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第85話 告白の答えは

「……ふぅ。…なるほどね」


 美月の馴れ初め話を一通り聞いた遥は、そう言うと少し複雑そうな表情で溜め息

を吐いた。


「はぁ…。…これは、何だか微妙なところね…」


「…微妙、ですか?」


「ああ、違うわよ?

お話自体は素敵だと思ったし、聞かせてもらえて良かったって思っているわ。

…でも、今回の件について参考になるかといえば…ね」


「なるほど、そういう意味ですか…」


「ええ。今の話を聞く分には、隆幸さんも美月さんも気付けばお互いにとって唯一

の恋人候補になっていた…ということでしょう?

それは…ある意味、運命的だったり、理想的だったりではあるのでしょうけれど…

逆に言えば、他に選択肢は無かったってことでもあるわ」


 そこまで言ったところで、遥は『ん?』と何かに気付いたような表情を浮かべて

美幸を振り返った。


「そういえば…。さっきの話だと、美月さんの隆幸さんと恋人になる切欠って、

“離れるのが何となく嫌だったから”なのよね?」


「ええ、正確には“心から信用できる唯一の家族以外の男性”になったことで、

いずれ別れるということが惜しくなった…というのが理由だと聞いています」


 美幸の返答を聞いて、今度は『ふむ…』と考え込んで黙ってしまう遥。

急かすような話でもないので、美幸はゆったりと遥が次の言葉を口にするのを

待っていることにする。


 すると…数分程度の沈黙の後に、遥は美幸に尋ねてきた。


「…美幸、1つ聞きたいのだけれど…」


「はい、何でしょう?」


「佳祥君を恋人や結婚相手として考えると、弟とか息子という感覚が強い…と

いうのがあなたの意見なのよね?」


「はい。そうですね」


「それじゃあ…逆に、佳祥君に突然、あなた以外の恋人が出来たとしたら?

姉、(ある)いは母としての美幸は、それをどう思うの?」


「え? あぁ、そうですね…。相手の方が良い人なら、祝福しますよ?」


「美幸から見た“良い人”…ねぇ…」


 時折、こちらが驚くほどの鋭い感覚で感情を読み取ってみせる美幸だったが、

基本的な部分がこの上ないほどのお人好しな性格なのだ…。

…その最低条件の“良い人”というハードルは、相当低いものとなるだろう。


「さっきの美月さんのお話を聞いて、美幸が佳祥君と離れ(がた)いと感じているなら…

と思ったのだけれど…そこは大丈夫なのね?」


「はい。佳祥君がそれで幸せになれるのでしたら」


 それこそ、美幸は佳祥が生まれたときから世話をしてきたのだから、自分の手の

届く範囲からその佳祥が離れて行く…ということを寂しく思わないわけではない。


 しかし、それが今後の佳祥にとって必要なのだというのなら、むしろ歓迎したい

くらいだった。


「…それなのに佳祥君にとっての幸せが、自分と恋人になることだとわかって…

一度はアンドロイドであることを理由に断ったのは良いものの、今度はその断った

理由が綺麗に解消出来る目処が立ったから、最終的にその判断に悩んでいる…と」


「…はい」


 そう現状を再度整理したところで、遥は何でもないことのように言った。


「でも…これって、改めて考えると悩む意味がほとんどないわよね?」


「…はい?」


「佳祥君にとって相手が美幸以外に考えられない…その上で、美幸としては相手が

良い人であり、佳祥君が幸せならむしろ望ましい…。

これって佳祥君が幸せになるには、美幸以外の相手じゃ無理ってことでしょう?」


「それは…」


「だから、問題は美幸が佳祥君と一緒に居て幸せになれるかどうか…。

もう、その一点だけということになるのよ。それで…その辺りはどうなの?」


「ですから、それは何度も言った通り―――」


 遥のその質問に何度も言った理由を口にしようとする美幸。

しかし、遥はその台詞を先読みして、美幸が全て口にする前に言ってくる。


「その“姉”とか“母”とか、そんなのは一旦、横に置いておいて…よ。

あなたは、佳祥君一緒に居られるなら…幸せ?」


「それは…。何だかんだ言っても、一緒に居ると嬉しいですよ?

何と言っても、私の可愛い『大切な家族』ですから…」


 美幸にとって、結婚がどうこうというのを抜きにすれば、佳祥と一緒に居ること

に不満があるはずがなかった。


 美幸にとって、佳祥も『大事な存在の一人』であるのは間違いないのだから。


「それなら、それで良いんじゃないかしら?

あくまで決めるのは美幸だから、強制はしないけれど」


「ですが、普通に考えて、恋人相手に姉とか母とかそういった感覚を持って接する

なんて…。やはり変でしょう?」


 確かに美幸の主張は間違いではない…のだが……。


「でも、さっきの話だと、付き合い始めた時の美月さんの隆幸さんに対する認識は

“未来のお義兄さん”のままだったんじゃない?」


「え…?」


 そういえば、美月から当時の話を聞いた時『甘えても良いのだろうか?』とは

思ったと聞いていたが、『恋人としての好きが自覚できた』とは聞いていない。


 勿論、今は違うのだろうが…“義兄”のような好意がどのタイミングで“恋人”の

好きに変わったかを明確に聞いていないということに、美幸はその遥の言葉で今更

ながらに気が付いた。


「それに、幼馴染同士の結婚とかなら、別にそれも不思議ではないでしょう?

美幸の“姉”っていう感覚だけれど…その幼馴染が年下なら、そういう感覚のまま

で結婚している人も世の中には案外沢山居ると思うわよ?」


「ですが…つい先日、聞いた愛さんの話では『可愛がるだけの愛情は、手が掛から

なくなったら冷める』ということでしたよ?」


「まぁ…それは一理あるだろうけれど…。美幸の場合、それは当てはまらないわ。

だって、あなたの佳祥君への愛情…それがどんな形かは別としても、佳祥君が立派

になったら冷めて無くなったりするものなの?」


「いえ、それは絶対に無いですけれど…」


 美幸にとって“家族愛”とはやはり特別なものだ。

何があってもそれだけは無くなるどころか、色褪せることすら無いだろう。


「じゃあ、やっぱり…普通の恋じゃないところが…気になる?」


「…はい」


 そこで表情を暗くする美幸を見て、遥はかねてから思っていた予想が半ば確信に

変わった。


「これは…あくまでも私の勘なんだけれど…。

美幸? あなたが本当に気にしているのって―――

自分の感情なんかじゃなくて、佳祥君の人生そのもの・・・・・・・・・・でしょう?」


「………」


 無言で返す美幸の態度を肯定と受け取って、遥は溜め息を吐いた…。


「はぁ…やっぱり。それが自分にとって恋かどうかが重要じゃなくて、自分が相手

で佳祥君が後々(あとあと)になって後悔するんじゃないか…って思ってるのね?」


「………」


「でも、それは杞憂というものよ。

そもそも、美幸以上の人なんてそうは居ないわ。親友の私が保障する。

それにね、美幸? そこでそれを心配するのは、佳祥君に対して失礼よ?」


「…失礼?」


 そこまでずっと気不味そうな表情で黙りこんでいた美幸だったが、言葉の意味を

計りかねて、つい聞き返してしまう。


「ええ。確かにまだ立派な大人とは言えないけれど、それでもきちんと自分でもの

を考えられるくらいにはなっているわ。

その佳祥君が、真剣に考えて出した答えを信じてあげないのは…あの子に失礼よ」


「あ…」


 遥の言葉で、美幸はあの告白をそういう理由で断ることは、佳祥を信じられず、

真剣に考えていないということになる…という事実に気が付いた。


「…多分、あなたは“もう一人の母親”としても接してきたから感覚が麻痺している

のでしょうけれど…。

あなたの大事な佳祥君は、もう自分の力で考えられるようになっているのよ。

ずっと一緒に居たから、あなたを選ぶしかなかったんじゃなくて…

きちんと見極めた上で“一番好きだ”と思ったから、あなたに告白してきたの。

…せめてそれぐらいは解っていてあげないと、いくらなんでも佳祥君が可哀想よ」


「……そう、ですか」


 少し呆然とした様子をみせた美幸は、そのまま目を閉じて『ふぅ…』と1つ息を

吐き出すと、口元を綻ばせた。


「ふふっ……不思議ですね…ずっと傍に居たのに、気が付きませんでした。

…もう、そんなに大きくなっていたんですね…」


「…ええ。だから、あなたも少しは佳祥君を認めてあげなさい。

あの子がさっき、客間で結婚して子供を儲けることを前提にしても、怯むことなく

『覚悟はある』と答えたのは、ある意味ではプロポーズのようなものなのよ?

その“覚悟”っていうものの重みを、あなたはしっかり認識してあげなさい」


 その遥の台詞を最後に、室内に一時的に沈黙が訪れる。

そして…暫く経った後、美幸は感慨深そうな表情でポツリと、呟くように遥に呼び

かける。


「……ねぇ、遥…」


「…何かしら?」


「何だか…不思議な気分ですね…。

あの小さかった佳祥君が、大人になったんだ…って思ったら、とても嬉しいのに…

何故でしょう…少しだけ、寂しい気分なんです」


「…そういうものよ」


「…そうですね…。…きっと、そういうもの…なんでしょうね…」


 本人は『寂しい』と言っているが、遥から見たその表情は温かいものだった。


 見た目こそ、出会った頃と変わらない少女のままの美幸だったが、その内面は

佳祥という存在によって、確かに“母親”になっていたのだろう。


「それで…美幸は? 佳祥君と一緒に居て、この先…幸せにはなれそう?」


「正直、解りません…。ですが―――」


 そんな遥の質問に、一瞬だけ困ったような顔をする美幸だったが…。

またすぐにその表情を穏やかなものへと戻すと、ホッとしたような…探していた

“答え”を見つけられた様子で続けた。


「それで佳祥君が幸せなら……きっと、私も幸せですよ」


「そう…。それなら、この後、そのまま…そう言ってあげなさい」


「…ええ、そうします。

…でも、本当に良いんでしょうか?

私はきっとこの先も、この“姉”や“母”の感覚を捨てられそうにありませんよ?」


「良いじゃない。愛情に種類や垣根を定義するなんて…そんなの馬鹿馬鹿しいわ。

それに普通かどうかで言うなら、あなた達はこの世で初めての人とアンドロイドの

夫婦になるのよ?

…今までの“普通”なんて、それこそ考えるだけ無駄だわ」


「ぷっ…クスクスッ…」


「…何よ?」


 突然笑い出した美幸に、少しムッとした様子で遥がその理由を問いただす。

すると、美幸は心底可笑しそうな顔で言った。


「いいえ。ただ、遥はやっぱり凄いなぁ…と、改めて思いまして。

これでも、私なりに真剣に悩んでいたのに…。

遥に『馬鹿馬鹿しくて無駄』だなんて言われたら…それだけで、何だか私も本当に

そんな気がしてきたんです」


「当たり前でしょう? 私はずっと前から凄いのよ」


「クスクスっ…あはははっ! そうですね…ええ、本当にその通りです…」


「…ちょっと。そこで笑うのは流石に失礼じゃない?」


 そう言って、本格的に笑い始めた美幸を注意する遥自身も、その頃にはほとんど

一緒になって笑っていた。


 ―――ただ、そうして2人で笑い合いながらも、遥は内心で思っていた。


 つい先ほど『自分は前から凄い』と冗談交じりで言ってはいたが、『本当は自分

なんかよりも、遥かに美幸の方が凄いのよ』と。


 ただ、今ここでそう言ったところで、美幸は自分の凄さに気付けないだろうし、

それで自己評価を上げるようなことも決してしないだろう。


 しかし、だからこそ美幸を取り巻く全ての人がその存在の素晴らしさを理解して

いるし、評価している…。


 美幸が自覚できないからこそ、代わりに周りがそれを正しく認識しているのだ。

そして、少なくとも今は・・それで良いのかもしれない…。


 これから先も、美幸の人生は長いのだ。


 いつか…何十年かが経ったその先で、美幸が自らの人生を振り返った時。


『私の人生は素晴らしいものだった』と、胸を張って言えるのなら…。

今は自己評価が低いことも、別に構わないのではないか…と、そう思えた。

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