闇の中の狼
スカイが消えた後、ゆかなはすぐさま佐伯社長に電話し、新人をスカウトしたことを伝えた。
徐如林の気が変わって、スカイにアイドル活動させないと言い出す可能性もあるので、ゆかなは先手を打ち佐伯社長に話を通したのだ。
こうすれば、とりあえず佐伯社長とスカイが会うところまでは話が進む。
そしてスカイが徐如林と自然と同じ時間を過ごせるようになるのだ。
スカイはどう見てもホロスコープで映しだされた仮想の美少女にしか見えない。
ゆかなは佐伯社長がスカイを見て喜ばないはずがないと考えていた。
それから2人は家に帰り、スカイの件を父、率然者にいの一番に報告した。
さすがに2人共あのスカイと絡んだとなると、かなり怒られることを覚悟していたのだが、率然者は逆に「仲良くしておけ」と2人に指示した。
2人はすぐに率然者はスカイを篠宮家の手駒にしたいのだと気がついた。
あのスナイパーとしての能力は篠宮家からしても脅威であり、味方となれば心強いが敵に回すと厄介である。
今の所は篠宮家の敵にならぬよう見張りつつ、先々は篠宮家の手駒になるよう懐柔しておけということなのだろう。
徐如林はスカイとの出会いに運命的なものを感じていた。
しかしそこには全く恋愛感情はなく、なんとなくだが篠宮家はスカイと共に戦うことになるのでは?と考えていた。
大局的な流れに人は逆らうことはできない。
どんな理屈が通らないことも、ずっと未来にある大きな出来事に向けての布石として起こる可能性がある。
徐如林は人の心を読み、自分が優位な立場になるよう物事を動かしてきた。
それは自分で創り上げた理想の未来を具現化する力。
だが徐如林は絶対に自分の力では変えられない未来があるということを知っていた。
スカイが友好的な形で篠宮家に絡むということは本来であれば絶対にありえない。
そこには何の意味があるのか?
どんな未来が待ち受けているのか?
徐如林はスカイが篠宮家にどのような影響を与えるのか、優しく微笑みながら1つ1つ詰めて考えていった。
その日は殺し屋としての仕事もなく、ゆかなは部屋に戻り就寝しようとしていた。
ゆかなはいつもの寝る時間を過ぎているのに、ベッドの中でずっと眠ることができなかった。
徐如林と会った時のスカイのことを考えていたからである。
何年間も恋焦がれていた徐如林にようやく自然な形で出会えたのに、スカイはあまり嬉しそうではなかったのが気になっていた。
あんな態度では徐如林と仲良くなれない。
でもスカイがありえないくらいに着飾ってきたのだから、ゆかなから見てもスカイは徐如林に自分のことを好きになってもらいたかったのがわかる。
どうしてスカイはあんなことをしたのだろう?
スカイはどんな気持ちだったのだろう?
ゆかなにはわからないことだらけだった。
ちょうど、そんな風にスカイのことを考えていると、普段は使っていないスマホがバイブレーターで動き出した。
このスマホはスカイと連絡するだけのもので、スカイからゆかなへプレゼントされたものだった。
料金などはスカイが払っていて、ゆかなはこのスマホのことを篠宮家には秘密にしていた。
ゆかなは素早くそのスマホを手に取った。
「ウサギです。空ちゃんですか?」
相手はスカイに決まっているのだが、ゆかながそう確認すると、電話越しでスカイはしばらく黙っていた。
「…ああ、私だ…ウサギ…」
スカイはずいぶん疲弊した様子で返事をすると、またしばらく黙りこんだ。
ゆかなもしばらく黙っていたが、ゆかなもスカイと話したいと思っていたので自分から話すことにした。
「空ちゃん…さっきは凄くキレイだったのです…でもあんな風に話していたら、お兄様と仲良くなれないのです…」
「あああああああああああああっ!!!!!」
ゆかながそう話しかけると、急にスカイはトラウマにでも触れられたように叫び始めた。
「ど…どうしたのですか?空ちゃん?」
「ウサギ…さっきのことは思い出させないでくれ…私は馬鹿なのかもしれない…」
「空ちゃん…今、空ちゃんは混乱しているのです…だから電話してきたのだと思うのです…状況を確認するのです。私もお兄様も空ちゃんが何をしたかったのかわからなかったのです…」
「うわああああああああああああああああああああああっ!!!!だっ!駄目だっ!もう徐如林様に会えないっ!私は馬鹿だ!恥ずかしいっ!もう2度と会えない!やっぱりウサギも私が何をしているかわからなかったのか?そうだろうな…私も自分がなにをしているのかわからないんだ!もう無理!無理いいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「空ちゃん、今からお兄様に関する重要なことを言うのでよく聞いて下さいなのです…」
「何だ?!ウサギ?」
「お兄様が空ちゃんが住んでいる部屋の窓の外に立っているのです」
ゆかながそう言った途端、電話越しにバタバタと音がし、激しい銃声音とともに窓ガラスが割れる音が響き渡った。
ゆかなは冷静に「MP-443が3発。空ちゃんにしては慌てて発砲し過ぎなのです」と心の中で呟いた。
しばらくスカイはバタバタしていたようだが、落ち着いてきたのかゆかなに話しかけてきた。
「おい!ウサギ!徐如林様はいないではないか!!!!!」
かなり慌てた様子でゆかなに訴えるスカイ。
そのスカイの声を聞いて、ゆかなはおもしろがっていた。
「空ちゃん、むやみに撃っては駄目なのです。後でごまかすのです。日本の警察は面倒なことには関わりたがらないのです。それにお兄様を撃ったらお兄様が死んでしまうのです」
「ああ…そうだな…気をつける…」
冷静になってきたスカイの声を聞いてゆかなは本題を切り出した。
「空ちゃんはさっき凄くキレイだったのです。あの服や化粧はどうしたのですか?」
「あれか…私はあれから急いでスパで汗を流して、それから服を買いに行ったのだ…私は徐如林様と結婚するつもりだったのだ…もう私の胸は、徐如林様との幸せな家庭生活でいっぱいになっていたのだ…」
「そうなのですか。それでウェディングドレスのような服を着ていたのですね」
「ウサギ…そうなんだ…そのまま着替えて、高そうな化粧品を売っているところに行って買い付けその場で化粧してもらい、髪は予約はしてなかったが有名な美容室に行き日本円で100万叩きつけたらすぐにセットしてくれた…」
「なるほどなのです…それで空ちゃんは来るのに時間がかかったのですね」
「ああ…私は凄く焦っていた…だが徐如林様と会うのにできる限りのことはしたかったのだ…ずっと私は徐如林様に私のことを見て欲しかった…だから少しでもキレイになりたかった…でも徐如林様が帰ってしまう…」
「それならどうしてお兄様にあんな態度をとったのですか?あれでは空ちゃんがお兄様に興味がないみたいなのです」
ゆかながそう指摘すると、スカイは再び黙ってしまった。
「恥ずかしかったんだ…それに好きな人とどう話して良いのかわからない…徐如林様に私が徐如林様を好きなことを知られたくない…」
しばらくスカイは黙っていたが、小さな声で告白した。
ゆかなはそれを聞いて難しいと思った。
確かにこのままスカイが徐如林に告白しても、うまくいくとは思えなかった。
だけれども、気持ちを伝えなければ何も変わることはない。
それにスカイの気持ちがゆかなにもよく分かった。
好きな人を目の前にしたら、自分だって何もできなくなってしまうだろう。
今はスカイの恋愛なので自分は冷静に聞いていられるが、これが自分のことだったら震えながらスカイに相談しているかもしれない。
人間の心の隙をつき目標を殺してくる殺し屋の仕事より、恋愛は複雑で解決しにくい難題であるとゆかなは感じていた。
「空ちゃん、大丈夫なのです。私がついています。『孫子の兵法 火攻編 利にあらざれは動かず』なのです。有利な状況でなければ動かない方が良いのです。お兄様はさっきのことはそんなに気にしていないのです。明日からは空ちゃんは普通にお兄様と接するのです。必ずチャンスがやってきます。その時に備えて空ちゃんとお兄様の距離を少しずつ縮めておくのです」
「わかった!ウサギ、ありがとう!私もアイドル活動を頑張るから頼んだ!」
スカイの元気になった声を聞いてゆかなは安心した。
「こちらこそよろしくお願いしますなのです。では明日学校が終わったら」
「ああ!ウサギ!また明日だ!」
ゆかなは電話を切ると、そのままベッドに倒れこんだ。
アイドル活動をする仲間が増えたこと。
友達の恋愛が少し進展したこと。
ゆかなは今まで味わったことのない充実感に満たされているのであった。




