「ただいま」が言える喜び
「いや~、素晴らしいねぇ~! あの怪物もだが、それと渡り合う君も相当だ! 知力差で君の圧勝だったが」
狂喜に満ちた嗤いを上げて血溜まりを踏む彼女に拍手を贈る。ノートを閉じて座り込んでいた椅子から立ち上がった男は炎を生み出して室内に埋め尽くす。屍肉の焦げた臭いと黒煙が部屋に立ち込め、血溜まりは血霧へと変わる。
「証拠の隠滅か?」
「僕の研究を盗られたらムカつくからね。そろそろ僕もお暇させて貰うよ、ここでの役目も終わったしね」
「逃がすと思うか?」
彼女は刹那の内に彼の目前まで迫ると、透き通る刀身を振るう。影の一人が彼女の剣を凌いで、残りの影は歩き出した男を護るように後に続く。男の周りから霧が発生して影二人も包み込む。
「じゃあね、今度会える時は紅茶を用意させておくよ」
霧の中からそんな声が聴こえた。頃合いを見て影も離脱し、霧が晴れた頃にはまるで初めから何もなかったかのように綺麗さっぱり無くなっていた。洞窟が崩れ始めたらしく、天井から無数の小石が落下して豪快な音を発てて洞窟が揺れている。
「やってくれるじゃないか」
そうこぼしつつ、彼女は入口の方向へ走る。指先に光を灯しながら数分で入口に辿り着く。仕掛けは当然使えず力技での脱出となる。岩壁を一刀両断し外へ出ると、少しして洞窟は完全に崩落が終わり、鳴り響いていた地響きも収まった。
多少の不満があるものの無事帰路に付ける事に安堵する彼女は岩肌に背を向けて歩き出す。装飾の少ないミスリル剣を片手に森を抜け、町を目指す。
彼女が町に着いたのは昼頃だった。太陽は天高く空に浮かび、一時間だけ設けられる市場からは肉や魚の焼かれる匂いが漂い、威勢の良い呼び込みが聴こえる。売られているものは様々で食料品から生活用品、中には魔道具なんかもある。
「ナシアが待ちくたびれているな」
青空を見上げフードを取り、照りつく陽の光に目を細める彼女は脳裏に一人の少女を浮かべて呟く。自然と頬が緩み、小屋に向かう足取りが心なしか速まる。
小屋に着くとゆっくりと扉が開かれる。子供達が揃って彼女の帰りを待っていたようで、普段使用する道具が机に置かれ、彼等の顔には安堵と歓喜の表情に満ちている。
「ただいま」
「「「お帰りなさい!」」」
「昼食は食べたか?」
「まだですよ、フィアットさん!」
「――そうか。なら、今から何か作ろうか」
彼等の様子に頬を緩ませて簡易的な台所へ向かう。こんな日々が続きますように、と願いながら。




