楽しい時間はすぐ終わる。逆も然り
迷宮を出ると日が傾いているところだった。相変わらずと交通量は衰えず、繁華街の方は宿の客寄せが始まった。点々と明かりが見え、徐々に夜が近付いているのを感じさせる。
「ありがとうございます。魔石は右手にある施設で換金出来ますので」
受付でブレスレットと地図を返却して帰路に着く。魔石は魔法鞄に入っているので嵩張らないから換金は明日でも良いだろう。空を見上げればこんな時間帯でも空に人がいる。灯りをぶら下げ翔んでいる様は夜空を切り裂く流れ星のようだ。
家に戻ると階段を駆ける音が聞こえて扉が開かれる。それから茶色の少女が飛び出して来る。
「フィ……アットさん! はあはあ、お帰り、なさい」
「そんなに急ぐ必要もないだろうに」
彼女の息が上がった姿を見て思わず苦笑する。急いだせいで髪は乱れ、服も多少肩からずり落ちている。乙女にはあるまじき格好なのだが、それを気にする余裕は無さそうだ。
「早く中に入ろう。その格好は少し不味い」
「へ? ああ、あ。気付いてたなら早く言ってくださいよ」
ナシアが顔を赤らめてジト目で服を正す。良かった。これで羞恥心がなかったら今後が思いやられるところだった。
中に入ってからは二人で夕食の準備に入る。妙に気合が入っているのでこの際に家事の技能を上げて貰うとしよう。
「あの、フィアットさん。ドリアっていう料理を食べてみたいんですけど一緒に作りませんか?」
「良いんだがナシアがそんな事を言うのは珍しいな」
「友達からドリアを食べたって聞いて。それで……フィアットさんと食べたいなーって。レシピは覚えてますから頼りにしてもらって良いですよ」
「なら期待させて貰うよ」
口を動かしながら着々と準備を進める。と言っても米が炊けるまでは出来る事が余りない。手より口を動かす方が多いのでいつもより少し楽しい。こういうのもたまには良いと思う。
談笑していると米が炊けたので、用意した皿に御飯を装ってからオリービオイルを混ぜて準備中に作ったニクニクペーストを投入して軽く馴染ませる。
その後にペッパを振りかけてからオニオンスープを入れて適量のチーズを切り取って乗せる。オーブンで数十分焼けば肉なしドリアが出来る予定だ。
「楽しみですね」
オーブンの前でしゃがみ込んだナシアは私に笑みを向けて来た。それなりに育ったと思っていたが今の顔を見るとまだ子供なんだという事が分かる。子供を置いて余り出掛けるべきじゃないな。反省しなければ。
「そうだな。上手く出来てると尚良いが」
「フィアットさん、私のこと馬鹿にしてません? フィアットさんと作れば十中八九失敗しませんよ、私!」
「断言する割に絶対、とは言わないんだな」
「……この世界に絶対の存在数は少ないんですよ」
微笑を浮かべ、途端に捻くれた発言をする。「なんだそれは」と言いたいところだが、ドリアも出来たし、面倒なので流した。
オーブンから出来立てのドリアを取り出して机に運ぶ。水魔法で取手をすぐに冷やしていたので火傷はしなかったが、ナシアにはもう少し考えて動いてほしいものだ。
二人で作ったドリアはかなり満足できる出来だった。
「どう、ですか?」
「ああ、美味しいよ。ありがとう」
「えへへっ。次は……自分だけで作ってみるので――また食べてくださいね」
「美味しく出来る事を祈るよ」
揶揄われた少女は複雑な表情を浮かべ、女性はにこやか表情で食を進ませる。嬉々として食事をする彼女らは最終的には二人して食卓に笑顔を咲かせる。
気付けばとっくに星空が一望出来る時間帯になっていた。彼女達はそれを知るなり、慌てて体を動かし始める。こうして短いようで長い時間、という名の危険を彼女達は知ることになったのだった。