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第74話 ダークバーガー

挿絵(By みてみん)



「魔王が来ましーた」


 バタつく城内で、王さまが重い内容を軽口で言った。


「魔王が来たのか」


 オウム返しするくらいしか今の俺にはすることが出来ない。王さまは頷いた。


「まだ距離はありますーが、速度的には1週間ほどでこの王都からでも見えるほどに接近しまーす」

「詳しく聞かせてくれ」

「他のものは手が離せない私が教えまーす」


 王さまは机の上に紙を広げる。王都周辺の地図だ。脇に置いてあった大きな円盤型の石を王都の近くに置いた。


「これが魔王の軍勢でーす」

「デカイな、大規模ということか」

「全軍でーす」


 その言葉にアイナが驚きの声をあげた。


「全軍ですか? 魔界の守りは?」

「これは昔から使われてきた戦法です。魔王軍は城ごと移動するのでーす」

「城ごとですか!?」

「イエス。超巨大空中要塞ゴーレムを城に改造してそのまま飛んでいるのでーす」

「総力戦ですね」

「その通ーり、この戦いで敗北すれば人類は滅ぼされるでしょーう」


 1週間、それが俺たちの準備期間か。


「どうして分かったんだ?」

「千里眼を持つ魔道士がいまーす。千里眼と言っても王国領土と海くらいですけどーね」

「十分すごいな。それで俺たちはこれからどうすればいい? どこかの軍に加わるのか?」

「イエス。バーガーは我々の切り札でーす。本軍に置いてここから全体を見渡してもらいまーす」

「この場だからあえて言わせてもらうが、俺は勇者だが最強じゃないぞ」

「知ってまーす」

「じゃあなんで」

「貴方が勇者だからでーす」

「ネームバリュー的なことか? 勇者がいるだけで指揮が上がるという」

「違いまーす。勇者とは魔王を倒すためのジョーカーとなり得る存在のことを言うのでーす。そこには強いも弱いも関係ありませーん」

「そういうもんなのか」

「そういうものでーす」


 なら納得するしかないか。


「王国軍はどうなんだ? 集まり具合は」

「開戦までには全軍が揃う予定でーす。さ、私も忙しいのでこの辺で、また1週間後に来てくださーい」


 いつかは来ると知っていたが、大変なことになった。もう日常には戻れないかもしれない。それに……。


「遠くて良かったですね」


 アイナがポツリと呟いた。俺も『そのこと』を考えていたからすぐに言葉の意味を理解出来た。


「タスレ村はここから徒歩で1年掛かる遠い村だ。間違っても流れ弾がいくようなことはないな」

「ですね」


 こんなときでも他の人のことを優先して発言するんだよな、アイナは。


「アイナは強いな」

「バーガー様も強いですよ」


 これも嘘偽りのない本心だ。アイナといると俺の心まで清められていく。俺はしょせん元は筋トレが趣味なニートだ、清らかさは筋繊維一本たりとも無かった。それが聖母のようなアイナの言動によって変わってきているのだろう。


「アイナ、開戦時は俺の近くにいてくれ」

「はい! もちろんです! ダメと言われてもいますよ」

「ありがとう」


 よし、出来ることをしよう。まずは勇者パーティを集めるんだ。


「ジゼルとエリノアを探しに行くぞ」

「はい!」








「エリノアがいない?」


 俺たちはルフレオの家でジゼルからそう告げられた。


「ここ数日連絡が取れない」

「冒険に行ってるんじゃないか?」

「それはない。エリーはクエストを受注していない」

「商売に出かけたとか」

「市場にはいなかった。それに遠出するなら一声かけてくれる。どこかの街に行っている可能性はない」

「何か事件に巻き込まれたとか」

「エリーに限って。ちょっと心配」

「心配だが、探すにしてもこうも慌ただしい中じゃ難しいな。それに1週間しか時間が無いんだ。その期間中に見つからなかったらそのまま戦いに行くしかない」

「私はギリギリまで探す」

「ジゼル、気持ちはわかるが魔法巻物マジックスクロールの制作を王さまから頼まれているんだろ?」

「並行できる。ダメならご飯と睡眠の時間を削る」

「それがどういう意味が分かるだろ。腹空かしたうえに寝不足なやつを戦いに連れて行けるか」

「分かってる。分かってる。けど」

「心配なのは分かるが、ワッパーも倒したし、今の王国には敵はいないんだ、ここは治安がいい、どこかの誰かの家にお邪魔しているかもしれないだろ?」

「誰の家? なんで私の家に来ないの」


 ダメだ。かなり参ってるな。



 宿屋。


「王国民はどこに避難するんだ?」

「王国の中心に集めているそうです。王城の周りにも大きな施設が沢山あります。あとは地下に避難する人も多いそうです」

「王都から出ても危ないもんな。にしてもエリノアはどこをほっつきあるってんだか」

「心配です、どうしてこのタイミングで」

「分からない。分からないがいざと言う時は駆けつけてくれるのがエリノアだ」

「そうですよね。信じましょう」

「なんの話をしているの?」


 布団から顔を出したスーが眠そうに言った。


「スー、魔王が来るぞ」

「……やなの」


 スーは布団に潜ってしまった。アイナがベットに腰掛けて丸くなった布団を優しく撫でる。


「大丈夫、大丈夫ですよ」


 自分に言い聞かせているようにも聞こえる。


「ネスはバカなの、大バカなの」

「そうだな、こんな馬鹿げた戦争、早く終わらせような」





 魔王城到着まで6日。早朝の王城。


「ヒマリ」

「バーガーさん」


 朝の鍛錬に勤しんでいたヒマリは汗を拭う。足早に俺たちに駆け寄った。


「調子はどうだ?」

「万全です」

「そうか。早速だがマナーの盾を見せてくれないか」

「はい」


 ヒマリは双剣を鞘に収める、背負っている盾を手に取る。うむ、カッコいい盾だ、マジで羨ましい。


「あれ、でもヒマリは双剣使いなんだろ? 盾はどう使うんだ?」

「それが、この盾凄いんです」


 ヒマリが盾を左の籠手に装着する。それから双剣を抜く、すると。


 マナーの盾が2つに分離、右の籠手にも自動装着された。


「なにそれ! カッコいい!」

「どうやら持ち主の使う武器、戦闘スタイルに適応した形状に変形するようなんです」

「さすが伝説の盾だ、選んだ人間が使いやすいものになるとは、でも手に持たなくて力入るのか?」

「その点も考えられているようで、叩いてみてください」

「わかった」


 さすがにMソードで叩くのは気が引けるから、壁に掛けてあった誰のものでもない木刀を咥える。


「行くぞ」

「お願いします」


 俺は跳躍する、空中で身を捩り縦回転を加える、遠心力を利用した上段を繰り出す。


 ヒマリは目を瞑っている。


「危ないぞ!」

「そのまま来てください」


 俺はヒマリの言葉を信じて続行する。木刀がヒマリの頭に落ちる瞬間、ヒマリの左腕が意思を持ったように動き、マナーの盾で木刀を防いだ。いくら鍛えたからと言って少女であるヒマリの片手防御がこれほど硬いはずがない 。まるで岩盤を叩いてる気分だ、その証拠にヒマリは微動だにしていない。これは。


自動防御オートガードか」

「はい、意識外の攻撃からも守ってくれます」

「しかもめちゃくちゃ硬くなるな」

「盾に選ばれてから聖なる魔力に護られて基礎防御力も上がっています、盾で防御する時はさらに硬くなります」

「こりゃ凄い」










 魔王城到着まで6日。昼、王都内。


「そろそろ食材を集めるか。保存のきくものはあらかた集めてあるが、ナマモノはこれから集めないとな」

「王さまにお願いしてみてはどうですか?」

「そうだな、あとで頼んでみるか。ならあと出来ることはあるかな、なにかあるか?」

「王都内での戦闘に備えるとか」

「外だけで済まない場合がもあるか」

「はい、例えば罠を仕掛けるたり」

「仲間に掛からないか?」

「調整は必要かと」

「よし、色々王さまに頼むことがありそうだ」


 俺たちは外に出る。城下町に目をやる。国民はまだ普段通りの生活を過ごしている。


「まだ国民は普通に生活しているんだな」

「避難命令が下るまではなるべく普段通りに生活するように言われているらしいです」

「混乱を避けるためか、それにしてもよく訓練された国民だ、戦争なんてここ100年なかったんだろ?」

「そうとも限りませんよ。みんな不安がっています」


 過ぎていく国民の表情を見る。確かに少し硬い気がする。


「そうだよな、不安だからこそ命令に従うんだよな」

「不安といえば、治安面も不安です、戦時になれば火事場泥棒などにも注意が必要かと」

「戦争になるとそういうことも気にしないといけなくなるのか、いやだな」

「兵が戦争に裂かれる分、潜む反王国勢力が暗躍する可能性があります」

「……そこん所はスカリーチェに助けられてるな。全部とは言わないだろうが危険分子を地下に押し込めてくれている」

「私も頑張ります。この戦争が終わればあの件だって」

「そうだな戦後処理もあるだろう。絶対勝とうな」

「はい!」










 魔王城到着まで6日。夕方。王城。


「最高のものを紹介しまーす」


 王さまに具材の件を話したところ潔く承諾してくれた。


「しかし、それには問題がありまーす」

「なんだ?」


 俺に解決出来ることならいいんだが。


「チーズって知ってますーか?」

「知ってる!」


 即答だ。知っているに決まっている!


「チーズの存在は極秘情報なのによく知ってますーね」

「ギクリ」


 しまった。ハンバーガーの部分が反応してしまったようだ。


「バーガー様は博識さんなんです!」


 アイナはエッヘンと胸を張った。王さまはそれで納得したようだ。


「博識さんなら知っててもおかしくないでーす」

「それでチーズとはなんですか?」

「アイナに説明してやってくれないか」


 俺の知ってるチーズと違った場合が怖いからな。自然な感じで王さまに説明を擦り付けよう。


「おうふ。チーズは王族が代々守ってきた特別な食材なのでーす」


 なんか大きな話になりそうだ。


「どんな食べ物なんですか、あ、食べ物……ですか?」

「いえあ、ハンバーガーの具材ですかーら、まぁバーガーはよく食えないものも挟んでいるみたいなので仕方ないですーね」


 なんかすんません。


「チーズとは母乳を加工した食品でーす」

「ぼ、母乳ですか!?」

「いえあ? どうしたんですーか? アイナ?」

「いえ……続けてください」

「ほわい? まぁいいでしょう。チーズ、精確にはロストエイジチーズと言いますが、それは、聖母龍、シングルマザードラゴンの母乳を使ったものでーす。失われた技術を使い作り出されたオーバーでテクノロジーな固形物とも流動体とも言えぬ粘度が極めて高い黄金の食材なのでーす」


 ごくりと唾を飲み込む音がした。もちろんアイナからだ。恥ずかしそうにして体温が上昇していくのを感じる、可愛い。


 そして王さまに説明してもらってよかった。俺のいた世界のチーズとはスケールが違った。


「なんだかよく分かりませんがとにかくおいしそうです!」

「そんな高級品を挟ませてくれるのか」

「もちろんでーす。有事ですし、勇者の力を遺憾無く発揮してもらうためなら喜んで譲りましょーう」

「それは助かる」

「しかし、ここで問題が2つ」

「なんだ?」

「一つは製法が途絶えてしまったということ、あるものしか渡せませーん。これはどうしようもありませーん」

「あるだけで十分だ」

「残るもう一つが非常に厄介なハードルなのでーす」

「勿体ぶらないでくれ」

「ソーリー、チーズを守護しているのがロストテクノロジー満載のガーゴイルなのでーす!」

「なるほど、チーズを得るにはガーゴイルと戦わなければならないのか」


 チーズを得るためだ、どんな奴とだって戦ってやる!


「それで場所はどこだ、遠いと困るが」

「この真下でーす」

「真下だと」

「はい、王城の地下、初代国王が作った迷宮の奥にチーズは眠ってまーす」


 ここに来てダンジョンか。


「大丈夫なのか? あと6日しかないんだが」

「大丈夫でーす。迷宮と言っても身内が作ったものですかーらマップがありまーす、正規ルートを通れば着くのに一時間も掛からないでーす」

「そうか、ガーゴイルの強さは? 強さしだいではメンバーを集めてから挑みたいんだが」

「残念でーすがそれ無理やーな。ガーゴイルはその特殊性から一人で行くのが好ましいんやーで」


 初ダンジョンがソロ推奨ダンジョンか、難易度はどうなんだ。


「説明してくれないのか?」

「知ってても知っていなくても同じことでーす。私は一人で行くことを勧めまーす」

「わかった。アイナはこの近くで待っていてくれ」

「バーガー様、こことは言わずに、問題のない距離で一番近いところで待機していたいです」

「そうだな。王さま、ダンジョンには最初から一人で入らないと行けないのか?」

「いえ、最深部の大部屋の手前までは入っても問題ないでーす。そこから先に入るとガーゴイルが起動しまーす」

「そうか、ならアイナ、大部屋の外にいてくれ、ヤバくなったら全力で逃げるからさ」

「はい!」






 ここは王城の地下。地下には貯蔵庫や、いかにもって感じの牢獄があったりする。王城にこんなもの設置してなんになるかわからないが雰囲気たっぷりだ。


「ここから地下ダンジョンに行けるみたいですね」


 地図(書類の束のようになっている)を確認したアイナが言う。見つめる先はレンガの壁だ。


「下から3番目の……傷のあるレンガ」


 アイナがレンガを押す。するとガコンと窪み。歯車の音が聞こえ始める。そしてその音と連動してゆっくりとレンガの壁が開いた。


「これが隠し通路ですね」

「ロマンたっぷりだな、魔光石が設置されているそうだが、滑るかもしれないから足元に気をつけながら行こう」

「はい!」


 アイナが地図を見つつ進んでいく。俺は肩に乗って思考を巡らせる。大半はチーズのことでいっぱいだかガーゴイルのことも考えなければならない。


「ガーゴイルか、どれほどの敵なのか」

「弓で援護してはダメでしょうか?」

「王さまの言い方からするとダメそうだな。もし負けたらアイナのところまで逃げるからそこからは一緒に戦ってくれ」

「もちろんです。でも無茶だけはしないでください。チーズは見てみたいですが、必ず必要というわけでは無いんですから」

「そうだな、程々にするさ」


 実はそういう訳にもいかない事情がある。女神が必要な具材を言っていた。レタスにパテにトマトにチーズ、あと一つは教えてくれなかったがチーズは必須食材なんだ。そして女神の言うチーズとはこのチーズのことで間違いない。



「ここのようです」


 アイナは地図をしまう。大部屋を見る。入口には扉もなくここから全体を見渡すことが出来る。天井があんなに高い、広さも相当だ。これだけ広ければ野球ができるな。


「よし、ここからは俺一人だ。アイナは声援を飛ばしてくれ」

「はい! ファイトです! バーガー様!」


 100万倍は頑張れそうだ。俺はニヤケ顔を引き締め、颯爽と跳ねる。大部屋に入る、ふむ、入ってすぐに何かあるわけじゃないのか、一番奥まで進んだところで異変が起きた。前の壁が自動扉のように左右に割れる。空いた穴の中から現れたのは菱形の石像だ、僅かに宙に浮いている。


「なんだこれは、チーズはどこに、うおっ!?」


 菱形が光り輝いた。これがガーゴイルか!?


「バーガー様! 後ろです!」


 振り返ると菱形の光によって生み出された俺の影から何かが滲み出てくる。俺は理解した。


「なるほど……そうだよな、勇者ものには必ずなきゃならないよな!」


 滲み出たのは真っ黒な俺だ。さしずめダークバーガーと言ったところか。



 こいつがガーゴイルの正体。なるほど、相手によって見た目が変わるから説明不可というわけか。それにこちらの準備に相応して変化するから一人も大勢も変わらないと。いや大勢の分、ミスが増えるから、やはりソロ推奨ダンジョンだ。こいつを倒さないとチーズは手に入らないんだろうな。俺はダークバーガーを観察する。


「咥えてる具材どころかMソードも再現しているのか」


 俺が動くとダークバーガーも動く、鏡のようだ。


「やり合ってみるか。コケ脅しかもしれないしな」


 俺は軽快に跳ねて距離を詰める。ダークバーガーも同じ動きをする。


「喰らえ! やー!」


 俺の繰り出した横回転の斬撃をダークバーガーは縦回転で受けた。弾かれる。


「同等の力っぽいな。むぅ、これは厄介だな」


 そこで俺は魔法を発動させることにした。俺は女神からもらった魔法陣を介さないと魔法を使えない。つまりダークバーガーが女神の魔法陣を再現していない限りは俺の方が圧倒的に有利というわけだ。


「卑怯とは言わせないぞ。まずは時間終了タイムアウトで時を止めて、それから威力を抑えた勇者斬ブレイブスルーで……」

「『時間終了タイムアウト』」

「え?」


 パキンと時間が停止する『俺はまだ魔法を発動させていない』のに。


時間魔法タイムマジックは同系統の魔法を修めているものには効果が薄い」

「お前喋れたのかよ!」

「必然だ。俺はお前そのものだからな、まぁ闇から生まれたからダークバーガーとでも名乗らせてもらおうか」


 センスまで一緒かよ!


 時間終了タイムアウトの効果が切れる。


「ふ、お前がお喋りじゃなければ俺も喋らないまま戦っただろうよ」


 く、マジでやりずらい。とりあえず時間終了タイムアウトは効かないのはわかった。なら勇者斬ブレイブスルーか。否、これも相殺されそうだ、それどころかその衝撃で天井が崩れたりしたら大変だ。これは奥の手だ。


「行くぞ! ダークバーガー!」

「来い! バーガー! やってみろいつものゴリ押しを!」


 ハンバーガー同士、互角の剣戟だ。神クラスの武器であるMソードまでコピーしているのは見事としか言えない。古代のガーゴイルは伊達じゃないな。互いに譲らない。俺とまったく同じ性能だから当然か。ならばどこで差をつければいい? 考えろ、俺!


 このままでは共倒れになる。そうなる前にキメに行かなければならない。何度目かになる剣戟を終えて距離を取る。


「俺たちに勝ち負けはない、同じなのだからな。チーズは諦めろ、大人しく帰れ」

「そうはいかない。俺をコピーしたなら分かるはずだ。めちゃくちゃ挟みたいんだよ、チーズ!」


 ダークバーガーは無言で剣を構える。俺の気持ちが分かるのだろう。絶対に諦めないのが分かっているんだ。


「ダークバーガー、お前も挟みたいんじゃないのか?」

「なにを」

「チーズだよ。挟みたいだろ?」

「挟みたくない」

「嘘だ、俺の影から生まれたなら挟みたいはずだ」

「挟みたくない」

「熱を通してトロトロになったチーズがパテやトマトに絡む」


 ダークバーガーはゴクリとない喉を鳴らす。


「一緒に挟もうよ。きっと楽しいぞ」

「馬鹿げたことを言うな。俺はお前を倒すために生まれてきたんだ」

「じゃあわかった。チーズを挟んでから決めよ?」

「なんで一歩譲ったふうに言って目的達成してるんだ!」


 ダメらしいな。2人で挟めば楽しさも2倍なのに。


「これで決める。同族嫌悪でおかしくなりそうだからな」

「そんなに似てないだろ!」


 勇者斬ブレイブスルーを使うつもりか。時間終了タイムアウトを逃走に使うことを考慮しつつ俺もMソードを構える。


「行くぞ!」

「じゃあ俺も行く!」


 2人同時に魔法を発動させる。


「『勇者斬ブレイブスルー』」


 聖なる光の本流がぶつかり合う。本当にコピーしている!


「うおおおおおおおお!!」


 勇者斬ブレイブスルーは以前よりも威力、操作性ともに増している。そして屋内では密度を高めることで小さく放つことが出来る。ダークバーガーも同じくだ。細いとは言っても十分に太い勇者斬ブレイブスルーがぶつかり合う。魔法が使えるということは魔法陣も再現しているんだよな? なら女神が関係している、ダークバーガーだけ魔法を使えなくさせるとか……いや、女神なら楽しいから許可するんだろうな、現にそうだし。


 拮抗している。問題はこれが相殺し終わったあとだ。多少はダメージを負う覚悟で勇者斬ブレイブスルーの余熱が残っている所を突き抜け、視界の悪い状態、そして俺と同じく反動を受けているであろうダークバーガーを強襲する。勇者斬ブレイブスルーの光の放出が終わる。今だ! 俺はヒールが焼けるのを覚悟で突っ込んだ。


「な!?」

「な!?」


 ダークバーガーも同じ考えだった。エネルギーのぶつかりあった中心で鉢合わせだ。互いにフランスパンのように硬直した、だがそれも一瞬、たがいにMソード(ダークMソード)を降り抜いた。







 不毛に思える幾度目かの剣戟。もう魔法はない。終わりが来るとすればMソードの魔力を使い切った時だ。しかしこれだけ激しい動きを続けていれば数時間でMソードの魔力回復量を消費のほうが上回って力尽きるだろう。



 あっという間にそして数時間が経過した。約束の刻だ。Mソードの魔力が枯渇した。


「すぅーー、はぁーー、すぅーー、はぁーー」


 空気を挟む。エアバーガーの呼吸方だ。


「すぅーー、はぁーー、すぅーー、はぁーー」


 当然ダークバーガーも同じ呼吸法を行う。ここからは魔力消費を抑えた戦いになる。そもそも空気中の魔力だけで動くのは至難の業だ。魔法陣を維持するのにも魔力が必要だ。ジリジリと動く。ええいままよ! 俺は爆発するように跳ねる。一気に動いた方が魔力消費が少ないからだ。そしてクラウンとヒールの間を少し開けて(口を半開きにしているイメージ)空気を挟み魔力を回収しつつダークバーガーに詰め寄る。ダークバーガーも同じ動きだ、そして終わりの時が来た。



「バッガアアアアア!!」



 クロスカウンターバーガーだ。互いに叫びながら吹き飛ぶ。二本のMソードがカラカラと床を滑っていく。げ、限界だ。今ので魔力を使い果たしてしまった。虚脱感が俺を襲う、空気を必死に吸うも足りない。ダークバーガーも同じだ。そりゃそうだ俺のコピーだからな。互いに満身創痍だ。ここまでか……。




























「バーガー様!」


 俺は振り返る。アイナが叫んだ。


「ファイトです!! バーガー様!!」

「……ああ!!」


 力が漲る! なぜ? 否、知っている、このパワーの源は!


「ダークバーガー!! お前がコピーしていないものが一つある!!」


 それは! それは!


アイナだ!!」

「ぐっ! 何を言う! 魔力量に違いは無いはずだ!」

「魔力脳に教えてやる! 証明してやる!」


 体が動く。満足感で満たされている。


「うおおおおおおおお!!!!」


 必殺のタックルが決まる。ダークバーガーの体にヒビが入る。それは徐々に広がっていく。反撃はない……。



「終わったのか」

「ああ、お前、否、お前たちの勝ちだ」


 ダークバーガーはアイナに視線を向ける。その目はとても優しいものだ。


「目的は達成された。約束は果たしたぞマザー」


 ダークバーガーの体は完全に砕け、影になって消えた。菱形の石像が浮遊する、ゆっくりとした速度で進み部屋の中心で停止した。俺が菱形の前に行くと、それを待っていたように菱形が宝箱のように開く、菱形の中には黄色いものがぎっしりと詰まっている。


「間違いない。これはチーズだ!」


 そうみっちりと埋まっているのは大きな大きなチーズだ。熱せられていなくとも芳醇な香りがここまで漂ってくる「ギュルルルル」後方から腹の虫が鳴る。アイナが必死にお腹を隠している。


「チーズ、ゲットだぜ!」


 ロストエイジチーズはかなり大きい。アイナだけでは到底運べないので一度地上に戻り、兵士たちに手伝ってもらった。何キロあるんだこれ。単位がキロでいいのかも怪しいな。さっそく玉座の間に持ち運び王さまに見せた。


「おーー!! これは正しくロストエイジチーズでーす!!」


 周りにいる近衛兵たちも黄金の菱形の塊に釘付けになっている。


「魔法によって保存状態も完璧ですーね」


 王さまがしげしげと見たのちに俺の待っていた言葉を放つ。


「挟みますか、とりあえーず」

「頼む!」


 もちろん即答だ。ぶっちゃけここまでよく我慢したと思う。アイナもな。


「調理方法は、たしか王国図書館にあったようーな」


 その言葉に隣に立つクレアが補足する。


「貴族階級以上の者のみが閲覧を許されています」

「じゃあ、王さまの私が許可を出そう。持ってきーて」

「かしこまりました」


 こうしてロストエイジチーズの実食会が始まった。



「基本的には他の具材と合わせるそうですね」


 王城内の厨房でアイナが遠巻きながらに言った。


「トマトとの相性が抜群だ、そうだ」


 どのくらい相性がいいかというと、チーズからトマトが生えた、またはトマトからチーズななった。くらいに相性がいい、元からペアで作られた食材の如き最高の相性だ。そういやこの世界は女神が作ったのか? なら食材も? 女神ってグルメっぽかったしな。


「そうだ、レタスはあるか?」

「はい、ここには国で採れる最高のものが揃っているそうですよ」

「そうか、うぅ」


 俺はうずうずと体を揺らす。


 トマトとチーズもそうだが、それにパテとレタスが欠かせない。その4つが合わさってこそなのだ。そういや女神があと一つと言っていたがなんだ? それだけだ、それさえ分かれば。


 王国料理人が達人の域に達したスピードで調理を進めていく。しかし時折チーズの文献を読み、数人で集まったり味を見たりしている。早いが慎重でもある、さすがプロだ。勇者とドアの影から除く王さまの視線、その2つのプレッシャーに耐えているのだから賞賛に値する。


「勇者様来てください」


 ついに俺の出番だ。皿に乗りクラウンを外す、虚脱感に耐える、職人が丁寧かつ迅速に具材を重ねていくためすぐにクラウンは戻された。完成だ。


 そしてブワっと濃厚な旨みを大量に含んだ魔力が俺の体を巡る。


「あぁーー!!」


 気持ちぃ、今まで挟んだものの中で最高なものだと断言できる。気を失いそうになるほどだ。目がチカチカする。


「じゅるりっ! ッ!! バーガー様、ど、どうですか!!」


 興奮気味にアイナが駆け寄る。


「うましゅぎる!!!!!」



 ロストエイジチーズは大量にあり皆で分けて食べた。もちろん本番に備えて十分に残してある。一頻り堪能したあと、解析していなかったことを思い出す、さっそく解析開始だ。『チーズから、究極化アルティメットを検出、1回使用可能』


 究極化アルティメット? 聞いたことの無い魔法だな。試しに使ってみるか。


「アイナ、チーズから新しい魔法が検出された」

「はふはふ、それはたのしみでふね!」

「こらこらチーズをほうばりながら……くぅ」


 可愛いからいいか。アイナもいつもは上品だがこんなに旨いチーズを食べているのだ、それもしかたあるまい、むしろそれが正しい食べ方だ。


「王さま、新たな魔法を試したい、広場を使わせてくれ」

「もぐもぐ、もちオッケーでーす」

「助かる。アイナ、一緒に来てくれ」

「はい!」


 広場に移動した俺とアイナは互いに距離をとる。


「じゃあ行くぞ」

「はい!」

「どんな魔法か分からないから上を向いて放つ。一応警戒しておいてくれ」

「わからりました!」


 アイナは細剣を抜き払い構える。それを確認した俺はロストエイジチーズから魔法を発動させる。


「『究極化アルティメット』」


 俺の体を赤いオーラが包んだ。これは一体。


「バーガー様! なんだかすごいです!」

「どうなってるんだ俺は」

「オーラ? を纏ってます!」


 アイナにも見えているのか、少し動いてみるか。俺は軽く跳ねた。え?





 遥か上空にいた。


「ーーーーええええええッ!?」


 最初何が起こったのか分からなかった。自由落下を始めて現状を理解する。


「うっ! わわわわわわわ!!」


 瞬く間に落ちる。アイナが真下でキャッチしてくれた。


「バーガー様! 大丈夫ですか!?」

「あ、ありがとう……なんだこの魔法は」

「たぶんですが、身体能力の強化だと思います」

「身体能力の強化か、なるほど」


今のは俺がやったのか。確かに思い返してみれば高速で吹き飛んでいた。


「バーガー様、手合わせしてみませんか?」

「そうだな」


俺は近くに掛けてある木刀を咥えた。アイナは俺をキャッチする時に放った細剣を拾い上げた。


「行くぞ」

「はい!」


俺はかなり力を抑えて跳ねる。超高速の弾丸のような速さでアイナに向かって飛んだ。


アイナは木刀を細剣でいなす。起動のズレた俺はアイナの斜め後方の地面に着地する。


「すまん! かなり力を抜いたんだが、大丈夫か!?」

「手が痺れてます……すごい力です!」








 早朝、魔王襲来まで数時間。


 ロストエイジチーズから検出された魔法、究極化アルティメット。これは強力な身体能力強化魔法だ。チーズと合わせて魔力草トマト魔法強化マジックストレングスで強化された魔法を駆使すれば最高のパフォーマンスを発揮することができる。そして上薬草レタス上級治癒ハイヒーリングで回復面も万全だ、それとパテだがこれはメニューを変えることで臨機応変に対応が可能となっている。それとスーの前髪だ、筋肉の精霊は外せない。加えてMソードだ、これだけの具材が俺の元に揃っている。


 俺は万全だ。否、王国も準備万端だ。聖騎士大隊長も10人全員を王都に収集しているし、王国魔道士も魔力を練り上げて各自準備に余念が無い。そして何よりも三騎士の内、2人が王城にいる。グレイブはあの性質から王都には近づかない方がいいとのことだ、正確な場所は知らないがあの人なら大丈夫だ。あと冒険者たちも各村や街の自衛に徹してくれている。いつでも、戦える。


 ……できれば戦いたくなんてないんだけど、話し合いじゃダメなのかな。



































 それは日常を破壊するには十分過ぎる質量で現れた。













 空飛ぶ魔王城と聞いていたが、あれはこの王都よりも大きいぞ。どんな原理だ、魔法で飛んでいるんだろうが、あのゴーレムだけでも世界を滅ぼしそうだ。というかマジでゴーレムなのあれ? 王さまが髭をなでつけながら言った。


「まだ距離がありまーす。お茶にしましょーう」

「飲んでいる場合ですか?」

「クレア、気持ちは分かりますが余裕を持っていなければこれから始まる戦いにも影響しますーよ」


 魔王城が十分に近づく頃には昼になっていた。停止した魔王城は不気味なほどの静寂を保っている。まるで嵐の前の静けさだ。





「人間たちよ」





 驚くほど通る声だ。それでいてうるさいとも思えない。聴き入ってしまう声だ。


「今のは魔王の声でーす」

「この声が魔王」


 もっと渋い声かと思ったが、カリスマ性は十分すぎるほどにある。ベクトルが違うだけでこの澄んだ声も王たる器の者の声なんだ。


 魔王が何を話すのか、一同は口を閉ざし次の言葉を待つ。やはり宣戦布告だろうか。こういうのは形式が大事になるんだろう。真正面から堂々と攻撃するのは精神的にも気持ちいいしな。


「不滅龍スーサイドドラゴンを出せ」

「なの!?」


 部屋の奥にいたスーが肩を震わせる。魔王はその様子を見ているかのように少し待ったあとこう続けた。


「スーを渡せば、最低限の被害のみで支配してやろう」


 結局支配すんのかい。王さまはどう出るんだ。王さまは椅子から立ち上がり部屋の隅でうずくまっているスーに歩み寄る。そしてしゃがみこみ目線を合わせてから優しく話しかけた。


「スー様、行きたいですーか?」

「嫌なの、行きたくないの」

「そうですか、分かりましーた」


 王さまはそれだけ聞くとこほんと咳払いする。そして近くにいる者たちに言った。



「喜ばしいことでーす」


 その顔はいつもの笑顔ではなく闘志溢れるものに変わっていた。


「守るものが増えましーた!」



 交渉決裂だ!







 魔王はすべてを見ているかのごとく、部屋での出来事が終わったタイミングで言葉を続ける。


「そうか、残念だ。まぁ、いつでも来いスー、お前が来なければ、死ななくていい者たちがお前の肥やしになるのだぞ」


 スーはブルブルと震えている。だが生まれたての小鹿のように立ち上がり、魔王城の方を睨みつけながら叫んだ。


「ネス! 話を聞いて欲しいの!」

「スー、その話は何度もしただろう。そして結果は平行線だ。もうお前から聞くことなど何も無い」


 低く重い言葉にスーは押し黙ってしまった。


「さぁ戦だ。人類よ、刹那の平穏は満喫したか? これから始まるは真の平和へ至る、最後の大殺戮だ」


 魔王の言葉が終わる。魔王城が動きを見せる、象の足のような四肢が伸びて地面に到達する。その足だけでも山をいくつも束ねたくらいにデカい。クレアが早口で言った。


「あの四肢から無数の魔力反応。魔王軍の本隊が足の内部を通して降りてきています」


 なるほど落下するのでも、飛ぶでもなく、あのぶっとい足の中を通って安全に陸に降り立つつもりか!


 それも4箇所。


「長年戦ってきたゴーレムでーす。効率化も極まってまーす」

「王さま、そろそろ手を」

「そうですーね、向こうの兵が集まるのを待つつもりはありませーん」


 王さまは息を吸い込む。そして怒号を飛ばした。


「一番槍! クロスケ! 敵を薙ぎ払い目にものを見せてやりなさーい!」

「カカカ!」


 城のてっぺんにいた三騎士の一人、クロスケが一直線に飛び出して行った。


「皆の者! クロスケに続きなさーい!」

「おおおおおお!!」


 開戦だ!!



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