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第84話 誰のための幸せか

 遥の見極め試験が一段落すると、時間もちょうど良い頃合いになっていたため、

3人は一緒に昼食をとることにした。


 その昼食の後、遥は佳祥を1人で客間に待機させて、台所で美幸と2人きりに

なったタイミングを見計らって、洗い物を片付けるその背中に声を掛けた。


「食後に少し落ち着いたら、午後からは本題に入らないといけないわね」


「…え? 本題って? 遥…何の話ですか?」


 まるで当たり前の疑問を口にするように、キョトンとした表情で振り返りながら

そう遥に聞き返す美幸。


 そんな美幸に、遥は『やっぱりか…』といった顔で逆に美幸に尋ね返す。


「何って、美幸…。まさか今日の本来の目的が何か…覚えていないの?」


「…え? 今日の目的は、先ほどまでの遥の圧迫面接だったのでは?」


「圧迫って、あなたね…。……まぁ、それは今はいいわ。

それよりも、何故、相談した本人が真っ先に内容を忘れているのよ…。

今日の目的は『佳祥君と交際するかどうかの結論を出すこと』だったでしょう?」


「…あっ! そういえばそうでしたね!」


 本当にすっかり忘れていたのだろう。

本気で驚いている美幸に、遥は呆れて溜め息を吐いた。


「…はぁ。…これは駄目ね。

私としては、ここからは2人の問題なのだし、私は口出ししないっていう考えも

あったんだけれど…。

…これは、放って置いたら期限が来ても結論が出なさそうね…」


「あはは…。それは、否定出来ませんね。

正直な話、自分で判断しきれないからこそ、相談したようなものですし」


 遥のその指摘を軽く笑って受け流しつつ、しかし内容自体は認める美幸…。

そんな美幸に、遥は改めて真剣な表情を意識的に作って、問い掛けた。


「判断しきれないのは……やっぱり、その相手が佳祥君だから?」


「……そうですね。そういう理由も、確かにあるにはあるんですが…。

そもそも、私にとって恋愛というものは現実感が無い(・・・・・・)んですよ。

この20年間、自分には絶対に手の届かない…遥か彼方にあると思っていたものが

今回の試験で、突然手の届く場所にポンッと現れた…という感覚でして…」


「…ああ、そういう理由もあるのね…」


 美幸のその言葉に、遥は改めて美幸がアンドロイドであることを再認識する。


 遥にとって『美幸』とは、ただ“友人として大切な人物”という感覚であり、人間

かアンドロイドかは些細な問題なのだが、美幸本人は、昔から自身の存在のあり方

をはっきりと『人間とは違うものだ』として、明確に区別している節がある。


 勿論、それは美幸の立場になって考えれば、当たり前なのだろうが…。

その意識が強いせいで、あまりにも割り切って考え過ぎてしまうところがあった。


 改めて考えてみれば、恋愛や結婚、出産といった物事は、アンドロイドには関係

がない物事の筆頭と言える。


…誇張でもなんでもなく、美月のドレス姿を見たあの日から、憧れなどはあったと

しても、今までそこまで真剣には考えたことが無かったのだろう。


「それでも、この新素体への換装が無事に完了すれば、あなたは人間になるのよ?

…これからは、そういうことも身近なものとして(とら)えないといけないわ」


「…遥。限りなく近い…というだけで、私はあくまでもアンドロイドですよ。

それは…これから先もずっと変わらないことなんです」


「いいえ。あなたは正真正銘の人間になるのよ。

…別にあなたの中の“アンドロイドである自分”を否定したいわけじゃないわ。

でもね…美咲さん達と本当の意味での家族になるのだというのなら…。

“その美幸”に関しては、人間であり…ただの美咲さんの妹のはずよ」


「………もしかして…」


「…ええ。…恐らくは、そうよ。

あの人の場合、美幸のことを優先し過ぎて、判断を誤ってしまう時もあるけれど…

それでも、間違いなくこの世で最も美幸のことを考えている人物よ。

だから、美咲さんが自分の妹としてわざわざ戸籍に登録させるのは…。

そういう“人間に対する区別や遠慮”を無くさせる目的も、きっとあるんでしょう」


「…遠慮、ですか?」


「…ええ。あなたはアンドロイドなら本来持っているはずの人間に対する認識。

“何があっても優先して従うべき対象”という意識が植え付けられていない。

…でも、だからこそ真面目なあなたは、自分でその辺りを強く意識しようとして

結果的にそれが、人間に対しての遠慮に繋がっている。

…少なくとも、私にはそういう風に見えるわ」


 そこまで言うと、遥は美幸にふっ…と温かい笑顔を浮かべて…言った。


「もう、あなたは“人間の脇役”に徹しなくても良いの。

これからは、あなたの人生の主役はあなた自身で構わないのよ」


「私が主役…?」


「ええ、そうよ。

今まであなたは、人間側の色んな事情に一方的に振り回されてきたのだし。

これからは、周りを遠慮なく振り回すようなつもりで居なさい。

…美幸の場合は、きっとそれくらいの気持ちで丁度良いわ」


「…………」


 遥の『自分が主役』という言葉を受けて…黙ったまま、心の中でゆっくりと反芻(はんすう)

する美幸…。

…その時、真っ先に頭に浮かんだのは…あの美月のウェディングドレス姿だった。


「…ありがとうございます。

遥のお陰で、本当に大事なところで失敗して後悔せずに済みそうです」


「そんなこと、気にしないで良いわ。私達は親友…なのでしょう?」


「クスクスッ…そうですね。では、気にし過ぎない程度に感謝しておきます」


「ふふっ…。ええ、そのくらい気楽にいきなさい。

あなたは莉緒と違って、ぽやぽや~っとしているのだから、中身も見た印象

通りの感覚で居ればいいわよ」


「もう…酷いですよ」


 言葉ではそう言っているものの、美幸のその口調は優しいものだった。


 また、遥には助けられた。

もし、自分が主役だと言われていなければ、美幸はこれから経験するであろう結婚

も出産も、“実験の一環”として脇役の認識(・・・・・)のままで(・・・・)遠慮したまま通り過ぎるところ

だった。


 あの日…結婚式での美月は、間違いなく“主役”だった。

その姿に憧れて『素敵なお嫁さんになること』が美幸の将来の夢になったのだ。


 相手が佳祥かどうかは別としても、自分が主役だという感覚を持っていれば…

それが叶う時には、目一杯、その幸せを実感出来るだろう。


「まぁ…その実感は換装が終わってから、改めて自覚していってもらうとして。

話を戻して、佳祥君が交際相手として認識出来るかということなんだけれど…。

…やっぱり、弟とか息子って感覚が邪魔になる?」


「邪魔…というのとは、少し違うと思います。

その感情は、私にとってはマイナスではなくプラスのものですから。

ただ…恋愛経験が無いので、どうなれば“恋人として好き”ということになるのか…

それが、私の中でひどく曖昧なんです」


「…それは、私もわからないところね。

憂鬱だけれど、そう考えると私達の中では莉緒が一番解っているんでしょうね…」


『憂鬱』と言った言葉を表すように、眉間に皺を寄せて、そう呟く遥。


 莉緒のことは色々と認めている部分は多いものの、こうして正式に負けを認める

ような発言をするのは、やはり不本意に感じる。

…莉緒に対しては、ナチュラルに失礼な遥だった。


「ああ、そうですね。私達の中で唯一、結婚も出産も経験していますから。

…そういえば、遥からはそういった話を聞いたことが無かったですね。

実際にお付き合いしたか…はともかくとして、今までに誰かを好きになったとか、

そういった話は無いんですか?」


「無いわね」


 即答…と言うより、『無いわね』の“な”がほぼ質問の語尾に被っているほどに

食い気味に答えてきた遥。


…そのあまりの反応の速さに、美幸は多少、面食らった。


「……驚くぐらいの即答、ですね…」


「それはそうよ。

学生時代を含めて、ずっとピアノのことくらいしか考えてこなかったのよ?

堂々と言えるものでもないけれど、自分の好みすら全く分からないわ」


「…本当にそうですね」


 諦めの表情でそう同意する美幸に『うるさいわよ』と一言だけ返す遥。

…しかし、そこでその会話が終わってしまった。


 やはりこれは、莉緒を呼んで後日改めて話し合うしかないのだろうか…。

そう遥が思い始めた、その時…ふと頭の中に、とある人物の姿が浮かんだ。


「そういえば…身近にもう一人居るじゃない。結婚と出産の経験者が」


「…え? 誰です?」


「美月さんよ。人柄的にも恋愛相談の相手としては適任じゃない?

…まぁ、話題にする相手が自分の息子っていうのが、少々問題だけれど」


 佳祥の告白を知らないのなら、自然な流れで相談も出来たのかも知れないが…。

このタイミングで切り出すのは、少し気不味くなりそうだ。


 なにせ、『私が結婚と出産を経験するに当たって、相手としてあなたの息子さん

が候補に挙がっているのですが、どうでしょう?』と言っているようなものだ。

軽い相談程度ならまだしも、流石に美月も返答に困るだろう。


…しかし、遥のその心配は、次の美幸の言葉で無意味なものになった。


「ああ、それでしたら、私は既に知っていますよ?

随分前ですが、美月さんから隆幸さんとの馴れ初めを聞いたことがあるんです」


「え…そうなの?」


「はい。ですから、美月さんの実体験なら既に把握しています」


 遥は既に美幸がそういうことを聞いているということ以前に、美月がそれを他人

に話していることが意外だった。


 あの美月のことだから、美幸に尋ねられても『そういうのは秘密にしておくもの

なんですよ?』と、いつものように唇に人差し指を当てて、ウインクでもしながら

上手くかわしそうなものなのに…。


「…それじゃ、ここからはそれを参考にして考えましょう。

莉緒に教えを請うのは何だか(しゃく)(さわ)るけれど、美月さんなら大歓迎だわ」


「遥…癪に障る…って…」


 いつも通りの遥の莉緒に対する酷い発言に、思わず苦笑する美幸…。

これが純粋な悪意ではなく、遥にとって数少ない気の置けない間柄の相手だから

こそのものであることを知っているため、あまり強く注意も出来ない。


「そんな莉緒への発言とか、今はどうでもいいわ。

それで、どういう内容だったの? 出来る限り、詳しく教えてちょうだい」


「いえ、あの…詳しくも何も、私なら一言一句違わずにお話し出来ますが…」


 そう言いながらも、美月に『恥ずかしいので遥ちゃん達には秘密ですよ?』と、

お願いされていたことを思い出した美幸は、言葉に詰まった。


「…美月さんに口止めされているんです。『恥ずかしいので』と」


「それなら大丈夫よ。今は非常事態なのだし、しかも原因が息子の佳祥君なら、

ある意味では自業自得でしょうから、仕方ないわよ」


 確かに、そういう考え方もある。

あるにはあるが…遥の表情は好奇心を隠しきれない様子で…その目を見て真意を

確かめるまでもなく、ただ単に聞きたいというだけの口実なのだろう。

…遥にしては、本当に珍しい反応だった。


 そういえば、自分もこの話を聞いた当時、自分から『聞かせてくれませんか?』

と言っていたことを思い出す…。

…あの時の自分も、こういう雰囲気だったのだろうか。


 そして……美幸は心の中で美月に『ごめんなさい』と、小さく呟いた。


「…わかりました。それではお話します。

その代わり、私がお話ししたということは後ほど私から美月さんにきちんとお伝え

しておきますので、遥はその辺りは特に気にしないで下さい」


 そう言って、ニコリと笑う美幸。

…言うまでも無くこれは、本人に口止めされている話を無理に聞き出そうとした、

遥の罪悪感を無くす配慮なのだろう。


…そんな気遣いに気付いた遥は、少し興奮気味だった状態から急に冷静になると、

美幸に聞こえないように小さな声で呟いた。


「(…そこで『私が話したことは秘密』って言わない辺りが、いかにも美幸らしい

わよね…)」


「…え? あの、遥? 今、何か言いましたか?」


「いいえ、何でもないわ。…それより、早く聞かせてちょうだい」


 そう促す遥に『急かさないで下さい』と答えて、話に夢中になって一旦中断して

いた洗い物を手早く終えた美幸が、その正面の椅子に座ると、美月の馴れ初め話を

語り始めた。


(当たり前だけれど、きちんと参考になることを見つけてあげないと…ね)


 遥から見て、美幸はこの20年間…真っ直ぐに、純粋に…そして何より一生懸命

に生きてきた。


 自らが望む望まざるにかかわらず、与えられた試験にも真摯に取り組んで…。


 そんな美幸が…初めて“自分自身のための幸せ”を、自身の選択で(・・・・・・)手に入れられる

かもしれないのだ。


 今回の相談は絶対に失敗できない…と、内心では美幸以上に真剣に考えながら、

それを欠片も表情に出すことなく、遥はその話に耳を傾けた…。

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