第32話 打ち上げ
魔王城、玉座の間。
「ふむふむ」
魔王は玉座に深く腰掛け、書類に目を通している。見ている書類は俺とレイが昨晩作成した勇者抹殺の計画書だ。読み終えたのを見計らって俺は声をかける。
「どうだ魔王」
「ふむ、なんとも残虐な計画だ」
「そりゃ殺人計画なんだから物騒にもなるだろ」
「勘違いするな、我は褒めているのだ。勇者を殺すのは魔王軍の悲願、世界統一に欠かせない不可欠なことなのだ、むしろこれくらい残虐でなければならぬ」
「そうか、話が早くて助かる」
「うむ、この通りに手配してやろう」
「俺が指揮をとっていいのか?」
「無論だ、先日の『犬小屋』奪還の功績、我は忘れておらぬぞ」
そいつは過大評価が過ぎる、魔王が派遣したディザスターの功績だ。
「それに九大天王たちも任務で忙しい、今この計画を進められるのは発案者のギアしかいないのだ」
「わかった、それと教室通いはやめる」
「ギアが必要ないと判断したのならば構わぬが、本当によいのか?」
「ああ、魔法のことはレイから学んで、どうしてもわからねぇ事があったらホネルトンに聞きに行く」
「その方が効率がいいからか?」
「そうだ」
「ホネルトンにはそう伝えておこう、だがなギア」
「(な)んだよ」
「あまり急ぐ必要もないのだぞ? 情報によれば勇者はお前と同い年らしいからな」
「はっ、急ぐに越したことねぇだろう」
「頑固者め。話は終わりだ、仕事に戻るがよい」
こうして魔王からの許可はもらった、次はポラニアだ。その足でポラニアのラボに向かった。広く長い廊下を延々と歩く、重要施設をまとめないのは防衛上仕方のねぇこととはいえ遠いな。ここは人通りがそこまで多くない、たまにすれ違うのは黒騎士やメイドといったこの魔王城の白血球のような連中だ。
と、向かいから見慣れねぇのが歩いてくる、ひょろ長い白スーツの男だ。こいつも白血球か?
「んっんー? おやおやぁ、見かけない顔ですねぇ」
「それはこっちのセリフだ」
「ふふ、失礼、私はゲーティー・スパと申します」
「そうかい、じゃあな」
ゲーティーが向かう先は玉座の間だ、魔王と謁見すんのか知らねぇが、俺には関係のねぇ。そのまま進もうとする俺をゲーティーは片手を向けて制止する。
「あん?」
「いや、まだ貴方の名を伺っていなかったもので、そちらの美しい方の名もね」
「え! 美しい!?」
「レイお前は黙ってろ」
「はひ」
ずっと黙って着いてきていたレイが赤面した、無視して俺は話を続ける。
「俺はギアだ。こいつは俺の親衛隊のレイラだ」
「ギア様にレイラ様、もしや絶者候補ですか?」
そう言ってゲーティーは大げさなリアクションをとる、めんどくせぇやつだな。
「ああ、もう行くぞ」
「足を止めさせて、すみませんでした」
ゲーティーはそう言うと恭しく礼をしてその場を去っていった。
「何だったんだ奴は」
「私も初めて見た人です、でもいい人そうですね」
「チョロい奴め」
ポラニアのラボ。
「はぁはぁ……シチュー様、お手をお願いします……!」
いつにも増して散らかってんな、シチューとなんか話してんな。
「おいポラニア」
「は! ギアいつからそこに!?」
「俺が待つはずねぇだろ今来たところだ」
「そうポメか、よかったポメ」
ポラニアの語尾が戻ったところで、さっそく俺は本題を切り出す。
「勇者抹殺の計画書が通った、ポラニアも協力しろ」
「一日で作ったポメか、見せてみるポメ」
ポラニアは書類に目を通す。さすがに魔王より断然早い。
「ふむ、これは素晴らしい計画書ポメ」
「でしょ!」
「なんでレイが偉そうにしてんだよ」
「まとめたの私ですよー!」
「で、ポラニアできそうか?」
そう、ポラニアの協力なくしてこの計画は成り立たない。
「もちろんポメ」
「よし」
「これから30年ポメか、長い仕事になるポメ」
「······おい今なんつった?」
「だから30年かかるポメ」
バカな計画は完璧なはずだ。
「そんなに掛かるのか?」
「掛かるポメ。この計画書の設定時間は早すぎるポメ。僕は自他ともに認める天才ポメ、その天才が言っているんだから間違いないポメ」
俺はレイを睨みつける。
「私は自他ともに認める凡人ぽめ!」
「ちぃ、二度とその語尾真似すんな」
だから魔王は急がなくていいと言ったのか、そりゃ30年の仕事だ、焦っても仕方ねぇってことかよ。
「施設を一から建設、さらにここに書いてある兵器の開発、これは見た感じ僕の知らない製法が使われているポメ。それを理解して製法を確立、そして量産ラインの確保。ざっと見積もって30年ポメね」
「遅すぎる、三十路の勇者が襲ってくるぞ」
「なら30年後のこの兵器で迎え撃つポメ」
「それじゃダメだ」
「なぜそこまで焦っているポメ、気長にやっても問題ないポメ」
「そんなの決まってんだろうが、仕事を終わらせて次の仕事をするためだ」
「僕が言うのもなんだけど、君は狂ってるポメ。自覚を持つポメ」
「ちぃ、分からず屋どもが、まぁいいこの企画の責任者は俺だ」
「な、何をするつもりですか?」
「デスマーチを敢行する」
半年後。
施設建設は超急ピッチで進行しているが、耐えきれない魔物どもが次々に倒れ始めた。仮設プレハブ小屋でレイと会議を開いた。
「おいレイ」
「は、はい!」
「魔物ってのは疲れ知らずなんじゃねぇのか、倒れだしてるぞ」
「魔物も生き物ですからね、疲労もしますよ、というかこのシフト、休みがないじゃないですか」
「魔物はもう少しタフだと思ってたが、見込みが甘かった」
「いやぁ、これは誰でもキツいかと」
「そうか?」
「そうですよ!えい!」
「おい机を叩くな、ここのはボロいんだからよ」
「もう少し休みを、ってギアもこういう会議の場では手を止めてくださいよ」
「あん? ああ、悪かったな」
俺は内職していた手を止める、内職つっても大したもんじゃねぇ、これから作る予定である『拳銃』の模型を作っていただけだ。
「興味本位で聞きますけど、それはなんですか?」
「俺も仕組みは分からねぇが拳銃というやつだ」
「けんじゅう、ですか?」
「ああ、なんつーんだ、まぁ小さな大砲みてぇなもんだな」
「はえー」
「わかってんのか」
「そんなんじゃわかんないです」
「そうかよ。で話を戻すが、疲れてんなら仕事させながら回復さればいいだけの話だろ」
「さも当然のように言わないでください、無茶苦茶です」
「治癒魔法が得意な魔物どもをかき集めて治癒班を作れ、そいつらに現場にいる奴らの治癒をさせろ」
「休ませるって考えはないんですね」
「休んでどうする?」
「ひぇ、仕事以外にすることなんていっぱいあるじゃないですか、お休みの日はお出かけしたり」
「そんなことをして何になるんだ」
「リフレッシュですよリフレッシュ!」
「わけわかんねぇ」
レイとするこの手の話はいつも平行線だ。ま、レイは異世界の人間だからな、俺のいた世界とは文化が違うんだろう。
「それと肉体を癒しただけじゃ不十分だと思います」
「なんだと、それはどういうことだ」
「精神面ですよ、こんな拷問みたいな労働をこれからもさせ続ければ、いくら屈強な魔物たちといえど精神を病んでしまいます」
「そんな事が起こり得るのか?」
「······ありますよぉ」
異世界のことはホントにわからねぁな。
「ならよ、ほらなんかあっただろ、最近レイが言ってた精神に干渉する魔法」
「催眠魔法ですか?」
「そうだそれだ、それを使って洗脳して働かせればいい」
「······」
レイは俺を見て青ざめた顔をしている。恐怖しているのか? チィ、感情が読めねぇ、相手の気持ちなんて一度も理解したことねぇし興味もねぇが、こういうときは困るな。
「治癒班と並行して催眠班も結成しろ、それぞれでチームを組ませて現場を回らせるんだ」
「この人でなし!」
「オラ行ってこい」
「……うぅ、わかりました、行ってきます……」
出ていくときにボソリと「デザート班も作ります」って言ってたような気がしたが、気のせいだろ。
さらに約半年、プレハブ小屋。レイが勢いよく扉を開ける。
「良いニュースと悪いニュースがあります」
「悪い方から話せ」
悪いなら悪いなりに迅速に対応したいからな。
「では悪いニュースを」
レイはコホンと咳払いする、なんだ改まって。
「ついに魔物たちから死者が出始めました」
「そうか良いニュースは?」
「反応薄すぎますよ!」
「リアクションとってる場合じゃねぇだろ、それに、それは想定の範囲内だ」
「死人が出るのが想定の範囲内って······。働く人が減っちゃったら元も子もないと思うんですけど!」
「俺とポラニアの見立てじゃ立ち行かなくなる前に完成する」
「人でなし!」
「歯車だからな」
「······」
「良いニュースは?」
レイは下を向いたまま言った。
「誕生日······おめでとうございます」
「誰のだ?」
「ギアのです」
「そうか」
「こっちも反応薄い!」
「逆にこの状況でよくそれを良いニュースとして持ってきたもんだな」
「少しでも職場の空気を良くしようという私の気持ちがわからないんですか!?」
「まったくわからねぇ」
「ひとで!」
「おい最後まで言えよ」
「なし!」
「訂正する時は最初から言え」
「人でなし!」
「歯車だからな」
と、場の空気も和んだところで、
「死んだ魔物を集めろ」
「なんですか突然、あ、弔ってあげるんですね、魔物流の弔い方を今からポラニアに聞いてきますよ!」
「何を勘違いしてやがる」
「え?」
「食うんだよ」
「······はぁあああ!? い、一体あなたは何を言ってるんですか!!」
「それだけ立派な耳して聞き逃してんじゃねぇ」
「聞き逃したわけじゃないですー! 発言の真意を問うてるんですー!」
「変な言葉遣いをするな」
「ダークエルフの訛りが出ただけです、ほら答えてくださいよ」
「はぁ、死んだ魔物を生肉に加工して、生きてる魔物に振舞ってやれって言ってるんだ」
「······」
レイは大口を開けて目を見開いている。まさか、
「死んだ魔物どもは毒持ちか? あの紫色の猪とか毒持ってそうだもんな」
「いえ、紫猪は生きてます、物資の運搬に一役買ってますよ、なんだか基準サイズよりも大きくなってきましたって、今はその話じゃないです!」
「脱線したのはレイだろうが」
「道徳的にどうなんですかそれ! 私なら食べたくありません!」
「バカが好き嫌いするなって学校で習わなかったのか?」
「それとは話のベクトルが、いや次元が違いますよ!」
「たく、哲学か? 俺にその手の難しい話を振るな、いいかよく聞け。奴らは知能はあるが共食いだってするケダモノだ、魔王に力で負けて弱肉強食の世界で忠誠を誓い、文句も言わねぇで死ぬまで働く最高の労働源と化したんだ、だったら死体まで使ってやるのが筋ってもんだろうが」
「······わからない、いえ、分かりたくないです」
レイは肩を落として出ていった。その日の夜、加工された魔物の肉が魔物どもに振る舞われたが、一部の魔物は食わなかった。
建設開始から3年。施設が完成した。
まずは魔鉱石の加工工場、この施設は地下で『犬小屋』に繋がっている、トロッコから直に魔鉱石が届くライフラインだ。このトンネルを掘る作業が難航した。
その工場の隣に作ったのが大規模実験場(外から見れば一つの建物に見える)、工場で加工した魔石を直に送り、研究することが可能だ。この研究施設の完成と同時にポラニアのラボもここに移動した。
施設はそれだけじゃねぇが、細々としたことなのでここでは割愛する。
「これで本格的に研究ができるポメ」
「時間が掛かっちまったな」
「······これだけでも10年かかる予定だったポメよ」
「設計しながら建設させたのが正解だったな(日本じゃ有り得ねぇ事だ)」
「お陰で歪な工場になったポメ」
「機能性は極めてるだろうが」
「ギアは無骨なデザインが好きポメね」
「ああ、無駄な塗装はいらねぇ」
「ロマンは欲しいポメ」
ポラニアはそういうとキラープロトタイプ(修理した)を操作して酒を持ってこさせた。
「酒、飲めるのか?」
「こういうときくらいだけポメけどね」
「ふうん、まあ、魔王に見せるまでは工場も動かせねぇしな」
その発言を受けてレイが手を合わせて嬉しそうに言った。
「じゃあ宴を開きましょうよ!」
「打ち上げか」
「そうです! 生き残った魔物たちや絶者候補も集めて盛大にやりましょうよ!」
「わかった」
「ギアの気持ちもわかりますよ、次の仕事がしたいんですよね? でもこういうときくらいは······え?」
手をオーバーに動かして饒舌に語っていたレイの動きが止まる。
「いいんだすか?」
「何訛ってんだよ、わかったっつったろうが、やるなら魔王に発表するまでだ、早くしろ」
「わーい! わーい! 魔物の皆に言ってきますね!」
「なら僕はメアリーとセギュラに声をかけてくるポメ」
そう言うと二人はは足早に去っていった、レイは魔物どもとすっかり仲良くなったな。工場前で一人残された俺は、建物を見上げる。
「なかなかの眺めじゃねぇか」
魔王城と対になる、大きな工場が完成した。
施設が完成したその日の夕方、魔王城の広場に魔物どもを集めた。当初3万いた魔物もその数を3百にまで減らした。生き残った3百の魔物どもは、容姿が著しく変わっている。体がでかくなっているヤツや、全くの別物に成長したヤツ、この過酷な労働環境に体を適応させやがった。
「てめぇら」
台上からの俺の言葉に全員が顔を上げる、その顔に3年前の情けなさは微塵もねぇ。
「よくやった」
屈強な魔物どもは微動だにしない、俺の指示を待っている。
「おい、今は仕事じゃねぇぞ、楽にしやがれ」
次の瞬間、会場が揺れた、魔物どもの叫び声で。滝のように涙を流す者、雄叫びをあげる者、俺をただひたすらに見つめる者、各自の反応は様々だ。
「おいレイ、これはなんだ、反乱か?」
「······ぐす、何言ってるんですか······ひぐ、喜んでいるんですよ」
まるで厳しい訓練に耐えた兵士みてぇだな、ただ仕事しただけじゃねぇか。
「メリハリは大事ですよ、さ、開始の演説をしてください」
「おう、わかった。話は特にねぇ、今日は好きにしろ」
俺の言葉に答えるように魔物どもは咆哮をあげる。打ち上げが始まった。
「もー!話が早すぎますよ! もっとこう3年間の大仕事を終わらせた余韻というか」
「長話なんて必要ねぇよ、おらレイも飯食ってこいよ」
「ギアも一緒に行くんですよ」
「あん? 俺には飯なんざ必要ねぇんだよ」
「それでもです、生き残ってる魔物たちはギアを慕っているんですよ」
「それこそ意味がわからねぇ」
「魔物の本懐は『強くなること』それだけです、結果的に生き残って強くなった魔物たちはギアを、まるで師や、親のように慕っているんですよ」
「はーん」
「あ、わかってないですね」
「ようするに社畜だな」
「しゃちく?」
「まぁいい、じゃあ行くか。魔王に施設を見せたら次の仕事が控えてるんだからよ」
「次の仕事の話は今は絶対にしないでくださいよ」
「なんでだ?」
「とにかくダメです、次の仕事に響きますよ」
「なら言わねぇ」
俺は魔物どもに酌しながら回った、みんな笑っていやがった。一通り会場を回った俺たちは再び席に戻る、セラが隣の席に座った。
「大仕事だったな」
「おう」
「これで魔王軍の勝利もより確実なものとなった」
「自惚れるな、まだ仕込みの段階だ」
この3年間、セラと小龍部隊には世話になった。重い荷物を空輸で運ばせたり、砕けねぇ岩を砕かせたり、工場で金属を溶かすのにも龍の炎は役に立った。
「まぁ色々助かった」
「ギアが礼を言うなんて珍しいこともあるものだな」
「うるせぇ、助かったもんは助かったんだよ、素直に受け取っておけ」
「はは、不器用な奴だな、我が大将は」
そうこう話してるとポラニアが現れた。挨拶も程々に俺に耳打ちをする。
「ギア、向こうを見るポメ」
「あん?」
ポラニアが尻尾で指す方向を目だけを動かして見る。
メアが魔物どもと話している。
「メアがどうした?」
「メアもそうポメけど、その隣を見るポメ」
「隣?」
メアの隣を見る、白スーツを着た男がいる。
「あいつは確か」
「ゲーティー・スパだポメ」
ああ、3年前に一度だけ会った事があったな、すれ違った程度だけどよ。
「あいつがどうした」
「怪しいポメ」
「漠然とした感想は求めてねぇ」
「ここ3年くらいメアとつるんでいるポメ」
糞雑魚絶者候補どもを除いて、有力な絶者候補はメア以外の全員がこちら側についた。
最後の俺のライバルであるメアが、あのうさんくせぇ白スーツの男とつるんでいる、となると。
「怪しいな」
「さっき言ったポメ」
「何してるかわかるか?」
「仕事でそれどころじゃなかったポメ」
「俺もだ」
この3年間、メアとゲーティーを自由にさせていたってことか。
「ゲーティーについて知っていることを話せ」
「商人だったはずポメ、『犬小屋』奪還後から頻繁に現れるようになったポメ」
「金の匂いを嗅ぎつけたか」
「どうするポメ」
「聞いてくる」
立ち上がろうとする俺の腕をレイが掴んだ。
「(な)んだ?」
「今は仕事の話はしないって言ったじゃないですか」
「そうだったな、悪ぃ」
「ギアを止めた人を始めた見たポメ」
「へへん、こう見えても3年間もこの人でなしと付き合っているんですからね」
「チッ」




