第五話 『ユートピア』②
先を歩く砂藤さんの後ろを歩幅を合わせながら歩く。いつもなら少し早歩きな砂藤さんが今日はなんだか足取りが遅い。
館内を奥へ進むと、客層が変わった。洋服店が並ぶ通路には、カップルや一人客、大学生らしき友人グループの姿。家族連れはほとんど見かけない。
家族連れはフードコートにいるのだろうか? 普段ショッピングモールにいかない僕にとってはとても新鮮だった。
前を歩いていた砂藤さんが振り向き僕を見つめる。
「どうして離れてるの」
すっかり周りを見ていて忘れていたが、僕は砂藤さんの少し後ろを歩いていたんだった。このカラフルな人の関係者ですよと周りに伝わるのはなんか嫌だ。
だけど、先ほどの彼女はなんとも言えない表情と仕草でいつもならすんっと振り払うところを、感情を表に出して話していた。なんとなく、優しく言った方がいい気がした。
「ごめんごめん。考え事してた」
そう言って僕は駆け寄る。普通の距離になり安心したのか、砂藤さんはまた無表情に戻っていた。
実は砂藤さんは表情豊かなのではと思った。デフォルト顔が無表情で、感情が動くことが少ないだけであって感情が動かされた時はすぐに表情にでるのではないだろうか。
今日の事からもそう考えれば急に表情が豊かになっていた理由もわかる。
——なんだか嬉しいな。
それだけでも、少しは心を開いてくれた証拠だと思いたい。焦らず、ゆっくりと距離を縮めよう。
異性と関わりがなかった僕はこうやってすぐに高揚して突っ走ってしまうだろう。せっかくの居場所を台無しにはしたくない。
世界を救うために僕に付き合っている砂藤さんからすれば勝手に異性と認識して意識している僕はもうすでにアウトかもしれないけれど。
すると突然。前から走ってきた男と僕が接触した。強い衝撃が肩に走る。
スマホが手を離れ、宙を舞う。——ガンッ。鈍い音とともに床に転がった。
男は相当急いでいたようで「さーせん!」とだけ言い残しそのまま走り去っていった。
突然の出来事に僕は唖然とする。人にぶつかられたのは何年ぶりだろうか。
そう思いながら僕はゆっくりとしゃがみ、落とした携帯を拾う。
ヒビ入ってなかったらいいんだけど、そう思いながら確認した画面にはしっかりとハンマーで殴られたかのような立派なヒビが刻まれていた。
嫌な予感は的中した。少しずつ腹が立ってくる。このスマホは数年前に買ったばかりだというのに。
僕の親がヒビごときで買い替えてくれるわけがない。どうしてこうも運が悪いんだ。
ただ、不幸中の幸いとでも言おうか。画面のヒビは中央ではなく、画面の左上のあまり見ないスペースにできていた。
砂藤さんが心配そうに携帯を抱えたまま固まる僕を見つめている。
「大丈夫?」
「ああ......ちょっと、割れちゃって」
「ふーん。ジュース奢ってあげようか」
「いらない」
ざわめいていた気持ちは時間と砂藤さんとの会話で少し落ち着いた。そうだ。こんなのは小さなことだ。そこまで不幸ぶる必要はない。そう自分に言い聞かせる。
ただ、あいつの顔はしっかりと覚えておこう。
画面にできたヒビを撫でながらそう思った。
目の前には真剣な表情で吟味する砂藤さん。見える範囲に僕以外男性の姿はない。
僕はここにいていいのか? と居心地の悪さをひしひしと感じる。
少しずつ腕の重みが増していく。執事はこんな気持ちなのかな? と思う。
ラックにはフリフリのついた薄い服や寒そうなスカートが複数着かけてある。
僕らは服屋にいた。僕の両手には数着の服。なんかデジャブだな、と僕は思う。
これも世界のバグとして報告した方がいいのだろうか。いや、デジャブは大きすぎて対処しきれないんだっけか。
僕はずっと今日の砂藤さんの服装について疑問を抱いていた。質問した時の反応がどうも引っかかる。前みたく自分の意思ではなく製作者によって着させられたものだったら、指摘に対して「あれ、ほんとだ」などというだろう。
それとも僕が「夢で出てきた服装」などと言ったからだろうか? 砂藤さんも同じ夢を見ていた、もしくはあの夢自体砂藤さんが関与していたのか。
考えてもありきたりな考えしか浮かばず僕は頭をかいた。
今日はどうやら前回とは違うらしく、商品を見て比べはするもののそのまま服をかけなおしている。
一着を長く見つめたあと、ため息をついて服を戻し、僕に何も言わず店を出た。僕はその背中を慌てて追いかけた。
今度は雑貨屋にきた。店内には全体的に淡いブラウンで統一されていてあたりには香料の甘い香りが充満している。疎い僕でも女子向けの店であることがすぐにわかった。
こういう店はいったことがなく、横目で見ることすらなかったため僕にはすごく新鮮だった。
前なら何も面白いことがなくただ虚無の感情で砂藤さんの言われるがままに後ろをついていっていたのだが、今回は僕は自主的に色々な棚を見て回っていた。
初めて見る雑貨屋はスーパーとも、服屋とも、文房具屋とも違う品揃えで面白い。淡い水色のシンプルなハサミがあったと思えば、その棚の裏には透明で枠がクネクネしているスマホケース。少し離れた場所には木でできた滑らかなおもちゃ。あまりにも不揃いな商品だがただ一点おしゃれという点だけ共通していた。
たしかに、ポップで可愛い雑貨はあまり文房具屋などでは見なかった。世間の女子がよく持っていた淡い色の文房具などはこういう店で買っていたのだろう。
感心しながら見ていると、急に右手にカゴがかけられた。
え? と隣を見ると砂藤さんが特になんとも思っていない表情で次々と手に持った商品を入れている。徐々に重みを増すカゴを僕はじっと見つめるしかできなかった。
僕が驚いた表情で砂藤さんを見ると、砂藤さんはいつも通り無表情のまま僕の目を黙って見つめ、そしてまた選び出した。一瞬だけ目が細くなった気がして、逆らうものなら怒られる気がした。
結局、僕の一時の自由時間は終わりを告げ砂藤さんの荷物持ちとなったのだった。




