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閑話 その1 待機中のひととき

 3月3日、今日は美幸の1歳の誕生日。

遥と莉緒は学園を休んで研究所までやって来ていた。


 研究所内でも比較的広めで、多目的の利用を想定した…とある部屋の中。

正装に着替えた美幸達3人は、いつもの研究室から一時的に持ってきたピアノの前

で雑談していた。


「何だか……物凄く緊張しますね」


「? そうかしら?」


「いやいや、流石に遥ちんは落ち着き過ぎでしょ……」


 言葉通りに緊張気味の美幸に対して、驚くほど落ち着き払っている遥。

そんな遥に、珍しくいつもとは逆にツッコミを入れる莉緒…。

…こちらも緊張からか、先ほどから妙にそわそわしていた。


 だが次の瞬間、遥の鬼気迫る鋭い視線を前に、莉緒は金縛りにあったかのように

固まってしまった。

…そして、一際低い声で遥から厳重に警告が放たれる。


「…莉緒? …今日は、本当にその呼び方は止めて頂戴……ね?」


「……はい」


 いつも以上に重々しい雰囲気で注意された莉緒は、そんな遥から離れると…

すぐに横に居た美幸へ抱きついて『こわかったよ~』と弱弱しく呟く。


…しかし、それを見た今日の遥は、その莉緒の見慣れた行動を慌てて制止する。


「ちょっと莉緒!

抱きつくにしても加減しなさい! 折角の美幸のドレスが乱れるわ!」


「えっ? あ…そっか! ゴメンね、美幸ちゃん! …大丈夫だった!?」 


「クスッ…ええ。大丈夫です」


 慌てて莉緒が離れた後、軽く自分の着ているドレスをチェックして答える美幸。

そして、念のためにと遥も美幸の周りをぐるっと回って状態を確認する。


「はぁ…本当に大丈夫みたいね。

……莉緒? 緊張しているのは解るけれど、あなたはもう少し落ち着きというもの

を持ちなさい」


「…ぅ……ごめんなさい」


 遥に冗談抜きの説教をされたことで、いつも元気な莉緒には珍しく、今回は本気

で反省していた。


「遥、それくらいにしてあげて下さい。今日はみんな笑顔でいないと…ね?」


「……ふぅ…。…そうね。美幸の言う通りだわ」


「えと…うん。私も…流石に今日は大人しくしとくよ…」


「…そう。でも、あまりにも大人し過ぎるのも、それはそれで問題よ?

適度に明るい方が、あなたらしいのだし」


「うー! それは調整が難しいよ! 遥ちゃん!」


「過剰にはしゃぎ過ぎなければ良いの…。

だから、『騒がないで』ではなく『落ち着きなさい』と言ったのよ」


「あはは…遥は相変わらず莉緒さんに厳しいですね」


「それはそうよ。

美幸だって、莉緒の緊張を(ほぐ)すために自分のドレスを台無しにされたら、流石に

困るでしょう。

あなたのは私のとは違って、裾が綺麗に広がった、いかにもお姫様的なシルエット

が魅力のデザインなのだし。

…本当は汚れないように、ずっと気を遣っていたんじゃない?」


「あ、あはは……」


 図星をつかれて、笑って誤魔化す美幸。

しかし、これ以上この会話を続けると、視界の端にいる莉緒が泣いてしまう…。


 美幸は話題を切り替えるためにも、遥の意識を違う方向へと誘導する。


「それにしても…遥もそのドレス…似合っていますよ? とても格好良いです」


「………そう…ありがとう」


 美幸に褒められて、僅かに頬を赤くする遥。


 落ち着いた濃い紫の色合いながら、フリルが多くあしらわれた可愛らしいドレス

を着た今日の美幸の姿は、日本人らしい黒髪である以外は、整った外見も相まって

本物のフランス人形のように見えるほど愛らしい。


…そんな美幸からの素直な賞賛は、いつもより破壊力が大きかったらしい。


 そして、その遥の方はといえば、黒いスレンダーなタイプのドレスを着ている。


 こちらは美幸のドレスとは打って変わって飾りっ気こそ無いものの、デザイン性

が高いものだったため、着ている本人の落ち着いた雰囲気も手伝って、年齢以上に

大人びた印象を周囲に与えていた。


「…ぶ~~!」


…しかし、友人2人のそんな華やかな格好に、いつも通りの学園の制服を着ている

莉緒は、軽く嫉妬していた。


「2人とも良いな~。

私、ドレスなんて持ってないもん! レンタルも結構高いし……。

…でも、私と同じで美幸っちに急に聞かされたはずなのに、何で遥ちゃんはそんな

に立派なの着られてるの?」


「あなた……何を言っているのよ。

私、これでもピアニスト志望なのよ?

コンクールで演奏するのに、普段着で参加するわけがないでしょう?」


「あ! そういえばそっか! 

学校でしか見たことなかったから、ピアノ弾く時の遥ちゃんはずっと制服を着てる

イメージだったよ!

…コンクールでも制服じゃなかったんだね」


「あなたね……そんなわけがないでしょう……」


 別に自分がピアニスト志望であることを常に意識していて欲しいわけではない。

だが、全く意識されていない…というのも、正直に言って複雑な心境の遥だった。


「でも、結婚式なんて初めて出席するし…やっぱり緊張するな~。

美幸っちは流石に初めてだろうけど、遥ち…ゃんは初めてじゃないの?

なんか妙に慣れてる感じがするんだけど…」


 つい、いつもの渾名あだなが出そうになって、慌てて修正しながら質問する莉緒。

一瞬だけ視線が鋭くなった遥だが、すぐに通常通りの雰囲気に戻って答える。


「そうね…。普通は入場の時はオルガンだから、流石に式そのものでの演奏経験は

まだ一度も無いわ。

でも、披露宴とかそういう場では、余興代わりによく弾かされたのよ…。

…だから、そういう意味では慣れたわね」


「美月さんのウェディングドレス姿、本当に楽しみです。

スタイルも抜群ですし、きっと驚くほど綺麗なんでしょうね…」


「そう……問題はそれなのよね…。

視界に入った瞬間に見惚(みと)れてしまったら、演奏が乱れるでしょうし…。

いっそのこと目隠しでもして弾こうかしら?」


「…いや、遥ちゃん。それは逆に美月さん達が見たら驚くから…ダメだと思う」


 遥の腕なら確かに目隠しでも問題なく弾けるのだろうが…。

その姿は、事情を知らない人から見れば間違いなく違和感がある。

…というよりも、単純に謎過ぎる。


 しかし、そんな風にツッコミを入れつつ、ここに来てやっと自分達と同じように

遥にも緊張が見え隠れし始めたことが、何故か少し嬉しくなる莉緒。

…どうやら、一人だけ落ち着き払っていたので、ちょっと悔しかったらしい。


「でも、美幸は私達より一足先に見られるじゃない。それは少しだけ羨ましいわ」


 今回の式では美月の介添人を美幸が、隆幸の介添人を洋一が務めることになって

いる。

 そのため、美月の準備が出来次第、美幸は控え室に行く予定になっていた。


…ちなみに、てっきり自分が父親役として美月の介添人を務めると思っていた洋一

は、その決定を他ならぬ美月から聞かされて本気で落ち込んでいたらしい…。


 何にせよ、美月に憧れている遥にとって、入場時に初めて見ることになる自分達

よりも少し早く、じっくりその姿を見られるのは、本当に羨ましいことだった。


「クスッ…ですが、これはこれで緊張するんですよ?」


「…2人とも大変だね。私は大した役割じゃないし、そこは良かったよ~」


「そう考えれば…この中で莉緒が一番、純粋に式を楽しめるのかもね。

…私も、今日だけは莉緒になりたい気がするわ…」


「お? 遥ちゃん、私になりたいの?」


「今日だけ(・・)よ。

全く…そんなことを考えるようになるなんて、私も落ちぶれたものよね…」


「……なんか遥ちゃんって、何気(なにげ)に酷いこと言うよね…」


 2人の会話をクスクスと笑いながら聞いている美幸。

その時、そんな美幸の耳が“ガチャリ”というドアの音を捉えた。


「おー! 可愛いね美幸! そのドレス、良く似合ってるよ!」


「あら、本当! いつもは可愛らしい学生さんって感じだけれど…。

今日の美幸ちゃんは、立派なレディね」


 そんなことを言いながら、由利子の手を引いた美咲がその部屋に入ってくる。


「…美咲ちゃん、もう大丈夫だから…この手を放して頂戴」


 本来は手を引かれなくても車からこの部屋程度の距離なら問題なく自力で歩ける

のだが…美咲の優しさが嬉しかったこともあって、由利子は敢えて大人しく美咲の

したいようにさせていたのだ。


…だが、由利子のその言葉に対して、美咲は少し戸惑う。


「え? でも…」


「折角お友達が3人とも揃っているんだもの。私だってお話に参加したいわ」

 

「…わかりましたよ。

でも、足元には十分に気を付けて下さいよ?」


「もう……心配性ね、美咲ちゃんは……」


 由利子はこう言っているが、最近は調子が良いとは言っても体力が落ちてるのは

紛れもない事実なのだ。


 年齢が高いこともあって、(つまづ)いて転んだら、それだけで骨折しかねない。


「大丈夫。

今日のことは私も楽しみにしてたんだもの……流石に気を付けるわ」


 しかし、2人がそんなやり取りをしている間に、逆に由利子の所へ莉緒の方から

走り寄ってきた。


 そして、その莉緒の後ろからゆっくりと美幸と遥も歩いてくる。

…いつも通りの立ち位置…今では由利子にも見慣れた光景だった。


「ゆりりん可愛い~! なんか上品だし…まさに“淑女”って感じだね!」


「ふふふ、そう? ありがとう。そう言う莉緒ちゃん達も可愛らしいわよ?」


「う~ん…。でもなぁ…私だけドレスじゃないからなぁ…」


「あら、良いじゃない。

制服なんて学生の時しか着られないんだし、私の方が羨ましいくらいよ?」


 そんな由利子に『でもなんかいつも通りでつまんなーい!』と莉緒が文句を言い

始めた、ちょうどその時。

 今度は美咲の後ろから、真知子も続いて姿を現した。


「先生の言う通りよ? もし私とか美咲ちゃんが学生服とか着たら、もう完全に

あやしいお店になっちゃうんだから…」


「…真知子さん、登場早々に私を変な話に巻き込まないでよ…って、あれ?

真知子さん…今日はスーツで来たの?」


 美咲や由利子も美幸達ほど華やかなものではないものの、簡単なドレスに身を

包んでいる中、振り向いた先に立つ真知子は紺のスーツ姿だった。


「仕方ないじゃない。私は美咲ちゃん達とは役目が違うんだし…。

単純にこの方が雰囲気が出るかな? って思ったのよ。

聖職者の役をする人がドレス姿っていうのは…流石に変でしょう?」


「あー、そういうことか。

でも、そこまで気にしなくても主役の2人は気にしないと思うけどね。

そもそも身内だけの式にしたのは、堅苦しくしないためでもあるんだしさ」


「そういうわけにもいかないでしょう?

きっと、2人にとっては一生の思い出になるでしょうし…」



 そもそも今日の美月と隆幸との結婚式の計画は、隆幸がサプライズでクリスマス

の日にウェディングドレスを美月にプレゼント(正確にはオーダー済みのドレスの

写真を見せた)したことに始まった。


 あの時はちょうど美幸の試験の真っ最中で、しかも一時的とはいえ美咲達と対立

状態だったために、状況が落ち着くまでは式場や日時の決定は見送っていた。


 しかし、由利子の機転で事態が丸く収まったので、改めて詳細を決めようという

話になったのだ。


 そこで主役となる2人が、企画当初から“美幸が参加出来ること”を大前提として

いたので、早い段階で会場は研究所内のどこかにすることは決まった。


 そういった様々な事情を考えると、元々ほとんど物が置いていない上に、広さも

申し分ないこの部屋は、式場に使うにはまさにうってつけの場所だったのだ。


 そして、会場に決まった室内に、赤絨毯や長椅子等の備品を運び込んで用意する

ことになったのだが、今度は由利子からの提案で『自分と美幸の友人2人も出席者

に加えてもらえるようにして欲しい』という話になり、それならば……と、ピアノ

も美咲達の研究室から移動させて、入場を含めた演奏の全てを遥にお願いしようと

いう流れになっていた。


「でも、手順とかも色々と違ったりするし、堅苦しさとは無縁なんじゃない?

身内しか居ないんだし…真知子さんもそんなに大げさに考えなくてもさ」


「だからこそ、私だけでもそれらしくしたかったのよ。

堅苦しくしないって言っても、まるで雰囲気が無いのは流石に不味いでしょう。

…でも、まさか自分が神父の役をすることになるなんて、夢にも思わなかったわ」


「まあ、『どうせなら手作り的な式が良い』っていう主役サマのご希望だからね」


 先ほど美咲が『身内しか居ない』と言った通り、今日の結婚式の参加者はこれで

全員だった。


 当初は他の研究員達も参加可能にして、もっと大きな規模での実施も検討された

のだが…主役の2人が希望した式の日取りは美幸の誕生日。

…おもいっきり平日だった。


 これが仮に日曜日だったのなら、最低限の研究員以外は参加出来たのだろうが…

平日に大半の研究員が同時に休むのは、流石に厳しいものがある。


 だからといって正装ではなく白衣での参加を認めてしまうと、とたんに雰囲気が

結婚式っぽくなくなってしまう…。


 そんな諸事情もあり、結局は話し合いの末に、関係者のみの最小規模での実施に

なったのだ。


「そういえば…美幸ちゃん?

そろそろ時間だし、美月ちゃん達と合流した方が良いと思うわよ?」


「え? もうそんな時間ですか?」


「うん。だから今から行っておいでよ。

私もさっき見てきたけど、美月ちゃん…とっても綺麗だったよ?」


 そう何気なく言った真知子の台詞に、傍に居た美咲が即座に反応する。


「あー! 真知子さん先に見てきたんだ! ズルい!」


「いや…それは美咲ちゃんが会いに行ってないだけでしょ? 

むしろ、なんで行かなかったの?」


「…えー。でも…なんかそういうのって、本番のお楽しみにしたくない?」


「…多分、姉なら普通は先に控え室に顔を出すと思うけど」


「ぅ…じゃあ、今から私も行ってこようかな?」


「それもどうかなぁ…。さっきも言ったけど、もうすぐ時間だし…。

走って戻って来なきゃいけなくなるだろうから、もう今からは流石に止めておいた

方が良いと思うわよ?」


「ん~……そっか。んじゃ、大人しく待ってようかな?」


 その真知子の返答を受けて、結局は控え室に行くのは諦めたらしく、発言通りに

素直に席に座る美咲。


…だが、その美咲と真知子の一連の会話を傍で聞いていた由利子が、美咲本人には

ギリギリ聞こえないような声量でボソッと呟く。


「…ふふふ、やっぱり美咲ちゃんは素直じゃないのね」


「? どういう意味ですか?」


「ふふ、そうね…。

美幸ちゃんも美咲ちゃんと一緒に居れば、そのうちきっと…解るようになるわよ」


「???」


 唯一、由利子に寄り添うような位置に立っていた美幸だけが聞き取れた、その

台詞の意味は…しかし、この時の美幸にはよく理解出来ないものだった。


「美幸? 由利子さんと話すのは良いけれど、美月さんの所には行かないの?」


「あ! そうですね。それじゃ、行ってきます。……遥も頑張って下さいね?」


「ええ。そうね…それじゃ、今までの人生で二番目の・・・・演奏を約束するわ」


「二番目……クスッ…。はい、楽しみにしています」


「ええ。期待には応えるわ」


 そう美幸に答えて、一度、ピアノに向かって振り返ると、後は微塵も後ろを気に

せず、真っ直ぐに歩いていくドレス姿の遥の背中は…やはり様になっていた。


 そんな後ろ姿を『ほえ~…遥ちゃん、カッコイイ』と呟いた莉緒は、不意に退室

する直前の美幸を呼び止めて質問した。


「…でも、なんで人生で一番じゃなくて『二番目の演奏』なんだろ?

美幸っちは何か解ってるみたいだったけど……理由、知ってるの?」


 その質問を聞いて、そういえば…と、あの学園の講堂での遥の親子のやり取りを

莉緒が知らないことに気付いた美幸。


…確かその頃の莉緒は、美月や他のクラスメイトと一緒にスイーツ巡りをしていた

はずだ。


「あ、それはですね………クスッ……やっぱり秘密です!」


 一瞬、莉緒に詳しく説明しようかと思った美幸だったが、何故だかあの日の遥の

『一番幸せな演奏』という言葉を、自分の口から言うのは躊躇(ためら)われた。


 そして、その返答に『えーっ!』と言う莉緒に軽く笑いかけながら、美幸は美月

の元に向かうため、その部屋を後にしたのだった。

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