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ステルス アイドル ウサギ

 女神【チョーゼツカワイイ】プロモーションの事務所では、徐如林(サイレント)が中心となり「ステルス アイドル プロジェクト」のプレゼンが行われていた。


 事務所内は、それは事務所というよりは佐伯社長の趣味の部屋のようであった。

 事務所のアイドル以外のポスターが貼られ、やはり事務所とは関係ないアイドルのDVDやBlu-rayが並んでいた。

 それらは今現在活躍しているアイドルではなく、20年位昔のアイドルであった。


 徐如林(サイレント)はそれを見て、考え方が硬いと感じた。

 時代や状況は刻々と変化していく。

 それらに柔軟に対応できなければ、何ごとに関しても生き残ることはできない。

 殺し(エージェント)の世界で「これが絶対に正しい」「このやり方でないといけない」などという、過去の経験にだけに囚われた硬い思考の持ち主が死んでいくのを徐如林(サイレント)は何度も見てきた。

 もちろん経験は重要な判断材料になる。

 しかしだからといって絶対ではないのだ。

 何度かうまくいった手口も、逆にそれを見透かされて罠に嵌めれることが多い。

「アイドルとはこういうものだ!」と強い固定概念にとらわれている佐伯社長。

 どうしたら佐伯社長の凝り固まった内面をほぐしていけるのか、これも今後ビジネスとして成功させるためにも大きな課題だと徐如林(サイレント)は感じていた。


 またこれだと、所属しているアイドルも気分良く働けないとも思った。

 今現在、佐伯社長はうまく行っていないのもあって半分なげやりになってしまい、所属しているアイドルが不満を抱いているのではないだろうか?

 実際に徐如林(サイレント)が佐伯社長の周囲を調査した際にも、所属しているアイドルから不満が出ているのは知っていたのだが、その原因が佐伯社長自身にあるような気がした。


 しかし今は、佐伯社長にこちらの要求を飲んでもらうことが目的である。

 徐如林(サイレント)は「ステルス アイドル プロジェクト」が始動したら、大局的に事務所全体の流れを変えなければと考えるのであった。


「まあ、こういうわけです。そう申しましても、今いきなりご説明したことを全てご理解頂くには時間がかかると思います。ですが心配しないで下さい。時間とともに『ステルス アイドル プロジェクト』の素晴らしさを実感できるでしょう。そして佐伯社長の利益になることはあっても損害が発生することはないのです」


 徐如林(サイレント)は「ステルス アイドル プロジェクト」を説明すると、佐伯社長に優しく微笑んだ。

 しかし佐伯社長は良く理解できないのか難しい顔をしているのであった。

 

「うーん、よくわからないんですが…だいたいわかりました。彼女は宝龍コーポレーションの所属アイドルで、それを私の事務所にレンタルすると。それから『ステルス アイドル プロジェクト』の企画に沿ってプロデュースする。彼女は徐如林(サイレント)さんの妹でお父様が社長…あの…彼女と徐如林(サイレント)さんの本名が秘密なのは『ステルス アイドル プロジェクト』を実施する上で重要なのはわかりましたが、彼女のことはなんと呼べばよいのでしょうか…?」


 佐伯社長は自分の頭の中を整理するようにゆっくりと話し始めた。


 佐伯社長は「ステルス アイドル プロジェクト」は思いもつかなかった良い企画だと考えていた。

 そしてレンタルとはいえ自分の事務所にゆかなが入ることは嬉しかった。

 佐伯社長にとって久々に遭遇した理想のアイドルと共に働けることはこの上のない幸せだったのだ。

 だがしかし、まだ佐伯社長は「ステルス アイドル プロジェクト」の全容を把握しきれていなかった。


「んー、そうですね…『ウサギ』とお呼び下さい。兎はキツネや狼に捕食される弱い生き物ですが、捕らえることはなかなか難しいと聞きます。ちょうどこのプロジェクトにふさわしいかと…一部では私の妹のことを『ウサギ』と呼ぶ人達も多いみたいですが…」 


「そうですか。そうしたら『ウサギ』で。あの名刺に連絡先が書いていないのですが、こちらから連絡する際はどうしたら良いのでしょうか?」


「ああ、これはうっかりしていました。そうしましたら、そこのホワイトボードに伝言を書いて下さい。話が長くなりそうな場合は電話するように書いてもらえればこちらから事務所に電話します」


 徐如林(サイレント)は優しく微笑みながらそう言うと、佐伯社長は理解できない様子で一瞬動きが固まった。 


「え?それでどうして分かるんですか?」


「佐伯社長、それは色々です。我々は仕事柄、情報収集のプロなんですよ。事前に我々の方で佐伯社長のことも調べさせて頂きました。新藤留美Blu-rayコンプリートBOXをクレジットカードで3つ購入するのであれば、先週の事務所主催のライブで所属アイドルの衣装を新調してあげるべきでしたね。あれに関しては不満が出ていますよ。アイドルの子からもファンからも」


「え!?なんでそんなことまで…」


「まあ、それだけ我々が本気だってことです。だからこそ、佐伯社長個人の借金である300万をこちらで肩代わりし、返済期限なし無利子で2000万を佐伯社長にご融資すると言っているのです」


 合わせて2300万円。

 金に物を言わせるやり口ではあるが、 徐如林(サイレント)は常に優しく佐伯社長に接していた。

 資金繰りに苦しんでいる経営者にとって、これ以上のビッグボーナスは存在しない。

 しかもゆかなまで手に入るというのだから断る理由が見つからないのだ。


 徐如林(サイレント)はこれを300万円を肩代わりしたのに、2000万円を無利子返済期限なしで融資するのには理由があった。

 この2300万円は徐如林(サイレント)から佐伯社長への実質的に給料として渡すつもりでいた。

 むしろすぐに全額返済された方が面倒だとすら考えていた。

 ずっとお金を返せない状態が数年続けば、その間は徐如林(サイレント)は佐伯社長を影で操ることができる。

 徐如林(サイレント)はこの「女神【チョーゼツカワイイ】プロモーション」の影の出資者となり、ゆかながアイドルとして活動する数年間程度は絶対的な影響力を与える人物になるつもりなのだ。


 佐伯社長に融資した2000万円は1年もしないうちに「ステルス アイドル プロジェクト」で溶けてなくなると徐如林(サイレント)は計算していた。

 そして「ステルス アイドル プロジェクト」を中心に事業を拡大していく中でお金があちこちに行き来していくわけだが、佐伯社長はそのへんのやり繰りが苦手だと徐如林(サイレント)は調査し知っていた。

 仮に佐伯社長が2000万円キャッシュで払える状態になっても、佐伯社長は怖くて2000万円を簡単には手放さないだろう。

 しかし、徐如林(サイレント)の予測より早く「ステルス アイドル プロジェクト」が軌道に乗って、且つ佐伯社長がお金のやり繰りに慣れてしまい2000万円を全額返済する可能性もある。

 だからこそ300万円に関しては無償で肩代わりするのだ。

 人間は金を貸してもらったり借金を帳消しにしてくれた者には逆らえない。

 それは様々な切り口から見てそうなのだが、その切り口の1つに「困った時にお金を貸してくれる」人だからいざという時に助けてもらえるように逆らわないというのがある。

 佐伯社長の個人的な借金300万円を肩代わりするのは、貸した金をアイドルのプロデュースにではなく自分の借金返済に使わせないためと、佐伯社長が2000万円を返済しても徐如林(サイレント)に逆らえないようにするための心理的作戦なのだ。


「そ…それはありがたいのですが…」


 佐伯社長は自分にとって都合の良いことばかりなので、もしかすると騙されているのではないか?と思うのだが、それを確かめるすべもない。

 半信半疑の状態ではあったが、ウサギをスカウトしたのは自分自身だし、目の前にいる2人は自分を騙そうとしているようには全く思えなかった。 


「まあですがご安心下さい。佐伯社長のアイドルへの熱意を買ってのことでもあるのです。我々はビジネスパートナーです。これからは困ったことがあったら何でもご相談下さい。お金は後ほどキャッシュで用意しますので、その際は念のため書類にサインを頂きます。それから佐伯社長の方から良いアイデアがあれば協議の上『ステルス アイドル プロジェクト』に取り入れますので、そのあたりも遠慮なく…ただし無理なものは無理ですので…」


 徐如林(サイレント)はすっと席を立つと、この作戦の終わりを感じ取ったゆかなも席を立った。

 徐如林(サイレント)は「ステルス アイドル プロジェクト」を佐伯社長がやるしかない状態に心理的に誘導できたと判断したのだ。

 

「それでは今この時点からはじめましょう。『ステルス アイドル プロジェクト』始動です。佐伯社長、まずはこのプロジェクトを簡単に考えて下さい。ウサギをはっきりとカメラで撮影できたら1日デート、ウサギを3秒間触ったものはウサギと結婚できる。それだけですよ。もちろん佐伯社長もご参加下さい。しかし我々は絶対に捕まりませんから」


 徐如林(サイレント)は優しく微笑みながらも、自分達は絶対に捕まらない、いや篠宮家の末裔として絶対に捕まっていけないと改めて強く胸に刻みこんだ。

 ゆかなの目にも燃兎眼(フレイムオブジャスティス)が真っ赤に燃え上がりその両手を力強く握りしめた。


「佐伯社長!これからよろしくお願いしますなのです!ウサギは捕まらないのです!」


「では、そろそろ、別の仕事もありますので…」


 徐如林(サイレント)がそう言って一礼すると、ゆかなとともに事務所の扉を開けて外に出て行った。

 

 一瞬呆気にとられた佐伯社長ではあったが、一言挨拶しようとすぐに後を追いかけた。

 しかし、あの時と同じだった。

 ハーゲンダッツ食べ放題の店を出たゆかなが消えたあの時と同じ。

 佐伯社長は玄関を飛び出しすぐさま階段を駆け上がるとあたりを見渡した。

 どう考えても2人はまだ階段を登ってるくらいなはずなのに…

 2人の姿は消えてなくなっていた。


 殺し(エージェント)として自分の存在を世に晒さない。

 しかしアイドルとして活動していくための「ステルス アイドル プロジェクト」が今ここに始動した。

 篠宮家の威信をかけて誰にも捕まらずアイドルとしてみんなに夢を届けることになったゆかな。

 燃え盛る夏の夕暮れ。

 ステルス アイドル ウサギが誕生したのであった。

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