迷宮探索
迷宮の入口にある簡易的な受付へと向かう。そこでは革で作られたブレスレットと迷宮内の構造が描かれた手書きの地図が渡される。受付にある紫の水晶玉がブレスレットと連動しており、救助信号が出された場合には水晶玉を見てベテランの探索者が現地に向かえる仕組みになっている。
「それではお気を付けて行ってらっしゃいませ」
ブレスレットと地図を受け取って中に入っていく。外から見たよりも中は明るく、数メートル先まで見通せる。地図を確認しながら進んでいく。手書きとは思えない程の正確性があり、注意事項なども下の方に書かれている為、ここ数年死者は出ていない、と受付嬢が自慢気に語っていた。
「全三十階層、か。思ったより大きいな」
迷宮は十階層ごとに少しずつ変化が見られ、百階層にもなると滝が流れていたり、氷の森があったりと地上とはかけ離れた環境が存在する迷宮もあるそうだ。
迷宮が存在する理由は判明していないらしく、学者なども迷宮に訪れる。人工的に迷宮を創り出す研究もされているが、未だに進展はなく八方塞がりなんだとか。
「ギェェエエ!」
二階層に入った辺りから少し血生臭くなった。死者は出ていないというので迷宮の守護者のものだろう。迷宮の守護者は魔物と姿が似ているが、体表の違いで判別できる。魔物は暗い感じの肌色だが、迷宮の守護者は明るい色をしていて、魔物と違い、地上に出て人を襲う事はしない。
というのも、魔物は少なかれど知性を持っているのに対し、迷宮の守護者は迷宮への侵入を防ぐ命令を出されているだけなので、迷宮に入らなければ襲って来る事はない。
「ギェェェェエエ!?」
突き当たりの角でゴブリン(迷宮)と鉢合わせになった。ゴブリンは本来、ハンターグリーンの肌をしていて、人間の子供程の知能を持った成人女性と同じくらいの筋力を有している魔物で、よく小さな村などが襲われていると聴くが、迷宮では肌の色はナイルグリーンで立派な騎士として侵入者と対峙している。
今日は様子見なので戦闘になった場合、剣や魔法は使わない。我が身一つでどこまで通用するのか試したいが為の口実だ。
「ギェェエエエエ!」
ゴブリン(迷宮)が棍棒を振るう。迷宮の創造を目指す理由の一つに資源の調達、という意味合いがある。迷宮の守護者は始めから武器を手にしている事が多く、迷宮が支給していると考えられている。その機能を上手く使えば資源の供給源が増えるのでは、と学者の間では議論されているのだ。
迫る棍棒を半身になって躱すと心臓辺りに裏拳を叩き込む。前に倒れて悲鳴を上げたゴブリン(迷宮)は少しの間痙攣を起こしてから魔石を残して小柄な体を消す。白い煙が上がって迷宮の壁に入っていき、後には魔石だけしか残らない。
魔石を回収して先に進む。その後三階層、四階層と順調に潜っていき、五階層に辿り着く。五階層からはトラップも加わるようだ。トラップの仕掛けられている位置は地図で確認出来るが敢えてしていない。
自身の培って来た感覚と経験で罠の一つや二つも見抜けないようでは「敵」が出てきた時に対応出来ないのだ。最低限、それぐらい出来なければならない。
周りを警戒しながら進んでいく。石床をよく見るとほんの僅かだが他の石より高い石がある。そこがトラップの起動装置だろう。他者が避けて通る為、床が少し磨り減って微細な高低差が出来ているのだと思う。
トラップの一つを起動してみると視界の範囲外から三本の矢が飛んで来る。生き物の命を奪うには十分過ぎる速度があり、学者が一人で居たならば紛れでも起きない限りは回避不可能だろう。
但し、探索者を目指す者ならばこれぐらいで命を落とす事は少ない。これを上回る理不尽なものもあるだろうし、そもそも生物の域では対応策の存在しないものもあるかもしれない。そう考えればずっと易しいのだから。
三本の矢を手刀で打ち落とす。真っ二つにへし折れて勢いを失った矢はゴブリン(迷宮)と同じように煙となって壁の中に消えていく。迷宮というのは実に不思議だ。