥さん。夫はガンス。
ミルド:学者をしていたが、権力闘争に敗れて田舎へと落ち延び、やがてリミダ村の女と知り合い、暮らすようになった。ザイに勉強を教えている。
クユル:ミルドの息子。
チェンジン国 ピルッポの街
オードン騎士隊長:騎士や兵士達を束ねる男。末娘シアラを誘拐された。
シアラ:水色の髪。水色の目。
グイン:ミッドナイトブルーの髪に赤い瞳。白い一角獣亭に宿泊。リミダ村出身と言っていた。マンクレー商会のキャラバンの護衛。
ポリーヌ:オードン騎士隊長の屋敷で働くメイド。茶色の髪に茶色の瞳。
ミハス:オードンの家令。
リミダ村が、普通の村人としてだけでは生活がなりたたないからと、盗賊業もしているように、様々な人々が、様々なやり方で生き方を模索している。
貧しさよりは豊かさを望む。お金はないよりもある方がいい。それは普遍の真理だ。
そして大きな街道が交差する街、ピルッポでも、とある男が自分なりの生き方を貫いた。
男は、リミダ村出身のグインと名乗っていた。
「グイン、ねえ、本当に私達・・・」
「ああ。いずれ一緒になって所帯を持とう。愛してる、ポリーヌ。お前にはもう、苦労などさせたくないよ」
「苦労なんて、・・・二人で力を合わせれば大丈夫。あなたと一緒なら私、きっと頑張れるわ」
グインとポリーヌの出会いは、運命的でもあった。
ピルッポでも大きな屋敷にメイドとして働いているポリーヌは、その日、お休みをもらって街を散策していたのだ。
(せっかくのお休みだもの。せっかくだから綺麗な布やリボンも欲しいわ)
茶色い自分の髪に似合うのは、やはり赤色だろうか。緑も捨てがたい。お仕着せのメイド服でも、リボンぐらいは各自のおしゃれが許される為、そこは気合いを入れて選びたかった。
大きな屋敷に住む主人一家はお金持ちでも、メイド達の労働環境が良いというわけではない。それどころか住み込みの為、夜中でも呼びつけられては仕事をさせられる有り様だ。
領主ではないが、この辺りの地域一帯の騎士を束ねるオードン騎士隊長の屋敷とあって、来客は多い上、何かと騒動が持ち込まれる。そんな屋敷では、使用人も常にてんてこ舞いだ。
休日こそ羽を伸ばしてゆっくりしたいものだった。
(それでも行く場所なんてないから、頑張るしかないんだけど)
誰かいい人を見つけて結婚してしまえばいいのだろうが、恋人をつくる暇などなかった。オードンの屋敷にやってくる騎士達やその従者達は、自分達メイドを一時の遊び相手としか見なしていないのが分かっている。
だからポリーヌは、そういう浮ついた恋愛遊戯には目もくれず、真面目な恋愛相手だけを夢見ていた。
(私を大事にしてくれる人。そんな素敵な人が現れてくれればいいのに)
自分だけを見つめて、愛していると囁いてくれる人。そうしたら自分もその人に、同じく愛の言葉を返すのだ。
互いに愛し合い、支え合い、そうして二人で協力し合って日々を重ねていけたならどんなに素晴らしいことだろう。
メイドあがりの自分では、そこまで裕福な相手を望むのは無理だと分かってる。だから、二人で頑張って働いて、そうして明るい家庭を築いていけたらいいと・・・。
そんなことを考えながら歩いているポリーヌに、誰かがドンッとぶつかってきた。
「ああっ、泥棒っ!」
慌てて叫んだポリーヌだったが、ぶつかってきた男はポリーヌが持っていた手提げ袋を奪い取って逃げていく。
「誰かぁっ、誰かその男を捕まえてぇっ」
あの中には、ちょっと奮発したくなった時用にと、少し多めのお金を入れてあったのだ。
ポリーヌは大声で叫んだ。
周囲の人達が、「何だ何だ」「ひったくりらしいぞっ」と、ざわつく。
ポリーヌが追いかけようとする、ちょうどその時、男が逃げていく方向から歩いてきていた男が、そのひったくりとすれ違いざまに腹に蹴りこみ、ひったくりは、「ぐぇっ」と、倒れた。
反射的に落っことされた手提げ袋を拾うと、男は追いかけてきているポリーヌにそれを掲げてみせた。ポリーヌがほっとした顔を見せる。
やがてポリーヌが、男が立っているその場所まで追いついた。
「お嬢さん。これかい?」
「ええ。ありがとうございます」
思いっきり蹴られたひったくり男は悶絶しているように見えたが、ぱっと立ち上がって駆け去ってしまう。
「・・・あっ、待ちやがれっ、この野郎っ!」
「いいんですっ。追いかけたりしないでください、怪我したら大変ですっ」
追いかけようとした男だったが、そこでポリーヌに袖を引かれて立ち止まる。ポリーヌは、こういう時に追いかけて、今度は返り討ちに遭うケースを、主人であるオードン達からもよく聞かされていたのだ。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いや、いいってことよ。俺はグイン。お嬢さんは?」
「ポリーヌです」
グインと名乗った男は、ミッドナイトブルーの髪に赤い瞳をしていた。
「ああ、良かった。お金もとられてない」
「そりゃ良かった」
「あのっ、良かったらそこで何か・・・」
取り戻してくれた手提げ袋の中を確認すれば、お金もちゃんと入っているままだった。だからお礼にと、ポリーヌはそこにあった包みピッツァの店へと男を誘った。
前払いで包みピッツァと飲み物を受け取り、好きな席で食べるのだ。
だが、グインはその支払いの際に、ポリーヌの手を押しとどめた。
「何にもしてねえのに、奢ってもらう理由はないさ。それどころか、こんな可愛いお嬢さんと知り合いになれたんだから、こっちに出させてくれ」
「そんな・・・。ですけど、こっちが助けていただいたのに」
「いや。捕まえてやれなかった。そのお詫びをさせてくれ。それに、・・・こんな可愛いお嬢さんに支払いなんてさせられねえ」
オードン騎士隊長の屋敷では男性客も多く、可愛いだなんて言葉はポリーヌも聞き飽きている。それどころか、その程度の言葉で浮つくようでは仕事にならない。
けれども、こうして初対面の男性から面と向かって可愛いと言われたら、ポリーヌの頬も夕日のように赤く染まらずにはいられなかった。
「初めて食べたが、最後まで熱々で美味いな」
「ええ。人気があるんですよ、ここ」
チーズやトマトやベーコンが入った包みピッツァは、ポリーヌの休日における楽しみの一つだ。しかもその日は、いつもよりも更に美味しく思えた。
「俺か? 出はリミダ村でな。ちょうど請け負い仕事があってピルッポにやってきたんだ」
「そうなんですか」
リミダ村の名は、ポリーヌも聞いたことがある。ここから少し離れた山間の村だ。とはいえ、名前を聞いたことがあるという程度だが。そんな所に行く用事もない。
「白い一角獣亭って宿屋で泊まってる。まあ、ポリーヌみたいなお嬢さんには縁がない下町の宿屋さ」
「そんなことないわ。私だって、ただのメイドだもの」
そんな始まりから、二人が恋人同士になるのは早かった。
「次の休みはいつだい? いや、迷惑でなければ、また会ってほしいんだ」
「迷惑だなんて・・・」
そうして二回目のデートの際、ポリーヌはグインに、
「君を、好きになっている俺を許してくれるだろうか」
と、告白されたのだ。ポリーヌが、「はい」と言わないわけがなかった。
そうして、二人は恋人同士になったのだ。
(グインが私の恋人・・・。ああ、なんて素敵なのかしら)
全てが輝いていた。あまり楽しいと思えなかった鎧磨きの仕事も、グインに会うまでのプロセスだと思うだけで前向きに頑張ることができた。
休みの度に、ポリーヌはグインへ会いに行った。
「メイドをしているポリーヌかぁ。きっと、びしっとしているんだろうなぁ」
「うふふ、そんなことないわ。色々と失敗ばかりで怒られてるもの」
「全く想像もつかない。だってポリーヌは賢くて、色々なことを知ってるじゃないか」
グインには、ポリーヌがあまりにも有能すぎるとしか思えなかったらしい。
「俺なんて、スケジュールを言われてから受け入れる程度さ。わざわざ自分から雇い主の起床時間や予定なんて覚えようとも思わない。それができるってのは、それだけポリーヌが凄いってことだろ」
と、グインが目を瞠って感心するので、ポリーヌは彼に様々なことを教えてあげた。
「家令だと、そこまで把握してなきゃいけないのか」
「そうよ。驚いちゃうぐらい有能なの」
けれど、グインも様々なことを知っていて、遠い地域の話もしてくれる。
「あなただって素敵よ、グイン。私、よその街なんて知らないもの。あなた、様々な場所のことを知ってるじゃない」
だからグインだって頑張ればすぐに大きな屋敷の家令見習いぐらいにはなれそうだと思い、ポリーヌはせっせとグインに自分が仕えるオードン屋敷のことを教えた。
「なるほど。じゃあ、まずは明け方から起きだして屋敷内の点検を順番に始めるんだな」
「ええ、そうよ。オードン様は夜が遅いから、先にお子様方のお世話から始めるの」
グインの仕事は、隊商の護衛だという話だった。その隊商に属する商売人達が買い付けを行っている間は時間が空いているのだとか。
「だが、もうそろそろ腰を落ち着けたい。リミダ村にも帰りたいしな。ポリーヌ、その時はついてきてくれるかい? 小さな村だけど、きっと君にも気に入ってもらえると思うんだ」
「ええ、グイン」
「君が産む子供はきっと素晴らしい子だろうな。だってポリーヌは茶色い髪に茶色い目をしてるだろう? きっと強い子が産まれるよ。・・・ああ、夢のようだ。君みたいな素敵な恋人がいて、俺のプロポーズにも頷いてくれただなんて」
「グインったら」
だからポリーヌは幸せだった。
(男の人ならこの髪と目の色も嬉しいんだろうけど、女の人はどうしても明るい色の方が喜ばれやすいから・・・。グインが、そういう外見の色合いなんかに囚われない人で良かった)
彼の仕事が一段落して、いずれ自分を花嫁として迎えに来てくれる日を待とうと、そう思っていたのだ。
そんな折、オードン屋敷から一番小さなシアラお嬢様が姿を消したと、大騒ぎになるまでは。
そう、約束していた逢瀬の日なのにグインがポリーヌとの約束をすっぽかした、その日までは。
小さなシアラお嬢様が姿を消したと騒ぎになった時は、誰もがどこかに入りこんで出られなくなっただけだろうと、そう信じていた。それでも、一応、人の出入りはチェックするものだ。
「誰か変な人間が出入りするのを見なかったかっ? いない使用人はいないかっ?」
そこへ、その日は休みだった使用人達が、昼頃だというので戻ってくる。休日でも、賄いの食事目当てで昼食時に戻ってくる使用人は多い。
ポリーヌも、なぜかグインが現れなかった為、きっと何か急用ができたのだろうと、肩を落として戻ってきていた。
「何かあったんですか?」
「どうしたんです? こんなにも慌てて」
「ああ、ポリーヌ、ヴィブ。大変だ、シアラお嬢様がいないんだよっ」
「ええっ!? シアラ様がっ? もしかしてお庭の植木の陰とか・・・。あっ、そういえば屋根裏の箱の中かもしれません。以前にもそこに入りこんでましたからっ」
ポリーヌが、屋根裏の箱の中でぐっすりと寝入ってしまっていたことを思い出して言うと、そのメイド仲間は首を横に振った。
「もう何度も皆で探し回ったよっ。本当にいないんだ」
戻ってきた使用人達も、まだ幼いシアラお嬢様がいないとなれば心配になる。池に落ちたのではないか、どこか入りこんで出られなくなっているのではないか、そう口々に言い立てて、皆で手分けして思いついた場所を片っ端から見に行く。
勿論、オードンも可愛い末娘のことである。奥方と一緒に探し回った。
「おかしい。こんなにも見つからないなんて」
「あなた。まさか外に出て行ったのかしら。だけど、門だってシアラは通らなかったって言うし」
オードン夫妻がそう困惑していると、広いその玄関口に手分けして探していた使用人達も集まってくる。
「そういえば、新入りの奴はどこ行ったんだ?」
「新入り? 誰の話さ」
「え? 今日、新しく入った見習いさんがいたわよね?」
「何のことだ?」
使用人達が固まっているその一角で、そんな会話が出てきた。
不思議そうに、そして誰もが違和感を覚えて口々に喋り出す。
「暗い青色の髪に、赤色の目をした新入りさ。今日からなんだろ?」
「知らんぞ、そんな奴」
「え? だけど、朝、新しく入ったって・・・」
「そうよ。なんだかちょっと悪くない顔立ちで、少し垂れ目の人よ」
「だからちょっと待てって。・・・そもそも、新入りだなんて聞いてねえってば」
ざわざわと皆が騒ぎ出す。
「まさか・・・、新入りだと言って入りこんだ男がいたってのか?」
「もしや、お嬢様は誘拐されたと?」
ポリーヌは、まさかと思う気持ちを拭えずにいた。
(その条件って、・・・ううん、単なる偶然、よ)
ミッドナイトブルーの髪に赤い瞳の恋人。
今朝、会う約束があったのに、なぜか待ち合わせ場所に現れなかった彼は、たしかに少し垂れ目で笑うと人の好感を呼ぶような・・・。
(まさか・・・。そうよ、そんな筈、ない)
だが、そこで一人の女中が言い出す。
「そういえばポリーヌ。あんた、恋人ができたって言ってたけどさぁ、・・・一度、一緒に歩いてんのを見かけたけど、その彼、暗い青色の髪に赤色の目じゃなかったかい?」
「まさかっ。そりゃグインはそんな色合いですけど、そんな人じゃないですっ。働いている隊商もしっかりしていて、ちゃんとリミダ村に実家もあるんですからっ」
ポリーヌは、慌てて言い募る。
そうだ、グインはそんな人じゃない。手提げ袋をひったくられた自分を助けてくれた、とても勇敢で素晴らしい男性なのだから。
しかし屋敷の主人であるオードンが、そこでポリーヌに近寄ってくる。
「ポリーヌ。そのグインとやらはどこの隊商で働いておる? リミダ村の人間なのか?」
「あ、はい。グインは、マンクレー商会のキャラバンの護衛をしているそうで、マンクレー商会がこのピルッポに滞在している為、知り合ったんです。グインはリミダ村出身だそうで、仕事が一段落したらリミダ村に帰りたいって言ってました」
「そうか。色が同じだけかもしれんが、誰かマンクレー商会に行ってこい」
「旦那様、私が参りましょう」
一人の使用人がそう言い出すと、何人かでそちらに向かう。
だが、ポリーヌはがくがくと震える足を隠せなかった。かえってオードンの方が、ポリーヌを落ち着かせようとする。オードンにとっても、ポリーヌは真面目によく働いてくれるメイドだったのだ。
「念の為だ。別にお前の男を疑ってるわけじゃない」
「は、はい、旦那様。ですが・・・」
ポリーヌの脳裏に浮かぶ、二人の間で交わされた寝物語。
そうだ、自分は彼に事細かく教えていなかっただろうか。この屋敷における一日の段取り、そして働く人達の性格や癖までも。
「だ、旦那様。グインは、白い一角獣亭に泊まってるんです。私っ、私、白い一角獣亭に行ってきますっ」
「待ちなさい、ポリーヌ。あなた、顔が真っ青よ。私もついていくから」
メイド仲間の一人が、付き添いを言い出す。だが、家令のミハスがそれを押しとどめた。
「いや。私が一緒に行こう。ポリーヌ、案内しなさい」
「・・・はい、ミハスさん」
しかし、家令だけでなく、オードンも付いていくと言い出す。ポリーヌにはあえてそう言ったが、こんなにも震えているポリーヌを見れば、そのグインという男に対して疑いを濃くすることしかできなかった。
「旦那様っ、馬の用意ができましたっ」
「行くぞ、ミハスッ。ポリーヌはお前が乗せていけっ」
「はいっ」
そうして結局、オードン、家令、そして二人の使用人とポリーヌが向かった先、白い一角獣亭で見たものは、その宿屋の主人達の死体だった。
「きゃああっ」
「なんてことだ・・・」
「ミハスッ、すぐに屋敷に戻って他の騎士達にも集合をかけろっ。これはっ、完全にやられたっ」
ポリーヌは、ふらりと意識を失って倒れた。
ここまでくれば、もうグインがシアラ誘拐に関係していない筈がなかった。
(シアラお嬢様っ。グイン、・・・どうしてっ)
そして、マンクレー商会に行った使用人達が、
「グインなら、一昨日あたりに辞めたよ。何でも、故郷に帰る用事ができたとかで。こっちも迷惑してんのさ。行き倒れてたのを拾って雇ってやったってのに、いきなり辞める、だからな。あいつの住んでた場所? 白い一角獣亭じゃなかったか?」
と、マンクレー商会の主人から話を聞いて、合流してくる。
「旦那様っ。ああ、こちらにいらしてたんですね。何でも、グインって男、ここに逗留してるとかで・・・。どうしたんですか? 中で何か・・・?」
「ジリネル、街道全てを封鎖するんだっ。シアラは連れ攫われたっ。暗い青の髪、赤の目をした男の行き先をすぐに追えっ。騎士を全員集合させろっ」
オードンの怒号が、そこにいた皆の腹にまでずんっと響き渡る。
(ポリーヌが共犯なら残っている筈がないっ。だが、・・・内情を探るのに使われたことは間違いないっ)
これはもうシアラを標的として仕組まれたものだと、オードンも確信していた。
「ポリーヌを連れていけっ。グインとやらの顔と情報を知ってるのはポリーヌだけだっ。全て吐かせろっ!」
「はい、旦那様っ」
「やはりポリーヌの男がっ」
ポリーヌは働き者でいい娘だった。しかし、こうなると使用人達も気絶しているポリーヌに対して冷たい目を向ける。
そしてその特徴に一致する男が大きな荷を担いで馬で去ったと報告された方向は、・・・たしかにリミダ村へ続く道筋と一致していた。
その日、彼はうんざりとした様子で緑の髪を掻き上げていた。グレイの瞳を鬱陶しげに細める。短ければ放置しておけるのに、長い髪は何かと面倒だ。
「本当に伸びたわねぇ、ザイ。あんた、どこまで伸ばす気よ」
「ほっといてくれ、キリア姉さん。別にいいだろ」
自分だって鬱陶しいのだ。しかし、切れない理由がある。
だからザイは、そうぶっきらぼうに言い捨てた。
「いいけど、あんた、もうまるっきりそれじゃ女の子みたいよ。髪が短ければ、あんただってシャープな顔立ちのカッコいい男の子に見えなくもないけど、それじゃあちょっとね」
同じ村の男に嫁いだものの、ちょくちょく実家に顔を出す姉のキリアは年の離れた弟であるザイを可愛がっていた。だが、いくら何でも背中の半分まで覆う程に伸ばさなくてもいいじゃないかと思う。
しかも、その髪を伸ばしている理由は願掛けでも何でもなく、単に年下の女の子にお願いされたからというのが、嘆かわしい。
「ザイー、あっそびーましょーっ」
そこへ、リリエルの声が響く。どうやら遊びに来たらしく、
「あら、リリエル。ザイなら奥の部屋よ」
「ありがとう、おばさん」
と、そんなやりとりが聞こえてきた。
「良かったわね、ザイ。あなたの愛しのリリエルが来たみたいよ」
「変な言い方はよしてくれ、キリア姉さん。リリエルはまだ子供なんだから」
そこへバンッと扉が開いてリリエルが飛びこんでくる。
「ザイッ、見―っけたーっ。あ、キリアさん、こんにちは」
「こんにちは、リリエル。本当にリリエルったらザイが大好きね」
「うんっ」
激突する勢いで自分の腕へと飛びこんできたリリエルを受け止め、ザイは先程までのぶっきらぼうな様子を全く見せずにリリエルへ笑いかけた。
「今日も元気そうだね、リリエル。僕のベイビー」
「ベイビーじゃないもんっ、もう大きいもんっ」
「はいはい、大きい大きい」
そんな弟と少女の様子を見ながら、キリアもリリエルの成長ぶりを思う。
(そりゃザイにしてみれば、自分が育てた赤ちゃんみたいな気持ちなんでしょうけど)
この村に来た時のリリエルは、父親のマイオスに引っ付いて離れない四才児だった。頼れるのは父親だけと言わんばかりに全ての人を警戒していた。
マイオスによると、母親を目の前で殺されたショックからか、今までもずっとそんな様子なのだということだったが。
誰かに話しかけられると泣きそうな顔になり、それでも泣くのをこらえて父親の服の裾に顔を押しつけるリリエルを、いつもひょいっと担ぎ上げて自分の部屋に連れて行き、マイオスが少し離れただけでも不安そうな顔をするリリエルを抱きしめてあやしていたのがザイだった。
(だけど、どう見てもザイってばリリエルを気に入っただけなのよね)
やがて、リリエルはザイだけに懐くようになり、それまで腕白坊主だったザイも、リリエルの前では大人しい男の子を演じることを学んだ。
「あのね、ザイ。今日はパパが戻ってきたから、パパと一緒に来たの。でね、ザイは今日、スカート穿いて?」
「え?」
「あのね、ザイの髪、伸びたでしょ? きっと可愛い女の子に見えると思うの。それでね、リリエルはザイをお嫁さんにするの」
「・・・・・・」
背後でブッと噴き出す姉の様子を感じ取りながら、ザイは何となくいつかは言われるだろうと思っていたセリフに直面していた。
髪を伸ばしてほしいとしつこくねだられたので根負けして伸ばしたのだが、うっとりとしてヘタクソながらも自分の髪をいじろうとするリリエルに不吉なものは感じていた。だが、まさかスカートを穿けと言われるとは。
「僕は男だからお嫁さんにはなれないよ。リリエルは女の子だからお嫁さんになれるけど」
「うんっ。だからね、リリエルはパパをお婿さんにして、ザイをお嫁さんにしてあげるのっ」
どうせ産まれた時から、成人女性としてのプライドはズタボロなリリエルである。ここはもうなりきってしまうしかないと、割り切っていた。というより、調子に乗っていた。
最初はザイに警戒心バリバリだったリリエルだが、自分から寄って行けばザイは優しいし、面倒見もいいし、誰よりも大事にしてくれるというので、今では一番大好きな男の子になっている。
しかも自分の外見は小さな女の子。そして可愛い女の子のワガママは、どんな無茶も横紙破りもオッケーなのである。ここでグイグイいかなくてどうするというのか。
「生憎、僕はスカートなんて持ってないしね。そんなことより、リリエル、花冠を作ってあげるよ。大好きだろう?」
「あら。じゃあ、私のスカート、貸してあげるわよ、ザイ?」
「姉さんっ! (余計なことを言うなっ)」
「ほんとっ? ありがとう、キリアさんっ」
わーいと喜んでキリアに駆け寄るリリエルである。ザイの咎めるような声などキリアも無視してリリエルの頭を撫でる。
「きっとね、ザイってばこの村で一番可愛い女の子になると思うのっ。でね、女の子同士で花冠を編むのよっ」
「まあ、素敵ね。ザイもリリエルも可愛くって、男の子からモテモテよ」
「姉さんっ!」
だが、この家は姉にとっても勝手知ったる実家。すぐさま、ピンクのワンピースを持ってくる。
「さ、ザイ。頑張ってね」
「ザイ、きっとこの村で一番綺麗な女の子になるよっ。だってザイ、誰よりもカッコいいもんっ」
「・・・・・・」
カッコいいと思うなら、そんなものを着せようと考えるなと、ザイは言いたい。
だが、リリエルは性別の差も分かっていないお子ちゃまなのだ。
ザイの顔は綺麗だ。だから女の子の格好をしたらもっと綺麗になるに違いない。
どうせ、そんな思考なのだろう。
そう思って、ザイは諦めの溜め息をついた。
「その代わり、こんな格好で家からは出ないからね、リリエル」
「うんっ」
そうしてヤケクソでワンピースタイプの服を着ると、いそいそとキリアが後ろ髪を綺麗に編んでまとめてくる。横髪はあえて一筋を垂らして。
リリエルだと手も小さく、まだまだ不器用なのだ。だからリリエルもじーっとそれを見ている。
「うっわぁ。ザイ、きれーっ。お姫様みたい」
リリエルがいくらそう感嘆する声をあげてくれても嬉しさは感じないが、仕方ない。リリエルにとってみれば、自分が世界で一番頼りになる存在なのだろうから。父親を除いて。
実際、ザイは他の子供達が遠慮するぐらいにリリエルを可愛がっていた。
(リリエルがこの村に来てから、毎年、農作物の当たり年だ。今じゃ皆、毎年の豊作なのが当たり前のように感じ始めている。しかも、本人は分かってないようだが、リリエルの好きなシロツメクサの花がよく茂って咲くようになった)
だが、シロツメクサ、つまりクローバーは、本来この辺りでは茂らない筈なのだ。もっと寒い地域では、シロツメクサが茂ることで大地が肥沃になるのだと、ミルドの息子クユルが教えてくれたことがある。何でもクローバーが茂ることで、地面の中に窒素が蓄えられ、肥えた土になるのだとか。
(ミルドも、この辺りにクローバーが茂ったことで首をひねっていた。しかも、他の雑草が茂らないことにも。・・・新種か、もしくは違う性質を持った亜種ではないかと、考え込んでいたが)
そんなミルドは真面目に学術的見地から考えるので、リリエルに気づいていないことが救いだ。そもそもミルドは、子供になどあまり興味がない。文字を追っていれば幸せな人種だ。
リリエルの異常さに気づかれたら、人は何を考えるか分からない。だからザイは独占欲に見せかけて、リリエルを徹底的に他の人間から隔離して自分の手元に置いていた。
「本当ね。今はまだ少年だから似合うのよ、ザイ。あと少ししたら、もう無理ね。今だからギリギリ大丈夫なんだわ」
「キリア姉さん。全然嬉しくないから、それ」
けれども長い横髪を垂らしてピンクのワンピースを着ているザイは、可愛らしい女の子にしか見えなかった。キリアも感心する。
だが、そこへ、凄まじい馬の蹄の音と、急を告げる鐘の音が響いた。
「大変だぁっ」
「兵士達がやってきたぁっ」
「武器を持ってるっ」
ばっとキリアとザイが瞳を見交わす。
「姉さんっ」
「駄目っ。リリエルを連れていきなさいっ。なるべく多く逃げさせるのよっ」
「分かったっ」
キリアがどこかへと駆け去る。
ザイが靴の中に短剣を仕込んで、リリエルを担ぎ上げた。
「リリエルッ、絶対口を開くなっ、何を見てもっ」
ワンピース姿のまま、ザイは裏口から植木などのある畑へと駆け出した。
「ザイッ!? お前っ、なんつー格好をっ」
「黙れっ。行くぞっ」
「分かったっ」
他にも子供達が駆け出してきている。
(そうか。きっと避難用の場所があるんだ)
だが、先を争って逃げているのは子供達だけだ。大人はいない。だからだろう、兵士達が子供のそれを見かけても追いかけてくることはなかった。子供達など、追いかけまわす程の価値はないからだ。
(だけど、こういう時って女の人が一番まずいんじゃ・・・)
子供達だけじゃなく、キリア達のような女性も逃げなくては危険な筈だ。
そんなリリエルの思考をよそに、子供達は草むらや生け垣を素早く走り抜け、山へと入りこむ。
「リリエル、走れるか?」
「うんっ」
さすがのザイも山まで来たら、本人に走らせた方が良いと判断したのだ。リリエルを下ろし、手を引いて駆け出す。
「ザイッ、討伐隊かっ?」
「分からねえっ、まずは洞窟の近くに隠れるぞっ」
「あいつらっ、青い髪に赤い目の男を出せって言ってたっ」
「はぁっ? そんな奴、いたか?」
「兄貴が殺されたっ。俺っ、見たんだっ。兄貴、明るい青の髪に茶色の目だったけど、後ろから槍で突かれて殺されたのをっ」
「どういうことだっ。一体どうして・・・」
リリエルは状況がつかめないまま、彼らの話を聞きながら走る。
やがて洞窟がある場所に着くと、子供達はその洞窟にある石をどけて何かを取り出し、手分けしてそれを担いだ。
「この洞窟のことを誰かが喋らされたらまずい。鳥岩の所まで行くぞ」
「だけど、後から来た子が困るわっ」
「ちょっと待って。私、書くから」
「なら僕が描くよっ」
そこにあった石を使って、一人の少年が鳥岩を示す絵を描いた。ただのイタズラ書きに見せかけて、村の人間なら意味が分かる、というものだ。
鳥岩は、村の様子を眺められる場所にある。また、いざとなれば近くに洞窟があり、雨もしのげるのだ。
皆でそこに移動し、村の様子を見下ろすと、村は様々な兵士達が走り回っていた。
「くそっ。奴ら、我が物顔しやがってっ」
「ところで討伐隊にしちゃおかしくないか? 大体、ここんとこ、盗賊業はしてねえだろ」
「そうだよ、変だ。討伐隊じゃないんじゃないか? なんか男の人達だけ、広場に集まらされてる? だけど今年の収穫ならちゃんと納めただろ?」
「女の人も捕まってるみたいだ。だけど、女の人は何だか隅に寄らされてるよな」
「逃げ遅れた子もいるよ。なんか、一人一人の顔を女の人が見ていってるけど、何なんだろう」
兵士達と共に来たらしい茶髪の女が、捕らえられた村の男達や子供の顔を見ていっている様子だ。ただ、ここからは遠すぎて、誰が捕まっているのかも分からず、男女すら服の感じで判断するしかない。
「ザイ。どうする? てか、なんで女の子の格好してんのさ」
「ほっとけ。・・・まずは、ここで待機だ。そして他の避難場所の奴らと合流するか、場合によっては更に逃げる必要がある」
「助けに行かないのかよっ」
「兵士達相手にどうやって? 更に死人が増えるだけだ。何より俺達が人質にとられては、大人達も逃げるチャンスがあってもそれをむざむざと捨てるしかない」
そう言いながら、誰よりもザイこそが食い入るような瞳で村を睨みつけていた。いくら何でもやってきた騎士と兵士達の数が多すぎる。村の人数よりもはるかに多い数だったのだ。
父親であるお頭や他の村人達が抵抗しなかったのも、圧倒的な力の差を見てとり、話し合いに持ち込んだ方がいいと考えたからだろう。
(せめてこいつらがいなければ・・・。だが、指示する奴がいなければ、のこのことこいつらは村に戻って兵士達に嬲り殺されるだけだ。何より、リリエルは全く分かってねえ)
夜になれば、夜陰に乗じて逃げ出せる村人もいるだろう。それを待つしかないのだろうか。
兵士達が掲げている旗は、ここから離れた場所にある街ピルッポのオードン騎士隊のものだった。その紋章は、ザイも知っている。
広場で一番前に引きだされたのが、リミダ村の村長であり盗賊団のお頭でもある、ザイの父親ロードだろう。だが、彼はぴくりとも動いていない様子だった。
先程、一番偉そうな騎士が近寄って何かを話し、それから抜いた剣をロードに突き刺してからは。
(殺してやる。・・・いつか、殺してやる。ピルッポの奴らを)
その見下ろす広場の異常な様子に、周囲の子供達も気づき始める。
「ザイ。もしかして、お頭は・・・」
「まさか。だってそんなの、あるわけないわよ」
「だけどさっきから動かない」
そんなザイの袖をリリエルが小さく引っ張る。
「ザイ。パパは・・・」
「リリエル。まだ何も分からない。マイオスさんもどうやらあの中にはいない様子だ。君はその辺りに座っておいで」
リリエルの父親マイオスの姿は見えなかった。けれどもザイは、既に自分の父親が生きていないであろうことを覚悟し、・・・その上で荒れ狂う心を鎮めようとする。
(ローリー。お前は今日、兎狩りに行くと言ってた。・・・あっちの洞窟に隠れてろ。絶対に村へは戻るな)
この場にいない弟ローリーの身を案じながらも、ザイは母や姉達の無事を祈る。キリアが隠れたであろう地下室が見つからないといいのだが。
そこへ、逃げてきたらしい子供達が遅れて合流してきた。
「みんなっ」
「良かったっ、逃げ出せたんだねっ」
「なんか青い髪に赤い目をした男と、水色の髪に水色の目をした女の子を捜してるらしいんだっ。だから僕みたいな金髪は問題外だったみたい」
「青い髪に赤い目って、そんな奴、いたか?」
「何でもグインって名前らしいけど」
「知らない名前だな。けど、水色の髪に水色の目の女の子ぉ?」
「リリエルは水色の髪に青い目よね。この濃い青の目は水色とは言わないと思うんだけど」
そこでザイが、尋ねる。
「ロレン、その水色の髪と目をした女の子を捜してる理由は?」
「どうもグインって男がそういう女の子を攫ったらしい。で、そのグインってのがうちの村の奴だと、あいつら思い込んでんだけど、・・・知らねえし」
子供達が口々に、
「グイン? クイールならいるけど」
「クーネって人もいたよな。ファルアスの祖父ちゃんじゃなかったっけ。けど、もう亡くなってるし」
「暗い青の髪に赤の瞳って、ジルシードなら似てるけど、赤茶色の目だし」
「その誘拐された特徴の女の子にリリエルも似てるけど、・・・リリエル、マイオスの子だし」
「いや、リリエルは違うよ。なんかその女の子、ピルッポの子みたいだし」
「てか、人違いで襲われたって奴かよ」
「どう考えてもそうだろ。ざけんなっ」
「お父さん達、大丈夫なの? お母さんも・・・」
「引き出されてる女の人達はかなり少ない。どの家にも隠れ場所があるし、まだ見つかってないんだろうけど」
「だけど、どうしてこんなことになっちゃってんのっ」
「知らねえよっ」
「くそぅっ、兄貴も俺を逃がす為にとっ捕まったんだっ」
と、喚き始める。
ザイも唇を噛みしめていた。
「あ、あのさ。私、・・・行ってみようと思うんだけど、どうかな?」
リリエルがそこで口を開く。皆が、一斉にリリエルを注目した。
(私を傷つけることはできないってロムルスは言った。それにライジードは人の運に恵まれるって。なら、運よく話の分かる人に巡りあわせてくれて、皆を助けられる筈っ)
何より、村の中にはマイオスがまだいるのだ。
赤ん坊の自分を助けてくれたマイオス。今度は自分が彼を助ける番だ。
「だって、その捜している女の子に一番近い条件が私なんでしょっ? なら、私が行って、この村に私以外にこんな色をしている子はいないって言って、そして誤解を解けばいいと思うのっ」
かなりいいアイディアだと思って、リリエルは皆を見回しながら言った。
「だって一番分かりやすいでしょ? それに私以外、誰もできないと思うよっ」
だが、誰もが沈黙する。そのことに首を傾げながらも、リリエルがきょとんとしていると、やがて何人かが疲れた声を出し、ぽんぽんとリリエルの肩を叩いた。
「リリエル・・・。本当に馬鹿な子なんだね」
「いや、もうそのままでいてくれ。ちゃんとザイがお守りしてくれるからな」
「今のこの状況を和ませてくれてありがとよ。・・・違う意味で血管ブチ切れそうだけど」
「ザイの教育が全てにおいて悪かったんだな。ザイ、反省しろよ」
「リリエル。もう、黙っててくれる?」
ムッとしてリリエルがザイを見ると、ザイも明後日の方向を見ている。
「ザイ・・・?」
「いや、リリエル。そうだな、確かに俺の責任なんだろうな」
きりっとした美少女姿のザイが疲れたような声になり、リリエルに近寄ってくる。ピンクのワンピースの裾をひらひらとしていて、こうして見ていても、本当に可愛い。
「あのね、リリエル。こういう時にどうして子供達と女の人達が優先して逃げるようにしてるか、分かってる?」
「うん・・・? えっと、か弱い人達をまず逃がすんだよね?」
「まあ、その通りなんだけど・・・。あのね、僕も説明してなかったのが悪いんだろうけど、女の人や子供ってのは戦利品になっちゃうんだよ」
「・・・戦利品?」
リリエルは嫌な気持ちになって問い返した。
「そう。だから捜している女の子に近いからこそ、君を連れて帰って気晴らしにいたぶられかねないのさ。だから、そんな馬鹿なことを考えるんじゃありません。・・・さ、分かったらそこの木の根っこの上にでも座っておいで」
「だけどっ。だけどパパだってあの中にいるんだもんっ」
この中では、確実に精神年齢は最長老であろう自分が戦力外通告されたことにショックを受け、リリエルは叫んだ。
「だってっ、やってみなくちゃ分かんないじゃないっ。もしかしたら話の分かる人だっているかもしれないっ。何よりパパがあそこにまだいる筈なのっ」
「・・・それは誰もが同じことだ、リリエル」
不意にザイの口調が低くなる。びくっとリリエルは体を震わせた。
「誰だってまだ家族が村にいる。同時に俺達は何かあった時、一人でも多く生き延びることを常に叩きこまれている。だから皆がバラバラに逃げ出してきたんだ。・・・リリエル、かけがえのない家族を見殺しにしなくちゃいけないのは、君だけじゃない」
「そんな・・・」
リリエルの頬に、涙が伝う。
(見殺しって、・・・殺されるとでも言うの?)
自分はまた失うのだろうか。ロキスとミザリーに続いて、マイオスを。
(耐えられるわけないじゃないっ)
ばっと身を翻し、リリエルは背後の道なき道へと駆け出した。
皆が反対するのであれば、まずは実行するのみである。どうせ、来た順路は覚えている。
(大丈夫。私、けっこう身軽だしっ。それに結果さえ出せば、皆も納得してくれるっ)
火事場の馬鹿力、というものなのか。普段なら恐る恐るしか歩けない山道なのに、ひょいひょいと、跳んで下りることができた。
(これならいけるっ。山から村へは下りだものっ)
だが、何かがざざっと音を立てたかと思うと、目の前に何かが立ちはだかり・・・。
(え?)
腹部に何か衝撃を受けたような気がして、同時にリリエルは目の前が真っ暗になった。反射的にえづいたものの、それを拭うことすら思いつかない。呼吸ができなくなり、リリエルは意識を失った。
「・・・ざけんな、クソガキ。お前をみすみす慰みもんにする為に可愛がってきたわけじゃねえ」
そんなザイの冷たい瞳が自分を見下ろしていることも知らずに。
続いて他の子供達も駆け寄ってくる。
「良かったよ。リリエルならすぐに僕達の居場所まで吐かされてた」
「いつもは鈍くさいのに、こういう時だけは素早いのな」
「だけど殴らなくてもいいじゃない、ザイ」
必要とあれば容赦ない性格だと知ってはいたが、まさかザイがリリエルを殴るとは思わなかった子供達である。
「ファルアス、ライーネ、ロクム、ドルー、・・・山越えをするんだ」
「ザイ・・・。山越えしてどうしろってんだよ」
片腕でリリエルを抱きとめたザイだったが、そこで何人かの名を呼ぶ。ファルアスがそこで尋ね返した。
「女の子達を連れてリベラ国へ行け。たとえ人違いだろうが何だろうが、男手をここまで失っちゃ村の復興は難しい。これが知られたら野盗共までやってきかねねえ。リベラ国はリベラ女神を祀る国だ。子供に対する保護も手厚い。孤児院に保護を頼め。・・・いつか、迎えに行けるその日まで。もしくは、お前達が戻ってこられる力をつけるその日まで」
「だけどっ、別に皆が殺されたわけじゃねえっ」
「そうよ。まだお姉ちゃんも見つかってない筈だものっ。一人だけ逃げるなんてできないっ」
しかし、ザイは首を横に振った。
「まずは無事な女の子達を逃がすことが最優先だ。・・・皆も、男なら分かるだろう?」
そこで少年達が頷いた。
何人かの頬に、悔し涙が伝う。
「戦力になりそうな男だけ残れ。・・・・・・ファルアス、お前は戦うのには向かないが体力はある。そして信頼できる。だから皆を頼む。女の子だけじゃ不安すぎるんだ」
洞窟に隠してあった物とて限りがある。そして、山にずっと隠れ住むのは不可能だとも分かっていた。ザイは今、この場において最善と思われる策をとろうとしていたのだ。
「ちょっと待ってよ、ザイっ。女手だって必要になるわっ。それこそ皆でいた方が安心よっ」
「やめてくれ、アイーナ。親の気持ちにもなってくれっ。お前達がまだ安全な場所で庇護されていると思えば、まだ生活を立て直してから迎えに行くんだと思えるが、これであの兵士達に連れ攫われたりしたら見つけ出すことは不可能だっ。・・・俺達だけじゃなあっ、悔しいがお前らまで守り通せねえんだよっ」
ザイとて不安なのだ。あの強かった父も殺された。自分達が一人でも多く生き延びようという時に、足手まといな女の子達を守る余力などどこにあるだろう。
「人違いだって、親父だって説明した筈だよなっ!? だけど信じずに親父達をあいつらは殺したんだろうっ? そんな奴らに何が通じるってんだっ。アイーナ、・・・頼む。行ってくれ。せめてお前らだけでも生き延びさせたんだと、・・・そう俺達に思わせてくれよ」
「そ、そうだよ、アイーナ。だって、無理なんだよ。逃げ遅れた爺さん達や婆さん達だっているんだ。なのに女の子なんてあいつらにとっちゃどれ程の獲物か、考えるまでもない。・・・行ってくれよ、まずはここから逃げるんだ」
「そうだよ、姉さん。頼むから・・・。先に行ってくれ。合流した子供達は後からそっちに逃がすから」
ザイ以外にも、少年達が同調して口を開く。アイーナも黙りこむしかなかった。
「行ってくれ。あいつらの山狩りが始まる前に」
「・・・分かったわ」
山狩りという言葉に、小さな子供達も怯えを見せる。
そう、村から逃げたら安全というわけではない。その後は、村から逃げ出した人々を彼らは追いかけてくるだろう。
ザイ達も、聞く耳を持たなかったらしい兵士達の様子に、その可能性を考えずにはいられなかったのだ。場合によっては山ごと火をつけられかねない。
意識を失っているリリエルは、ファルアスが背負って紐で固定する。洞窟に隠してあった食料を分けて、出発する子供達に持たせた。
「行くよ、みんな」
「うっ、ふっ、お父さん、お母さん」
「泣くな。きっと後で迎えに来てくれる」
「そうよ。まずは私達が無事に辿りつかなきゃ」
「怖いよぉ」
「大丈夫。頑張ろう」
そう言いながらも、名残惜しそうに出発する子供達を、ザイ達は万感の思いをこめて見送っていた。
あの子供達を逃がす為に、囮になる覚悟すら決めて。
(リリエル。・・・無事に生き延びてくれ)
リミダ村に来た時は、マイオスにくっついて離れたがらなかった子供。
怖がりな小鳥を懐かせる気分で、どこまでもかまい倒した。
薄い水色の髪に青い瞳。色合いからみても、か弱いことは分かっていた。だから、大事にしてやりたかった。
臆病ながらもリリエルは不思議な子供で、リリエルの周囲にはいつも何らかの自然の恵みがあった。
いつしか自分に一番懐いていたリリエルを、自分だけの妖精なのだと、そう思っていた。
(たとえ、お前に二度と会うことがなかったとしても)
日頃は善良な村人を装っているリミダ村だ。不意をつかれてはどうしようもない。
だが、そんな善良な村人ですら平気で殺す兵士達に、どんな理性があるというのか。
口にせずとも、この場に残った少年達は、既にその覚悟を決めていた。
去って行った子供達の姿が木々の間に消え、もう全く見えなくなった頃、セインが口を開く。
「ザイ。一応、男物の服もある。着替えたら?」
「それは言える。どう見ても、それじゃ女の子だよ」
その言葉にジークも同意した。
振り返ったザイは、誰がどう見ても美少女にしか見えない。本来のザイを知っているだけに、残された少年達も悲壮感が消えていくぐらいだ。
「・・・そんなに女の子に見えるか?」
「もう少し裏声で話せばな」
「だな。見かけだけならバッチリ」
「完璧に美少女、見かけだけは」
「その格好でその話し方はなぁ」
それを聞いてザイは考え込んだ。それぞれに荷物の中にあった短剣などを身につけながら、なめし革を足や手に巻きつけていく。
「ふーん。じゃあ、スカートを腰の位置までまくり上げとくか。解けばワンピースに早変わり、と」
そんなことを呟き、ザイもズボンを身につけながら、スカートの裾をまくり上げて、身動きが取れやすいよう、腰の位置でそれを括ってしまう。
「他の洞窟にも逃げ込んだ奴らがいるだろう。ここから様子見を続けるが、もしも発見された時には手向かうな。この格好だ、おそらく真っ先に俺を女だと思って目をつける筈だ。だからまず、俺が囮になる。そこを・・・」
「ザイッ、あっちに煙がっ」
そこで、一人がリミダ村とは全く違う方向を指さす。
「えっ? ・・・あっちの方角って、それこそ、ピルッポの街がある方じゃないか?」
「だよな。もっと山の上に行けばよく分かるかもしれないが、かなり大きい煙なんじゃないか?」
いきなりやってきたピルッポの兵士達。しかし、その時、ピルッポで大きな火の手が上がっているらしい。
これは偶然か? それとも・・・。
「分からねえ。失火による大火事か? それとも必然か。・・・リミダ村に対する冤罪の人捜し。そこまで兵士達が大騒ぎする大切な存在。しかもその日に限って、火の手が上がる」
ザイの言葉を受けて少年達も不安げな瞳になる。
考え込んだザイだが、そこで決断を下した。
「フィルグとレウロ達は、ここで村の見張りをしておいてくれ。ジーク、セイン、もっと山の上に行くぞ。ピルッポの手前の村かもしれねえ。だが、ピルッポだとしたら・・・。いや、まずは見てくる。あとはなるべく周囲の警戒を頼む」
「ああ」「分かった」「気をつけて」
そこで小さな声が響く。
「行くまでもない。ザイ、あれはピルッポの街だ」
「・・・どうして分かる、クユル?」
クユルは大人しく、あまり動くのは得意じゃない少年だが、なぜかリベラ神殿の孤児院行きを拒んで残ったのだ。
「煙の色。ピルッポの手前の村で火の手が上がったなら、煙は白か灰色の筈。だけど、・・・あの煙、赤いよね。あれはピルッポのお金持ちの屋敷が焼かれたんだと思う。ピルッポみたいなお金持ちが住むお屋敷の馬小屋や物置小屋、赤い塗料が塗られてるだろ? 雨漏りを防ぐ為に油と混ぜて塗られてる奴。恐らく、あれが燃えてるから赤い煙なんだよ。普通の煙は白か黒に近い灰色だ。・・・あれはピルッポだよ」
クユルは物静かだが、様々なことに対して詳しい。そんなクユルの父親ミルドは学者をしていたらしいが、権力闘争に敗れて田舎へと落ち延び、やがてリミダ村の女と知り合い、暮らすようになった男だった。
「そうか。さすがだな、クユル。おかげで山頂まで行かずにすんだ。ありがとよ」
「全くだ。やっぱりクユル、すげえよ」
「そうだよ。さすがはクユル」
「・・・いや、それ程でもないから」
クユルが照れ臭そうに鼻をこする。
「だが、そうなると・・・」
「ザイッ。奴らが煙に気づいたらしい」
皆が、リミダ村を見下ろせる場所へと駆け寄る。
すると兵士達が空を指さし、何か騒いでいる様子が目に映った。
そうして兵士達が全員広場の一角に集まり、更に空を見ながら困惑していたらしいが、ついには勝手に馬を走らせていく者が出た。
騎士達が何か叫んでいる。そして何人かが駆け出した兵士達を止めようとして、しかし、そんな彼らも追いかけるつもりが共に更に馬を走らせていく始末だ。
だが、一番偉そうな騎士が何かを命令したらしい。
やがて騎士も兵士達も、残らずリミダ村を去ってしまった。
「・・・何なんだ、一体」
「どうする、ザイ?」
「恐らく、あれは予想外の出来事だったんだろう。どっちにしても今からピルッポに行って戻ってくるにしても、かなり時間がかかる筈だ。村に、戻ろう。そして今後のことを考えなくては」
だが、ザイ達の心は苦しかった。
なぜなら兵士達が去ったというのに、広場に集められた村人のほとんどは動かないままだったからだ。
それでも確認しなくてはならない。
どんなに受け入れたくない現実だとしても・・・。
村に戻ると、まだ見つからずに家の中で隠れているであろう女達に出てきてもらう為に、決まった数の鐘をそこかしこで鳴らす。
年寄りや女子供など、隠れていた人達がぱらぱらと出てきた。
そうして皆が広場へと集まる。
「あんたっ、・・・あんたぁーっ」
「お父さんっ」
「ゲルートっ、目を開けてっ」
「いやあぁっ、あなたぁっ」
既に事切れている家族の体に取りすがり、何度も体を揺すって叫ぶが、その体はもう動かない。ザイもまた、父親の前に膝をつき、見開いたままの瞼を手で閉じさせた。
「どうして・・・。そうよっ、ラネアはどこっ、あの子はっ」
「リジーを見なかったっ? まさか、攫われたんじゃ・・・」
そこでザイが立ち上がる。
「俺達と同じ洞窟に逃げ込んだ子供達は山越えさせて、リベラ国の孤児院を目指すように言った。・・・あいつらが戻ってこないとも限らない。リベラ国なら、まだ子供達にも優しい筈だから」
そこで杖をついた老婆がよたよたと寄ってくる。
「ザイ坊。可愛らしい格好じゃの。じゃが、やはりあいつらは戻ってくるかえ」
「分からない。見当違いの人捜しでここまで殺すなんざ、まともじゃねえ。実際、うちの稼業が嗅ぎつけられたわけじゃないとしたら、善良な村人をあいつらは虐殺した・・・」
ザイの瞳に凶悪なものが宿る。
女物のワンピースを着ていても、その顔つきは少女のものではなかった。
「おじさん達。親父を殺したのは誰か分かる? どうやら人捜ししていたらしいって聞いたけど、なんでここまで殺したんだ?」
「人捜しとな。・・・じゃが、どうしてそれで殺しまでしていくんじゃ?」
そこで、広場にいた女性の一人が答える。
「ピルッポのオードン騎士隊長って名乗ってたわ。一番偉そうにしていた人が」
その言葉に続いて、殺されていなかった村人達も口を開く。
「そうだ。オードンって奴が、どうやら、彼の娘がグインという男に誘拐されたらしくて・・・。かなり怒り狂ってた」
「その攫ったグインって男がここ出身の奴だと思い込んで、・・・いくらそんな男はここの村にいなかったと、お頭が言っても信じなかった」
仲間を目の前で殺された悲しみから涙をはらはらと地面に落とし、生き残った男達は、隠れ場所から出てきた皆に事情を伝えようとする。
「そして、俺達に向かって見せしめだとか言って、お頭を殺したんだ。そして、こうなりたくなかったら、大人しくそのグインと彼の娘を出してこいって・・・」
「オードン、騎士隊長・・・」
ザイは目を閉じた。
娘が誘拐された?
だからって勝手な思い込みで関係ない村を襲い、人を殺していい理由にはならないだろう。
(いや。それすらも許されるとしか思ってないだろう。・・・あいつらにとっては、それだけで人を殺す理由になり得る)
しかし、それはあちら側の見方だ。
自分にとってオードン騎士隊は、見当違いな思い込みで、それこそただの人違いで、自分の父を、そしてこの村の人達を、次々と手にかけただけの殺人者達だ。
(あんたらには分からないだろう。騎士様だ何だと威張ってるあんたらには。・・・こういう貧しい村に暮らす人々にも、魂があるってことを)
兵士はともかく、騎士となればそれなりの金を持ち、そして地位がある家の人間しかなれない。
だからだろう。どこに行っても、騎士というだけで威張り散らしている傾向はあった。
今まではそういうものなのだと思っていた。ムカつきはするが、身分の差などは仕方ないことなのだ、と。
けれども父が殺された今、どうでも良かったそれらが、一気に姿を変える。
(ピルッポのオードン騎士隊長。・・・何があろうと殺してやるっ)
風が、ザイの緑の髪を巻きあげるかのように吹きつけていく。
その目の前にいない男に紛れもない殺意を向けるザイの瞳は、いつもの穏やかな灰色が黒みを帯びて、黒雲を呼ぶ嵐のように底光りしていた。




