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ナシアの日常 その1

 小鳥の囀ずりが朦朧とする意識を覚醒へと導く。まだ寝ていたい彼女は眠気を含んだ瞳で窓の方を見やり、覚えたての風魔法を応用した防音を部屋中に施すと再度枕に頭を沈ませようとして――フィアットに叩き起こされる。


「一体いつまでも寝ているつもりだ? 朝食が出来て呼びに来たというのに……まだ布団からも出ていないとは」


「ん、おはようございます。お休みなさい」


「寝るな!」


 もう今ではすっかり定番となりそうなやり取りを終えて布団から出る。朝は寒い上にお日様が眩しい。私はどちらかというと朝が苦手です。だけどフィアットさんを見ると起きないといけないな、と思ってしまうので不思議な感じです。『聖人パワー』っていうんですかね、こういうの。


 寝間着から着替える。フィアットさんに渡された服に着替える時が実は私の朝の楽しみの一つだったりする。洗剤の匂いなんですけど、なんだかフィアットさんの匂いな気がして気持ちが高ぶ……ごほっごほっ。


「……? 早くしないと折角の朝食が冷めてしまうからな。もう少し急いでくれないか」


 咳き込んだ私を若干気遣って背中を擦ってくれるフィアットさん。私はこの時結構な罪悪感を感じた。後でそれとな~く謝っておかないといけない気がする。


 食卓に向かうと二人分の朝食が既に並べられていた。フィアットさんは律儀な事に私が起きるまで朝食を自分も摂らないという真面目さんだったりする。いつか根詰めすぎて精神的にやられてしまうのではないかという懸念が私の中で時々過ったりする。


 疫病騒動の時には目の下に隈を作っていたので本当に危なくなったら魔法で眠らせようかとかなり迷ったけど、最低限の睡眠は取っていたし、人命が懸かっていたのでフィアットさんの素晴らしい心構えに感激を受けたという事で私はフィアットさんがこなしていた家事を代わりにしようと試みたものの、レベルが段違いでした。私も頑張った方だと思いますよ? でもフィアットさんの家事はなんというか一目見ただけで熟練度が違うな、と思い直すぐらいにすごいのを実体験しました。


 食事も大したものは作れなかったし、掃除も普段と部屋の清潔さが別の家に住んでいたんじゃないかってぐらいに変わってしまってなんかもうフィアットさんは生物の域を出ているんだな、と諦めました。


 唯一の救いが頑張った私を誉めてくれた事でしょうかね。頭を撫でられた時はもうどうでもいいや、と思考を放棄したのを今でも鮮明に思い出せる辺りフィアットさんのテクニックが恐ろしいです。


 そうこうしている内に食事を食べ終えた私は食器を台所に持って行く。頭を撫でられるのも良いんですけど一度でいいからフィアットさんの頭を撫でさせて貰いたいですね。


「ナシア、食器はそこに置いといてくれ」


「私も何か手伝える事はありますか?」


 顎に手を当てて「うーん」と唸るフィアットさんは何も思い付かなかったようで、「近所の子供達と遊んで来たらどうだ?」と温かい笑みを私に向けた。


 私は素直に「分かりました」と頷くと外に出る。完璧超人の家事についていけるかと訊かれたら当然私は足元にもついていけない。フィアットさんは凄すぎるのだ。フィアットさんの掃除した場所はまるで隔離された空間のようになってしまう。一週間は埃一つさえ積もらないという謎現象が起こるので私は勝手に『聖地』と呼んでいる。


 神々しささえ感じる不可侵領域……結構なお手前で通用する次元じゃないですね、ほんと。これをきっかけに手伝う必要性を感じなくなったのは内緒にしておきたいです。友達にこの事を話しても信じてくれなずに、「フィアットさんの事がよっぽど好きなんだね~」と話半分にしか聴いてくれないのでいつかフィアットさんの許可を取って『聖地』を見せてやりたいですね。確実に腰抜かしますね、こいつら。


 昼になったら一旦遊ぶのを切り上げるんですけど、昼食時にフィアットさんはいないです。美味しさ半減しちゃいます。フィアットさんは最近、迷宮に通ってばかりいる。その上で家事の手を抜いてない辺り流石超人って感じがします。


 それと最近はガルノスさんに薬屋を開かないか訊かれているので近い内に薬屋を開いているかもしれないと思うともう言葉が出てきませんね。でも、一つ言えるのはフィアットさんの調合した薬は多分物凄く売れます! 主に……男性客とかが多そうな気がしますね。どっか行ってくれませんかね~。男子禁制の方向で申請出来ないかママ友に聴いておくとしましょうかね。


 夕方頃になると急いで家に戻ります。フィアットさんと競争です。競争に負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くというルールでも提案しましょうかね。もしも、勝ったら……ふふっ。まあ、結果としては引き分けになる事が多いんですけど。家の前で顔を逢わせるってなんか素敵だから私は意外と好きですけどね。


 それから夕食を一緒に食べて一緒にお、お風呂に入れ――ないんですね、これが。たまに同じ布団で寝てくれるので別に良いんですけど。ふぁぁー。今日も一日疲れましたね。今日はフィアットさんは一緒に寝てくれますかね? 私はフィアットさんのお陰で寝る前も楽しみで仕方がありません。明日も起こして貰いましょうかね。


 私はこうして眠りにつく。フィアットさんが横にいる事に内心でガッツポーズを決めてから。

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