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第81話 もう一つの姉妹

 由利子が亡くなってから8年後、89歳で亡くなった洋一が、その一年前に美咲

に譲った旧夏目家。そこには、現在、美咲と美幸が2人で暮らしていた。


 そんな“現・原田家”は、佳祥にとって、様々な美幸との思い出が蘇る、緩やかに

時間が流れているような印象の、心安らぐ空間だった。


…だが、その日の原田家の客間は、朝から緊張感に包まれていた。


 居間でも由利子の部屋でもなく、滅多に足を踏み入れない“客間”という場所も、

その緊張感を感じさせる理由の一つなのだろうが、やはり最大の理由はその室内に

並んで座っている、美幸と遥の2人なのだろう。


「…いらっしゃい。

さぁ、そんな所に立って居ないで、そこに座りなさい?」


「…ありがとうございます。失礼します」


 扉を開けたところで、その雰囲気に当てられて固まってしまっていた体を

無理やり動かして、佳祥は遥の正面のソファに腰を降ろした。


「今日は急に呼び出したりして、ごめんなさいね。

今日は平日だけど、学校の方は大丈夫だったのかしら?」


「それは問題ありません。

もう卒業間近ですし、この時期はもう自由登校になっていますので…」


「…そう。…けれど、いざ卒業したら同窓会でもない限りクラスメイト達と集まる

機会なんてそう巡ってはこないのだし…。

自由登校とはいっても、なるべくは登校しておいた方が良いと思うわよ?

…まぁ、普段から(ろく)に教室に行っていなかった私が言うのも何だけれど…」


「…はい、そうですね。そうします」


 自身の経験からクラスメイトとの関係を大事にするようにアドバイスをした遥に

対し、『お気遣い、ありがとうございます』と口にしながら頭を下げてくる佳祥。


 その発言と対応に、素直に感心する遥。

流石に高槻夫妻と美幸が育てただけあって、こういった礼儀はしっかりしている。


「今日、ここに来てもらった理由は美幸から聞いているの?」


「はい。…ですが、遥さんがいらっしゃることは知りませんでした」


 佳祥の発言を受けて、遥が隣の美幸に視線を向けて尋ねる。


「…そうなの?」


「はい。…遥が居ることを言うと、佳祥君が必要以上に緊張するかと思いまして。

えて伝えていませんでした」


「成る程ね…。『告白について話がある』って言われて、そこに相手の友人が同席

していたら、扉を開けてすぐに固まるのも仕方がないわね…」


 その遥の言葉から佳祥は既に自分に対する“見極め試験”が始まっていることに

気が付き、身を引き締める。


 遥と莉緒が、美幸にとってかけがえの無い親友であることは、当然ながら佳祥も

知っていた。


 特に遥は、美幸に対して美咲に勝るとも劣らない過保護っぷりを発揮していると

いうのは周知の事実だったため、この場に遥が居ることに関しては、佳祥も不思議

だとは思っていなかった。


 そう、その点については特に不思議とは思わないのだが…。


「…遥さんも、先日の告白のことをご存知だったんですね。

この様子だと、莉緒さんもご承知なのでしょうし…。

……今現在の地点で、一体何人の方に伝わっているんでしょうか…」


 “尋ねる”というよりも“呟く”という雰囲気でそう言った佳祥に、若干、申し訳

なさそうにしながらも、美幸がその疑問に答え返した。


「ええっと、今現在で知っているのは…遥に莉緒、美咲さんと美月さん、それから

真知子さんと、あとは愛さんですね。

……私が言うのも何ですが、振り返ってみると結構多いですね…」


「ええっ!? 

美咲さんは同席していたから分かりますが、なぜ母さんも知ってるんですか!?

というより、真知子さんはともかく、“愛さん”って、そもそも誰ですか!?」


 予想していたよりも遥に人数が多かったことが原因なのだろうが…美幸の返答に

佳祥は軽く混乱している様子だった。


…だが、遥はそんな佳祥に対して少し不機嫌そうにしながら注意してくる。


「騒がしいわ。少し落ち着きなさい。

そこまで騒ぐほどのことでもないでしょう?」


「いえ、あの…ですが…」


 この件に関して言えば、佳祥はむしろ被害者…なのだが…。


 流石に納得しきれないのか、遥に対して歯切れの悪い返答をする佳祥。

しかし、そんな佳祥に遥は、真面目な表情をしながら強い口調で、更に続ける。


「あなたは美幸に正式に交際を申し込んでいるのでしょう?

そして、美幸が特殊な立場であることは知っているはず。

なら、こんな程度の事態でみっともなくうろたえていてどうするのよ。

…そんなんじゃ、先が思い遣られるわよ?」


「あ………えっと…すみません…」 


 思いの(ほか)、厳しい評価を受けた佳祥は、意気消沈してしまう。


 佳祥から見て、遥は美幸の親友であると同時に、世界的に名の知れたピアニスト

という肩書きもあり、尊敬する人物の筆頭でもある。


 だからこそ、そんな遥からの言葉には、ただの忠告以上の重みがあった。


「まぁまぁ…遥。とりあえずは、それくらいにしてあげて下さい。

もうすぐ卒業とはいえ、佳祥君はまだ高校生なんですから…」


「……ふぅ…。まぁ…そうね。

…佳祥君、ごめんなさい。少し言い過ぎたわ」


「…いえ。大丈夫です」


 遥にはそう謝ってもらえたが……佳祥は複雑な心持ちになっていた。


 その理由は『高校生だから』と“まだ大人ではないから”という理由で許された

ことと、何よりも、他ならぬ美幸に守られるような形になってしまったことが、

主な理由だった。


 仕方がないことではあるが、美幸にとっての佳祥は弟…あるいは息子といった

扱いが、周囲の…そして美幸自身の認識であるのが実際のところだった。


 2人の関係性から考えれば、それが当たり前なのだが…。

恋人候補として対等に扱って欲しいと願っている現状で、それを素直に受け止めて

飲み込めるほど、佳祥はまだ大人にはなれなかったのだ。


 一方、そんな佳祥の心中を知らない美幸は、『告白の件を多くの人に吹聴されて

しまっている事実に落ち込んでいる』と勘違いしていた。


 だから、少しでも理解してもらおうと、状況の説明をしようと考えた。


「佳祥君、ごめんなさい。

“愛さん”っていうのは私の古い友人の一人で、現在は私の新素体の換装を担当して

くれている方なんです」


「…新素体の換装、ですか?」


「…はい。

あの日、告白していただいた後から色々と分かったことがありまして…。

ちょっと…いえ、かなりややこしい話になってしまっているんですが…。

…今からその辺りの事情を、順を追ってご説明させていただきますね?」


「は…はい…」


『新素体』という聞きなれない単語の影響もあってか…佳祥はどこか呆然とした、

気の抜けた様子で頷く。


 そして…そんな佳祥を見た遥は、人知れず小さく溜め息を吐いていた。


 印象としては、“年齢の割にはしっかりしている方”だとはいえ、やはりまだまだ

子供…といったところだ。


 かつてのように厳重に警護しなければいけないほどの重要度では無くなっている

のは確かだが、依然として研究者の間では美幸は注目される存在のままだ。


 緊張し過ぎる必要は無いが、油断しきっても良いほど、軽い立場というわけでも

ないのは事実。


“自分の知らない多くの他人が、自分という存在を知っている”


…遥は、自身が世間に広く知られる存在になったことで、同時にその恐ろしさも

ある程度は理解出来ていた。


 ましてや、美幸はアンドロイド。

世間では『人ではなく物』として扱われる存在なのだから、転売目的での誘拐の

危険性は今でも十分にあるのだ。


「はぁ…。もう美咲さんを『過保護だ』なんて笑えないわね…」


 遥は美咲と初めて対面した時のことを思い出して、そうひとりごちた。

あの時の美咲の遥に対する警戒心の意味を、身をもって理解出来たからだ。


 年齢的に考えても、20歳の美幸に対して18歳の佳祥なら年齢的にはちょうど

良いだろう。佳祥が良い子なのも、よく知っている。


 しかし、手放しで安心して美幸を任せられるかと問われると…頷くのは難しい。


 こうして遥が昔を思い返している間も、佳祥は熱心に美幸の話を聞いていた。

その横顔をぼんやりと見ながら、また一つ溜め息を漏らす遥。


 相談を受けたとはいえ、最終的な結論を決めるのは、あくまで美幸だ。

それは当然だし、理解もしているつもりだ。


 だが、この美幸の今後の人生を大きく左右するであろう相談事に対して、親友と

しての自分は美幸を信じて黙って見ているべきだ…と、心では思っていても、結局

はそう出来なかった。


 遥は美幸が佳祥に説明を続けている間、一人の時間を使ってその理由を自身の中

に探してみる。


 すると…ふと、美咲に以前『妹にもらってしまうぞ』と言ったことを思い出す。


 そして…それで納得した。

なるほど、それなら親友として・・・・・黙っていられなかったのも仕方ない。


 美幸が最終的に人間と同じ扱いになるのなら、あの時の美咲にきっちりと言質を

取っておけば良かったな…と、一人でクスリと笑う―――遥だった。

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