第十二話「ユートピア」
意外なことに砂藤さんが雑貨屋で悩む時間は少なかった。てっきり僕はまた服屋と同じようにそこそこ長時間持たされるものだと思っていたから少し安堵する。
......もっとも解放されるわけではなく、次の場所へと砂藤さんはさんは歩き出す。
人使いが荒すぎやしないだろうか? これでも僕は人間なんだけど。
完全に都合のいい人扱いされている気がする。気のせいではないだろう。
「ついていく意味ある?」と聞いても「報告が遅れるでしょ」だの「一人にするとだらけるから」だの躱されるのだろう。残念ながら僕にはそれを突っぱねる言葉も立場はない。
無表情で歩くその横顔からは読めないが、おそらく今は上機嫌だ。僕はもう諦めて『僕は執事なんだ』と自分に言い聞かせることにした。
しばらくして意外な目的地が見えてきた。思わずガッツポーズをしたくなる。
このショッピングモール内で唯一僕が心から興味を持てる場所——本屋だ。
砂藤さんは可哀想な僕のことを思ってこの場所へと連れてきてくれたのだろうか? そんな淡い期待を背負い僕は意気揚々と中へ入っていった。
僕が高揚しているのを察したのか砂藤さんがこちらを見つめていた。何か言うのかと思って僕も目を合わせる。少しの沈黙。その空気に耐えられなくなった僕が先に口を開いた。
「漫画見てきていいかな」
沈黙。
「いいよ。でも本に集中しすぎてバグを見逃さないようにね」
「わかってる」
僕は他に何か言われないように急いでその場を離れる。なぜだかわからないがものすごく僕は砂藤さんの尻に敷かれている。
いつこのような上下関係が生まれたのだろうか。出会ったことの僕の精神状態か? それなら砂藤さんは相当手慣れだ。
他にも僕みたいな下僕が何人かいるのではないか? そう思ってしまう。
ただ、悔しいことに異性と関係を持ったことがゼロに等しい僕にはどのような関係であっても嬉しいと思ってしまうようで、これでも良いと思っている自分がいた。
だけどその呪縛からはもう逃れた。僕は自由だ。
先ほどまでとは違い両手は軽い。僕はスキップをしたい気持ちを抑えて少し駆け足で歩いた。
僕が向かったのはもちろん小説や参考書が並ぶ堅苦しい場所から少し外れた場所に隔離されている漫画コーナー。
小説は読まないが漫画は大好きな僕にとってはなぜ隅に追いやられているのか理解できない。最近の映画売り上げはほとんどアニメなんだぞ? 書店員はなにもわかっていない。
このままでは小説の人気低迷の波に飲まれそのまま多数の書店が消え失せるだろう。
『まずは......』と僕はお気に入りの漫画を探す。この行動によってこの店員の好みが僕の好みとマッチしているかを判断するのだ。
いつもならなかった場合即座に立ち去り別の店舗へと赴くのだが、今回はそうは行かないのだろう。なんせ、彼女がいるのでね。救われてる分文句は言えない。やはり幸福には代償が付き纏うのか。
嬉しいことにお気に入りの漫画は置いてあった。それも全巻。素晴らしい。
この店と僕の好みは近い。それならば、と僕は意気揚々に他の棚を見出す。
好みが近いと言うことはこの書店にはまだ見ぬお宝がたくさん埋まっていると言うことだ。
僕は期待に胸を膨らませて隅から隅まで棚を見て回った。
すると突然——なんの予兆もなく辺りが暗くなった。停電か? と思い僕は辺りを見渡す。
僕がいた棚には誰もいなかったため、少し歩いて棚の外へ行く。
すると廊下では、数人が棚から本を取って見ていた。まるで何も不自由ないかのように。
極度のめんどくさがりなのか? 否。そんなことはないだろう。
僕はすぐに理解した。これは『バグ』だ。
念の為、隅から離れて近くの専門書コーナーへ行く。もしかしたら本当にめんどくさがりかもしれないからだ。まぁ、ないだろうが。
すると案の定、誰一人不自由なく本を読んでいた。ただ、みんなやはり暗いことは暗いのか本との距離が近い。
誰かが注意されている声が聞こえて振り向く。
すると、ライターをつけて読んでいることを注意されている人がいた。暗いのにあかりをつけて読むのがマナー違反なのだろうか。どのみち火は危ない。
そんなことはどうでもいい。早く砂藤さんに伝えないと。
僕はできるだけ音を立てないように注意しながら駆け足で砂藤さんの元へ急いだ。




