ステルス アイドル プロジェクト
「お父様、何もゆかなは有名人になりたいと言っているわけではないのです。これは1つの学校の部活動的なもの。ゆかなの健やかな成長には大変重要なものなのです」
無難な話から徐如林は父、率然者を切り崩しにかかった。
否定しづらい話を最初に持っていくいことにより、この話しを頭から叩き潰されることを回避するためだ。
しかし、率然者はどこか浮かない顔をして首を振った。
先程までと違い、思考が停止しかかっていた。
それはどちらかというと、ゆかながアイドルになって自分の知らない男達に囲まれてしまうのを気にしているようであった。
「徐如林、我々殺し屋が世に顔を晒すことがどういうことなのか分かっているだろう?アイドルになったらゆかなは明日にも殺されるかもしれないのだぞ。それにゆかなを悪いオタクたちが…悪いオタクたちが…」
頭の中が大変なことで一杯になっている率然者を見て、徐如林は自分に流れが来始めているのを感じていた。
「いえ、お父様。お父様は若干勘違いされている部分があります。私もゆかなも篠宮家の血を引く人間です。殺し屋としての誇りは当然抱いております。これは単純な芸能活動ではないのです。ゆかなが殺し屋として高みに達するための修行だと考えて頂ければと…少々お待ち下さい」
徐如林は席を立つと一旦自分の部屋に戻り、手書きの企画書を持ってきた。
表紙の部分には「ステルス アイドル プロジェクト」と大きく書かれていた。
徐如林はPCは使いこなせるのだが、どこにも漏らしたくない情報は全て手書きで資料を作成している。
自分の武力に絶対的な自信を持っている徐如林だからこそ、アナログなものを自分の手で管理しているのが1番安全なのだ。
それは、父、率然者に見つからないためでもあったが、このプロジェクトが実行された時にゆかなが命を狙われる危険性が高まるのは明白で、徐如林は最重要機密事項として「ステルス アイドル プロジェクト」を扱っていた。
あと、もしかすると少しは話題になるかもしれない企画なので、まだ世に出したくないという少し私情が絡んでいる部分もあった。
常に先を読み大局を有利な方に動かそうとする癖が、こういうところにも現れているのであった。
徐如林は率然者に優しく微笑みながら企画書を手渡すと、率然者は怪訝そうな顔をしてそれを受け取った。
「ステルス アイドル プロジェクト?」
率然者は企画書の表紙に書かれたそれを読み上げると、企画書のページを捲り読み始めた。
とても手書きで書いたとは思えない美しい文字で、徐如林が綿密に作りこまれた計画がそこには書かれていた。
「はい、お父様。読みながらで結構ですのでお聞き下さい。ゆかなはあの妖刀兎丸を3歳で抜刀し、今や我々篠宮家の人間でさえ認めざる負えない天才です。しかし、天才であるが故に、今の位置に満足し本当の才能が開花しないということは良くあることです。衆人の前に晒された程度で殺されるくらいであれば、何のために篠宮家は脈々とその技術を継承してきたのでしょうか。そして篠宮家の力とはその程度の物ではないはずです。要はアイドルになったとしても、一切誰からも見つからなければ何も問題がないのです」
徐如林の言葉に誘導され始めた卒然者を見てゆかなは目を輝かせていた。
ここまでくれば、あと一息。
ゆかなは率然者が認めてくれるかもしれないと感じていた。
ゆかなの期待は高まるばかりだった。
「ほお…なかなか良く書けているではないか…しかしだな、ゆかなに目をつけた連中は果たしてこちらの言うことを聞くのかな?」
率然者は徐如林に鋭い視線を投げかけたが、それは徐如林の提案した「ステルス アイドル プロジェクト」を否定するというよりは、どこまで徐如林が先を読んでいるのか試しているようであった。
「ステルス アイドル プロジェクト」を読み進めるに連れて、率然者には予想外の内容だったのだようで、厳しい表情ながらもどこか感心したような面も見え隠れしていた。
「お父様、相手はうだつのあがらない弱小芸能事務所をギリギリやり繰りしているだけの男でございます。こちらのやり方に必ず従って頂きます。それに従わないのであれば、この話はなかったことになるだけです。逆に『ステルス アイドル プロジェクト』に興味を示し、簡単に話に乗ってくることでしょう」
徐如林も事前に独自に調査した情報を交えつつ、自分の言っていることの信頼性を認めてもらおうとしていた。
しかし、実際は徐如林もゆかなをスカウトした男が「ステルス アイドル プロジェクト」を認めるかどうかは半々の確率だと考えていた。
なぜなら男はアイドルというものに異常なまでのこだわりがあり、アイドルに関してだけは妥協しない可能性が高かったからである。
だが今はまず率然者を説得しなくては話にならない。
後のことは考えずに、目の前の敵に集中すべきだと徐如林を思うのであった。
「もしそいつが裏切ったり、ゆかなが殺されそうになったらどうするんだ?」
率然者は一手一手詰めるように徐如林にそう言ったのだが、それは質問というよりは確認であった。
「迷うことなく私がゆかなと篠宮家を守るために全員殺します」
徐如林は予測していた質問に対し、一切躊躇せずその答えを言い切った。
優しい笑顔を浮かべていた徐如林ではあったが、実際にそうなるとゆかなにも悪い影響が出ると考えていたので、なるべくないようにしなくてはと思いつつも、もしそうなったら仕方ないと覚悟を決めるのであった。
「そうか。それなら良い。『ステルス アイドル プロジェクト』の通りアイドルとして活動し、普段の仕事や勉強も今まで通りやるのなら許可する。それからいつもの仕事のように何かあったら必ず報告しなさい。現場での詳細は任せる」
ゆかなが悪いオタクたちに何かされる心配から開放された率然者は、意外とすんなりとそう許可した。
卒然者は「ステルス アイドル プロジェクト」の内容を、ゆかなも篠宮家も危険にさらされることがなく、またゆかなが知らない男にどうにかされる可能性はないものだと判断したのだ。
「ありがとうございます…お父様…」
何とか程よい妥協点に着地したと徐如林は胸をなでおろしていた。
「お父様!ありがとうございますなのです!ゆかなはアイドルも殺し屋も両方頑張るのです!」
ゆかなもアイドルになれるという喜びと、率然者に無理を言ってしまったのに認めてもらったことで胸が一杯になり熱く熱く正義のオーラが燃え上がっていた。
ゆかなはそう言って率然者に一礼すると、嬉しそうに徐如林を見て笑顔になった。
徐如林もゆかなを見ながら優しそうな笑みを浮かべていた。
しかしこの時、まだゆかなは、「ステルス アイドル プロジェクト」が一体何なのか、その詳細を完全には把握していなかった。
直感的というか生まれ持った本能で動くゆかなは、徐如林と比べると詰めが甘い部分がある。
「ゆかなも頑張ると良い。それから徐如林、お前はこれからゆかなの専属マネージャーだ。明日フェンシング部を辞めてきなさい。このままだとオリンピック行きになってしまうしな」
率然者が冷静にそう言うと、徐如林の目のあたりにめっちゃ黒い縦線が走りめずらしく取り乱した徐如林が立ち上がった。
「えっ!そっ、そんなっ!お父様!それはあまりにも急なのでは…」
「そうか?お前達のやり口の方が急なのではないのか?徐如林よ、何かを得るためには何かを失うのだ。それが駄目ならゆかなのアイドルの話はなしだ」
「あああ…わかりました…お父様…」
徐如林は観念した。
つい良い気になって、フェンシングの試合で勝ちすぎてしまったのは、確かに自分に非があった。
そしてゆかなは充分に一般人どころか、一線級の殺し屋でも瞬殺する力があるというのに、ゆかなのマネージャーとして自分が保護者のような役割を命じられたのも若干納得がいかなかったが飲むしかなかった。
しかし、フェンシングの方もそんなに好きではなく、勝つことによって周りからチヤホヤされるのが気分良かっただけであって、そろそろ潮時だとも思った。
それにゆかなも頭の中はまだまだ子供の部分もある。
自分が一緒にいてあげなければ、大変なことになる可能性もある。
そして芸能界という自分が経験したことがない分野で自分の力を振るうのも悪くはないと徐如林は考えを切り替え始めていた。
「それからゆかなのプロデュース権はうちのダミー会社の1つにあるということにしなさい。もちろんこちらの取り分は一切必要ない。その方がこちらの条件を飲むだろう。私がプロダクションの代表で徐如林がマネージャーだ。ゆかなはあくまでもレンタルするだけだ」
「それは助かります。その方が私も動きやすいので…では、私はそのダミー会社のマネージャーということで…」
どうやら率然者も基本的にゆかながかわいいので、ゆかなが喜ぶ様子に突き動かされたのだろう、段々と協力的な姿勢になってきた。
これで篠宮家内での手打ちは済んだ。
母、景都にも、分かりやすく説明しなくてはならない。
めっちゃ真っ赤な正義のオーラを燃え上がらせるゆかなを見ながら、ゆかなをスカウトした男との交渉について徐如林は考え始めるのであった。




