閑話 その2 波乱の結婚式
“コンコン”
「…すみません、美幸です。入ってもよろしいですか?」
「あ、美幸ちゃんですね? ええ、大丈夫ですよ」
今は控え室代わりに使っているいつもの原田AI研究分室の扉をノックすると、
中から美月の声が返ってきた。
心なしか、いつもより声が弾んでいるように感じる。
「それでは、失礼しますね?」
一言そう声を掛けながらゆっくりと扉を開けると、ウェディングドレス姿の美月
が真っ先に美幸の目に飛び込んできた。
「…ぁ…………」
「わぁ…美幸ちゃん、やっぱりそのドレス…良く似合っていますね。
どこかの国のお姫様みたいですよ?」
「………………」
「…あら? 美幸ちゃん?」
扉を開けて初めて見た、煌びやかなドレスに身を包んだ美月の姿は、美幸の想像
を遥かに超える美しさだった。
隆幸譲りの…真っ先に相手の目の奥を確認する癖がある美幸。
…しかし、今日の美月は上手く正面から見つめられないほどに眩しかった。
だから、美幸はその扉を開けてから数秒間、固まったように呆然と、ただその姿
に見惚れてしまっていた。
そして、そんな美幸の様子を見て、何となく理由を察した美月がその肩を優しく
“トントン”と軽く叩くと、止まっていた美幸の時間が再び動き出した。
「………ぁ…、いえ……その…美月さん。
ええっと……とっても…綺麗です。…思わず、見惚れてしまいました」
「クスッ…そうですか? ありがとうございます。美幸ちゃん」
「でも、これは……ちょっと式場に着くまでが大変かもしれません」
「クスクス……そうかもしれないですね。
今も、室内に居た私にも美幸ちゃんがそこまで来たのがすぐに分かりましたし…」
話し合いの末、関係者のみでの式になったとはいえ『他の研究員も美月のドレス
姿くらいは見たいだろう』ということで、あえて研究所の一番端にあるこの部屋を
控え室に選んだのは美咲だった。
先ほどまで美幸が居た部屋は、ボディ開発の生物学部門と機械工学部門との境目
に位置している。
その位置的な問題もあって、式場に着くまでに美月達は研究所内の大半の部署の
前をパレードのようにぐるりと歩くことになっていた。
だが、式の開始時間は研究員達にも事前に知らされていたため、先ほどこの部屋
に着くまでの間に、美幸も廊下に気を配っていた研究員達に目敏く見つけられて、
ここまで歩いて来るまでの間に散々冷やかされてしまった。
「あっ……所長さんに隆幸さん!
お二人も、いつもとは違った雰囲気で、とてもよくお似合いですね!」
「ふふっ……ありがとう。
美幸もドレスが似合っていてとても可愛いね……美月がベタ褒めするのも納得だ」
そんな美月のちょうど真後ろ……その陰に隠れるような位置取りにある椅子には
項垂れるような体勢でぐったりした様子の洋一と、そんな洋一の隣にはもう一人の
本日の主役である隆幸の姿があった。
こちらから声をかけたところで、洋一へ向けていた視線を一旦、こちらへ向けて
隆幸がそう言って笑ってくれる。
当然ながら、こちらも既に白いタキシード姿であり、流石に美月の後だという事
もあって衝撃は少ないが、それでもこちらも一般的な感覚で見れば十分過ぎるほど
に容姿に優れているため、やはり様になっていた。
…ただ、普通なら何故このタイミングで花嫁の控室に彼らが居るのか? といった
疑問が浮かぶものなのだろうが……そこには、この結婚式独特の事情があった。
これが通常の式場でなら、また違うのだろうが……ここはやはり研究所。
そこまで多くの部屋を占領するわけにもいかず、結局、控室用に部屋を空けるのは
一部屋が限界だったのだ。
そういった事情から、研究室の備品を全て確保した部屋に詰め込んで、空っぽに
なったそこに、一旦はこうして全員を詰め込んでいる、という背景があった。
…それにしても、こんな時に真っ先に美幸に声を掛けて来そうな人物の声が、全く
聞こえてこない。
「あの……所長さんは何故、ずっと俯いているんでしょう?」
入室した時からずっと椅子に座ったまま俯いている洋一は、酷く落ち込んでいる
ように見える。
そのあまりにも深刻な雰囲気に、心配になった美幸は、傍らの美月に尋ねた。
…だが、その美幸の質問に対して、美月は笑顔のまま、困ったように無言で眉根を
下げるだけだ。
そんな、何とも言えない表情をしている美月に代わって、そんな洋一の隣に座る
隆幸が、少し言い辛そうにしながらも美幸にその理由を教えてくれた。
「なんだかね……美月のウェディングドレス姿を見て、本格的に嫁に行くのを実感
してしまったらしいんだよ」
「…あー……なるほど」
そう言われてから改めて見てみると、悩んでいるというより、むしろしょんぼり
していると言った方が良い雰囲気だった。
「…でも、良かったです。
今日みたいな日に体の調子が悪くなってしまったら大変ですから」
特に心配なさそうな理由だったので、とりあえずホッとする美幸。
しかし、そんな中……ずっと困り顔の美月がスッと洋一の方に顔を向けて小さく
呟いた。
「…もう……しょうがないですね……」
言葉の通り、“どうしたものか”というような表情を浮かべながら、美月は洋一に
向かって少し大きめの声で言った。
「洋一おじさん!
ほら、美幸ちゃんも来ましたし……そろそろ移動してください!」
「うぅ…美月ちゃん、ちょっと嫁に行くのが早過ぎやしないかい?」
「今更になって何を言ってるんですか……。
そういうことなら、入籍したのはもう一年も前なんですよ?」
「いや…それはそうなんだがね……。
何と言うか、その……ほら、わかるだろう?」
「全く解りません。
子供みたいにごねていないで、早く立ってください!
おじさん達が先に出て行ってくれないと、私達も身動きが取れないんですよ?」
言葉に出来ない微妙な心情をどうにか伝えようとしたその発言を、当事者の美月
にピシャリと切り捨てられた洋一は、結局はしょんぼりした顔のままでゆっくりと
立ち上がる。
そのあまりの沈みっぷりに、隆幸は多少戸惑いながらも洋一に声を掛ける。
「ええっと……それでは所長、行きましょうか?」
「…すまんね。別に隆幸君に不満があるというわけじゃないんだが」
「ははは……でも、何となくですが、僕は解る気がしますよ?」
「! そ、そうか! 隆幸君はわかってくれるかね!!」
隆幸のその一言を耳にして、『同志がいたか!』と急に元気になった洋一。
その姿に、『はぁ…』と、再び美月は小さく溜め息を吐きだした。
しかし、ここで何か言って、また洋一が落ち込むことを危惧した美月は、敢えて
何も言わずにその様子を眺めるに留める。
そして、その勢いのままに、隆幸と洋一の2人は揃って先に研究室を後にしたの
だった……。
隆幸達が扉を開けた瞬間、通路からは冷やかしの声があちこちから飛んできて、
それが室内にまで大きく響いてくる。
(次は、私達の番ですね……流石に、少し緊張してきました……)
…研究所の通路は通常より広く作られているとはいえ、ウエディングドレスで移動
するとなると、流石に物理的に少しばかり狭くなってしまっていた。
しかも、2人共裾が大きく広がっているタイプのドレスだったため、目的の部屋
に着くまでに、壁にドレスの端が接触して汚れないように気を配る必要もある。
それ故に、今回の結婚式では変則的な入場にする事になっていたのだ。
具体的には、洋一と隆幸が先に二人で式場に向かい、その後にそれに続く形で、
美月と美幸が向かう予定になっている。
そして、今日の美幸は美月のヴェールが床に付かない持ちつつ、後ろに続く役割
を任されている……というわけだった。
(やはり、所長さんはそれも残念だったのでしょうね……)
…新婦と言えば父親と共に入場するのがお決まりのパターンだが、事前の下見で、
『これではおじさんと美月が腕組みして並んで歩くのには、少し幅が足りないな』
という判断が、美咲によって無情にも決定されてしまっていた。
それは、ある意味で最大の絶望を洋一に感じさせる結論だっただろう。
もしかすると、先程まで洋一が落ち込んでいたのには、それも理由の一つだったの
かもしれない。
隆幸達が出て行って数分後。
扉の向こうに再び静寂が訪れたタイミングを見計らって、今度はいよいよ美月達が
研究室を出る事になる。
(でも……私も所長さんの心配をしている場合でもないですね。
美月さんのこの感じでは、パニックが起こっても不思議ではありませんし……)
自分が歩いて来ただけでも、あれだけ冷やかして来られたのだ。
この衣装の美月が出て来ようものなら……その反応は想像の範囲外だった。
(あ……そういえば……)
緊張を解す目的で、今日の出来事を振り返って思い出していると、とある研究者
の冷やかしの台詞が、不意に思い出された。
「……ふふっ」
「? 美幸ちゃん? どうかしましたか?」
「いえ、なんでも研究所の方々が言うには、今日の美月さんが花嫁さんなら、私は
シンデレラ……らしいですよ?」
この部屋にやって来る際、美幸は時間に遅れないようにと裾を軽く摘み上げて、
気持ち早歩きで移動してきたのだが……。
ドレス姿で急ぎ足に移動するその姿を目撃した研究員達には、まるで午前0時に
お城から急いで立ち去る時のシンデレラのように見えた、と言うのだ。
「クスッ……それなら、美幸ちゃんのドレスはそのうちに魔法が解けてなくなって
しまうのでしょうか?」
「それは……クスクスッ……どうなのでしょうね?
でも、私はドレスのままで参加したいですし、消えるにしても挙式が終わるまでは
もって欲しいものです」
「ふふっ……それじゃあ、私と一緒に魔法をかけた魔女にではなく、神様にお願い
しましょうか?
今日なら、いつもよりほんの少しだけ、近くに来てくれているかもしれません」
「それは名案ですね。
でしたら、少しでも神様に見つけてもらい易くなるように、式場までの移動の間は
2人でめいっぱい目立って行きましょうか?」
「ええ。どうせなら、研究所の皆さんの視線を2人占めしてしまいましょう?」
冗談話で盛り上がりつつ、2人は微笑み合いながらゆっくりと扉を開けた。
そして、そんな美月との直前のささやかな会話がとても楽しく感じられたことが
功を奏して、扉の向こう側へと足を踏み出す頃には 美幸の緊張は綺麗さっぱり、
何処かへと消えてしまっていた。
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不思議な静寂の中……美月は後ろを歩く美幸の存在を感じながら、自らも歩みを
進めていた。
「もう……妹のドレス姿を一度も見に来ようとしないなんて、酷い話ですね。
あのドレスが、自分の身代わりだとでもいうつもりなのでしょうけれど……。
まったく……姉さんのあまのじゃくにも困ったものですね」
美幸が着ているドレスは、誕生日プレゼントとして美咲が送ったものだった。
結局、送り主である美咲は、控え室にすら顔を出してくれなかったが……。
その姉が選んだドレスを着た美幸が、本人の代わりに傍に居てくれている。
そう考えると、美咲と美幸の2人共が同時にそこに居てくれているかような気が
して……美月にとってとても心強く、そしてこの上なく嬉しくもあった。
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「…思ったよりも、静かなご到着だったね」
到着した式場にしている部屋の扉の前には、先に控え室を出た隆幸達と、その
横には神父役の真知子が立っていた。
後は、真知子が一人で会場内に入って定位置に着き、そのタイミングで、遥が
入場曲を演奏し始める……という流れで、式が始まることになっている。
入場の際には、初めから新郎新婦が腕組みしたまま歩く予定になっていたため
ここで美月は隆幸の隣に付いた。
…というか、ここから美月と洋一が腕組みしても良さそうなものなのだが……。
そこは、美咲の『私がしたいくらいなのに、おじさんが腕組みするのは何だか
イラッとするから却下で』という、非常に個人的な理由で取り消しになった経緯
があった。
ただ、最も不憫なのは、その事実を洋一本人は知らない……という事だろう。
…そして、その決定がなされた現場に居合わせていた真知子が腕組みをする2人
を苦笑して見つつ、美幸に視線を移しながらポツリと呟きを漏らす。
「…まぁ、静かだった理由は後ろの人達を見れば、何となく解るんだけど。
やっぱり、美月ちゃんの影響力は凄いものよね……」
「…はい。流石に、私もこうなるのは予想外でした」
真知子のその言葉に、後ろをチラッと見ながら美幸がそう答え返す。
…後ろには、まさに『呆然』という言葉を体現している人達で溢れていた。
その様子に、美幸は改めて研究室を出た瞬間の事を思い返す。
部屋を出た直前には、美幸もてっきり美月の姿が見えると同時に騒がしくなると
予想していたのだが……。
扉を開けた瞬間に見えた、こちらが驚くくらいの人数の研究員達の反応はという
と……息を呑む声が僅かに漏れるといった程度であった。
そう……全くと言って良いほど、はっきりとした声を出す者が居なかったのだ。
騒がしくなると予想していたため、一瞬『あれ?』と思った2人だったが、美幸
はすぐにそれに似た状況に思い至った。
…何のことはない。
皆が皆、先ほど自分が控室に入った時と同じ状態になっていただけだっだ。
想定外の静寂の中、不意にお互いを振り返り、視線を交わす美幸達。
その2人で示し合わせたようにピッタリ揃ったタイミングが妙に可笑しくなり、
つい……揃って笑ってしまう。
『クスッ…』
そして視線を合わせた2人は……それだけでお互いの意思を理解する。
「…行きましょうか、美幸ちゃん」
「はい。お供します」
そして、恐ろしく静かな通路の真ん中を、優雅にゆっくりと歩いていく。
…ちなみに『ほぅ…』という溜め息と共に、その場に音が戻ってきたのは……2人
が立ち去ってから、たっぷり5分近くの時間が経ってからのことだった。
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「…さて、それじゃあ準備は良い? 高槻さん達」
「ええ。大丈夫です」「はい」
「了解。
それじゃ、音楽と共に中から扉を開けてくれることになってるから」
「はい、わかりました」
その場で簡単なやり取りをしてから、真知子が部屋の中に消えていった。
…そして、それから少し間をおいて、ピアノの旋律が室内から聞こえてくる。
『♪♪♪♪~、♪♪♪♪~…』
その音色に、式場の中と外で同時に『ほう…』と感心する声が漏れる。
本来はオルガンで演奏するその曲は、遥なりのアレンジがかなり加えられていた。
ピアノは澄んだ音が出る反面、こういったシチュエーションでの荘厳さでは、
やはりパイプオルガンに多少は劣ってしまう。
しかし、それを見越してなのだろう。
嫌らしくならない程度に本来の譜面に無い音が加えられたその演奏は、澄み切った
音の中にも、しっかりと迫力があるものに仕上がっていた。
「素敵な演奏……。
やっぱり、遥ちゃんのピアノは最高ですね……」
隣でそう呟く美月を横目でチラッと見たところで、目の前の扉が開いたのを確認
した隆幸は、一度、意識的に背筋を伸ばして……ゆっくりとバージンロードに足を
踏み出した。
入場と同時、不意に視界の端には扉の影に居る莉緒の姿がチラリと映る。
…どうやら、今日の彼女は式場の扉を開ける係らしい。
隆幸達が神父役の真知子の前に無事に着いたのを確認すると、美幸はそっと美月
のヴェールから手を離した。
しかし、美月達が入室してから一拍おいて扉を閉める算段だったはずの莉緒が、
やはり美月の姿に見惚れてしまってようで……。
「……………あっ!」
扉を閉じるのを大幅に遅れさせてしまうというトラブルを起こしてしまった。
美月が真知子の前まで来て動きを止めた事でやっと我に返った莉緒は、そこから
慌てて扉を閉めて席に着いたのだが……。
「……わ……わっ……わあぁ!」
焦りすぎた莉緒が軽くつんのめって転びそうになり、その音がバタバタと場内に
大きく響き渡るという事態に。
…その音に美月と美幸はクスリと笑い、そして……ピアノの演奏中の遥は溜め息を
一つ漏らした。
莉緒はその失敗に申し訳なさそうにしていたが、意外にもその莉緒の慌てた様子
が場の緊張感を丁度良い具合に解してくれたのか……。
遥が弾くピアノの演奏が止む頃には、不思議とほんわかとした和やかな丁度良い
雰囲気になってくれていた。
そして、僅かに美月が隆幸の方へと近づいて寄り添ったところで、再びピアノの
音が響いてくる。
『♪~、♪♪~♪~』
「! あらあら……ふふっ、ここでこの曲なの?」
流れ始めた旋律を聴いて、由利子が思わずクスクスと手で口元を隠しながら上品
に笑った。
本来ならば聖歌を歌うはずのタイミングで聴こえてきたのは、聞き覚えこそある
ものだが聖歌とは全く違う曲目だった。
雰囲気に合わせるようにテンポを少し落として、申し訳程度には儚げな雰囲気に
アレンジはされてはいたものの、どう聴いてもそれは『虹の海』の前奏だった。
そして、そんな由利子の呟きに応えるように、隣の席に座っていた美咲が、その
理由を小声で語る。
「うん、そうだよ。やっぱり私達の間に流れる曲はこれしかないからね。
それに……これならきっと天国の母さん達にも届くような気がするでしょ?
由利子おばさんも、そう思わない?」
「ふふ、成る程。そういうことなの……。
そうねぇ……ええ、きっと気付いて、揃って見てくれているわ」
楽しそうに答えるその口ぶりから、何となくこの件の発案者が分かった由利子は
この時だけは主役の美月達から一旦視線を外して、隣の美咲の横顔を見た。
…その表情はとても晴れやかで、とても満足そうなものだった。
そんな、今は亡き両親に思いを馳せる姉が最愛の妹を後ろから優しく見守る中、
皆で『虹の海』を歌い終わると、真知子の声が即席の結婚式場に響き渡った。
「これより隆幸さん、美月さんの結婚式を開式いたします」
・
・
・
その後、しばらくの間は順調に進んだ結婚式。
練習の後は見えるが、やはり慣れない真知子のたどたどしい聖書の朗読とお祈り
を挟んで、いよいよメインイベントとも言える誓いの言葉……という場面まで来た
……ちょうどその時――まさかの事態が起きる。
「その結婚式、ちょーっと……待ったぁ!」
…突然立ち上がった美咲が、昔懐かしいテレビのお見合い番組の告白シーンような
台詞をアホみたいな大声で叫んで、割り込んできたのだ。
そんな美咲の奇行に、周囲には数秒間の沈黙が降りたのだが……徐々に皆の声を
殺した笑い声があちこちから漏れ始める。
…ただ、皆がクスクスと笑う中、美月と遥だけは深いため息を漏らしていたが。
「さてさて、ここだけは私が仕切らせてもらうから、ヨロシクね!!」
「姉さん……それはそれとして、もっと普通に割り込めなかったんですか?」
呆れた様子で、ジトッとした視線を姉に送る美月。
しかし、美咲はそんな妹の視線を“相手と目を合わさない”という町の不良達には
非常に効果的な対処法を用いてなんとか凌ぐ。
そして、そんな美月を半ば無視したままの状態で、美咲は眉間に手を当てて俯いて
いた真知子を押し退けてその代わりに正面に立つと、式の進行を再開した。
「ではでは~……まずは、高槻君から。
汝は我が妹、美月を妻として、良き時も、悪しき時も、富める時も、貧しき時も、
病める時も、健やかなる時も、彼女を決して諦めることなく、愛し続けることを
誓いますか?」
「…はい。誓います」
美咲の口から飛び出した『諦めることなく』という言葉。
それを聞いた隆幸と美月の2人は、その言葉に込められた美咲の優しさに微笑む。
「それじゃ、次は美月。
汝は~……って、あのさ……ここ長いし、もう省略しても良いかな?」
「姉さん……良いわけがないですよね? そうでしょう? ねぇ?」
ついさっきまで優しく微笑んでいた美月の雰囲気が一瞬で変わる。
…本気の目だった。
「じょ、冗談だって……ゴメンゴメン!
えーっと、汝はこの高槻君を夫として、良き時も、悪しき時も、富める時も、
貧しき時も、病める時も、健やかなる時も……誰にも欠片も遠慮すること無く
愛し続けることを……誓いますか?」
「! ……っ……はい。誓います」
一瞬言葉を詰まらせはしたものの、はっきりとした美月の返答を聞いた美咲は、
いつも通りに満足そうにニヤリと片方の口角だけ吊り上げて笑った。
「よ~し! それじゃ、次は誓いのキスだ! キ~ス! キ~ス!!」
「ちょ、ちょっと美咲ちゃん! キスはまだ!! 指輪の交換が先よ!?」
意気揚々と進行を続けようとする美咲に、真知子からの冷静なツッコミが入る。
「えー……そうなの~?
チェッ……せっかく近くで見るチャンスだったのにさ……。
まぁ、いいや。どっちみち指輪の交換の言葉までは練習してなかったし。
それじゃ真知子さん、ここからはまたよろしくね~」
一方的にそう言って、真知子の肩を軽くポンと叩いて、本来の由利子の隣の席に
帰って行く美咲。
後には『せっかく家で一生懸命、真面目に練習して来たのに……』と、落ち込む
真知子だけが残されるのだった。
「ええっと…それでは、気を取り直して……指輪の交換に移ります」
その言葉を受けて、美月は隣に立つ美幸にブーケと、手袋を渡す。
そして、真知子は傍らの洋一から交換に使う指輪を受け取る……はずだった。
…だが、ここでまたも予定外の問題が巻き起こった。
“ググッ”
「…?」
2人分の指輪が乗った台座を引っ張ってみるが……何故か手元に来ない。
更にもう一度、今度は先ほどよりも気持ち強めに台座を引っ張ってみる。
“ググググッ!”
「……………」
真知子は無言で一旦視線を上げて、台座の反対側を持っている洋一の顔を見る。
すると洋一は、先ほど美咲が美月相手にしていたように目線を逸らして真知子の
視線を何とかやり過ごそうと、明後日の方を見ていた。
…しかし、その指先にだけは指が真っ白になるほどに力が入っている。
「…所長……」
真知子に半ば呆れた声でそう呼ばれるも、素知らぬ顔を続ける洋一。
その真知子の様子と洋一のあまりにも下手な誤魔化しに、周囲の全員がその状況
を何とな~く、把握していった。
――洋一が指輪の交換を阻止しようと台座の端から手を離さないのだ、と。
そんな事態に、周囲からは再び声を殺した笑い声が漏れ始める。
…そして、やはり美月と遥……そして今回は由利子も共に、深いため息を漏らす。
「………あなた?」
「…ん? 何かね?」
由利子からの非難するような冷たい声に対しても、何でもないような顔をして
惚ける洋一……しかし、やはり指先は白いまま。
ここにきて、ついに堪えきれずに由利子の隣で美咲が声を上げて笑い始める。
『あはははっ! こりゃあ良いね!!』と大声で笑う、そんな美咲を尻目に、更に
由利子が言葉を続ける。
「早くその手を離しなさい。
さもないと……ここであなたのプロポーズの言葉を、みんなに暴露しますよ?」
「……………わかった、すまん。
だから、それだけはどうか勘弁してくれないか?」
由利子の台詞を聞いた洋一は、数秒間止まった後、すぐに手を離した。
しかし、『また長引くのだろうな……』と思っていた一同は、突然の幕切れに
『ええっ!?』という反応を示した。
…そして、皆があっけに取られているところに、由利子が洋一に手招きする。
「ほら、まちちゃんに指輪を渡したら、後はもう大した仕事も無いでしょう?
あなたはこっちに来て、大人しくしていなさい」
「…う、うむ」
叱られた飼い犬のような様相で由利子の指示にに従い、美咲とは反対側の隣の席
に速やかに座る、洋一。
それを確認して一つ頷いた後、由利子は改めて真知子に向かって言った。
「この人が余計な手間を掛けて、ごめんなさいね? まちちゃん。
さぁ、続けて頂戴な」
めまぐるしい事態の変化に頭がについていかない真知子が『は……はぁ……』と
微妙な返答を返す中、一人平然と進行を促す由利子に対し、隣の席の美咲が好奇心
を隠そうともせずに、小声で尋ねる。
「あの~……ところで、さっき言ってたおじさんのプロポーズの言葉って、結局は
何だったの?」
…だが、美咲のその質問に対し、由利子は穏やかな表情でニコリと微笑んで、首を
ゆっくりと横に振った。
「それは美咲ちゃんにも秘密。
そういうのはね、そっと胸に仕舞っておくものなのよ?」
洋一の反応次第ではバラそうとしていた先ほどまでの態度をおくびにも出さずに
そう美咲に返答して、由利子は穏やかに『ふふふ……』と、薄く笑っていた。




