第33話 花咲く乙女1
宴会も終わり、魔物どもも酒樽抱えて寝ている。そんな中、移動を開始したゲーティーの後を俺はつけている。メアに邪魔されるのもなんだからってことで、会場に残っているメアの相手は、ポラニアとセラに任せることにした。
ゲーティーは魔王城に入り、乾いた靴音をたて、ちんたら歩を進める、何度か角を曲がったところで、ゲーティーが止まった。そろそろ呼び止めようとしていたから都合がいい、しかし俺が話しかけるよりも先にゲーティーが振り返り口を開いた。
「これはギア様、此度の仕事の成功、私からも祝わせてください」
「敬称は要らねぇ、ギアでいい」
「これは失礼いたしました。そのような方だと聞き及んでいたのに忘れていました」
ゲーティーは恭しく礼をする。
「メアから聞いたのか?」
「ええ、口を開けばギアの話ばかりですので」
「メアとつるんで何をしている」
「そんな大それたことは、私は商人です、やることと言ったら商売の他ありません」
商売、絶者候補であるメアの目的は勇者殺し、ならゲーティーがやっている商売の内容もそういったものに違いねぇ。
「メアとどんな取引をしているんだ、答えろ」
俺はゲーティーとの距離を詰めていく。ゲーティーは一歩も引かない。
「それはギアと言えど教えることはできませんね、顧客情報の流出は信用問題に関わりますから」
「そうだな」
ゲーティーの言葉に納得した俺は、
「教えろ、他社は敵、商売敵だ、お前の都合なんざ端から聞いちゃいねぇんだよ」
「敵だなんて、物騒ですねぇ、何も問題は無いと思いますが、私は金になるからやっているだけの事でして、今やっている事が実を結ぶとは到底思えませんし」
「それは俺が判断することだ、ゲーティー今どこに行こうとしてた?」
「厠に」
「向こうの方が近い」
「向こうは和式です、しかも仮設、常人に使えるはずがないでしょう」
まぁ、工場建設開始から置いてあるからな。いや、清掃はしてあるぞ、舐められるくらいには綺麗だ。
「わかった。なら選べ、ここで死ぬか、素直に話すか」
俺は右手をゲーティーに構える、砲台の構えだ。それでもゲーティーは微動だにしねぇ。
「わかりました、そこまで言われたらしょうがありません、ついてきてください」
ゲーティーは奥へと歩を進めていく。
「ちょっと待て」
俺は歩き出したゲーティーを呼び止める。
「何でしょう?」
「今から『目的地に着くまでの道のりに少しでも遠回りがあったらお前を殺す』」
これは目的地に着けば一発でわかることだ、偽りようのねぇ事実が残るからな。
「わかりました」
そう言ってゲーティーは『踵を返した』······。
ゲーティーが進む先には、さっきまでいたパーティ会場が見えてくる。
「俺に話しかけられる前から真逆に進んでやがったのか」
「厠だって言ったじゃないですか」
会場に戻るとセラが走り寄ってくる。
「ギア! 大変だ!」
「あん?」
「あのメアは偽物だ!」
「なに」
俺はメアを見る、どう見ても本物にしか見えねぇが、あ、片腕がねぇな。遅れて俺のところに来たポラニアが、その片腕を持っている。
「喋ったりするけど、あれは植物で作った分身だポメ。セラが肩を軽く叩いたらポロッと腕が取れたポメ」
「おいコラゲーティー、これはどういう事だ?」
「そういう事ですよ、時間稼ぎです、ではそろそろ手遅れになったと思うので行きましょうか」
そういってゲーティーは『再び踵を返した』。
「てめぇ、騙しやがったな」
「やっと気づきましたか、私が小物を演じれば『自身の命惜しさに本当の道を教える』と貴方が考えると、私はそう信じていました」
「ややこしい話は抜きだ、ぶっ殺すのも後回しだ、今はメアのところに案内しろ」
「そうくるでしょうね、私しか案内できませんから。では、メア様もこの3年間の成果を発表したいと思っていることでしょうし、ついてきてください」
少し進んだ先に、普段なら見落とすような地下への階段があった。そこにはでっかいラフレシアが道を塞いでいる。
「なんだこれは」
「少々お待ちをメア様の花罠です、無理に通ろうとすれば、鉄をも溶かす強力な酸と、気絶するほどの悪臭を辺り一帯に吐き出してきます」
毒じゃねぇところが俺への対策を臭わせるな、臭いのは平気だけどよ。
「『夢現』」
ゲーティーがそう言うと、花が饅頭のように蕾を閉じて丸くなる。合言葉ってやつか。
そこからさらに進むこと3分、通路の一番奥のドアから光が漏れている。
「あそこです」
ゲーティーがドアをノックしようとしやがったから、俺はゲーティーごとドアを蹴り破った、ゲーティーは直前に俺の方を向いて、しっかりガードしやがった。ずかずかと部屋に入ると、慌てているメアを発見する。
「誰!?」
「俺だ」
「ギア······ッ!!」
すでに立ち上がっていたゲーティーが、メアの隣に佇んでいる。結構強く蹴ったんだけどな。
「ゲーティー、これはどういうことよ!」
「いやぁ、バレてしまいました、やはり私はパーティに参加しない方が良かったみたいですねぇ」
「それは、貴方がパーティに出席したいからって······ああっ、もういいわ!」
メアはイラついたように、俺に向かって歩いてくる。後ろのセラが動こうとしたので片腕を上げて制止する。
「ふん! すっかりお偉いさん気取りが板についてきたじゃない!」
「そっちこそ、こそこそと悪巧みをしやがって、小悪党か?」
「ぐぬぬー!」
と、話しつつもメアの後ろに目を向ける。なんだあれは、床に描かれた円形の模様が輝いてやがる。
「おいメア、それはなんだ?」
「教えるわけないじゃない!」
「チッ、おいレイ、あれはなんだ」
「あれは魔法陣ですね」
メアが「なんで言うのよ」と叫んでるが無視だ。
「魔法陣ってなんだ?」
「前に教科書見ながら教えたじゃないですかー」
「俺に関係なさそうなことは、復習してなかったからな」
「もう、意外とそういう所ありますからね。えーっとですね、魔法陣っていうのは、ああいうふうに文字を床に書いて魔法を発動させることをいいます」
「ほう、ならあれは何か魔法を使うために書かれているのか」
「はい、そしてですね、発動時には魔法陣の文字や模様が通った魔力で光りだします。つまり光っている魔法陣は発動しているってことです」
「あん? つまりあの魔法陣は、何かしらの魔法を発動させているってことか」
「そういうことです」
俺はメアに視線を戻す。さっきは俺のいきなりの登場に驚いていたようだが、時間が経つにつれて余裕が出てきている。
「なにかしやがったな」
「へーんだ」
メアは舌を出して俺をバカにする、そんなことはどうでもいい、一体何をした?
「あれが何の魔法陣かわかる奴いるか?」
「さすがに私もそこまではわからないです」
「見たことのない魔法陣ポメね」
レイとポラニアがダメとなると、わかる奴はいないか。
「あの魔法陣には見覚えがあるぞ」
そのセリフを言ったのは以外にもセラだった。
「本当か?」
「ああ、あれは確か、転移龍ドラゴンカーセックス様の転移魔法陣だ」
「どらごんかーせっくすだぁ?」
なんだそのふざけた名前は、疑問に思わねぇのか?
「こら、流石にギアであっても、我が種の神を貶すことは許さないぞ」
凄んだ顔でセラが俺にそう言った。ま、俺だって名前でとやかく言うつもりはねぇよ、ここじゃあ俺の常識の方が間違ってるみてぇだしよ。
「その転移龍の魔法陣にはどういう効果があるんだ?」
「魔法陣内にあるものを転移させる事ができる」
「どこにでもか?」
「どこにでもだ」
「運べる大きさは?」
「基本的に魔法陣の大きさに比例する、乗るならなんでも運べる。ドラゴンカーセックス様が直に発動した魔法陣なら無制限とも言われている」
「本当だな?」
「本当だ!」
「それを俺に寄越せ」
「きゃ!」
俺はメアを押しのけて魔法陣に手を伸ばす、床は石畳だ、引っぺがしてそのまま持ち帰ってやる、これさえあれば物資輸送に革命が起こるぞ。
「なっ!?」
俺が魔法陣に触れた途端、魔法陣が消滅した。
それを見ていたゲーティーが諭すように告げた。
「その転移魔法陣には使用回数が設定してあります、使用回数を超えた場合、そのように消滅する仕組みになっています」
「な、ふざ、けんなよ、これがあればなぁ」
「もとより、私がドラゴンカーセックス様から頂いたのはそれだけですので、数回使っておしまいなわけですから。ギアに渡しても有効活用は難しかったと思いますよ」
ゲーティーの顔がやや歪んだものとなる。
「私はメア様にその貴重な数回を売り払って有効活用させて頂きましたがね」
「······そういやよ、ゲーティー」
「はい?」
「少しでも遠回りしたら殺すって俺は言ったよな」
「ええ確かに」
しれっとした顔でゲーティーは言った。
「殺せるものなら、ね」
「レイ、セラ」
「はい!」
「はっ!」
「こいつを殺せ」
「え、やだ、あ、体が勝手に!」
「承知した」
呪文を唱え始めたレイと、駆け出したセラ。ゲーティーはどう動く。部屋は袋小路だ、俺がこの入口を塞いでいる限り、ゲーティーはこの部屋から逃げることはできねぇ。
「いい商売が出来ました、それではさようなら」
ゲーティーはいつの間にか持っていた白い玉を叩きつけた、部屋一面に煙が広がる、煙玉か。だがここを塞いでおけば俺の勝ちは揺るがねぇ。……戦闘音がしねぇな、他の奴らの声はするが、煙が晴れるとゲーティーの姿は影も形もなかった。
「ゲーティーはどこに行った」
「多分ですけど」
そう前置きしたレイは憶測を話し始めた。
「転移魔法陣を隠し持っていたんじゃないかと」
「隠し持っていたなら、魔法陣のサイズがあってねぇだろ、ゲーティーを転移させるなら人間サイズの魔法陣が必要なはずだ」
「前提を覆すようですが、ドラゴンカーセックス様から直に頂いたものであれば、サイズに関係なく転移することができるのかもしれません」
じゃあ、あの床のはブラフで、ゲーティーは『転移魔方陣はそういうもの』だと俺たちに思わせたってことか。チィ、どこまで本当かわからねぇが、取り逃した奴のことは置いといてだ。俺はメアに視線を向ける。
「なによ」
「何をしやがった?」
「別に」
「別にってこたァねぇだろう、もう俺じゃ止められねぇんだろ? なら勝ち誇ったように全てを語りやがれ」
「それもそうね、急に現れたからさっきは驚いたけど、もう落ち着いてきたわ」
メアは腕を腰に当てて胸を突き出す。
「魔物たちを王国の領土内に転移させてやったわ!」
「魔物を王国にだと? どういう意味があるんだ?」
俺が考える前にレイが口を開いた。
「魔物に勇者を殺させるためですね」
「なに、本当か」
「そうよ、送った魔物たちには勇者を殺すように命令してあるわ!」
こいつ、俺が下準備をしている間に抜け駆けしやがったな。
「私が送ったのは『魔物の肉を食べなかった魔物たち』よ」
「あ?」
「貴方のやり方が気に食わない魔物もいたって事、······ごく少数だったけど」
引き抜かれていたってことか、確かに生き残った魔物どもは、魔物の死体を食った奴らだけだったな。
「じゃあ何か、魔王から渡された魔物をちょろまかしたのか?」
「ちょろまかしたって人聞きの悪いこと言わないでくれる? あの魔物たちは絶者候補みんなの兵士として魔王様からお預かりしたんだから、大半は貴方が過労死させたけどね!」
「······勇者のところに直接送ったのか?」
「いいえ、それが可能なら私が直に行って殺してやるわよ、場所は大まかで、王国の領土内に転移させるだけの魔法陣よ」
「どいつを送ったんだ?」
「紫猪、蜥蜴剣聖、蜥蜴狙撃手、蜥蜴魔導師、蜥蜴暗殺者、幻影大鷲、みんな仲間思いのいい子たちよ」
逃げる奴は追わなかったからな、行方不明になっても気にしていなかったが、それがアダとなったか。仮にメアの作戦が成功して、勇者を殺せたとする。そうしたら俺はどうなる? そんなのわかりきっている、俺の仕事が無くなっちまう。
「まぁ、長期的に見ればギアのやり方のほうがいいんだろうけど。これが絶者候補としての私なりの悪あがきよ」
「成功するのか?」
「どうかしらね、王国はとても広いし、運悪く街にでも転移しちゃったらすぐに討伐されちゃうでしょうね」
勇者が俺と同い年だとするとまだ乳離れした頃だろう、そいつの目の前に転移した場合、確実に殺せる。
だがランダムならば隕石に当たる確率に怯えるようなもんだ。
「無理だろうな」
「かもね」
さて、宝くじ以上、隕石未満のメアの作戦は放っておくとして、メアは観念した様子だ。どうしたもんかな、これを機に、ここで始末するのもいいが、俺が処遇に悩んでいると、セラがメアに語りかけた。
「メア、いい加減、素直になったらどうだ?」
「私は素直よ。······はぁ、セギュラ、貴女もすっかりギアの犬に成り下がったのね。私を説得しようだなんて」
「メア!」
「な、なによ!」
「いつもメアは突っ張っていたな、絶者候補たちとも仲良くしようともしなかった」
「あんな低レベルな奴らなんかとつるんでいても意味が無いと判断しただけよ、ていうかなんで今そんな話するのよ!」
「仲間に入りたいんだろ?」
「なっ! なにを言っているのよ!」
ホントに『なにを言っているのよ』だな。
「この作戦だって、仮に成功したとしても、ギアの功績になるのはわかっているのだろう?」
メアは俯いて黙る、俺の功績だと?
「ちょっと待て、おいセラ、俺の功績になるとか、本当なのか?」
「あの魔物たちはギアが育てた兵士だ、例えギアを気に入ってなかったとしても、あれだけ成長したのは他ならぬギアのお陰なのだからな」
矢継ぎ早にセラは続けた。
「メアはギアの仲間になりたいんじゃないのか? ファーストキスだって」
「ああああ!! 黙って!」
メアは頭の花弁を掻き毟る。花粉が飛ぶ、受粉しそうな勢いだ。
「そうよ、私がしたのは泥棒も当然、卑怯な行為だわ」
メアは目に涙を溜めて言い放った。
「私と決闘しなさい!」




