16 舞踏会への招待状
アルファ(ライジード):赤みを帯びた黒髪、黒の瞳。エスリーダ王国の第三王子。
ベータ(レスター):学者。
ガンマ(ザイファス):緑を帯びた黒髪、黒の瞳。盗賊。
デルタ(ファルード):紫みを帯びた長い黒髪、黒の瞳。リベラ女神の神官。ナリス王国の地方都市リーング出身。父(既に死亡)、母、姉ミレニア(夫はユネイト)、姉ディレーテ、妹リデル。
現在はルーセット神殿神官長イディラート・フェニンセンと養子縁組している。
イプシロン(ロムルス):青みを帯びた黒髪、黒の瞳。アームル帝国の一軍に属している。
松岡美冴:黒髪に茶色の瞳。ストロベリーブロンドの髪と、青や緑にも見える灰色の瞳の姿を与えられ、ロキスとミザリーの娘レイラとして生を受ける。マイオスに拾われ、リリエルと名づけられる。
チェンジン国・リミダ村
マイオス:焦げ茶の髪に青い瞳。がっしりとした大柄な男。
エイリーン:金髪に赤茶色の瞳。
リリエル(レイラ):薄い水色の髪と青い瞳。
ザイ:濃い緑の髪に灰色の瞳。
ローリー:ザイの弟。
クユル:ザイを教えていた学者ミルドの息子。
チェンジン国 ピルッポの街
シアラ:水色の髪。水色の目。
ミハス:オードン騎士隊長の家令だった男。
アームル帝国
ロムルス:青い髪に灰色の瞳。
ジルード:赤みがかった焦げ茶の髪に赤い瞳。
エスリーダ王国
テルノス辺境伯:偏屈で知られる。ロッシージェ・フトカ・テルノス
ライジード:赤い髪、灰色の瞳。エスリーダ王国第三王子。王太子。
レンダー:宰相がライジードに付けた懐刀。水色の瞳。甘いもの好き。
No.2猫の塔:シルヴィア。蒼い瞳に薄茶色がかった銀髪。跡継ぎはシュバルト。
No.3静謐の塔:白髪の老爺。跡継ぎはレスター。
No.5思索の塔:白髪の老爺。
人って、やっぱり表面だけでは分からないものなんだなぁと、レイラは思った。
「ジルード。別に何を期待していたわけじゃないが、・・・もう少し、明るい顔をしてくれてもいいと思うんだ。何といっても俺達は今、運命共同体なわけなんだし。な?」
「ほっといてください、ロムルス。あなたには分かりませんよ。私の気持ちだなんて」
最初は「ロムルス様」と呼んでいたジルードだったが、変にそれを誰かに聞かれて怪しまれたらまずいというので、今、三人は普通に呼び合っている。
「あの場の勢いに流されず、あなたをお諌めする立場だったというのに・・・。ファルが誰であれ、あなたより優先されることなんてなかった筈なのに、私としたことが・・・。ああ、どうやってお祖父様に顔向けすればいいのか」
「あ、あんまり悲しまないで。ね、ジルード。ごめんね。私がファルードを追いかけたいって言っちゃったから。・・・だけど二人がついてきてくれて、とっても心強いよ。ほんとだよ、それにロムルスだってきっと無茶なんてしないよ」
ジルードを、慌ててレイラが慰める。
どうやらロムルスはとても大事なお坊ちゃまだったらしく、あの混乱に乗じてリーングを離れた三人だったが、ジルードは冷静になればなる程、エスリーダ王国行きを諦めさせ、ジルードの実家のギネス伯爵家の別荘に身を隠すべきだと思わずにはいられないらしかった。
そこを突かれると、何も言えないロムルスだ。
(なんか真面目なんだよなぁ、ジルードって。かなり無愛想だって噂だったし、馴れ馴れしい奴は殴り倒すって聞いてたが、・・・ファルードが心配ないと言うから仲良くしてみたら、レイラも可愛がってくれてるし、実はかなりいい奴だったんだが、あまりにも真面目すぎる)
伯爵のことをお祖父様と呼んでいるところをみると、身元を偽っていたと言ってもジルードが伯爵家の身内であることは変わらないようだ。そうなると、ギネス伯爵の娘の誰かが他家で産んだ息子なのか。たしかギネス伯爵には、跡継ぎである長男と、そして二人の娘がいた筈だ。
今まで、その長男が迎えた奥方が産んだ三番目の息子だと思っていたロムルスだ。
そこを尋ねたが、ジルードは、
「そこを明らかにしてしまいますと、何も知らぬ家族に迷惑がかかります。あなた様に関しては失敗できませんでした。くれぐれも内密にということで、これは伯爵と私だけで打ち合わせ、決めたことでございます」
と、教えてくれなかった。
「レイラは子供だから無茶が分かってないだけなんだよ。だからしょうがないんだ。だけどまともな私だけは、ちゃんと考えておかねばならなかったのに」
「いや、ジルード。お前、それ、・・・俺に考える頭がないって言ってるのか?」
「ロムルスになくても、他の頭があればいいんですよ」
「・・・・・・」
ロムルスが何とも言い難い顔になって、そこでバキッと枝を折る。そして火にくべた。
そりゃジルードの気持ちは分からないでもない。ここでファルードを追う自分は愚かなことをしているという自覚もある。
本来は、大人しく匿われているべきだ。けれども、・・・心が、ファルードを放っておけないと叫ぶ。
「いいじゃないか。まあ、ファルードの置かれた状況を思うとあんまりのほほんともしておけないが、俺はちょっと気が楽になってる。なんだか、・・・やっと一人の男になれたって感じでさ」
「ロムルス、どう見ても男の人だよ?」
不思議そうな顔になって、レイラがロムルスを見上げるように覗きこんでくる。
火に照らされているといっても、暗い街道沿いだ。影が多くて表情が分かりにくい。宿があれば宿に泊まるが、今日は野宿なのだ。三人は焚き火をしながら語り合っていた。いや、ジルードだけが愚痴っていた。
「ロムルスはどうやっても女の人には見えないよ?」
「いや、レイラ。そういう意味じゃなくてな」
困ったような声音になるロムルスだ。
だけどレイラにしてみれば、ロムルスは少年ながらも体は大柄だし、顔立ちこそまだ若さが前面に出ているが、その体つきは既に成人男性並なのだ。
今更、一人の男になれたも何も、最初から男以外の何物でもない。
「なんて言うのかな。ずっと演じていたからか、・・・今、結構ほっとしてるんだ」
ボキボキッと枝を幾つも折っては、焚き火へとロムルスはくべていく。
「演じる? だけどロムルスは変わんないよ?」
彼はいつだって大らかで優しい。街角で見つけて抱きついた時から、それは変わらない。
ちょっとだらしない時もあるけど、それだって男の子ならそんなものだし、レイラが何をしても怒らない。
かまってほしくて、座って何かを見ているその背中にドスーンと抱きついていっても、マイオスのように笑ってレイラをその腕で捕まえては、仕返しにくすぐりの刑とかしてくるのだ。
こうして旅をしていても、レイラが疲れた時を見計らってはおんぶしたりしてくれる。
ロムルスは包容力というのか、一緒にいるだけで器が大きいと感じずにはいられない。だから安心して甘えられる。
「まあ、何て言うのかな。ずっと、無害で素直で分かりやすいタイプってのを演じてきたからな。権力欲も持たず、腑抜けな奴だと思われていようと思ってさ」
「ロムルス様・・・」
ジルードが痛ましげな顔になる。
「ねえ。なんでジルードは、何かって言うとロムルス様って呼ぶの? ロムルス、そんなに偉いの? だけど、ジルードは伯爵様の孫なんでしょ? 別にロムルスと身分なんて変わらないでしょ?」
そこでレイラが尋ねると、二人は無言になる。
「まあ、俺は普通に呼び捨ててくれて構わないんだが、・・・ジルードは真面目なんだな」
困ったような顔で、ロムルスがそう取り繕った。しかし、レイラは騙されない。だって自分は子供ではないのだから。
「違うよね? だってロムルスだって別にそう呼ばれても戸惑ってなかった。もしかして子爵家の人ってのが嘘なんじゃないの? ロムルス、本当はもっと偉い人なんじゃないの?」
その言葉に、ロムルスが黙り込む。やはり、図星らしい。
リーングにあるリベラ神殿で匿われている間、レイラだって考えていたのだ。考えてみれば、自分の行動にも、いつだってさりげなくロムルスではない誰かのチェックが入っていたと。
――― いいかい、レイ? 誰かにお菓子をもらったら、まずにっこりと笑って、
「ありがとう」
ってお礼を言って、そのくれた人に、
「はい、あーん」
って、食べさせるんだよ? 可愛らしくね。そこで躊躇うような反応を見せたら、そのお菓子は食べちゃ駄目。
「お部屋でみんなと一緒に食べる」
って言って、戻ってきて捨てるんだ。どんなに美味しそうでもね。だけど、特に問題なく、相手が嬉しそうに食べたなら、一緒に食べてあげればいい。受け取ってかまわないよ。
ファルードに言われた時には、それは自分が女の子だから、だから変な物を与えられては困るという思いがあったのだろうと考えていた。ジルードと一緒に食べてもいいよと言われた時も、それはジルードが伯爵家の人だから、貴族を巻き添えにするようないたずらを、自分に仕掛けられない為なのだと。
(だけど、ロムルスはジルードの伯爵家が、自分とは敵対する側だと考えていた。だから、まさか自分の味方でありながら、相手側を探る為にそっちに与していると見せかける為に行動していたとは思っていなかった)
あの会話で見えてきたものがあった。ロムルスは一体どんな存在なのだろう。そしてファルードは何を知っていたのか。
(ロムルスと同じように、ファルードはジルードがロムルスの敵側の貴族の家の子だと思っていたから、何かあればジルードと私を一緒に行動させることで安全を確保させていたんだ)
レイラの外見は子供だ。体力だって腕力だって、子供のそれでしかない。
だから無力だと分かっているから、危険なことには近づかないようにしていた。ファルード達に甘やかされている方が幸せだったし、無害な子供でいれば安全だからと。
けれども自分の真の姿は成人女性だ。彼らよりも人生経験を重ね、様々な人を見てきた。そりゃ、美冴が生きてきたのは、ここと違う世界だが。
それでも人だなんて似たようなものだろう。
詳しい事情を教えてもらえていなかったことを、責める気はない。ファルードから見れば、自分は十才の子供だ。レイラが怯えないように事情を教えず、それでいて守ろうとしてくれただけのこと。
(だけどね、ファルード。あなただって十六才の少年にすぎないんだわ。十六才って言ったら、高校一年生とか二年生とか、そんな青春真っ盛りの男の子なんだからねっ)
高校生だなんて、まだ親の庇護下にある年齢ではないか。
自分が通っていた高校は、・・・ブレザーだっただろうか、私服だっただろうか。思い出せない。
あ、だけどファルードがまさに高校生らしく学ランとか着ていたら、・・・・・・ぜひ着せてみたい。ブレザー姿だなんて、完璧に麗しすぎる。
あれでセーラー服のスカートをなびかせながら振り返って笑顔になろうものなら、並み居る男の子達が鼻血を出してノックアウトされることだろう。
だってファルードの外見は、綺麗なさらさらストレートヘアの、まさにクールで頭の良さそうな印象を与える、そんな美少女なのだから。そんなきつい印象のファルードがにっこりと笑おうものなら、誰もがそのギャップで一気に心臓をドキュンと撃ち抜かれてしまうに違いない。
(ファルード、大丈夫。エスリーダ王国ならライジードがいるもの。だから助けてもらえる、きっとどうにかなる。だから待ってて)
そうして私達は一緒に帰るのだ。リミダ村に。
ペルシャ猫のように優しげなザイと、そして高貴さを漂わせたシャム猫のようなファルード。そんな美少女二人の間に、ドーベルマンのようなロムルスがいたりしたら・・・・・・。
「レイラ? どうしたんだ? 何をいきなりにやにやして。ジルード、さっきの茶に酒なんて混ぜてないよな?」
「ああ、勿論。どうしたんだ、レイラ? 真っ赤になってるぞ」
「え。うん、ちょっと・・・」
何かを扇ぐかのように、パタパタと手を顔の前で振ると、レイラは赤くなった顔を伏せて誤魔化そうとした。
そんなレイラの脇の下に手を入れてひょいっと持ち上げると、ロムルスが顔を近づけてくる。
「熱はなさそうだな」
額と額を合わせながらそんなことを言われるのだから、あと少しでキスができてしまいそうだ。
(ロムルスってば、本気でどこか泰然とした落ち着きがあるのよね)
更にレイラは真っ赤になった。
(こ、このロムルスがいずれあんなにも更にたくましくなっていっちゃうのよねっ。今の私達って、もしかしてロムルスと小さなザイのラブシーンっぽいっ?)
す、素敵すぎる。
今まで、ファルードとザイを一緒に並べたらどんな美少女の競演的な目の保養だろうかと、そんなことしか考えなかったが、まさにたくましく、それでいてストイックな印象を与える男性に育つと分かっているロムルスだって、立ってるだけで絵になるのだ。
もじもじと指を絡ませて照れながら、レイラは言わずにはいられなかった。
「あ、あのね、ロムルス」
「何だ?」
「ロムルスね、・・・あの、その、男の子も好き?」
「・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・」
ロムルスとジルードが黙り込む。
(この全くわけの分からん話の飛び方は何なんだろう。・・・大体、どこに男の子がいるんだ?)
流れ的にも、ジルードのことを指しているとは考えにくい。
だが、真面目にレイラの話を聞いていた自分も悪かったのだと、ロムルスは思うことにした。
考えてみれば、この子はファルードに甘やかされて能天気に暮らしていた子ザルなのだ。そう、さすがはブラッディタワー。人の本質をよく見ている。きっとあの首飾りは、ネームプレート付きの首輪だったに違いない。いささか豪華すぎたが。
「ふぎゃっ」
ロムルスに脇の下と膝の下に手を入れられたかと思うと、ぽいっとジルードの膝に、レイラは転がされる。
「さて、寝るか。じゃあ、俺が先に休む。しばらくしたらジルード、交代な」
「ああ、分かった」
そしてロムルスは毛布をかぶり、ごろんと横になって寝てしまった。
「・・・はにゃ?」
ぽてりんと、ジルードの膝の上にあおむけで転がされてしまったレイラは、真上にあるジルードの瞳に向かって問いかけた。
「ねえ、ジルード?」
「何だい?」
「なぜ、私はジルードのお膝に投げられてしまったのでしょう?」
「なぜだろうねぇ」
そう言いながらジルードは、レイラの額を、曲げた指の関節でコツンと軽く叩いた。
「ひどいです、二人とも」
「はいはい。レイラももう寝た方がいい」
額を押さえて上目遣いで文句を言っても、ジルードは取り合ってくれない。ロムルスなんて、さっさと寝息を立てている。どんな寝つきの良さなのか。
結局、ジルードの落ち込んでいた悩みも、レイラの疑問も解決していないことに気づいたのは、レイラもくぅーっと抵抗できない眠りに引き込まれた後だった。
エスリーダ国王は、その日、テルノス辺境伯からの知らせを受けて、物憂げに宰相へと相談してみせた。
「さて、何があったものやら。どうやらフェイ・ゲオランド・テルノスが現れたようだ。しかもそれは、十六才の少年らしい」
「なんとまあ。十六才というと、・・・ライジード様と同い年ですか」
「ああ。無論、約定に従って我が国も協力はしてやろうが、・・・いかんせん、他人事でもある。厄災の使者ならば見殺しにもしようが、はたまた我が国における救いの手かもしれぬ。何といっても、それを持ち出してきたのが帝国だと言うのだからな」
「それはまた・・・」
唇をやや歪めた宰相は、しばし考え込む。
「こうなると私が出向きたいところではありますが、城を離れれば、すぐにそれは帝国の知るところとなりましょう。陛下ならば尚のことでございます。まさか帝国がらみとは。ここはテルノス殿にお任せするしかないにせよ、さすがに辺境伯にとっても頭の痛い問題でございましょう」
「そうだな」
フェイ・ゲオランド・テルノス。
それは実在しないのに、存在するとされている名前である。テルノス辺境伯にはその名の息子がいると周知されているのに、誰もその詳しい実態を知らない。
それは、暗号でもあるからだ。
その名を名乗って誰かが現れるなら、それは彼のリベラ神国の人間だということ。本来、それはその人間を庇護してやればいいだけなのだが、・・・まさか帝国が絡んでくるとは。
エスリーダ国王は溜め息をついた。
「帝国絡みとなれば、単純にその少年を助けてリベラ神国に送り返してやればいいというものでもなさそうだな。だが、こちらが動けば、フェイ・ゲオランドが、ただの辺境伯の息子でないと察知されてしまう。・・・ライジードと同い年、か」
その声音が意味することを察知し、宰相も片方の眉を上げて考える。ライジード第三王子は、正妃が産んだ王子だ。第一王子と第二王子は愛妾が産んだ王子の為、身分としては一番高い王子になる。
「ライジード様でしたら、離宮でお暮らしになっておられますし、ここを留守にしても分かりにくいことでございましょう。ですが、・・・まだ十六才でいらっしゃいます」
「年齢は関係なかろう。年齢を加味してあちらが手加減してくれるなら、誰も苦労などせぬ。この際、リベラ神国との関係を、我が身で知っておくのもよかろう。それにライジードであれば、テルノス辺境伯以外の貴族にも命じることが出来る。・・・即刻、手配して向かわせよ」
「はい」
宰相は、近くにいた側近の一人に命じる。
「レンダー。お前がライジード様に付き従っていくがいい。良き相談相手になるように」
「かしこまりました」
テルノス辺境伯とて、その地を治めてきた猛者である。だが、ライジードも肌身で知っておく必要があるだろう。
その国一つだけで生き延びていくのは難しいということを。
だからこそ同盟を結べる国を選び、そして協力し合っている事実を。
(ライジード。・・・どうして王太子が国王と同じ居城にいないのか、その意味をよく理解してくるがいい。お前はどこにいようとも、私と同じ存在なのだと)
とはいえ、やんちゃで知られてもいたライジードだ。ここと違って田舎は気楽でいいと、羽を伸ばして遊んできそうな気もする。だが、それでもいいだろう。
(少しは気晴らしになればいいのだが。明るく振る舞ってはいるが、以前と違い、屈託なく笑うことがなくなってしまった)
まあ、誰も十六才の少年に期待しているものでもあるまい。宰相も自分の懐刀であるレンダーを向かわせるのだから。
国王としての判断と、父親としての思いと。
その赤い髪の如く明るく華やかだったかつての息子の姿を思い返し、エスリーダ国王は溜め息をついた。
馬に乗るというのは、お尻が痛くなるということだと、レイラはしみじみ学んでいた。勿論、二人はレイラがそうならないように色々と工夫してくれてはいる。
本当は一人で馬に乗れるといいのだが、結果としていつもロムルスかジルードと相乗りしているレイラだ。
馬四頭を用意し、ジルードは二頭に自分達が乗り、もう二頭には荷物を括りつけていた。そして乗る馬と荷物持ちの馬を交代させながら走らせるのだ。
「こんなにも荷物を取ってきてくれなくても良かったのだが。ジルードは本当に凄いな」
「場合によってはご身分を明らかにせねばならぬこともあるでしょうから。幾つかを抜いたところで、分からないだろうと判断しました」
怪しまれない為にフランクな話し方を心がけているジルードだが、誰もいないと分かっている時は、ロムルスに対して丁寧な言葉遣いになる。
「えへへー。だけど良かったぁ。私の服も持ってきてくれたんだもん。・・・ペンダントとランプは持って行かれちゃったけど、お気に入りの服があるのって嬉しい」
そこはレイラも感謝だ。
あまりにも物がなくなっていると疑われる為、なくなっていても分からない程度しか持ち出せなかったと謝られてしまったが、それでもジルードはロムルスとレイラの部屋からある程度の物を持ち出してきてくれていた。
やはりファルードが可愛らしい刺繍をしてくれた服とか、ロムルスが見立ててくれたリボンとか、ジルードと一緒に買いに行ったカップとか、あると嬉しい。
ロムルスも、これで資金はどうにかなったとほっとしていた。やはり借りた金は使いにくいが、自分の金なら使いやすい。ジルードは目利きで、金に換えやすい物もしれっと抜いてきていた。
「すまないな。どんなランプとペンダントだったのかは分からないが、エイドル殿が持ち去ったとなると・・・。こんな子供から物を取り上げるだなんて、エイドル殿も小遣いに不自由していたわけでもあるまいに、何を考えているのか」
さすがに、レイラの持ち物をエイドルが奪い去ったと聞いて呆れ返ったジルードである。どうせ子供用のランプとペンダントなど、大したものでもあるまいにと、ジルードは考えていた。
そこは詳しくロムルスも説明しなかったのだ。
自分を助けてくれたとはいえ、ジルードが知ったことはギネス伯爵の知るところにもなる。そう思うと、手の内を明かせないこともあった。
こうしてロムルスと行動していても、ジルードはたまに人を雇ってはギネス伯爵への報告書を届けさせている。その内容はロムルスにも見せてくれてはいるが、・・・通常の人では分からぬ古代語を使用していた。
(そう考えると、エイドル殿はあまりにも不勉強がすぎたのだな)
あのペンダントを見て、そりゃ細工は見事なものだったが、取り上げようと思う時点で間抜けすぎる。自分なら絶対にどんな希少な宝石がついていようと、あんな物、手を出そうとは思わない。
エイドルも恐らくあれの細工を見て、意中の女性に贈ろうとおもったのだろうが・・・・・・。
(まあ、あのエイドル殿が口説いていた女性ならば、あれを読めもしなかっただろうからいいんだろうが)
その口説いていた女性が自分の従妹姫とも知らず、ロムルスは馬上で溜め息をついた。
今となっては、その首飾りがあの破壊を招いたことは疑いもしない。塔のやることは、常識を超越しすぎているのだ。
「どうしたの、ロムルス?」
「いや。あと少しでテルノス領に入る。ファルードにどれだけの第二軍の奴らがつけられていたかは分からんが、俺とジルード、そしてお前の顔を見知っている奴らもいるかもしれん。なるべくフードは深くかぶっておけよ、レイラ」
「うん」
ジルードは言われなくても分かっているので、一々言おうとは思わないロムルスだ。
「お前の気に入りのペンダントとランプも、あれだけひどい崩れ方をしたんだ。とっくにぺちゃんこになっているだろうが、・・・今度、あれには及ばんだろうが、可愛いランプと首飾りを見つけたら買ってやるから」
「ううん、いい。別にいらない。私、ロムルスに買ってもらったリボンも、ジルードに買ってもらったカップも大好きだもん」
そんな健気なことを言うレイラが可愛すぎるロムルスだ。
宮廷に出入りするような令嬢に、あんな安物のリボンを贈ろうものなら怒髪天を衝くことだろうに。
本人が価値を分かっていないとはいえ、国宝級の首飾りと、そこらの店で買ってやったリボンとが、レイラにとって一緒くたというのは嬉しいような、嘆かわしいような、そんな気にもなるが。
ジルードに買ってもらったカップも木で出来ている為、野宿でも割れないし、軽いし、使いやすくてレイラは気に入っていた。
「レイラはいい子だな。私もレイラに選んでもらったカップを持ってこれれば良かったのだが」
ジルードは大怪我をした為、実家であるギネス伯爵家へ帰還したことになっている。わざと血の滲んだ包帯を巻いたりしてそれを演出していたジルードは、ある程度の荷物をまとめると、それ以外は伯爵家へ送り返すしかなかった。
こうして旅するとなると、陶磁器のカップなどは持ち運びしにくい。壊れにくい木か金属の食器しか持ってこれなかったのだ。
「ううん。ジルードがそうやって金属のカップで飲んでるのってワイルドでカッコいいよ。なんかロムルスと一緒にコーヒー啜ってるところなんて、孤高って感じがするしっ」
「それは、・・・ありがとう」
孤高というのは一人だから孤高なのではないだろうか。
二人でいるのなら、既に孤高ではないのではないだろうか。
そんな疑問がジルードの脳裏をよぎったが、レイラが純粋に褒めてくれているのは分かるので、そう礼を言うに留めた。
冷え込む明け方や深夜など、湯気の立った飲み物を手で包みながら飲んでいる様子が、レイラに言わせると、
「そこに何って言うのっ? 孤独の影があるのよねっ」
だそうで、そこがロムルスにもジルードにも分からない。影があるのは、焚き火に照らされているからだと思うのだが。孤独とか言う前に、自分達は三人連れである。
だけどレイラがそれできゃーきゃー言って身悶えているのは、馬鹿な子犬が自分のしっぽを追いかけ回しているかのようで、見てて和むから良しとしよう。
既に二人は、理解を放棄していた。
「だが、テルノス伯は、人嫌いで有名だとか。おかげで毎月、決まった日にしか姿を現さないらしい。しかも礼儀にも厳しいとか」
「へー。だけど、ファルードってばその息子なんでしょ? なら、別にそういうの、関係ないんじゃないの?」
ファルードの親はナリス王国にいる。
だからそこがおかしいのだが、ロムルスやジルードの前でそれを口にしていいのか分からず、レイラはファルードがリベラ神国の人だとは言ったものの、本来の出身はナリス王国であることは黙っていた。
しかし、家族であろうと同じ城で暮らすとは限らないと知っている貴族のロムルスとジルードは、そこで考え込んでいる。
「分からんな。すぐに会うのか、それとも・・・」
「たしかに。ファルードがどんな存在であれ、まずはきちんと衣服も整えてからでないと会えない可能性もありますし。秘密裏に会うのか、それとも大々的に迎えるのか・・・」
ロムルスの躊躇いがちな言葉に、ジルードも同意する。
自分達とて帝国のやり方ならば知っていても、エスリーダ王国の、ましてやその辺境伯の為人など分からない。
伝聞だけで全てを知ることなど、できやしないのだ。
「だが、もしもすぐに会えずに足止めされているならば、・・・そこでどうにか助け出すこともできるかもしれん」
「そうですね。恐らく立場上、テルノス城下でも一番良い宿に泊まっているでしょうが、・・・それともすぐに城へ迎え入れられるのか、そこの出方が分かりません。何より、ファルードには帝国軍が同行しているのですから」
「そうだな」
だが、レイラはレイラでテルノス城下に着いたら、二人とは別行動する気満々だった。
(そこで一気にエスリーダ王城まで行ってしまえば、そして離宮にいるっていうライジードに会いさえすれば、どうにかしてくれる。そりゃ今のライジードに私は分からないかもしれないけど、・・・多分、大丈夫)
二人が心配するから言わないけれど。
けれどもレイラはライジードを頼り、ロムルス達とは別行動でファルードを助け出そうと考えていた。
(問題は、・・・その移動手段なのよね)
本当はロムルスに、自分がライジードを頼るつもりだと言えばいいのだろう。けれども、その理由を問われても、自分の説明でロムルスが納得してくれるとは思えない。
ロムルスとて、今はまだ自分のことを知らないのだから。
(それでもあなたを信じてる、ジード。たとえ私を知らなくてもファルードやロムルスが私を守ってくれているように、あなたが私を見捨てる筈がないって)
ただ、馬にも乗れない自分がどうやってライジードの所に行くかが問題なのだが。
(どうにかエスリーダ城下に向かう馬車か何かを見つけなくちゃ・・・)
人生はレッツトライだ。まずはやってみる。きっとうまくいく筈だ。
レイラはその距離がどれ程のものなのか、分かっていなかった。知っていたら、違う手段を考えもしていただろう。かえってリーングからテルノス城下に行くよりも、テルノスからエスリーダ王城に行く方が遠いなどと、考えもしなかったのだ。
だからレイラは拳を握りしめる。
十六才のファルードが自分を守ろうとしてくれたように。
今度は自分がファルードを助けてみせるのだと。
テルノス城下にある宿屋に落ち着いた、ファルードを護衛という名の監視を行い続けていた第二軍の一行は、そこで混乱せずにはいられなかった。
「まさかっ。どうしてドットス将軍以下、皆様が亡くなったというんだっ」
「こうなるとどうすれば・・・っ。帝国に至急連絡を取り、指示を仰がねばっ」
「どうすればいいのか。既にテルノス辺境伯のご子息を我らが保護してきたのだと伝え、堂々とこのテルノス領入りしたというのに・・・」
よりによって自分達の背後を守っている筈の第二軍が壊滅したというのだ。
何が起こったのか、あまりにも凄まじい崩れ方を起こしたらしく、城の下敷きになって第二軍の主だった人々が亡くなったとか。
だが、第一軍に協力を頼もうにも、第一軍はあまりにも様々な貴族達の子弟が入りこみ過ぎていた。へたに何か要請しようものならば、足元をすくわれかねない。
「皇妃様に連絡をとるのだ。どちらにしても我らが頼れるのは・・・」
「そうだ。幸い、テルノス辺境伯は、真にフェイ殿が我が息子なれば、自分に会える時の作法ぐらい分かっているだろうと返事してきている。静養させていたフェイ殿が戻ってきたというのであれば、お披露目の舞踏会すら行おう、とも」
どうして父親と息子が会うのが舞踏会の会場なのか、その流れになる理由が外国人である彼らには分からない。
しかも静養に出されていたから滅多に人前に姿を見せなかったというフェイ・ゲオランド・テルノスに対し、その程度の仕度も振る舞いも出来て当然であろうと、そう父親が息子を試すかのような返答なのである。
エスリーダ王国とはそういうものなのか。それともテルノス辺境伯がそういう人物なのか。
彼らとて、テルノス辺境伯が広大な地域を治めていることしか理解していなかった。
そんなことを伝えられたファルードにしても、
「ああ、なるほど。たしかに父上に会うならば、このテルノス領で誰よりも堂々と、誰に対しても恥ずかしくない振る舞いをするのでなくては、息子とは認めないだろうね。だけど、・・・そういえば、僕の使用人達はどうしたのかな」
などと、のんびりしたものであった。
記憶がないからなのだろうが、その辺りがファルードにも分からないらしい。
テルノス辺境伯に、ファルードが記憶を無くしていることを伝えれば配慮してもらえたのだろうが、彼らにしても、
「ならば、記憶のない息子を適当に言いくるめたか」
などと言われてしまえば、ファルードを傀儡とするつもりが出来なくなってしまう。
あくまで、ファルードの自発的な意思で帝国の第二軍を信頼してもらっているのでなくてはならないのだ。その為に、快楽に弱い十代の彼に、フィーリエがつけられている。
息子として、テルノス辺境伯についての記憶は全く無いらしいが、フェイは一般常識としてテルノス辺境伯のことを知っていたらしい。
「テルノス辺境伯、つまり父上は、その実力でこの地を拝領した。人嫌いとされるのも、常に父上は恐れられているから姿を見せぬだけで、それだけ誰もが緊張して彼に仕えているのだ」
と、そう彼らに教えてくれたからだ。
そう、この地を治めるに相応しい人間でなければ、我が子といえども我が子とはみなさない、そのテルノス辺境伯の偏屈さは有名なのだとか。
だからこそ、ファルードをテルノス辺境伯に認めさせてしまえば、この地を帝国が掌握できる筈だというのに。
「しかし帝国に早馬を飛ばしても、あの皇妃様がどれ程の指示をしてくださるというのか」
「かといって、皇帝陛下は長らくご病床の身。殿下はあまりにもお小さくていらっしゃる」
様々な妃を迎えても子が出来なかった皇帝。しかし、やっと皇子を妊娠したと思うと、皇妃となった彼女は一気に宮廷を実家の助けも借りて我が物としたのだ。
それを阻もうにも、皇帝はすぐに病に倒れた。
(まあ、大して目新しいことは話してないな)
そんな少し離れた部屋でなされている彼らの会話を、ファルードは窓を開けて立ち聞きしていた。
ちょうど風の向きもあり、それなりに大きい声でされている会話はしっかり聞こえてくる。所詮は田舎の宿だ。壁こそ厚くても、窓を開けていたら秘密も何もない。
(フィーリエなんて、兵士を連れて買い物に行っちゃったしさ。そりゃ舞踏会となればエスコートする女性も必要とはいえ、・・・彼女を連れて行かなきゃいけないのかねえ)
別にエスリーダ王城で行われるわけでなし、まさに正統派といった舞踏会でもなかろう。この僻地で行われるとなれば、ほとんど食事会のようなものだ。
ただ、ダンスも出来ないような人間では恥をかくだけのこと。
しかし、フィーリエには少しばかり荷が重いのではなかろうか。
どうせ舞踏会とは名ばかりの、どこまで堂々と立ち回ることができるのかを見極める場にすぎないのだから。そう、自分は試されるのだ。その名を騙った偽者なのか、それとも真にリミダ神国の神官であるかを。
(ロムルス。君は気持ちのいい男だ。・・・だから、帝国とはうまくやっていきたいものだと、リベラ神国も思うことだろう)
たとえルーセット神殿を離れていても、自分の心はイディラートの傍にある。
あの優しく強く素晴らしい、それでいてぐーたらな養父に対し、甘えることしかできない自分だが、きっとこの判断は間違っていない。
レイラには絶対に言えない場所で同じ時を過ごしながら、それでも女性に対する扱いを見れば、分かることがある。自分達はお互い、弱き者達からただ搾取することを良しと思わないタイプの人間だ。
人々から様々なものを捧げられるということは、それに対する義務をも伴う。
(高貴なるものの義務を知るロムルス。その潔癖さも、大らかというよりも抜けているところも、それでいながらわざと人に騙されてやる程に冷徹に人を見ているところも、そして雌伏しながら機を窺っているところも、全てにおいて君は皇帝になるにふさわしい男だと僕は思う)
まあ、そううまく運ぶものでもないだろう。
けれども、一石を投じる価値はある筈だ。
(君の為に、エスリーダ王国が動いてくれるのなら・・・。借りにはなるだろうが、それでもいいと思うんだ、ロムルス)
あの天真爛漫なレイラを二人で可愛がりながら、自分達はきっと同じ思いを共有していた。
勝手なものだが、自分はきっと彼に友情のようなものを感じているのだろう。だから、レイラの為でありながら、ロムルスの為にも、こうして動いている。
そんなファルードの視界に、ぱらりと前髪が落ちてきた。太陽の光に、その髪を摘まんで透かしながらファルードは思う。
(やっぱり髪の色が濃くなってきてるよな)
紫色の髪だった自分は、焦げ茶色に染めている。今も染め続けてはいるのだが、段々、本来の紫色に黒味がかかり始めていた。今や暗紫色といった具合だ。
焦げ茶色に染める意味も、こうなるとあるのかないのか分からない。
(成長期に濃くなるっていうのは聞くけど、・・・少ないケースな筈なんだよね。僕もそうだったとは)
ついでに瞳の色も少しずつ黒さが増しているような気がしてならない。別に悪いことではないが、黒という程にまで暗くならないと信じたいところだ。
黒に近い灰色の瞳まではよくあるが、真っ黒な瞳になるとかなり珍しい。
(まあ、いいや。それよりもロムルスだ)
レイラ。
君はもうリミダ村へと向かっているだろうか。きっとロムルスはレイラをリーングのリベラ神殿に逃がしてくれたことだろう。
それならばきっと彼らが彼女を連れて行ってくれた筈だ。
(君の大好きなザイ君が、ちゃんと受け入れてくれているといいんだけど)
小さくて可愛い妹、リデル。あの子が薬を入手できず病に苦しむのも。
元気で明るい少女、レイラ。君が夜中に逃げ出すような目に遭うのも。
本名すら知らない、ローズ。生活の為、年下の自分に愛を囁く自嘲も。
僕は二度と、そんな彼女達のような姿を見たくない。
だけどきっと、その為にしなくてはならないことは大きすぎて、誰かがちょっと考えて少し動いたところで何も変わらず、さして誰も救われないのだろう。
(そう、大きな力が働かなくては。そして根本から変えていかねば、何も変わらない)
そんな夢物語、今までにも様々な人が考えなかった筈がない。それでも理想の大きさと現実の窮屈さに耐えられず潰れていったのだろう。
(だけどロムルス。きっと君なら付き合ってくれるだろう?)
同じ屋根の下、同じ部屋で様々な議論を交わし、そして同じ時を過ごして気づくことがあった。
自分達が苛立っていることに。
この状況を変えたいと思っていることに。
何よりも、互いの身の内を焼く熱情が存在していることに。
(神官のメダルはひっくり返すこともできる)
そうすると、ただの模様も何もない円形のプレートにしか見えなくなるのだ。だから、取り上げられることもなかった。
今、ファルードにあるのは我が身一つと、神官の証であるこのメダルだけ。
――― その場で誰よりも存在感を示すがいい。姿すら、武器とするのだ。その場に並み居る人々の心をその身で鷲掴みにしてみせろ。我らが女神へと、彼らの信仰を捧げる為に。
そうですね、イディラート様。あなたが言うと説得力がありすぎました。
さすがにあの堂々としたそれは無理ですが、頑張ってみようと思います。
「帰ってきた、か」
宿に続く道に、兵士を連れたフィーリエの姿を認め、ファルードは静かに窓を閉めた。
本でも読んで大人しくしていたとばかりに振る舞おう。
そして、待ちわびていたと言わんばかりに、フィーリエを・・・。
(あ、だけど、もうテルノス領に着いたから、もう演技はしなくていいんだっけ)
さすがにテルノス領内で自分に不埒なことを考えはしないだろう、帝国軍の兵士達も。
(緊張してその気になれないって言えばいいか。どうせフィーリエを好いている男達は沢山いるし)
彼らがフィーリエに溺れているのは、ファルードが与えていた薬のせいでもあるのだが。しかし、そこは考えまい。
始まりがどうであれ、その後から広がり育まれていく愛もあるだろう、・・・・・・多分。そう、我らがリベラ女神は、愛の営みを祝福してくださるお方だ。きっとフィーリエと愉快な帝国兵士達をも祝福してくださるに違いない。
フィーリエに全く愛など感じていない癖にそんなことをファルードは考えながら、都合よくフィーリエのことを完結させた。
「フェイ様。ただいま戻りました」
「お帰り、フィーリエ。いいドレスは出来たかい?」
丁重に扱われ、満足したのだろう。はちきれんばかりの笑顔で、フィーリエがノックの音と共に入ってくる。
「ええ。ここで一番の仕立て屋だという店に行きましたら、明日、採寸に来てくださると。若君様の服も仕立ててくださるとのことでしたわ。何でも、テルノス伯爵様からそう命じられているとか」
「そうなんだ。父上が・・・。それは良かった。きっとフィーリエが踊る姿も綺麗だろうね。楽しみだな」
「え・・・?」
そこで、フィーリエが少し動きを止める。それに気づかなかったフリをして、ファルードは続けた。
「身近に仕える侍女や騎士や兵士達は、主人に恥をかかさない程度にはそれが出来るものだからね。まず入り口辺りで、そういうのが出来ない下位の護衛や侍女達が足止めされる。そしてある程度のマナーを身につけた騎士達が次の広間に入って、ダンスなども披露したりする。更に奥へ入れるのが、本来の招待客さ。僕達みたいな、ね。そこでは皆が注目する中、主役がダンスを披露するんだ。・・・勿論、一番奥まで君は一緒に来てくれるよね、フィーリエ?」
「え・・・。あの、その・・・フェイ様」
フィーリエはドットス将軍の世話をする為に、帝国から連れてこられた侍女兼愛人だ。だからファルードにつけられた。
どんな場所にもファルードに同行して見張るようにと、フィーリエや主だった騎士達は命じられている。ましてやテルノス辺境伯とファルードとの対面となれば、絶対に立ち会わなくてはならないのだ。そうでなくては、ただ単にフェイお坊ちゃまを護衛して送ってきただけの、間抜けになってしまう。
(そうよ。ドットス様の都合の良い愛人なんかより、このフェイ様の方がよっぽどいいわ)
自分よりも年下なのはどうかと思うが、ファルードは見た目も悪くない上、テルノス辺境伯の息子だという。ならばドットス将軍の下にいるよりも、ファルードの愛人となって贅沢させてもらった方がいいと、フィーリエはこの道中でもしっかり算盤を弾いていた。
(だけどダンスだなんて、そんな、皆の前で披露って・・・)
フィーリエとて、ある程度ならばダンスも踊れる。だが、主役としての披露となると、・・・そんなことまでマスターしている筈がない。
(今からでも練習しなくては・・・っ)
いくらファルードが自分を気に入ってくれていても、肝心のテルノス辺境伯に目通りも出来ないのであれば意味がない。それでは恋人でも何でもなく、ただの下働き女ではないか。
自分はファルードと恋仲になった美しい娘で、それゆえにファルードが気に入って侍女として連れてきたのだと、テルノス辺境伯にはそういう説明をするつもりだった。なのに、最初から下位の侍女扱いでは、洟も引っ掛けてもらえないだろう。
「わ、私、ちょっと用事を思い出しまして・・・」
「そうなんだ? フィーリエがいないのは寂しいけど、・・・大事な用事なら仕方ないよ。我慢する。早く終わらせて帰ってきてね」
にっこりとファルードが笑うのに微笑み返し、フィーリエは慌てて部屋を出た。
まずは宿屋の主人に、どこかきちんとしたダンスを教えてくれる人がいないかを尋ねるのだ。
廊下を足早に歩いていくと、護衛をしている騎士が声を掛けてくる。
「あ、フィーリエ。良かった、今から俺の部・・・」
「黙ってちょうだいっ。今、忙しいのよっ」
小さく怒鳴りつけると、フィーリエは足早に階下へと下りた
まさかファルードが、
(まあ、たとえフィーリエを連れていったとしても、僕は誰かを誘わなきゃいけない立場なんだけど。この場合は、テルノス夫人か?)
などと、考えているとも知らずに。
ダンスはかなり体力を使う。しばらくフィーリエに夜這いされることはなかろうと、ファルードは、安堵しながら本の続きを読み始めた。
テルノス領は、かなり辺鄙な地域だ。
「素晴らしい。何もない長閑な景色。虚栄を全て排した武骨一辺倒な城。さすがはテルノス辺境伯」
「褒めてるんですか、貶してるんですか、ライ様。それより、あまり出歩かないでください。あなた様に何かあったら、私の首がとびます」
「そうぼやくな、レンダー。それにわくわくしてるのさ、これでも。何といっても、父上の信頼厚くこの地を任されているという辺境伯は、まず王城にはやって来ない。この地を離れず、常にその目を外敵に対して光らせているという。いつか会ってみたいと思っていた」
さすがにライジード様と呼ぶと、その身分に気づかれるかもしれない。その為、レンダー達は常にライジードを「ライ様」と呼んでいた。
さすがにこんな地に、王太子でもあるライジードがやってきているとは誰も思わないだろうが、それでも本名は呼べない。
まず城へと向かったレンダーはテルノス辺境伯に会い、ライジードが同行していることを伝えてはあるが、さすがは王の信任厚い辺境伯である。
「なるほど。殿下も、様々なことを自分の目と耳と頭で知ることは大事でございましょう。警護の騎士や兵士はお好きなだけお連れになり、好きにお過ごしになっていただきたい。勿論、我が城はいつでも殿下のお越しをお待ちしております」
と、折角だからこの地をライジードが気のすむまで見学してから城に来ればいいと言ってのけたのだ。それを聞いて喜んだのは、ライジードである。
「一度、行ってみたかった」
とか言い出して、市場や酒場や食堂などに行き、楽しんでいる。
王都の城下町では、ライジードの姿を見知っている人は多い。時には城のバルコニーで民衆に手を振るライジードの姿など、華やかな赤色の髪というのもあって、周知されているからだ。
しかし、ここは辺境の地。
まさか王子が来ているなどとは誰も思わない。ライジードは大いに羽を伸ばしていた。
「なあ、レンダー。昨日、私が銀貨を出したら叱られたよ。『お金はちゃんと銅貨で持ち歩きなっ。悪い奴らに目をつけられたらどうすんだいっ』って、串刺し肉を売っていた女店主にな」
「それはそれは・・・。私がいない間、ちゃんと留守番をしていてくださいねとお伝えしてあったのに、しっかり出歩いていらしたんですね」
「いいじゃないか。どうせ危険などない」
レンダーの説教すら、ライジードはどこ吹く風と言わんばかりだ。
「たしかに王都に比べて、この辺りは質素だ。だが、他人の為に叱ることができる女がいる。それは素晴らしいことだと思わないか?」
レンダーは、ライジードを静かに見返した。
「人は自分が不幸だと思えば攻撃的になる生き物だ。誰かに喧嘩を売りつけたり、何かと怒っている人間は、自分を不幸だと思っているから誰かを攻撃する。・・・なのに、見知らぬ私の為に、私が災難に遭わないようにと、そう思って叱ることのできる女は、たとえ言葉づかいや態度が全く知性教養など無いものだったとしても、人として美しい。そう、思ったんだ」
「そこで一言多いのがどうかと思いますが、言わんとする意味は分かります」
こんな僻地の道端で串焼きにした肉を売っている女に、知性教養など求めてどうする。
レンダーはそう思った。
「仕方ないだろう。この私に向かって、ウスラトンチキ扱いしてきたんだぞ、あの女。大体、この私の格好を見て、『いいとこのお坊ちゃんはこれだから』とまで、馬鹿にしてきたのだ。だが、・・・それでも自分より身分の高い人間に対して機嫌を損ねたらひどい目に遭わされるのではないかと怯えなくていい、そして思ったことをはっきり言える、そんなこの地はいい場所だと思う。それが辺境伯、父上が信頼なさっていた男の力なのだな」
「その通りでございます」
どこか満足したかのように緩んだ口元になりながら、レンダーは伏し目がちに軽く頭を下げた。
「全てが質素だが、心が豊かだ。自分よりも身分が高いと分かっている人間に対して、見返りも何も求めずにその行き先を思いやれる心は、普通、まず持てるものではない。・・・この国全てが、そんなにも満たされることは、難しいにしても」
目の前に広がる質素な建物、そして牛がどどどっと疾走している草原を眺め、ライジードは呟く。
「大切なことは、それでもきちんと両方の瞳を開けて全てを見ようとすることです、ライ様。いずれ、それがあなた様の、誰も奪えぬ財産になりましょう」
「やれやれ。レンダーは何かと言うことが宰相に似てきたな。さて、次はこの辺りの羊も食ってみるか。そうそう、この辺りの布は刺繍ではなく織り込んで模様を作るらしい。帰りに買っていってもいいな」
「・・・人がいない隙に、どこまで出歩いていらしたんですか」
「過ぎたことをとやかく言っても始まらんだろう。ところでな、・・・昨日から、フードをかなり深くかぶった子供が私のことをじーっと見つめているんだ。刺客かと思いきや、離れた建物の角からじーっと私の顔を様々な角度から見ていたらしい」
「は・・・?」
レンダーは、いきなり話が切り替わったことで、まじまじとライジードの顔を見直した。灰色の瞳をした王子様は、困った顔になっている。
「あまりにも挙動不審すぎたので、その子供の後ろに護衛していた騎士が近寄って行ったのだが、それにも気づかず、『おっかしいなぁ』とか、『似てる。けど、いる筈ないしなぁ』とか、そんなことを呟いていたそうだ。その子供が知っている誰かに私が似ているのだろうと思い、特に危険性もなかろうと放置していたのだが・・・」
「その話を、今、なさることに意味があるのでしょうか?」
なんだか嫌な予感がして、レンダーはそう尋ねた。
「うむ。ちょうど前から歩いてきている子供の背丈からしてだな、しかもあの目深にかぶったフード付きマントからして、それが例の子供だと思うのだ。昨日はあまりにもフードが深くかぶられていて顔を確認できず、その確信がちょっとばかりできないが、あのマントだったと思う」
たしかに、前方から意を決したかのように子供が歩いてきている。背後からライジードを守っていた騎士達も、ライジードの前へと、それを阻むかのように移動してきた。
その子供はずんずんと歩いてきて、ライジードの少し手前で立ち止まる。
「ねえ、あなた。・・・ライジードよねっ?」
その言葉に、レンダー以下、全ての人間がびくっと反応した。ライジードも驚く。まさか、こんな辺境の地で、自分を見知る人間がいるとは思わなかったのだ。
ただ、王子を呼び捨てというのはいただけない。
「人違いじゃないかな、お嬢さん。それとも、・・・君は誰かなと、訊いてもいいかい?」
「その話し方って、やっぱりジードだ・・・」
にっこりと時間稼ぎの為に笑いながら、ライジードが尋ね返す。
ライジードを守る騎士達に気づいていない筈もないだろうに、その子供は嬉しそうな声になった。
そして自分のフードを手で払い、顔を露わにする
さすがに皆が息を呑んだ。
鄙には稀な、それは紫色の髪に灰色の瞳をした、子供ながらも絶世の美少女だったからだ。
「こんなド田舎で、そこまで護衛に守られていて? だってあなた、エスリーダの第三王子だって言ったじゃない。だから、人違いじゃないわよね? お願い、助けて」
まさかと思うがライジードの顔と名前を知っているということは、テルノス領を訪れている貴族の姫君なのかと思い、騎士達も判断に困って顔を見合わせる。
レンダーも、こんな外見的特徴を持つ姫君はどこの貴族の令嬢かと、頭の中で検索せずにはいられなかった。だが、・・・記憶にない。
そんな周囲の困惑もよそに、子供はライジードへとまっすぐ飛びこんでくる。どすんと腹に頭突きをかまされたライジードは、少しばかり、「うっ」と、呻かずにはいられなかった。
「助けてって、・・・君、誰なんだい?」
「私はレイラ。ライジード、ねえ、ジード。ファルードを助けて。ファルード、私の為に、このテルノスのフェイっていう人だって名乗って、帝国の人達と一緒にここに来ちゃってる筈なのっ」
ライジードとレンダーが、ばっと目を見交わす。
まさかと思うが、フェイ・ゲオランド・テルノスを名乗る人間の身内なのか、この子供は。
「ファルードはね、私と同じ顔をしてるのっ。髪は焦げ茶色に染めたままかもしれないけど、本当はこういう紫色なのっ。私の為にファルード、フェイ・ゲオランドって言って、帝国軍の人にここまで連れてこられちゃったのっ。だけどファルード、逃げ出したくても逃げ出せない筈なのっ。だからジードッ」
「ああ、ちょっと待つんだ。分かったからちょっと待ってくれないか。ね、えーっと、レイラ」
冗談ではない。その名は、あまり連呼してもらいたくない名前だ。
慌ててライジードはレイラの口を片手で押さえ、その身柄を確保した。
「まあ、それはともかくとして、・・・どうして私の名前を知ってるんだい? どこのお姫様かな?」
口を押さえつけられてもがもがとしていたが、その子供を抱きかかえてライジードが目線を合わせると、本当に綺麗な顔立ちの女の子だった。
こうして抱き上げれば、大人しくされるがままになっている。どうやら抱っこされなれているらしい。
「お姫様じゃないもん。名前は、・・・ジードが教えてくれたんだもん。本当はライジードっていう名前だけど、親しい人はジードって呼ぶからジードって呼んでもいいよって」
「・・・・・・」
全くそんな記憶がないライジードだ。大体、親しい人間はライと呼ぶ。
けれども、これだけはっきり確信している口ぶりの子供だけに、嘘だろうとも言いにくい。
「ジード、ねえ。いつ、私は君にそう言ったのかな?」
「えーっと、産まれる前に、夢の中で」
「・・・・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」
子供に注目していたレンダーと騎士達が、一気に脱力する。ライジードも、笑顔のままで固まった。
「そ、そうなんだ。夢の中で、ね。それで私の顔を知っていたのかい?」
「そう。私が知っているのは、もっと髪が黒くなって目も真っ黒になったジードだったけど、赤い髪も素敵ね。まさに甘い顔した王子様って感じがする」
「それは光栄だね。君が知ってる私は、髪が黒いのかい?」
「うん。きっと大きくなったら色が濃くなる人もいるって言ってたから、みんなそうなのね。ジードもファルードも、ロムルスも、・・・もしかしたらザイも、みんなそうなんだわ」
最後の方は独白に近かったが、ライジードは笑顔で尋ねた。
「ファルードは、さっき、フェイのことだって言ってたね。ロムルスとザイっていうのは誰かな?」
「ロムルスは帝国の騎士様だよ。とってもとってもカッコいいの。あんな人がいたらもう何も心配いらないって感じなの。ファルードと仲良しなの。ファルードを助ける為に、一緒に来たの」
「へえ、そうなんだ。で、ザイっていうのは?」
「ザイはザイだよ。今は遠くにいるけど、とっても素敵な男の子なの。・・・ねえ、ライジード。助けてくれるよね?」
「・・・そうだね。まあ、君が言うところのファルードが、フェイ・ゲオランドというのであれば、それはしなくてはならないんだけど」
だが、帝国の人間は、そのフェイ・ゲオランドと名乗るリベラ神国の人間の取り巻き以外にも入りこんでいるのか。
レンダーが、そこでにこやかに持っていたお菓子の袋をレイラに差し出す。
「心配いりませんよ、お嬢さん。ところで、お菓子はどうですか? 甘いのは嫌い?」
「ううん、大好き。ありがとう」
喜んで受け取ったレイラは、その袋に入っていた焼き菓子を指でつまんで、レンダーの口元に差し出す。
「はい、おじちゃま。あーんして?」
「えっ」
まさか、子供に渡したお菓子を、そのまま自分に返されると思わなかったレンダーはそこでたじろいだ。ライジードもびっくりして見守っている。
「やだなぁ、お嬢さん。それはあなたにあげたのですよ」
「あら。お菓子はね、もらったらちゃんとその人にも食べさせてあげるんだよってファルードに言われてるんだもん。・・・おじちゃま、食べられないお菓子をレイラにくれたの?」
悲しそうな顔になってレイラが俯く。その灰色の瞳に、涙が膨れ上がった。
「そっ、そんなことはありませんよっ。いやっ、嬉しいですともっ。こんな可愛いお嬢さんに食べさせてもらえるなんてっ」
さすがのレンダーも、そう言って差し出されたお菓子を口にする。
「はい、ジードもあーんして?」
「・・・・・・」
目でレンダーに尋ねると頷いてみせたので、ライジードもそれを食べる。そうすると、レイラは周囲にいた騎士達にもそれを渡して、それから自分でも食べた。
「いつも、その場にいる人にお菓子をあげているのかい、レイラ?」
「うん。ファルードに、もらったお菓子はその場にいる人が食べてからじゃないと食べちゃ駄目って言われてるの。・・・おいしいね、これ。ありがとう、おじちゃま」
「いえ、・・・お口に合って光栄ですよ、お嬢さん。ところで、その場にいる人が甘いものが嫌いだとかで食べない場合は、どうするのですか?」
「持って帰って食べるのよ。その場にいる人が食べないものは、決してその場で食べちゃ駄目なの」
「・・・なるほど。そのファルードさんという方は、かなりしっかりした方のようですね。ところでお嬢さん、そのファルードさんとはどういうご関係ですか?」
レンダーとて愚かではない。まさか自分ばかりか、我が国の王子が毒見役に使われたかと思えば複雑な気分だが、元はと言えば自分が渡した菓子である。
味見したら美味しかったので買ったものだったのだが、何ともレイラは一筋縄ではいかない子供のようだ。
「ファルードは、・・・私のお兄ちゃんだよ」
ロムルスには既に実の兄妹ではないとばれているが、たしかそういう設定だった筈だ。それに、ファルードを見つけてもらう為とはいえ、自分はファルードの顔を模している。ならば兄妹設定が、一番無理もないだろう。
そう思って、レイラはそう答えた。
「そうですか。で、あなたのお兄さんはフェイと名乗って、帝国の人とここに来ている。あなたとそのロムルスという人は、あなたのお兄さんを取り戻す為に来ている。だけど、そのロムルスさんも、帝国の人なんですよね?」
「うん。だけどロムルスは帝国の人だけど、ファルードを連れて行った人達とは違うの。だってファルード、ロムルスと仲良くしていたのに、それを無理矢理あの人達、ファルードに縄をかけて連れてっちゃったんだものっ」
「なるほど」
子供の話なので要領を得ないが、ファルードというリベラ神国の人間は何らかの事情があって帝国に入りこんでいたのだろう。そこを捕まったらしい。そして、そのファルードは逃げ出す為に、フェイ・ゲオランドの名を使った。
レンダーは納得しながらも、念の為、レイラにわざと簡潔に訊いてみた。
「ファルードさんとロムルスさんの関係は?」
「お友達」
「お年は?」
「十六才」
どれも簡潔な答えだった。子供ではあるが、見かけよりもレイラは賢いらしい。
なるほど、十六才の少年同士が親友になり、それゆえにそのロムルスという少年はファルードを助けようとこのエスリーダ王国テルノス領まで、このレイラと共に追いかけてきた、と。
そういうことであれば、ファルードの妹だというこの子供は、きっとそのファルードに対する人質にもなることだろう。
レンダーとライジードは視線だけで頷き合う。
「分かった、レイラ。君のお兄さんは助けてあげる。その代わり、君は私と一緒に来るんだよ?」
「駄目。私、ロムルスと一緒にいるから。ロムルス、私がいなくなったら心配するもん。ロムルスはね、とっても真面目で優しいの。私、ロムルスが心配しないように、買い出しに行ってる間に抜け出してきたから、そろそろ戻らなくちゃ」
「ふぅん。レイラは、ロムルスって奴のことが好きなのかな?」
「うんっ」
ライジードはかなり不愉快な気分になった。いくら美少女とはいえ、レイラは子供だ。こんなつまらないことでヤキモチなどということはあり得ない。
だが、自分に対して、お願い助けてと抱きついてきたレイラが、それでいながら自分よりもロムルスを選ぶというのが気に食わない。
「私のことは?」
「ジードも好きっ」
「ロムルスとどっちが好き?」
「うーんと、・・・どっちも好き」
まあ、子供だからこれは仕方あるまい。周囲の騎士達が、何だか哀れむような視線になってきているので、コホンと咳払いしてから、ライジードはレイラに微笑みかけた。
「じゃあ、こうしないか、レイラ? 君は私と一緒に来る。ちょうどそのファルードが出るという舞踏会に私も出席することになっている。君が私と一緒に来たら、君はお兄さんに会える。・・・そしてね」
くすっと笑いながらライジードは切り札をもう一つ出してみせた。
「そのロムルスっていう奴の分も招待状を用意してあげる。ね? その舞踏会で、君は綺麗なドレスを着て、ファルードとロムルスに会えばいい。素敵だろ?」
レイラは考え込んだ。
(招待状・・・。たしかにロムルスとジルードは、ファルードがどこにいるか分からずに困っていた。ファルードが出るという舞踏会の招待状があるなら、・・・ファルードとロムルスとジルードの正装が見られる。しっかっも、・・・ライジードつきっ)
ライジードはこの国の王子様だ。彼が味方してくれるなら、うまくいかない筈がない。
しかも、頼れるお兄さんなロムルスに、クールなお姫様なファルード。そして甘いマスクの王子様、ライジード。
(ああっ、これでザイがいたらっ、・・・・・・今からでもザイ、来れないかしらっ)
いや、さすがにそれは無理だろう。
けれども心が揺れる。いや、かなりぐらついている。そう、今、自分の心はライジードの提案にずぶずぶ状態になって崩れてしまいそうなザル豆腐だ。
「あ、あのね、ジード」
「何だい?」
「えっと、その・・・、その舞踏会ってジードも出るのよね?」
「そりゃ勿論」
そうでなくてはここまで来た意味がないだろう。
だからライジードは面白そうな顔になって肯定してみせた。
もじもじと頬を赤くしながら、レイラが恥ずかしそうに尋ねる。
「あ、あのね・・・。ジード、ファルードと一緒に踊ってくれる?」
「・・・・・・・・・」
ライジードは自分の耳を疑った。
「えーっと、ファルードって女性だったのかな?」
「ううん。男の子だよ?」
「私も男の子なんだよ?」
レイラに分かりやすいようにと、ライジードは同じような口調で言ってみせた。
「だけど、ファルード、綺麗なんだよ?」
「綺麗でもファルード、男なんだよね?」
大事なのはそこだ。綺麗かどうかではない。男か女か、そこに尽きる。
「私と同じ顔してる」
「だけど男だよね?」
周囲にいた騎士達が、「男でもあの顔なら・・・」「だけど男だろ」と、何やら囁いている。
ちょっとライジードは切なくなった。
本来は、レイラこそ頬を赤く染めて、
「綺麗なドレスを着たら、私と踊ってくださいますか、殿下?」
と、ライジードに囁くものではないのか。これでも自分は様々な貴族令嬢から憧れの視線を送られることには事欠かない王子様なのだ。
「大丈夫っ。ファルード、綺麗だからっ」
しかし、ライジードの気持ちをレイラは全く理解してくれなかった。
さぁどうだっと、いい顔で拳を顔の前に突き出し、そんなどうでもいい保証をしてみせる。
もういいやと説得は諦めて、ライジードは自分から飛び込んできた子供を連れていくことにした。
「レンダー。やはり今から城に滞在させてもらうことにしよう。レイラのドレスの手配と、そのロムルスとやらに招待状を」
「かしこまりました」
自分から飛び込んできた子供。
なぜ自分の顔を見知っていたのかは分からないが、さて、そのフェイ・ゲオランドはどんな少年なのだろう。そしてロムルスも。
まずはこのレイラを飾り立ててみよう。
これは楽しくなりそうだと、ライジードは機嫌良さそうに笑った。
その日、宿に戻ってきたら、レイラはいなくなっていた。
どこに遊びに行ったのかと心配になりながらも、このテルノス領には貧民街もなく、治安も悪くない為、夕方になれば戻ってくるだろうと思っていたロムルスとジルードだ。
レイラの、
「ちょっと気になることがあるので出かけてきます。すぐ戻ります」
という書き置きがあったこともある。
どうせレイラのことだ。美味しそうなお菓子を見つけたか、綺麗な小物を見かけたのだろう。
小遣いをちゃんと持ち出したなら問題ない。
ロムルスとジルードはそう高を括っていた。
しかし日暮れが近づけば不安にもなる。そして、夕方になってその手紙を宿の主人から渡された時には、さすがに血の気が引いた二人だった。
そこには、テルノス辺境伯からの招待状が同封されていた。
『ロムルスへ
知り合いを見つけました。ファルードが大変だから助けてって言ったら、ジードも協力してくれると言いました。
何でも、ファルードはお城で開かれる舞踏会で、テルノス様に会うそうです。
その舞踏会の招待状を、ロムルスの為に用意してもらいました。これでロムルスもテルノス城に入れるそうです。
きっとロムルスの正装って、びしっとしていて隙がなさそうに似合うでしょうね。ジルードも、誰よりも注目されると思います。
私にもドレスを用意してくれるそうです。だけど、今の私はロムルスに会いたくないかな。ドレスを着た私は、ロムルスに見つけてもらいたくないです。だけど私はロムルスを見たいです。
だからきっと、私に見えるように、ロムルスは素敵に踊ってくださいね。できればファルードと踊ってほしいかなって妄想しちゃいます。あ、勿論、ジルードとでもいいです。というか、ジルードと踊るロムルス、・・・絶対に舞踏会で一番目立ちますよね。見ている貴婦人が卒倒しちゃうぐらいに素敵だと思います。
そんなわけで心配しないでください。
ロムルスの所に帰ろうとしたら、
「私より、ロムルスって奴がいいのかい?」
って、ジードがヤキモチを焼くから仕方ありません。男の子は、幾つになっても我が儘なんだから。
私のことは心配しないでください。レイラ』
ロムルスとジルードは、その招待状をまじまじと眺めた。
「恐らく本物だよな、これ。どう思う、ジルード?」
「本物でしょう。ですが、レイラはどうしてこんな伝手を持っていたのか・・・」
宿屋の主人に聞いても、テルノス城の騎士が持ってきた手紙というのだから、それ以上が分からない。
「とりあえず、俺の正装はジルードが持ってきてくれたからいいとして、ジルードは?」
「一応、持ってきてはいますが・・・。罠でしょうか、それとも・・・」
「さあな。だが、どちらにしても俺達は二人だ。罠などかけなくても、そのまま取り囲めばいいだけのこと。何を考えているやら分からんが、ここはゲームに参加するしかあるまい」
ただ、レイラ。
そのジードというのが誰なのかぐらいは書いておけ。
ロムルスはそう思わずにはいられなかった。
(何でドレスを着たレイラは俺に見られたくないんだ? そりゃ男の子っぽい顔立ちだが、整っていることは変わらないんだし、フリフリのドレスは似合わないだろうが、すっきりとしたデザインのドレスなら似合うだろうに)
女の子というのは分からない。
大体、あんな子供なんてドレスを着ていればどんな大人も「可愛いね」と言ってもらえるものなのに。
まさか今のレイラの顔が、ザイの顔ではなくファルードの顔に似せているから会えないのだと、そんなことが分かる筈もない。
ロムルスは、ジルードに救いを求めて視線を投げかけた。
「えーっと、・・・まあ、かなり前進したと言えなくもないような? 本当は私が参りますから、あなたはここで留守番しておいてほしいと、・・・申し上げても聞き入れてくれませんよね」
「分かってるじゃないか。すまんな、ジルード」
だが、レイラだってライジードが王子だと知らせればロムルスも安心するかなと思わないわけではなかったのだ。しかし、ロムルスもジルードも、帝国貴族の息子である。
変に身構えることになっても可哀想だと思って、気を遣って書かなかったのだ。
そんなレイラの気遣いは全くロムルス達に伝わらず、そして舞踏会の日は近づいていた。




