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33 眠りの森から出た美女

 それはもう、遠く遥かな昔のこと。二人が交わした愛と想いも忘却の川(レテ)の水に流れて消えゆき、誰もが忘れ去ってしまったおとぎ話。


(ああ。声が聞こえる。私の名前を呼ぶ声が)


 何度も自分の名を呼ぶ声に、王妃の意識がゆっくりと覚醒していく。

 できればあまり自分の体を揺さぶらないでほしいと、彼女は思った。


「ん・・・」


 まずは叱りつけてやらねばと決意しつつ、王妃は目を開けた。

 ぼんやりとした頭では、その状況がよく分からない。だけど彼女の目に飛びこんできた、その顔は・・・。


「エウローラッ。・・・エウローラ、ああ、ちゃんと目を開けてくれ」

「ルシウス?」


 この自分をがしがしと揺さぶるだなんて無礼な真似をするのは彼だけだろうと、そうは思ったけれど。

 いつもいつも彼女を、冷ややかな笑みと共にからかってはむかつかせることしか言わない夫の顔が、その時はとても歪んで見えた。

 まるで、今にも泣きそうな程に。

 それともそれは寝起きのぼんやりした自分が見せた、ただの幻だったのだろうか。


(どうしたのかしら、ルシウス? 私の顔を覗きこんでいた、あなたの顔が見えないわ)


 気づけば、仰向けに寝ていたエウローラ王妃は彼の力強い腕に、がしっと強く掻き抱かれていた。王妃の肩に、国王は顔を埋めて・・・。


「ルシウス。泣かないで。大丈夫よ、大丈夫だから」


 顔なんか見えない。だから泣いているかなんて分からない。

 それでも王妃は、真上にある天井から国王の後ろ髪に視線を移そうとした。自分の方が泣きたいぐらいに、とても切ない思いに胸を引き絞られながら。


(ああ。私、・・・彼を置いていくのね)


 痛い程に自分を強く抱きしめる彼の腕を感じれば、あの格好つけたがりな彼がこんなにも激しく自分を抱きしめることをどうして喜ばずにいられるだろう。そして、どうして悲しまずにいられるだろうか。

 

「泣かないで、ルシウス。愛してるわ」

「・・・嘘だ。君はいつだって嘘つきのくせに」

「・・・・・・・・・」


 なんということだろう。それを言うなら、彼もいつだって、我(わ)が儘(まま)で身勝手(みがって)で傲慢(ごうまん)で、人を騙してばかりの最低で最悪な男だったくせに。


「私、あなたと違って嘘つきなんかじゃなくてよ」

「それこそが嘘だ。私を絶対に一人にしないと言ったくせに。私を愛してると言ったくせに。愛してるなら私を置き去りになんてするわけがない」

「・・・・・・」


 なんという無茶苦茶な屁理屈なのか。

 彼が挙げたその言葉だって、半ば脅されるようにして「言わされた」ものである。王妃としても、さすがに一言物申したくなる何かがあった。

 けれど。

 王妃は何も言わなかった。ただ、彼の背中に手をまわして、自分も彼を抱きしめた。


「逝かないでくれ、エウローラ。君を失ったら、もう私には何も残らない」

「・・・待ちなさい、ルシウス。言っておくけど、あなた、ちゃんと私が産んであげた王子と王女達がいるじゃないの。自分の子供を何だと思ってるの、あなた? 更に言わせてもらえば、あなた、この国の王様なのよ? 何が、『何も残らない』なのよ」


 さすがの王妃も苦言を呈する。


「そんなの、エウローラを私に縛りつけておく為の地位だ。エウローラが子供も産んでババアになった時点で、もうどうでもよかった。ただ、あのクソ可愛くない息子に簡単に譲るのもムカつくから持ってただけにすぎないのに」

「ええ、なぜかしらね? とてもムカつくんですけど」


 四十才というのは、やはりババアになるのだろうかと、王妃はひそかに悩んだ。正しくは百四十才だが。

 それでも、王妃が意識を取り戻したと知って、周囲にいた医師達が薬湯を煎じて持ってくる。


「王妃様。どうぞ、これを」


 夫に支えてもらいながら上半身を起こして、王妃は苦いそれを飲んだ。

 王妃付きの侍女達も、国王のそれには慣れている。てきぱきと王妃の肩にショールを掛け、王妃が意識を取り戻したことを王子達へと伝えに行った。

 すぐに、ばたばたと廊下を走る音がして、王子や王女達が飛びこんでくる。


「母上。お気がつかれたとか。・・・良かった。父上はずっと母上につきっきりだったのですよ」

「お母様。良かったわ、お目覚めになって」

「母上っ。ああ、良かったっ。ずっと祈りを捧げていた甲斐がありましたっ。お寒くはございませんか? もっと何か羽織った方がいい」

「お父様ったら、ずっとお母様の傍についておいででしたの。ひどいでしょう? 私達まで邪魔だっておっしゃって追い払ったんですのよ、お父様ったら」


 それでも王妃に抱きついてくるのは、一番下の王女だけだ。さすがに他の王子や王女達は、周囲の目がある為、そんなことはしない。


「心配かけてごめんなさいね。・・・ルシウス、あなたも私につきっきりだっただなんて。迷惑をかけてごめんなさい」

「気にするな。その為に、王子達が存在する。私だって、こいつらの年には王位に就いた」

「・・・・・・ごめんなさいね、あなた達。お父様ったら、本当に我が儘で」


 王妃はもう、溜め息をつくしかなかった。結婚して以来、夫の尻拭いばかりで終わっている気がする。


「さあさあ。それではもう、王妃様もお休みくださいませ。ご無理は禁物でございます」


 ひと段落したとみて、医師がそう促す。


「ええ、そうさせてもらうわ。ごめんなさい、ルシウス」

「構わん。ゆっくり休め、エウローラ」


 いつも傲慢なくせに、国王は王妃の体を支えて寝かせ、体が楽なようにと枕の位置も自らが整えた。子供達、そして侍女達も、場の状況を読んで出て行く。

 そこには国王と医師達だけが残った。


「医師殿にも苦労をかけてるわね。もう、私の体はもたないのに」

「・・・まずは気力でございますよ、王妃様。こんなにも素晴らしい国王様、王子様、王女様達を残してはいけない、そう思われることで気力も湧いてまいるものでございます。どうぞお気を強くお持ちなさいませ」


 だが、寝台に横たわった王妃は微笑んだ。


「いいえ。分かるもの。私の体は百年の眠りについていたけど、・・・そのまま時を止めたのは、自然の流れに逆らうことだったのだと。だからこうして若さを維持してしまった代償に、寿命は削られたんだって」


 実際、年齢相応に四十代の貫禄を持つ国王に比べ、王妃は今も十六才程度にしか見えぬ容姿だった。今となっては、王妃が産んだ第一王子の方が年上にしか見えない。


「分かるわ。私の体から、命の欠片(かけら)がぽろぽろと落ちていくのが。・・・けれど、それでもいいの。だからお願い、ルシウスと二人きりにしてくれる?」


 己の限界に唇を噛みしめ、医師達もまた、部屋から出て行く。

 そこには国王と王妃しかいない。

 誰もいなくなったと知った途端、自分の体の上に身を投げ出してきた国王の髪に、王妃は手を這わせた。その頭を優しく撫でるかのように。

 どんな時でも二人きりになれば、この人は本当に我が儘で身勝手で傲慢でどうしようもない男だったと、そう思い返しながら。


「エウローラ。そんなの、気のせいだ。君はちゃんとババアだ。若くなんてない。だから、・・・私を置いていかないでくれ」

「どうしてかしら。あなたって、どんな時でも人を不快にさせる才能を失わないのよ、ルシウス」


 いささか頬をぴきっと引(ひ)き攣(つ)らせながらも、王妃は国王の髪を手で梳き続けた。


「そういえば、初めての出会いもそうだったわ。いきなりこうやって人の上にいたのよ。とっても失礼だったわ、あなた」

「そうだな。君は眠ったまま、私を好きだって言ったんだ。私をあなたのお妃様にしてちょうだいって。だからそのおねだりを、私は叶えてあげたのさ」

「言ってないわよっ」

「君は寝てたから覚えてないんだろ。君は私のものだ、エウローラ。勝手に死ぬだなんて許さない」

「どうしてそう、あなたは勝手なの」


 無駄に顔は良かったけど、性格は悪かった第二王子。けれども共に過ごした二十五年の歳月の中、彼だけが普通に年を重ね、子供達も普通に育って・・・。

 まるで自分だけが時の流れに取り残されたかのようだったと、王妃は目を閉じた。


(産まれた時から勝手に運命を捻じ曲げられ、そして、・・・だけどあなたに出会えた)


 だから、いいのだ。

 辛くなかったわけじゃないけど、それでもこんなに自分を愛してくれる男に出会えたのだから。

 王妃は、もう肖像画しか残っていない両親の顔を思い浮かべた。自分はなぜか不思議な運命を与えられてしまったけれど、いつだって誰かの愛が自分に向けられていた。


「ねえ、ルシウス。今度はきっと私、王女になんか産まれてこないわ。だからね、次に生まれ変わることができるとしたら魔法使いの祝福も呪いもなく、そして普通の女として私は生きるの。・・・だけど、だけどね」


 瞳が熱い。これを伝えなくてはという思いの緊張からなのか、のどが苦しくなる。

 王妃の視界がぼやけた。

 感情が高まりすぎて、呼吸が上手にできなくて、瞳が熱くて、だから小さな嗚咽(おえつ)が漏れるのは、そしてこんなにも胸が締めつけられるのは、・・・ああ、そうだ。結局、自分はこの男を愛していたからだ。


(ちゃんと、・・・ちゃんと伝えなくちゃ。ルシウス、一人残されるあなたの心に、私の言葉が少しでも温もりの灯をともし続けられるように)


 こうして二人でいられる時間が残り僅かだと思い知る程に、その事実がとても切なくて辛い。自分は彼を置き去りにしていくけれど・・・。


「だけど私、今のこの人生だけは、あなた好みの美しさを、そしてあなたが必要とする賢さを、そして百年の時間を止める運命を、自分が持ってて良かったって思ってるのよ。それは本当なの」


 自分の上に覆いかぶさっていた男が、自分の背中に手をまわして強く抱きしめるのを王妃は感じた。

 けれど、そこでもう目が回る。

 目覚めてから興奮状態で話し続けていたのが悪かったのか。薬湯が効いてきたのか。それとも、起きていられる時間がどんどん短くなってきているのか。


「ルシウス。あなた、と・・・」

「無理しなくていい。エウローラ、眠れ」


 だから意識を失った王妃は知らなかった。

 その後で落とされた、国王の独白を。


「美しさなど、その場限りだ。どんな美女も他の欠点があれば数日で嫌気がさす。私とて、お前が美しさしかない女なら、さっさと兄上にくれてやってたさ。・・・エウローラ。お前の美貌を絶賛したのは、時代遅れのお前を周囲の奴らに侮らせたくなかったからだ。お前の知恵を政策に活かしたのも、お前の存在意義を与えてやりたかったからだ」


 始まりこそ、その顔と体に溺れたのは否定しないが。

 それでもお前を愛するのにそんなものは必要なかったのだと、国王は深く寝入った王妃に口づけて呟いた。




 残された時間を、国王と王妃は寄り添いながら過ごした。

 日を追うごとに、王妃が眠る時間は多くなっていく。それはそれだけ、体が限界なのだと皆に知らしめているかのようでもあった。


「エウローラ。朝から歩き回ったりなんかするんじゃない」

「大丈夫よ、ルシウス。今日はとても体が楽なの。だから子供達を驚かそうと思って。ね、きっと私がいきなり現れたら、あの子達、驚くわよね? ふふ、あの子達があなたの代わりに頑張っているところ、見てみたいわ」


 そう王妃が言うと、国王は大きな溜め息をついて、王妃の体に掛ける為の軽くて暖かいショールを侍女に持ってこさせた。


「仕方ない。なら、こっそり見える場所に連れて行ってやる。あの謁見の間は、そういうスペースもあるからな」

「本当っ? ありがとう、ルシウス」


 本来は警備の兵士が詰める場所に椅子を持ってこさせ、国王は王妃に、息子達が人々から様々な意見を聞いている様子を見させた。


「ふふ。いつもはちょっと甘えん坊さんなのに、ああやってると素敵ね。まるで、・・・あなたの若い時みたい」

「私は今でも素敵なつもりなんだが?」

「・・・そこでどうして謙遜ができないの、あなたって人は」


 そんな国王夫妻を、警備につく兵士達も微笑ましく見守っている。だが、そういう次々と持ち込まれる陳情も、内容が違うだけで、やっていることはあまり変わらない。

 やがて見ているのにも飽きてきた王妃は、国王にこっそり耳打ちした。


「ね、ルシウス。久しぶりに私、あなたと踊りたいわ。初めてここに来た時、あなた、私が知っているダンスとこの国のダンスが違うからって、教えてくれたでしょう?」

「ああ。じゃあ、久しぶりにあの広間に行くか」

「ええ。・・・ごめんなさいね、兵士の皆さん。我が儘言って、ここにいさせてもらって。ありがとう。これからもあの子達を守ってくださるかしら?」


 父王の代わりに頑張っている息子達を置き去りにして立ち去る国王夫妻だったが、警備の兵士達は、階下にいる人々にその存在を気づかれないようにしなくてはならない為、大きな返事を出すことはできなかった。

 その為、皆が一斉に跪き、「ははっ」と、唇だけの返事を行い、頭を垂れる。

 それは残り僅かな命だと噂される伝説の王妃に対し、彼らができる最後の約束だった。




 隣の部屋にいる楽師達が奏でる音楽が響いてくる。

 なるべくゆっくりとしたペースでと国王が命じていた為、それはとてもロマンチックに感じられた。


「やっぱり一曲が限度だったわ。駄目ね、本当に体力が落ちてるんだから」

「しょうがない。年老いたババアってのは物を食べながらいつの間にか寝ていたりするもんだからな」

「どうしてあなたはそう一言多いのよ、ルシウス」


 けれども王妃は、同じベンチに座る夫の肩に頭をもたれさせて微笑んだ。


(本当に素直じゃないわね。・・・さっきの曲、私の国のものじゃない)


 一緒に踊った曲は、王妃が国王に教えてあげた唯一のダンスだ。あれはエウローラ王妃が育った国の民謡をベースにしたものだった。

 そう、かつてエウローラ王女が、父王と共に踊った初めてのダンスの曲。


「ほら、飲め。のども渇いてるだろう?」

「ありがとう、ルシウス」


 差し出されたカップには、ハーブの香りを移した清々しい水が入っていた。それを王妃に飲ませると、国王もまた同じカップで水を飲む。


「ねえ、ルシウス。もしも、もしもよ? 私が、王女じゃなく・・・・・・」


 そんなことを自分の肩の上で呟いた王妃の頬を、国王は愛おしそうに撫でた。そうして黙ってゆっくりと自分の膝へとその頭を倒させる。同じ長椅子で、膝枕をするかのように。

 目を閉じている王妃は、国王の膝の上で幸せそうに微睡(まどろ)んでいるかに見えた。


「このまま眠れ、エウローラ。私の膝の上で」


 こうして寝台で過ごす日々が多くなってから、王妃は髪を結い上げずに下ろしていることが多くなっていた。だからだろう、本当に十代の未婚の姫にしか見えない姿だった。国王といれば、親子にすら見える程に。


(お前の笑う姿が好きだった。光を浴びて、赤や茶、そして橙や金に色を変えるストロベリーブロンドの髪。そして角度によって青や緑に色を変えるグレイの瞳。お前はまさに、姿そのものが、夜空に浮かぶオーロラのような女だった)


 出会った時と同じ姿で、最後まで若く美しかった妻。

 そんな王妃の顔を撫でる国王の瞳から熱い雫が落ち、美しいその顔を濡らしていく。


(僅かなひとときだけ姿を見せては消え去っていく極光(オーロラ)のように、お前もまた・・・)


 彼女が聞きたかった答えを、国王は言わなかった。もう、聞く人はいないと知っていたから。






 塔で暮らし始めて、レイラはなるほどと、納得していた。

 これではいくら金があってもなくなるだろう。たしかに塔は貧乏集団かもしれない。

 無駄に金と手間をかけて様々な物を作る上、それが金になる発明や研究とは限らないからだ。


(このキュウリも焼きトウモロコシの味がするってのは凄いけど、凄いんだけど、何の役に立つのか、全く分かんない)


 トウモロコシを焼く手間がなく、キュウリを齧れば焼きトウモロコシの味が楽しめる。それは凄いと思う。思うのだけど、それはどうやら病気になりにくい植物の研究における副産物だったとかで、この島内のみに味見として配られたが、世界の味覚を混乱させるというので、外には出さないそうだ。


(広い島だけど、あちこちに塔という名の施設はあるし、倉庫はあるし、・・・何かと変な実験が行われてるし)


 世界の誰もが辿り着けないといわれる塔が立ち並ぶこの島への出入りは、空中もしくは海中を移動するということも初めて知った。R達が知らなかったのは、万が一にでも子供達がそれを口にしないようにと、寝ている間に運んでいたかららしい。

 初めての暮らしなど、まずは受け入れるだけで精いっぱいだろうと、レスターはそんな彼女にそれなりに広い部屋を提供し、わけの分からない物をせっせと作っている。

 そうして静謐の塔にやってきて三日目、レイラは目の前が一気に暗くなったと感じ、そのままふらりと床に倒れた。

 夢の中で、レイラはまるで眠りの森の美女のような人生を辿っていた。

 王子と結婚し、子供を産み、王妃として生き、そうして亡くなる人生を。

 ああ、そうだ。

 自分はかつてエウローラ王女と呼ばれていた。そうして隣国の王妃となり、死を迎え・・・。


「・・・レイラッ。何があった、レイラッ」


 自分を揺り動かす腕に目覚めた時、レイラはそこでピンとくるものがあった。

 焦った様子で、バタフライマスクを通して自分を心配そうに見つめてくる、その彼の声が懐かしく自分の耳にこだまする。

 ああ、そうだ。彼は・・・。

 レイラは手を伸ばして、そのバタフライマスクを取り去った。ついでにターバンも引っ張って剥いでしまう。

 驚いたように自分を見てくるその男の顔を見つめて。

 レイラは、思いっきりグーパンチで殴った。


「いってぇっ。何すんだっ」

「黙って殴らせなさいっ」


 誰だって殴る。思いっきり殴る。当たり前だろう。

 何ということだろう。

 このワガママ身勝手ゴーマン男は、よりによって自分があれ程イヤだったと伝えていたのに、それと同じことをやらかしてくれたのだ。


「ルーシーウースー。あんたって人はぁっ」


 その言葉に、はっとした顔でレスターがレイラを見てくる。


「思い出したのか、エウローラ」

「なーにが、『思い出したのか』よっ!」


 レイラはぐりぐりとレスターの頬を指でねじりあげた。

 傷一つない顔は、記憶の中と同じだ。相変わらず無駄に太陽のように輝く金髪と、ド派手な顔をしてくれている。

 そうだ。この顔を思いっきり歪めてやりたいと、自分は思っていたのだ。いつもいつも人をせせら笑っていいように翻弄してくれた、この顔を。


「わったっしっが、あれ程っ、普通の女として生きたいって言っていたのにっ。祝福も呪いもいらないって言ってたってのに、なんてことしてくれんのよっ!」


 この男がいて、無関係な筈がない。

 何より、彼も自分も、全くあの時と同じ姿ではないか。

 何が五人の男の祝福だ。魔法使いの祝福が男達になっただけで、ついでに美や賢さなどが安全や幸運に変わっただけで、全く同じことを繰り返されたようなものではないか。

 自分はちゃんと、普通の女として、ありふれた人生を送りたいと、あっれっほっどっ、言っていたというのにっ。


「冗談じゃないっ。で、お前があんな男と結婚するのを、指を銜(くわ)えて見てろってのかっ。冗談じゃねえっ」

「はぁっ!? あんな男って、あんたがその四人の誰かと結婚しろって言ってたんじゃないっ」


 余計にムカつくのがそこだ。

 かつて自分の妻だった人間を、どうして他の男にくれてやろうとするのか。・・・まあ、この男よりもはるかに誰もが素敵だったことは認める。レスターよりも格段に優しくて、人間も出来てて、周囲の誰もが最高だと認める青年達だった。


「そっちじゃないっ。あっちの神谷って男だっ!」

「・・・は?」


 誰だ、それ?

 しばし考え、どこかで聞いた名前だと思い、それからレイラは思い出した。

 そうだ。美冴の婚約者だった男の名前だ。


「何で、ここで神谷さんの名前が出てくんのよ」

「どうしてここで出てこないと思うんだ」


 世間一般の概念から考えて。

 今、レイラは二十才。そして、神谷と婚約していたのは、自分が産まれる前のことである。

 世の中の女性に問うが、二十年前に自然消滅した婚約者のことをいつまでも覚えている人がいるのだろうか?

 しかも、その後は全く良縁に恵まれなかったというのであればともかく、経済力と外見と自分への優しさとを全て持ち合わせた男達に口説かれまくったとしたら。


――― はあ? そんなの、いたのも覚えてないし。


 そういう意見が99%を占めるだろう。うん、自分は悪くない。薄情だと言われるかもしれないが、彼だって自分のことなどもう覚えていないだろう。

 ちゃんとそこまで考えてから、レイラは顔を上げた。


「誰がどう考えても、神谷さん、関係ないじゃない」

「誰がどう考えても、お前があの男と結婚しようとしなければこんなことは起こらなかった。だから、お前が悪い」

「はあっ!?」

「お前が一生独身で生きるなら何もしないでやったさ。だけど、俺以外の男と結婚するなんて許せるわけないだろう。だからお前が悪い」

「・・・・・・・・・」


 何だ、その理屈は。

 じゃあ、何か?

 覚えてもいない前世の夫に遠慮して、女は結婚してはならないとか言うのか?

 世間一般の女性は、お互いに生きていても離婚届を出してしまえば、違う男性と再婚できる。それは至極当然の権利である。

 この男の言い分はあまりにも元妻に対して、人権侵害も極(きわ)まれり、ではなかろうか。

 それでも床に倒れていた自分を抱き起こし、横抱きにして自室のベッドへと連れて行く彼の腕は懐かしかった。


「まずは休め。まさかお前が思い出すとは思わなかった。・・・混乱しているだろう。明日にでも猫の塔に連れていって体を診てもらうから、今日は寝ていた方がいい。食事は持ってきてやる」


 水でも持って来ようと言って立ち去ろうとするレスターの服をレイラは掴んだ。


「平気。別に混乱なんてしてない。・・・だから、傍にいて。ずっと傍に」


 驚いたように振り返る彼の首に手を伸ばし、しがみつけば強く抱きしめてくる。


「ルシウス、・・・ルシウスっ」

「・・・泣くな、エウローラ」


 涙が零れた。彼のシャツの背中をくしゃくしゃに握りしめれば、恨み言だって出てくる。


「ど、どうしてっ、どうしてそれで他の人達なんて・・・っ」

「・・・お前が言ったんだろうが。男は黒髪と黒い目がいいって」

「・・・・・・・・・・・・。何、それ」


 ぐいぐいと締めつけてくる彼の腕は力強いと呼ぶよりも、何だか恨みがましい。

 レイラはかなりきょとんとした顔になった。涙も引っこむというものである。



 さて、そこで昔話です。

 ある時、とある国の王様は、自分の妻である王妃様と、自分の娘である王女様が楽しそうにお喋りをしているのを聞いてしまいました。


「じゃあ、お母様は黒い髪に黒い目の組み合わせが一番お好きなのね」

「ええ、そうよ。世界で一番頼もしくて優しくて大好きだったの」


 ショックを受けた王様は、そのままそこを立ち去りました。何故なら王様は明るく輝く金の髪に、青い瞳をしていたからです。


(別に私と結婚したんだし。それにそいつのことを好きだったとしても、もうそいつとは何でもないんだし)


 嫉妬しているだなんて口惜しくて言えません。けれどもその晩は、かなりねちねちと、王妃に対して絡んでしまったのは仕方ないことだったでしょう。おしまい。



 しかし今更そんなことを言われても、レイラにしてみれば数十年どころか、もっともっと昔の話である。


「え? 何よ、それ。ちょっと。大体、そんな人なんて・・・・・・」


 レイラは混乱した。記憶にない。いや、・・・言われてみれば何かそんなこともあったような。

 よくよく思い返せば・・・。


「あーっ! 分かったっ。そうよ、それ、お父様がお若い時の肖像画っ!」

「はあっ!?」



 さて、そこで更なる昔話です。

 とある国の王様は、晩年になって可愛い王女様を授かりました。目の中に入れても痛くないとばかりに可愛がっておりまして、両親に溺愛されて育った王女様は、優しい父王と美しい母王妃が大好きでした。

 しかし、王様は自分が年老いていたことが悲しかったらしく、若い時の肖像画を王女様に見せては、

「すまないなぁ。エウローラ。お前をもっと若い時に作ってあげられていたなら、私もこんな若い父親でいてあげられたのに」

と、謝りました。

 そんな父王の若い時の絵姿は、黒髪に黒い瞳をしておりました。

 別に白い髪でも王女様は父王が大好きでしたが、肖像画に描かれたその姿はとても凛々しくて、その絵を見るだけで幸せになったのです。おしまい。



 どうせ自分は黒髪じゃないし、黒い目もしていないしと、実はいじけていた男は、そのことを聞いて喜ぶには、あまりにもこじらせすぎていた。


「・・・・・・・・・何だ、そのオチは。お前、どこまでファザコンなんだ」

「なっ、何よ。いいじゃない。だってお父様、優しかったし、素敵だったし、そっ、それに・・・白い御髪(おぐし)になっていたけど、お若かったらもっとカッコ良かったのかなぁって・・・」


 もじもじと赤くなって照れながら言うレイラは、本気で父王が大好きだったのだろう。

 だが、しかし。

 嫉妬していた自分の時間を返せと、レスターは言いたい。


「だっ、大体、盗み聞きなんてルシウスが悪いんじゃないっ。それにっ、それにその前から話を聞いていれば、そんな誤解なんてしなかったわよっ」

「・・・・・・」


 そうかもしれないが、そこで乱入して、今のはどういうことだと問い詰めるには、プライドが高すぎたのである。何といっても顔を褒められることの多かったルシウスとて、黒い髪と黒い瞳はもっていなかったのだから。

 そしてとっくの昔に亡くなっていたエウローラの父王の姿など、知る筈がなかった。

 というわけで、八つ当たり気味にレイラに当たり散らす。


「だっ、大体お前がファザコンすぎるんだっ」

「誰がファザコンよっ」


 そこは、ふざけるなとレイラも言いたい。誰だって自分を可愛がってくれた父親を嫌いになるものではないだろう。

 ましてや自分は父王にとって、最愛の一人娘だったのだから。


「そうじゃないかっ。大体なあっ」


 それを言うのはやめておこうと思っていたレスターだったが、ついぶちまけてしまう。


「お前っ、まだガンマ(ザイ)に惚れるならまだしも、あのマイオスって奴のこと好きだったくせにっ。この尻軽女っ!」

「はあっ!? なんでパパがここで出てくんのよっ」


 なんでもクソもない。だってレスターは知っている。レイラの初恋がマイオスだったことを。

 百歩譲ってエウローラの父王は仕方ない。実の父親だったのだから。

 しかしマイオスは違う。血が繋がってない、赤の他人の男だ。


「俺が知らないとでもっ!? お前の初恋があのマイオスって男だってことぐらい、ちゃんと把握済みだっ」


 会えない時間、カードに尋ねては、レイラの行動を把握していたレスターである。

 レイラが産まれた時から美冴の記憶をもっていたように、レスターはルシウスの記憶を持っていたのだから。


「男の子の初恋はママで、女の子の初恋がパパだなんて、世間一般的に当たり前じゃないのっ!」

「あいつは父親じゃねえだろっ」

「父親よっ」


 あまりにも不毛な罵り合いだった。


「後からああだのこうだの言い出す自分が恥ずかしいって思わないのっ」

「恥ずかしいのは、誰にでもふらふらついてくお前だろっ」


 そこでレスターも矛(ほこ)を収めるには、長年のムラムラがありすぎたのだ。そしてレイラは、レスターの人の話を聞かずに勝手に決めつけることに対して、かなりムカムカしていた。


「・・・あんたってっ、・・・こほっ、けほっ」

「ちょっと待て。水でも持ってくる」


 がるるると、二人で唸り合いつつ言い争っていても、のどが渇けば休戦になる。

 レスターも倒れていたレイラに無理をさせる気はなかったので、レモネードを作って運んできた。

 それを飲めば、甘みをかなり足されているところにレスターの心づかいを感じるレイラだ。

 実際、馬鹿な空回りをしてはいるが、レスターの心はずっと自分だけを見ていた。


「一番の問題は、あんたが自己完結しすぎるってことよ。ちゃんと話し合いなさいよ」

「うるせえ」


 だってしょうがないだろう。愛していたのだから。

 好きだから、問い詰められなかった。

 問い詰めて、聞きたくない言葉を聞かされたくなかった。

 レイラが上半身を起こしているベッドにレスターも腰掛け、自分のはそこまで甘くしていないレモネードを口に含む。

 互いにそっぽを向いていても、レスターの背中にレイラが体をもたせかければ、ゆっくりと上半身をひねって空になったグラスを受け取る手がある。


「休んでろ。食事は運んできてやるから」

「・・・ここで一緒に食べてくれる?」

「ああ」


 グラスを握る手が触れあったまま、二人の顔が重なっていく。

 その口づけはレモンの味がした。




 六階にあるレスターの部屋は、かなり色々な物が散らかっている。また、作業部屋などは危険だから入りこまないようにと言われていたこともあり、レイラは片付いている五階のフロア全てを与えられていた。


(好きにしていいって、・・・広すぎるのよ、無駄に)


 掃除は勝手に機械がやってくれるが、もっと様々な作業をさせたいなら、倉庫にあるアンドロイドを起動させて使えばいいとも言われている。

 階段を使って六階に上がっていけば、レスターはソファに座って壁に映し出されたものを見ていた。


「それって私の・・・」

「ああ」


 小さな美冴が公園の砂場で遊んでいたら、少し体の大きい子供達に玩具を取り上げられて泣いてしまったところだった。

 同じソファに座って、レイラもそれを眺める。思い出せない記憶が少しずつ揺り動かされた気がした。


「ねえ、レスター。私、もう王女様じゃないよ」

「それぐらい知ってる」


 誰もが絶世の美女だという姿の自分。だけどレスターは、あの平凡な黒髪の姿も愛してくれていたのだろうか。


「エウローラみたいに、役に立つわけじゃないし」

「そんなの十分に分かってる。不器用で頭の悪いお前にどんなお役立ちなものを求めろと言うんだ」

「・・・・・・」


 殴っていいだろうか。いや、落ち着くのだ、自分。まずは深呼吸しよう。

 そう、ここで喧嘩したら話が終わってしまう。

 けれども実際に、今の自分でレスターに与えられるものは何もない。

 優しく賢かったエウローラ。けれど今の自分は美冴がベースだ。

 きっと彼に栄光とかそういうものを与える女にはなれない。


「・・・顔、とか?」

「顔だけならR達で十分事足りる。性格だってR達の方がよほど可愛らしい」


 実はジルードに、取り柄は顔しかないと言われたのが堪(こた)えていたレイラだ。

 しかし、その取り柄すらレスターに否定される。

 しかも、R達の方が上だと言われてしまった。それはそうかもしれない。R達は純粋にレスターが大好きで、何かと纏わりついているのだから。

 なのに、そう言いながらレスターが求めるのはR達ではなく自分だ。


「そういうお前は? 俺はもう王子じゃない」

「王子様がいいなら、ジードがいたわよ」


 それにロムルスも。二人とも、世界でもトップクラスの好青年ではないか。

 何より二人ともレイラを愛していた。


「お前に、皆が羨ましがるような肩書きも与えてやれない」

「そんなものを欲しいなんて言った覚えないから」


 面倒事を避ける為に、塔の住人はよそでは仮面をつけて最初から距離を置くか、その身元を明らかにせず旅人として紛れているのだとか。


「女心なんて分かってやれねえからな」

「最初っから期待してない」


 そんなこと、ベータとして出会った時から分かってる。

 出会った当初からセクハラ三昧(ざんまい)な男に、女心を理解する機能が備わっていると思う女は存在しないだろう。


「不思議よね。レスターよりはるかにライジードの方がルシウスそっくりの性格だったわ」


 だから傍にいたかったのだと、今なら分かる。ずっと彼を守り、支えてあげたかったのは、エウローラだった時のルシウスへの想いが自分の中にあったからだ。


「人なんて、生まれ育った環境で性格もどんどん変わるさ。お前だってエウローラとは似ても似つかない性格だろ。エウローラなら俺に蹴りなんてかまさないし、引っ叩いたりもしないさ。そういう行動そのものを知らない女だったからな」

「・・・そうかも。ルシウスなら私にクソ姫なんて言わなかったし、『ここに墓を作ろう』だなんて言葉がプロポーズになるだなんて考える人じゃなかった」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 お互いに何を根にもっているのかが分かる。

 だけどそれでも。

 あの時とは、もう違う。自分達には、その身分も事情も何もない。


「それでも愛してる、エウローラ。お前が王女じゃなくても、伝説など何一つ持たなくても、お前がその姿じゃなくても」

「わ、私だって、私だってねえ・・・っ」


 やっぱりこの男は狡い。人をボロクソに貶したかと思うと、するっと一転して優しい言葉を囁くのだから。

 まるで自分だけが意地を張っているかのようだ。


「ああ、分かってる。お前はルシウスの顔だと知らないまま、俺を選んだ」


 寝る前だったからだろう。シャツ一枚だった彼の胸に顔を埋めれば、その体を熱く感じた。きっと自分の顔も彼の体温が移ったように真っ赤だろう。

 壁に映し出された映像の中で、美冴がランドセルを背負っている。自分よりも背の高い兄に笑いかけ、駆け寄っていっている。

 彼はずっとこうして自分の姿を見ていたのだろうか。


(・・・けど、やっぱりねちっこいタイプ?)


 自分なら、配偶者の生まれ変わりの姿をじーっと眺める程の根性は持てないと思う。けれど、そう思いながらも嬉しいと感じるのは何故なのだろう。

 きっとレスターはルシウスとは違う。ルシウスはみっともないことを嫌う人だった。

 それでもルシウスは自分を愛していた。

 そう、自分が彼を愛していたように。


「好き、ルシウス。・・・あなたが王子じゃなくても、その無駄に持ち腐れな顔じゃなくても」

「・・・お前は一言多すぎる」

「あんた程じゃないわよ」

 

 きっともう自分達は元の関係にはなれない。だって、もう王子でも王女でもないのだから。

 それでも新しい関係を築いていけるだろう。

 こうして遠慮のない言葉をかけあえる、そんな新しい関係を。






「 大好きなレスへ


 お元気ですか? 私達は元気です。せっかくだからと、四人ともRで始まる名前をつけてもらいました。

 R01はローザリンデ、R02はラーエル、R03はロベルティナ、R04がルフィリーナです。そうしたら、今までの呼び方でもこの新しい名前でも問題ないだろうと言われました。

 レイラママも花嫁修業というのをしたのだからと、帝国のタイガルース侯爵夫人という人が、私達にも

『同じようにやりましょうね』

と、言ったので、頑張ってやってみることにしました。何でも花嫁修業をしたら、どこの国に行っても素敵な奥様になれるそうです。

 この間、ライジードお兄さんが遊びに来ていましたが、それを聞いて、にこにことしながら、

『それは素敵だな。ジルードの仕込みなら、どこの王宮でも通じるだろう』

と、言っていました。ファルードお兄さんは、

『まあ、程々にね。疲れて逃げ出したくなった時には、小鳥を飛ばせば迎えにきてあげるよ』

と、言いました。ザイお兄さんは、

『あまり無茶はすんなよ。ついでに寝る時も、常に小鳥は部屋の中に飛ばしとけ。とんでもねえ奴はどこにでもいるからな』

と、そう言って帰っていきました。

 タイガルース侯爵夫人に言わせると、私達はレイラママよりも、

『無駄に甘やかす馬鹿共が近くにいないので成長に見込みがある』

そうです。

 ロムルスお兄さんはあちこちに行っていますが、戻ってきたら遊んでくれます。私達がいるので、ロムルスお兄さんは宮殿に帰ってくるようになったと、皇帝陛下が言っていました。

 厳しいけれど、タイガルース侯爵夫人は優しいです。色々なことを教えてくれます。そして、レスにはもうレイラママがいるから、みんなでレスの奥さんになるよりも、素敵な旦那様を見つけた方が幸せになれると教えてくれました。その旦那様のタイガルース侯爵は、私達に大好きな人を作って捕まえたらとても幸せになれるのだと、色々なお話をしてくれました。

 ロムルスお兄さんのお母様も、とても優しいです。

『娘が欲しかったのよ。なんて可愛らしいんでしょう。どなたと結婚したいと言っても、うちの娘として出すから、家格だなんて気にすることはありませんよ。だけど、本当にうちの娘になってくれてもいいですからね』

と、いつも美味しいお茶会に呼んでくれます。

 だけど、テルノスのおばあ様も、

『あらあら。帝国の皇妃様では太刀打ちできないわねぇ。けれども、そこまで身分のない方であれば、うちからお嫁に出しますわ』

と、言ってくれています。

 だから大好きな人を頑張って捕まえに行こうと思います。だけど、どこにいるのかが分かりません。

 捕まえたら、レスとレイラママにも見せに行きます。楽しみに待っていてください。

 愛をこめて。ローザリンデ、ラーエル、ロベルティナ、ルフィリーナ 」



 インコが運んできた手紙を読んで、レスターは無言になった。

 ひらりと落ちた手紙を、レイラが拾って読めば、何だかもう泣けてくる。ジルードは誰に対してもマスタードがききすぎてはいないだろうか。


「冗談じゃねえっ、あんのロリコン変態王子っ! まさかR達をモノにする気じゃねえだろうなっ」

「待ちなさいっ、レスターッ! あんたっ、自分の結婚式を放置してどこに行く気よっ!」


 真っ白な花嫁衣装を纏ったレイラが同じく白い正装を纏ったレスターを慌てて止めようとすれば、やはり正装していた猫の塔がその襟首を掴んで、頬をぺしぺしと叩く。


「このド阿呆(あほう)。娘なんざいつかは父親から旅立っていくもんだろうが。諦めろ。いいじゃないか、エスリーダ王国なら大国だぞ」

「冗談じゃありませんよ、猫の塔の賢者。あんな男にくれてやる為に育てたんじゃありません。まだ帝国ならともかく、あとの奴らなんて・・・っ」

「お前が納得できる相手なんて、世界中を探し回っても存在しないから諦めろ。いいじゃないか、お前にはあれ程恋焦がれていたお姫様がいるんだから」

「そうですよ。静謐の塔殿。花嫁を放り出してどこに行く気ですか。そんな我が儘を言っていると、この美しいお嬢さんは、うちの猫の塔まで連れて帰っちゃいますよ。R達がいなくなって寂しかったところです。R達が育てばこんなにも美しくなるのかと思いながら、愛でて暮らしたいものですね」


 大人げないレスターを、猫の塔と、その跡継ぎであるシュバルトが窘(たしな)めた。そんなシュバルトはレイラの父親役も兼ねている。


「こいつは私のですっ」


 すぐさま、レイラを自分の所へ引き寄せるレスターだ。シュバルトの冗談に、見事に反応するのだから困ったものだと思う。

 本当はマイオスにも来てもらいたかったが、塔という存在は難しいらしく、この島にやってきたと知られたら、マイオスが危険なことになるだけだと教えられたのだ。


「すみませんね、レイラさん。静謐(せいひつ)の塔殿は、あまりにもあなたが美しすぎるので、気が動転しすぎて、ご自分が何を言っているのか、分かっておられないのですよ」

「あ、いいえ。お気遣いなく、シュバルトさん。レスターがおかしいのは分かってますから」


 それでもマイオスには写真を送ってあげればいいと教えられ、納得したレイラだ。

 島にある教会には、英知の神とやらが祀(まつ)られている。神父も牧師も僧侶もいないが、祈りの場として使われているらしい。


「諦めなさいよ、レスター。いいじゃないの、R達がお婿さんを連れて帰ってくるっていうんなら」

「お前は考えが甘すぎるんだっ。あの王子が婿に来るなんてのも冗談じゃねえが、それ以前だっ。このままじゃR達が戻ってこねえだろっ。あいつ、R達をモノにする気満々じゃねえかっ」

「・・・あんたじゃあるまいし、複数の奥さんなんて考えないわよ。あー、ほんと、うるさい」


 そうしてその日。

 その祭壇の前で、レスターとレイラは結婚式を挙げた。

 島にいる、様々な賢者達に祝福されて。






 その世界における、「リベラ女神の娘」と呼ばれた娘。

 様々な場所に姿を現した後、ぷっつりと姿を消したが、それについて語る人はいなかった。

 けれどもその後、その「リベラ女神の娘」に生き写しな少女達が現われ、彼女達は不思議な力を持たないとされたものの、家名も出身地も不明なままに、どこへ行っても丁重に扱われた。

 やがて彼女達は、別々な相手と結婚するが・・・。

 その結婚式には、とても凄まじい不機嫌なオーラを撒き散らす身元不明な仮面男が、なぜか最前列にいたという。






 様々な命が生まれ、死んでいく。

 人で生まれた命を数十年で終えると、次には木となって百年の生を辿り、更に次の生では魚となって数日で終えていく。


「そりゃね。人間の王女として産まれた君が、あまりにも自分以外の奴らの思惑に翻弄(ほんろう)されたってんで、次の生では王女として産まれたくなかったと思うのは仕方ないさ。そう思うのはいい、別にいいんだよ、エウローラ」


 そうブツブツと、彼はぼやいた。


「でもって、今度は美女でもなく、才女でもなく、優しさと思いやりに満ちた聖女のような人間でもいたくないって思うのも仕方ないことだと思うさ。そこにもちゃんと私は理解を示してあげるよ。これでも私は、いつでも君には優しかったつもりなんでね」


 エウローラは、本当にどこにでもいるような女の子として転生した。そこまでは自分も納得しよう。そして、そこまではいいのだが、問題は自分だ。


「だからって、何で私がこんなものに生まれ変わってんだ」


 冗談ではないと思う。

 よりによって、自分は様々な世界に一人は置かれる管理人の一人として転生したのだ。まあ、いわゆる神様の一人みたいなものか?

 いや、この世に本当に神様がいるとしたら、そいつはとんでもない性格の悪い存在だと言いきってやる。少なくとも自分は、人間が思うところの神のようなレベルで凄い能力を有していると分かっているが、神でないことも分かっている。


(で、何か? この私に、他の男とエウローラがくっつくのを見てろってのか? 冗談じゃない。あれは私の女だ)


 転生したなら以前の記憶など忘れ去っている筈なのに、自分は管理人として生まれ変わったからだろうか。今までの様々な転生の記憶を、全て呼び起こすことができた。

 そう、ハイエナとして生きてきた記憶も、ペンギンとして生きた記憶も、タンポポの綿毛として飛び立った途端に川に落ちて終わってしまった記憶も、村娘に生まれて農民の妻となった記憶も、ムール貝として食べられてしまった記憶も、そしてルシウス王子として生きた記憶も。


(彼女が生きる世界には、その世界の管理人がいる。だが、私の世界のことならばどうにでもなる)


 だから自分は、何人かの産まれてくる命を選んで、自分の種を植えこんだのだ。


(この私の種を植えこんだ彼らには、この世界の管理人の力が注がれる。だから、どんな道を歩もうとも、彼らはそれなりの人物に育つだろう)


 そうして、あちらの世界の管理人の隙をみて、彼女を奪えばいい。

 この世界に連れてきて、そうして彼女をこの世界の存在にしてしまうのだ。何の運命も持たぬ女の存在など、あちらの管理人にとってもどうでもいいことだろうから。

 管理人とは、あくまで自分達のルールに則って管理しておけばいいのであって、その世界に生きる命を守るものではない。


(エウローラ。お前は王女でない自分でも愛しているかと訊きたかったのだろう? だけど、それは狡(ずる)い質問だ。それを言うなら、お前は王子ではない私でも愛したのか?)


 眠る王女を目覚めさせ、妻にしたと宣言されたから。

 伝説の王女を娶るのに問題ない身分の王子だったから。

 愛妾ではなく正妃として迎える事を表明し実行したから。


(だからお前は、私を愛しているつもりになっただけじゃないのか?)


 最後まで答えを聞きたくて、聞きたくなくて、そうして言葉途中で黄泉の国へと去っていった彼女のように、自分にもまた彼女に問いかけたい言葉があった。


(眠っているお前を抱いたのが王子の私ではなく、私がただの猟師か村人で、更に妃どころか貧しい家の妻にしかしてやれなくても、お前は私を愛したか?)


 ずっと知りたかった。

 彼女はそれでも、自分を愛していると言ってくれたのだろうか、と。


(だから教えてくれ。エウローラ)


 始まりが始まりだったから、自分達は愛を囁き合いながらも、疑う何かを捨てきれずにいた。

 二度とあんな祝福に翻弄される人生など送りたくないと、そう彼女は言ったけれど、そんな彼女の気持ちなど、どうでもいい。


(だって私がいなくても君が幸せになるだなんて、それこそ許せないだろう? それぐらいなら全てを道連れにして君を壊すよ、私は)


 同じ祝福を贈って、けれども今度は彼女自身に選択肢を与える。・・・それでも尚、彼女は自分を選んでくれるのだろうか。


(だから、まずは君の愛を証明してみせてくれ)


 彼らに自分の種は植えたけれども、本当の自分の現身(うつしみ)はただ一人。

 その一人を君は選んでくれるだろうか。

 その答えを知りたくて、そして知りたくない。


(だけど、エウローラ。君が選ぶのが、それでも私の種を植えた男だというなら許してあげるよ。私の分身の一つには違いないからね)


 けれども君が全く関係ない男を選んだなら・・・。

 その時はこの世界ごと、君をこの手で壊してあげる。

 なぜならそれが許されるのが、管理人なのだから。この世界において、自分は神に等しい。全てを操ることができる。

 さあ、出会いから始めよう。そうしてまずは君の愛を見せてくれ、エウローラ。我が最愛の妃よ。

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