二 初仕事は熱風と共に
「んー、ここだと思うんだけど」
「西第三棟の三号と言っていましたから、ここで間違いないはずですよ」
クロウは聞き覚えのある声を耳にして、開放したままの出入り口へと目を向ける。
午後の厳しい日差しの下、紺色の外套を纏った金髪の少女が一人、手に大きな封筒を持って、出入口前の舗装路に立って建物を見つめていた。また、少女の左肩には白い衣を着た小さな人形が立っており、こちらはクロウがいる駐機場内を覗き込もうとするかのように、両の目を眇めている。
「ま、開いてるから、呼べば出てくるでしょ。おーい、クロウー、いるー」
「今は用事で出かけてますよー」
「あ、そうなんですかー、って、おいっ、クロウっ! 声を変えてもあんただってことくらい、わかるわよっ!」
クロウの茶目っ気のある返答に対し、生ある小人こと魔導人形ミソラは左の拳を振り上げて、大きな声で反応する。ミソラに耳元で叫ばれた形となった少女、シャノン・フィールズは頭を右側に傾けて、声の発生源から距離を取りつつ、困った表情で苦言を呈した。
「み、ミソラさん、叫ぶのは飛んで距離を取ってからにしてください」
「う、ごめん。で、でも、これはクロウが下手な対応をするのが原因でかつ悪いってことで、勘弁してね」
「あはは」
反応に困ったシャノンの苦笑が静かに響く。彼女と同様、クロウも聞こえてきたミソラの物言いに苦笑を浮かべつつ、手に持っていた工具を傍らに置き、駐機場より外に出る。
クロウが姿を現した瞬間、ミソラとシャノンはそれぞれに驚いた表情を浮かべ、小人は一人納得するように満足げな顔で何度も頷き、少女は目を瞬かせながら半ば口を開けて呆けてしまった。
今に至るまで、知人に会う度に驚かれていたこともあって、クロウは慣れてしまっており、常と変わらない様子で二人に声を掛けた。
「ミソラにシャノンさん、久し振り。元気にしてたみたいでよかったよ」
「うん、まー、ぼちぼちね。でも、どっちかっていうと、クロウの方が元気そうっていうか、ちょっと見ない間に、身体つきが良くなってない?」
「そりゃ、どこかの誰かさんが、妙な気を利かせてくれたおかげで、たっぷりと鍛えられたからな」
「あら、不満だった?」
「まさか。……わりと真面目な話、機会と力を与えてくれたことに、感謝してる」
「ふーん、そうなんだ。なら、きっと、誰かさんも喜んでるわ」
クロウの心のこもった感謝の言葉に、ミソラは柔らかく微笑む。
小人が見せる慈母の如き表情を目の当たりにして、照れを感じた少年は痒くなった後頭部を掻きながら、一言だけ付け加えた。
「まぁ、その誰かさんの難点は、事前に話を教えてくれない事くらいだな」
「うーん、私が思うに、知らせないことならではの面白みがあるんじゃない?」
「……やる側が楽しいのは認める」
「でしょ」
ミソラは一頻り楽しげに笑うと、シャノンの頬を突っつく。その感触で我に返ったシャノンは驚きを内に収めると、少年の成長ぶりに少しばかり胸の鼓動を早めつつ、口を開いた。
「お、お久し振りです。その……、クロウ君、なんだか、逞しくなりましたね」
「はは、ありがとう、シャノンさん」
そう言って笑った少年の顔を、三旬前よりも凛々しく引き締まった顔に浮かんだ柔らかい笑みを見て、シャノンの心臓が大きく跳ねる。唐突に高鳴った心音に戸惑い、シャノンは視線をクロウより逸らす。それと時を同じくして、わずかに日焼けした顔に赤みが差した。
もっとも、クロウは外光の眩しさに慣れていなかった為、シャノンの顔が薄い朱を帯びた事に気付かない。ただ、第三者である小人がシャノンの変化を敏感に感じ取って、楽しそうに口元を緩めただけである。
そのミソラがクロウに問いかける。
「ねぇ、クロウ、家の中、見せてくれないの?」
「別にいいけど、昨日、引っ越したばかりで、まだごちゃごちゃしてるけど、それでもいいか?」
「構わないわよ。それともなに? 見られたら困る物でもあるの? 春画とかさ」
「いや、春画って……、お前、簡単に言うけど、ここじゃ嗜好品扱いで庶民の手に届かない代物だぞ。むしろ、実物を一度お目にかかりたいくらいだ」
「あら、そうなの?」
「そう。旧世紀がどうだったか知らんが、春画なんて高嶺の花さ。だよね、シャノンさん」
「……クロウ君、そこで僕に同意を求められても、実に反応に困る所なんですが」
さっきの胸の高鳴りは間違いなく気のせいだと、シャノンは小さな怒りと共に断じた。
クロウが機兵としての居住登録を行い、この機兵長屋への入居を決めたは二日前の事。
翌日には引っ越しが可能と聞いた彼は、引っ越しの準備や知人への挨拶、孤児院への近況報告を兼ねた引っ越し作業手伝いの依頼、夜遅くまでの荷造り等々に精力的に動き回り、結果、先日の内に引っ越し作業を終えた。
そして、今日の午前には魔導機教習所を訪れ、世話になった整備班や見習い整備士達、機付整備士に改めて礼を述べてから、パンタルや装備品一式を受け取り、自宅の駐機場に運び込んだのだ。
こんな具合で始動したばかりの少年の拠点であり、住み始めたばかりの新たな住居に、ミソラとシャノンは足を踏み入れる。客人二人は程良い広さの駐機場内に、それぞれ視線を走らせながら、口々に感想を述べた。
「結構、広いですね」
「そうね。あれがクロウの機体?」
ミソラが指差した先、出入口より入って右側に位置する懸架に、魔導機パンタルが保持されていた。見れば、両足関節部の保護材が外されて、近くの壁に立てかけられている。
また、懸架近くには小さな武器立てが置かれており、柄の長さが一リュートを越える大鉄槌や大戦斧、全長にして一リュート半はある大剣、二リュート長の鉄棍が並んでいた。
クロウもまた、ミソラが指し示す機体、特に自身が先程まで清掃作業していた箇所、剥き出しになった関節部に目を向けながら、質問に答える。
「ああ、パンタルだ」
「へぇ、何度か遠目で見た事はあったけど、こうやって近くで見ると、やっぱりラストルより頑丈そうね。昔見た、個人装甲より戦う為の全身鎧って感じがするわ」
「それに、帝国が使っているゴラネスより、胴体が一回り以上、大きいですよね」
「だろうね」
クロウはシャノンと出会った時に、間近で見た帝国製魔導機を思い出し、相槌を打つ。
ゴラネスとパンタルの違いは、腕部を直接動かすか、間接的に操作するかといった、操縦機構の違いから生じているもので、両者の特色を生み出すものでもある。
一方のシャノンであるが、帝国の魔導機を想起すると同時に、見知った帝国機士の厳つい顔や筋骨隆々な身体つきも思い出し、少し口元を引き攣らせる。帝国の機士や機兵達が逞しいのは認めるが、それ以上に暑苦しいのだ。
少女は短く切り揃えた金髪を横に揺らして、何故か不敵に笑って格好をつける中年男の姿を脳裏より掻き消すと、話題を変えるべく、壁際の保護材に目を向けた。
「クロウ君、整備をしていたんですか?」
「うん、最低限の手入れ位はできるようになろうと思って、練習してたんだ。ま、見ての通りで、精々、砂塵取り程度しかできないけどね」
「それでもいいことだと思いますよ。少しでも自分の手で手入れをしていた方が、機体の状態に意識が向くようになりますから」
クロウはシャノンから肯定的な評価を受けると、軽く頬んで頷き返す。それから、今更のように、シャノンとミソラに引っ越した事を伝えていないことに気付き、口を開いた。
「そういえば、俺、引っ越した事、二人に伝えったっけ?」
「教えてもらってないわ。別口っていうか、ここの二軒隣に住んでる、ウディ・マディスっているでしょ?」
「ああ、マディスさんな」
「ええ、そのマディスが、私とシャノンちゃんの勤め先、第四魔導技術開発室って言うんだけど、そこに所属しているのよ」
「へぇ、そうなのか?」
「そうなの。んで、昨日、マディスが新人機兵が近所に引っ越してきたって話をしていてさ、クロウもそろそろ出てくる頃って知ってたから、詳しい話を聞いたのよ。そしたら、その新人機兵があんただって訳。っていうかさ、クロウ、引っ越したなら、連絡くらい寄こしなさいよ」
そう言って、ミソラは口を尖らせる。拗ね顔を顕わにする小人に、クロウは一瞬言葉に詰まるも、すぐに謝罪と言い訳を述べ始めた。
「いや、悪い。何度か、連合会の本部に顔を出そうかと思ったんだけどさ、ほら、俺、あの人の事、ちょっと苦手でさ」
「あの人って、セレスの事?」
「ああ」
「あんた、セレスの事、苦手なの?」
「え、クロウ君、シュタールさんのこと、苦手なんですか?」
口々に反復された言葉に、クロウは人付き合いの未熟さを再認識させられ、気恥ずかしさから目を明後日の方向へと飛ばす。それから、米神を指先で掻きながら答えた。
「まぁ、その、堅苦しい雰囲気というか、纏ってる空気が、ちょっとな」
「へぇ、意外ね。セレス程の美人なら、クロウ位の年齢だと、気が惹かれると思うんだけど」
「そうですね。僕もそう思います」
「いや、美人なのは認めるけど、逆に美人過ぎると気後れするもんだよ」
「え、そうなの?」
「あー、男っていうか、いや、少なくとも俺はな、美人云々よりも、顔でも仕草でも話し方でもいいから、どこかに愛嬌がある方がって、なんで、こんな話に……」
クロウは自分の言葉に篭り始めた熱で我に返ると、目の前のミソラが先程までの不機嫌顔が嘘のように、金色の目を輝かせていた。付け加えれば、小人と同じく目の前に立つシャノンが何とも言えない顔で視線を彷徨わせている。
「はい、男の子の貴重な生意見、ありがとうございました。どう、シャノンちゃん、参考にしてみたら?」
「あの、そこで僕に話を向けられても、ちょっと答えようがないんですけど」
ミソラの振りにシャノンが困り顔で答えた。
そんなやり取りの後、ミソラとシャノンは駐機場やクロウの乗機を一通り見て回る。とはいえ、魔導機関連を除けば、駐機所に置かれているのは、クロウがグランサー時代に使用していた背負子やシャベル、ロープといった道具しかなく、五分程で巡り終わる。
そうなると、二人の興味は奥にある閉ざされた場所、住居へと繋がる扉へ向かい、揃って少年の顔を窺うようにちらちらと視線を向けてくる。クロウは二人の期待が込められた視線に根負けして、苦笑しながら申し出た。
「さっきも言ったけど、奥は荷解きが中途半端でさ、まだ散らかってる状態なんだけど、それでもいいなら見てみる?」
「おお、クロウ、わかってるわね」
「その、差支えがなければ」
「はは、見苦しいだけで、別に見られて困る物なんてなにもないし、まぁ、どうぞ」
クロウは二人を案内する形で扉を開き、住居に入った。
室内はクロウが言う程に乱雑ではない。いや、より正確に表せば、部屋の中央に置かれた三つの木箱や麦わらの編みかごの周辺は服や日用品の類が散らかっているのだが、部屋の広さがその印象を打ち消しているのだ。
「へぇ、こっちも広いわね」
「そうですね」
早くも背に輝く羽を展開して、中空に飛び立ったミソラの声に応じつつ、シャノンはクロウの私物にはできる限り目を向けないようにしながら、上り口より室内を見渡す。
左手に集中している水回りには必要最低限の生活用品が配されおり、早くも生活感を漂わせ始めている。また、右手奥の一画には、寝台や小型の机に加えて、箪笥が一つ設置されているのだが、ほとんど物も置かれていない室内ということもあってか、妙な存在感を醸し出していた。
まだまだ物が少ない室内に目を向けていたシャノンであったが、寝台を視野の中心に収めた際、遂、目の前の少年が寝ている姿を想像してしまい、収まっていた鼓動が再び高鳴る。
それは別に邪まな想像でもなかったのだが、速まった鼓動を変に意識してしまった少女は、大慌てでクロウの寝姿を掻き消そうと首を振る。だが、今回は本人が近くにいることが刺激になったのか、中々に消えない。
これはいけないと彼女が目線を他方に変えると、入浴施設と思しき場所、その入り口前に置かれた棚に大きなタオルがあることに気付いてしまった。自然、少年の湯上りを連想して、即座に、少女は激しく首を振った。そして、おかしな想像を続ける自分自身に頭を抱えた。
クロウがシャノンの不可解な行動を不思議に思って見ていると、室内を飛び回っていたミソラが話しかけてきた。
「ここ、クロウ一人には広すぎるみたいね」
「まぁな。実際、あそこの一画だけで事足りてるし、他の場所や二階をどう使おうか悩んでる位だよ」
「あの階段の上?」
「ああ、二階も一階と同じ広さ」
「はー、確かに、全部を使い切るのも難しそうね」
クロウは肩を竦めて応じつつ、先日、引っ越し作業の手伝いに来た孤児院の後輩にも同じことを言われた事を思い出す。それと同時に、一人の少女の事も……。
独り立ちする際の元手を稼ごうと、手間賃を得るべく手伝いに来た三人の院児達の中には、クロウに一つの出会いをもたらし、今に至る切っ掛けを与えた少女がいた。
クロウはその少女の事情を知るだけに、当初こそ、どう接するか悩んだのだが、相手の反応から顔や事情を知られていないと判断し、初対面の立場で通すことにした。その為、他の見知った面子とは異なり、少女とは当たり差支えがない話に終始したのだが、表面上は、クロウの馬鹿話や仲間の冗談に笑顔を見せる程には気持ちを立て直しているようであった。
クロウが少しだけ係わった少女の事を思い返していると、ミソラが彼の面前まで飛んできて、真面目な顔で話しかけてきた。少年は意識を切り替え、宙に浮かんでいる小人へと目を向ける。
「クロウ、今、仕事の予定とかある?」
「まだない。今はマッコールさんに頼んで、仕事がないか探してもらってる所」
「ほうほう、ちゃんと手を打ってるんだ、感心感心」
ミソラの褒め言葉を耳にして、背中にむず痒さを覚えたクロウは話を進めるべく、質問の意味を問うことにした。
「それで、仕事の予定っていうのは?」
「うん、うちの開発室で作った試作品を試験をすることになったんだけど、手伝わない?」
「試験の手伝いって、魔導機を使うのか?」
「ええ、魔導機用装備の実験よ。元々の予定が明日なんで、急な話になっちゃうけど、どうかしら?」
八日まで特に予定もないクロウにとっては願ってもない話であった為、一も二もなく頷きかける。が、仕事の内容や報酬といった事を聞いていないことに気付き、その点を訊ねた。
「場所はどこでするんだ?」
「エフタから離れた場所でやる予定よ」
「試験内容は?」
「試作した武装の稼働実験と防具の耐用試験」
「危険性はどれくらいある?」
「うーん、試作品の試験で、かつ、市外でやるから、安全とは言い切れないわね。それに、もし蟲が近づいてきたら、それを排除するのも仕事になるかしら」
「そりゃ、そうなるな。それで、報酬は?」
「三千位を考えているんだけど」
瞬間、現在の懐状況について頭を巡らせてから、クロウは口を開いた。
「ミソラ、報酬は半分の千五百でいいから、試験でパンタルが壊れた時の補償が欲しい。できないか?」
「おー、なるほど、補償かぁ。うー、むー、それなら、原状回復……、基本、パンタルを元通りに直すって事で構わない?」
「ああ、動かせるように直してくれるなら」
「まぁ、初仕事で仕事道具が使い物にならなくなるのも困るでしょうね。うん、わかった、私とクロウの仲だし、その案を飲むわ。シャノンちゃん、契約の書類を……、シャノンちゃん?」
「うぁあっ」
ミソラの声に、頭を抱えていた少女が驚きの声を上げた。初めて見る姿に、クロウは目を丸くする。他方、ミソラは、この子、私が考えている以上に男に対する免疫がないのかしら、等と考えながら、指示を出した。
「えーと、明日の試験、クロウが手伝ってくれることになったから、契約の書類を出してくれない?」
「は、はいっ、わかりました、すぐにっ」
何故か狼狽えた様子を見せるシャノンに、クロウは首を捻り、ミソラは苦笑を浮かべたのだった。
* * *
一夜明け、第三旬の五日。
クロウは待ち合わせ場所となった機兵長屋近くの岸壁で、駐機状態にしたパンタルの傍らに立って空を見上げている。常と変らぬ青さが広がる空を、東方より光陽が輝きを増しながら昇っていき、降り注ぐ日差しも強まっていく。それを証明するように、時折、砂海より吹く風も熱を帯び始めていた。
少年は視線を地上に戻し、少し離れた場所にある埠頭へと向ける。岸壁より長く迫り出した埠頭には、今日も魔導船が接舷し、荷物の積み下ろしが行われていた。起重機が物を満載した荷台を船上へと運べば、木箱を持ったラストルや陶甕を背負った人足達が斜路を行き来している。
その光景をぼんやりと眺めていると、後方より擦れ合う音を伴った重い響き、魔導機の歩行音を耳にして、クロウは背後を振り返る。手に大戦斧を持ったパンタルが一機、近づいてくる所であった。
そのパンタルの搭乗者もクロウに気が付いたようで、機体の伝声管より重い声が聞こえてくる。
「おぅ、早ぇな」
「マディスさん、ですよね?」
「おぅさ。昨日、室長から話は聞いた。今日の試験を手伝ってくれるってな」
「ええ、まだ組合に仕事を探してもらってる状態で、こっちも手が空いてましたから」
「はっ、そうかい。ま、よろしく頼むわぃ」
マディスの乗ったパンタルはクロウの機体の隣に並ぶと、駐機姿勢を取って前面部を開いた。そして、中から髭面の厳つい男、マディスが降りてくる。マディスもまた、クロウと同じく赤錆色の機兵服を着ていた。
マディスは両肩や首を解すように回してから、後輩機兵に話しかけた。
「しかし、おめぇさん、室長達と知り合いだったぁ、まったく知らなんだわ」
「こっちもですよ。マディスさんとミソラ達が同じ職場だったなんて、想像もしてませんでした」
「ははっ、ま、こういう縁もあるわなぁ」
そう言って、マディスは口元を歪めて見せると、色濃い赤髭を撫でながら言葉を続ける。
「それでぇ、今日の試験について、室長からどこまで聞いとる?」
「エフタ市から離れた場所で、試作武器の稼働実験と防具の耐用試験をする、とは聞いてます」
「ああ、それであっとる。まぁ、細けぇことは移動中に説明するが、やるのは試作した魔導機用魔導銃の試射実験と斥力盾っつう新型防護具の耐用試験だ」
「なんか、色々と開発しているんですね」
「まぁな。だがぁ、こういった装備品の試験をしようにも、本式の免許持ちが俺しかおらんでよぉ、もう一人くらい機兵の手が欲しいと思っとった所よ」
「そこに丁度、俺が引っ越してきたと」
「おぅさ。おめぇさんのことを室長に伝えて、雇ってもらおうかと考えとったら、実は知り合いだって話で、とんとん拍子って奴さ」
なるほどと、クロウが頷いた所で、停泊地北側より一隻の魔導船が姿を現し、彼らがいる岸壁に近づいてきた。停泊地内ということもあってか、ゆっくりと進む魔導船であるが、全長三十リュート程の細長い船体は見る者に鋭敏な印象を与えている。
「おっ、来たようだの」
「バルド級、ですか」
「ああ、本部保有の多用途船でな、今回の試験の為に借りたもんだ」
クロウ達が話をする間にも、バルド級は両舷主翼下に設置された推進プロペラを巧みに操って回頭し、徐々に速度を落としながら、船尾を岸壁近くに寄せていく。そして、船底のソリが泊地の砂に接地して滑る音が聞こえてきたかと思うと、クロウ達の近くにある岸壁に、もう一押しで船尾に備えられた緩衝材が接しそうな距離で停船した。
「ほぅ、中々の腕だな」
マディスが上げた感嘆の声に、クロウが首肯していると、船尾の斜路が降ろされ、数人の船員が固定作業を始めた。その合間を青い上着を着た線の細い男が一人通り抜け、クロウ達の元にやってくる。
マディスは近づいてくる眼鏡をかけた男に手を上げて挨拶を送った。
「よぉ、今日は良い実験日和になりそうだなぁ、バジルよ」
「ああ、そうだね、マディスさん。それで、そちらの彼が、例の?」
「おぅさ、例の新人機兵よ」
血色の悪い男は無造作にのびた茶色い長髪を揺らして、クロウに顔を向ける。そして、レンズ越しにクロウの全身を見回した後、穏やかな微笑みを見せながら名乗った。
「初めまして、僕はロット・バゼルです。マディスさんと同じく、第四魔導技術開発室に所属しています」
「あ、どうも、初めまして、クロウ・エンフリードです」
「昨日は突然の話を受けてくれて、ありがとうございます。あなたに参加してもらったおかげで、今日の試験は円滑に運べます」
「いえ、こちらこそ、仕事をもらえて助かりました」
クロウの財布の中身は、三旬に渡って収入がなかったことに加え、魔導機教習所で差し入れをしたり、引っ越し作業で手間賃を払ったりした事もあって、三千ゴルダを切っている。
無論、砂海金庫にある程度は預けているが、怪我や病気といった非常時に備えての物なので、財政状況に余裕がない状況なのだ。
「それで、今日の試験については聞いてますか?」
「ええ、マディスさんから何の試験をするかは聞きました。後、細かい話は移動中にするとも」
「そうですか、なら、説明は後でさせてもらいます」
バゼルはそう言うと、マディスに目を向ける。
「マディスさん、室長達は?」
「まだ……、いや、もうすぐ着きそうだ」
マディスの視線の先、港湾門方向より装軌式の魔導機回収車が一台、近づいてくる所であった。
回収車はクロウ達のパンタル近くで停まると、古めかしいラストルを載せた荷台からミソラを肩に乗せたシャノンが、車体前方にある運転席からは目付きの悪い男が降り立った。
「どうやら俺達が最後みたいだな」
「そうみたいね」
ミソラと一言二言言葉を交わした鋭利な目を持つ男は、身に纏った赤い外套を風にたなびかせつつ、クロウ達に近づいてくる。そして、撫で上げた髪を一度掻き上げた後、口を開いた。
「待たせたか?」
「いや、それ程でもないよ」
「ああ、俺もさっきだ。それに、一番最初に来とったのは、こいつだしなぁ」
バゼルとマディスがそれぞれに答え、髭面の機兵は更に目でクロウを示す。それに凶相の男は頷くと、クロウの目を睨むように見つめながら、話しかけてきた。
「俺はガルド・カーンだ」
「クロウ・エンフリードです」
互いに名乗り合ってからじっと見つめ合う事、数十秒。
以前のクロウならば、そこはかとなく恐怖を感じて緊張していたであろうが、命賭けで甲殻蟲との潰し合いを経験した為か、恐れを感じることは無かった。
とはいえ、初っ端から睨み合いのような対面となると、どういった意味があるのかと、困惑はしてしまう。こちらから何か話した方がいいのだろうかと、クロウが考え始めた所で、カーンは頬を緩めて面白そうに話し出す。
「はは、機兵ってのは本当らしいな、俺の目を見てもちっとも焦りやがらねぇ」
「特に敵意や害意みたいなのは感じませんでしたから」
「おっと、室長の知り合いだけあって、中々言うな。ま、とにかく、今日の試験、よろしく頼むぜ」
カーンは不敵な笑みを浮かべて言い残すと回収車へと戻っていく。代わってクロウの前に現れたのはシャノンと、その左肩に立っているミソラである。
「や、クロウ、今日の試験、よろしく」
「今日はよろしくお願いしますね、クロウ君」
「ああ、こちらこそ。できるだけ、言われた通りに動けるように頑張るよ」
クロウが二人と言葉を交わす間にも、カーンが乗り込んだ回収車が再び動き出し、バゼルの誘導でバルド級へと向かう。また、マディスもパンタルへの搭乗を始めていた。クロウは視界の隅でそれらを認めると、二人に告げる。
「俺もパンタルに戻るよ」
「わかった。乗船はこっちから指示を出すから、それに従ってちょうだい」
「了解」
クロウは足早く自機に戻り、搭乗準備を始める。彼の動きは手早く、乗り込んでから十秒程で機体の腕を動かして、上半前面部を閉ざした。
「へぇ、結構、様になってるじゃない」
「そうですね、動きに淀みがないです」
二人が感心する間にも、クロウの機体は固定していた固着器を引き上げ、バルド級の斜路近くで待機するマディス機が立つ場所へと移動し始めた。
その様子を見届けると、ミソラは口元をにやけさせつつ、シャノンに囁く。
「ああやって見てみると、クロウも中々、カッコいいじゃない」
「え、えーと、ミソラさん、何を急に?」
「んー、いや、シャノンちゃん的には、クロウはどう映っているのかなぁ、って思ってさ」
「……僕は同世代の比較対象をあまり知らないので、判定できません」
「あら、そうなの?」
「ええ、帝国にいた頃は研究ばかりしていて、同世代の男性とはあまり接してこなかったので」
「ほぅほぅ、そうなんだ」
「はい、そうなんですよ」
ミソラがシャノンの目を覗き込もうとすると、シャノンはミソラの目から逃れるように視線を逸らす。その反応に、ミソラは笑みを深めて言い放った。
「なら、クロウで慣れたらどう? あいつも同世代の女には慣れてないみたいだしね」
「う……、その、か、考えておきます」
「うんうん、もし困ったことがあったら、おねーさんに相談してちょうだい」
「わかりました」
「よし、私達も行きましょうか」
「はい」
若干、顔が赤く見えなくもない少女は何やら楽しげな様子の小人を乗せて、バルド級に向かって歩き出したのだった。
* * *
クロウ達が後甲板に乗り込むと、バルド級は斜路を引き上げ、両舷主翼下にある推進プロペラを始動させ
た。指定された場所にパンタルを駐機させたクロウは、プロペラを動かす回転盤の低い唸りに似た音を耳にしながら、甲板より降り立つ。それとほぼ時を同じくして、船体が浮かび上がる感覚を身体で感じ取った。
少年は港内の光景が動き始めるのを横目に見ながら、乗船の際に言われていた通りに、シャノンやカーン達が集まる回収車の傍へと向かう。
クロウを除けば全員が揃っているようで、彼が合流したのを確認すると、シャノンの左肩に立つミソラが口を開いた。
「皆揃ったわね。じゃあ、これからの事だけど、初顔のクロウもいるから確認を兼ねて、試験内容と役割分担から」
ミソラは真剣な表情で言い置くと、はきはきとした声で話し始めた。
「今日は試製一型魔導機用魔導銃の試射と量産試作型斥力盾の耐用実験を実施します。試験の順番は斥力盾の耐用実験、試製一型の試射の順になるわ。試験での役割分担は、実施がマディスとクロウ、観測と評価はカーンとバゼル、記録はシャノンちゃん、監督が私ね」
それぞれが頷くのを見て、ミソラは更に続ける。
「次に試験場に到着するまでだけど、マディスとバゼルは試作品の最終点検、シャノンちゃんはクロウに試作品の簡単な解説と操作方法の説明、私とカーンは船長に改めて挨拶に行って、試験中の周辺監視をお願いしてから点検に参加って所かしらね。で、試験場に着いた後は、実施役の二人は魔導機に搭乗して、他は全員でこの回収車に乗って、砂海に降りるわ。それから、各々に割り振った準備作業をして、試験を開始するといった流れね。……何か質問はある?」
準備作業の割り振りを聞いていないクロウは手を上げて、その点を質問する。
「ミソラ、試験の準備作業中、俺はどうすればいい?」
「準備作業に限らず、砂海に降りた後は、基本、マディスの指示に従って動いてちょうだい」
「わかった」
クロウはミソラの声に応え、マディスに目を向ける。髭面の男は厳しい顔でしっかりと頷いた。
「他にないかしら? ……よし、始めましょう」
ミソラの声を受け、各人が動き出した。
ミソラとカーンが船体中央に位置する船橋に向かうと、マディスとバゼルが回収車の荷台に上り、試作品の荷解きやラストルの点検を始めた。
クロウが作業をする二人の邪魔にならないよう、車体の左脇より荷台を覗き込んでみると、薄汚れて傷だらけのラストルの他に、長さ一リュート半を越える筒状の物体が置かれていた。マディスが包みを解いている長大な筒は、真ん中程に取っ手のような物を有し、一端は大きく膨らんでいる。
次にバゼルが取り付いているラストルに目を向ける。左腕部に直径五十ガルド程の円形をした盾状の物体が、右大腿部に縦長が二十ガルド、横長が十ガルド位の長方形をした物体が、それぞれ取り付けられており、バゼルが円形盾の接続部を点検していた。
クロウが先に聞いた試験内容から、各々の物体に当たりを付けていると、隣に立ったシャノンが話しかけてきた。
「ええと、クロウ君、説明を始めていいかな?」
「あ、うん、お願いします」
クロウがシャノンに視線を向ける前に、少年然とした金髪の少女は早くもラストルの右脚を指差して、説明を始めた。
「じゃあ、まずはこの防護具から。これは試作一四型脚部用斥力盾と呼ばれる魔導機用防護具で、防護対象の周辺……、このプレートの外側に斥力場、ええと、力をはね返す空間を形成して、攻撃を受け付けなくしたり、軽減したりするものです」
「それって、攻撃をはね返すってこと?」
「はい、急速に接近する対象を感知して、自動的に斥力場を展開します。けど、実際には、必ずしもはね返すという訳ではなくて、力の大きさや入り込んでくる角度によって、受け止めたり、逸らしたり、勢いを軽減したりと、いった具合になりますね」
クロウはなんとなくわかったような気になりながら、ラストルの左腕部を指し示す。
「なら、あれも?」
「ええ、そうです。あの左腕に付けられているのは、試作五二型腕部用斥力盾と呼ばれる物で、先程言った試作一四型と同様の仕組みを備えています。違いがあるとすれば、防護範囲と任意に展開できるどうかといった所でしょうね」
「へぇ、防護範囲はどれくらい違うの?」
「一四型が足の側面を主に、この膝下から足の付け根までを守るのに対して、五二型は斥力盾の中心から半径一リュートの円状に斥力場を形成します」
「なるほど。じゃあ、任意に展開できるっていうのは?」
「そうですね、ちょっとここからだと見え辛いかもしれませんが……、クロウ君、あそこ、見えますか?」
シャノンはラストルの左腕部に付けられた盾の裏側を指差す。だが、クロウが立つ場所からは見えず、シャノンの傍らによって、覗き込もうとする。
シャノンも半身を下げて、クロウが見えやすいように半分場所を譲った。が、その直後、この態勢だとすぐ傍に、というよりも触れるか触れないかの距離に、クロウが立つという事実を意識してしまい、言葉に詰まってしまった。
そのまま十秒程、時が流れる。
待てども一向に説明が始まらない事を不審に思い、クロウは後ろを振り返ろうと身動ぎする。その動きが少年の体臭を少女の鼻腔に運び、シャノンは少年との距離を更に意識して動揺する。
クロウを異性として意識してしまい、顔だけでなく首筋から耳まで赤く染めて、大いに狼狽するシャノン。
その彼女を救ったのは、盾の点検をしていた眼鏡の青年であった。彼は同僚の少女が顔を赤くして固まっていることに気付くと、微笑みと共に助け舟を出した。
「ああ、ごめんごめん、ちょっと、僕が邪魔だったみたいだね。ええと、切り替えはここだね。ここに回転スイッチがあって、停止状態から、常時展開と反射展開とを選べるようになっているんだ。で、これが魔力残量計だね」
「ああ、その位置だと、展視窓から見えますね」
「うん。やっぱり魔力残量が見えないのは不安だって、マディスさんがね」
バゼルがクロウの疑問に答えると、長大な筒こと魔導銃を触っていたマディスが顔を上げ、野太い声音で口を挟んだ。
「そりゃ、おめぇ、盾っつうもんは命を預けるもんだぞ? 扱う奴が不安に感じる要素はできるだけ取り除かんといかんだろう。こいつの斥力場は、ただでさえ、薄っすらとしか色が見えねぇ仕組みなんだからな」
「え、斥力場、でしたっけ、見えにくいんですか?」
「あぁ、元々は無色っつーか、透明なもんらしいが、それじゃあ、現場の機兵連中は本当に守られているかどうかわからねぇから、当然、安心も出来ねぇ。だから、室長に意見して、薄っすらと色を付けてもらうようにしたのよなぁ、フィールズよぅ」
「あ、は、はい、そうです。色と言いますか、薄っすらと光を帯びるよう、術式に組み込みました」
シャノンはマディスの太い声で我を取り戻すと、弾かれたようにクロウから一二歩と距離を取って答える。それから、静かに呼吸を繰り返すことで早い鼓動や騒ぐ心を鎮め、平静を装ってクロウに話しかけた。
「では、この試製一型魔導機用魔導銃について」
シャノンは再びクロウの隣に立ち、マディスが点検をしている魔導銃を示す。
「魔導銃は以前より開発が進められているのですが、使用する術式が不完全、というよりは、大本の所がどうしても改善できずに、魔力消費量が大きくなってしまい、実用に向いていないとされていました」
今まで縁がなかった世界であり、まったくもって知識を有していないだけに、クロウはそうなのかと聞き入ることしかできない。
「今回、試作されたこの魔導銃はミソラさんが一から術式を構築したもので、従来の魔導銃よりも消費魔力量を大幅に軽減することを目的として作られました」
「魔力の消費量を減らすって、具体的には、どれくらい違うの?」
「そうですね……、従来の魔導銃だと、魔力弾一発を発射するのに大体二十アウザルツ程必要だったんですが、ミソラさんが組み上げた術式が上手く機能すると、四アウザルツまで抑えられるはずです」
「へぇ」
魔導関連の知識がないクロウには、それがどれ程凄いことなのか、理解できない。精々、ミソラが頑張って、魔力消費を五分の一にしようとしたのか、程度の認識である。
説明役のシャノンもまた、クロウが本当の所で理解できていない事にもどかしさを感じるも、努めて冷静に話し続けた。
「次にこの魔導銃の使用方法ですが……」
少し離れた場所で、シャノンがクロウ相手に説明している姿を見る者達がいる。船長への挨拶を終えた、ミソラとカーンだ。内一方である目付きの悪い男は、少年少女の立ち位置や仕草から何事かを悟ったらしく、口元を緩めて、隣に浮かぶミソラに話しかけた。
「フィールズの嬢ちゃん、あの坊主にお熱かい?」
「さて、深い所まではわからないけど、意識してるのは確かね」
「なら、あんまりからかってやるなよ? あの年頃は結構、過敏だからな、室長さんよ」
「別にからかってはいないわ。二人して異性慣れしてないから、慣らす為に突いてはいるけどね」
「そいつはまた、趣味の悪いこって」
そう言って肩を竦めて見せると、カーンは回収車に向かって歩き出す。後に残ったミソラも、確かに我ながら趣味が悪いと自嘲の笑みを浮かべた。
そして、風に乗って聞こえてきた魔導銃という言葉に、魔導銃開発を要望されたセレス・シュタールとの会談を思い返す。
それは、セレスが第四魔導技術開発室を訪ねてきた日より三日後の事。
ミソラがシャノン宛てに届いた生理処理用品の礼を述べるべく、セレスの執務室を訪問した所、対甲殻蟲用の武装として、魔導銃の開発を依頼されたのだ。
ミソラは話を聞いた後、ある懸念を胸に青髪の麗人へ問いを発した。
「今は世の中が世の中だから、対甲殻蟲用に魔導銃を作る事自体は反対しないというか、受けるつもりだけど、セレスはさ、仮に蟲を駆逐できたとして、その後がどうなるか考えてる?」
「無論です」
「なら、あなたの予想を聞かせてくれない?」
一息の間の後、セレスは静かに答えを口にする。
「甲殻蟲を駆逐した後は、今以上に、人同士が相争う時代になるでしょう」
そう言い切って、麗人は微かに灰色の瞳を曇らせた。その様子を見つめながら、ミソラは更に問いを重ねる。
「不倶戴天の敵、人の天敵たる甲殻蟲を滅ぼした後は、また、人同士が殺し合いをする時代になる。人の天敵は人である、なんて、そんな時代になる。……ねぇ、同族が殺し合う状況になるのに、蟲を駆逐する必要って、本当にあるのかしら?」
「ええ、それでも、駆逐するべきでしょう」
「どうして?」
「今現在においても、いえ、甲殻蟲が姿を現した当初から……、違いますね、断罪の天焔よりある程度の時を経て、人類が新たな秩序を構築しようと動き始めた時であっても、人は人同士で争っているのです。この事実を前にしますと、人同士で争わなくて済むように、人や社会が変化するよりも、甲殻蟲という脅威を駆逐する方が遥かに現実的だと、私は考えています」
「……そっか。旧文明が壊滅した後の事も、記録が残っているのね?」
「ええ、大災禍の影響が小さくなり、社会の復旧や復興に力を向けられる状況になった頃に、力を持った都市が十五都市戦争なる争いを起し、再建の主導権を争ったとあります。その結果、幾つかの都市が貴重な知識や技術と共に滅びましたし、甲殻蟲が勢力を拡大するのを見逃してしまい、人が市壁の内側に押し込められる状況を生み出すことにもなりました」
セレスは憂い顔を浮かべ、小さな溜め息をつく。
「ですが、今も昔の事を笑えません。現状、人類社会は安定しているようで、水面下での争いが続いています。先の帝国と同盟の争いは、それが表面化したにすぎません」
「なら、そこに魔導銃を放り込んだら、どうなるかも想像がつくわよね」
「ええ、遠からず、それが使われる戦場が生まれることになりましょう」
ミソラはセレスの言葉に頷き、改めて意思を問う。
「それでも、セレスは魔導銃を作れと言うのね?」
「はい。問答が通じない蟲よりも意思の疎通ができる人類を相手にする方が、まだ争いを回避できる可能性がありますから。もし、あなたの言葉を借りるなら、人の天敵は一種で十分、ということです」
「ふふ、消極的な選択の結果、って感じね」
「かもしれません」
同意するように応じたセレスの顔には、寂しい笑みが浮かんでいた。
話の最後にセレスが見せた寂然とした表情を思い出しながら、ミソラはクロウとシャノンへ目を向ける。両者の顔には、年相応ともいえる純な表情が滲み出ている。
いらないお世話かもしれないけど、頑張ってるあの子にも、ああいう顔を浮かべさせてあげたいものね。
そう心中で独語した後、ミソラはそれなりに賑やかな様相を見せる場所へと飛んで行った。
* * *
エフタ市より南西に一時間程進んだ後、バルド級は大きな岩塊や瓦礫を避けて着陸し、クロウと第四魔導技術開発室の面々、更には試射の標的といった資材を砂海に降ろした。
場所柄、安全が保障されないだけに、彼らはミソラの指示の下、ラストルを立たせて固定したり、距離を測って的を設置していったり、観測用測定器や記録機器を用意したりと、試験の準備を手早く整えていく。
全ての準備が三十分もしない内に整うと、ミソラはクロウ達を集め、張りのある声で宣した。
「これより試作一四型並び試作五二型の耐用試験と試製一型の試射実験を開始します! まずは五二型からよ! 各人、所定の位置に!」
その声を受け、クロウとマディスが乗ったパンタルが、ワイヤー等を使って大地に固定されたラストルの前に進み出る。また、その斜め後方に停められた回収車の傍らでは、カーンとバゼルが記入板片手に真剣な顔で見つめ、シャノンが三脚で固定した光学記録装置で全てを記録するべく構えた。
彼らが見守る中、前へ進み出た二機のパンタルであるが、早速、マディスがクロウに指示を出した。
「エンフリード、五二型は任せらぁ。そんで斥力盾がどんなもんか、自分の腕と目で確かめてみな」
「わかりました。五二型って事は、左腕を狙えばいいんですね」
「おぅ、まずは当てる程度に、振り上げの一撃だ」
「了解です」
クロウは持ってきた大鉄槌を両手に構え、左腕を若干前に出して、防御姿勢を取るヘストルの前に立つ。
「よーしっ! クロウ、一撃目よっ!」
ミソラの声に促され、クロウは確と盾を見据え、踏込みと共に大鉄槌を下段より斜め上に振り上げた。
「おぅえぇっ?」
それはクロウに奇声を上げさせるに足る出来事。
クロウが振るった大鉄槌、その柄の先にある槌頭が盾の中心を目指して突き進んでいた所、唐突に、ぼやけた光の膜が広がったのだ。そして、槌頭が光の膜の不可思議な感触をクロウの身体に伝えた頃には、力の方向は目標より逸らされて、盾の上方を盛大に空振っていた。
「おっと、これは、中々の空振りだな」
「うん、上手く撮れてるといいね」
実に見事な空振りに、試験評価する二人が口々に感想を述べながら、記入板に評価や所感を書き込んでいく。
一方のクロウは一度距離を取って、後方のマディスに対し、驚きの言葉を口にしていた。
「これ、凄いですね。なんていうか、堅柔らかいって言ったらいいのかな? 不思議な感触が伝わってきたと思ったら、逸らされていました」
「ははっ、今のは出来過ぎの部類だわなぁ。まぁ、これで、おめぇさんも斥力場の効力を体感できたろう。後は、おいおい、こいつの弱点みてぇなもんもわかってくるさ」
クロウがマディスの言葉の意味を理解するのは耐用試験の終わり、全力での打撃を開始した時であった。それまでは盾本体に届く前に力の方向を逸らされたりしていたのが、打撃が届くようになったのだ。結果、表面の焼成材装甲が割れ、真皮とも呼べる鋼材装甲が緩衝材を滴らせながら現れた。
その鋼材装甲も最後の一撃を受けた事で大きく凹み、ラストルの腕関節が悲鳴を上げる。また、これと同時に内部の装置が破壊されたのか、斥力場も消え去った。
「はい、終了っ! クロウ、お疲れ様っ! マディス、次の一四型はお願いね!」
「おぅ!」
ミソラの声に応じた後、マディスが戻ってきたクロウに話しかけた。
「どうでぃ、わかっただろ?」
「ええ、あの感触を作り出す力以上の力があると届くってことですね」
「ああ、そういうこった。今の性能だと、ラティアの脚で殴られることにゃあ耐えられるが、体当たりには耐えられんだろうな」
「それでも、凄いと思いますけど」
「ああ、確かに凄ぇことだが、まだ機兵を助けるには足りねぇさ」
そう言い残して、マディスはラストルが置かれた場所へと歩いて行った。
斥力盾の耐用試験は予定内容を順調に消化し、光陽が中天に届く前に終了した。特に問題もなく進んだことに安堵したのか、指示を出すミソラの声も落ち着き始めている。
「よし、試製一型の試射を始めましょう。マディス、射手はクロウに任せて、あなたも観測評価に参加して」
「んんっ? 初撃ちだけに危険も考えられるが、本当にいいのかぁ?」
「ええ、いいわ。というか、外から見て危ないと思ったら、即座に止めてちょうだい」
「わかった。ならぁ、パンタルの中で近くから観測すらぁ」
「頼むわね」
ミソラは北より吹き付けた熱風に目を細めつつ答えた後、回収車の荷台に乗せられたラストルへと目を向ける。機体は左側がほぼ無傷であるのに対し、右側は側腰部や足首部に損傷が多い。これらは全て、一四型によって脚部より逸らされた結果であった。
小人の少女が損傷箇所を見つめながら、腰部に追加装甲を付けた方がいいかもしれない等と考えていると、傍らで試験を記録していたシャノンが声を上げる。
「いよいよ、魔導銃ですね」
「そうね」
言葉少なに応じたミソラは、少しばかり不安を抱えている。
その不安の源は、魔導銃が撃ち放つ弾、魔力弾を形成する魔術式に、確たる自信を持てない故にであった。
そもそもの話、魔導銃が実用化できないのは、武器として一番重要となる魔力弾の形成……攻撃用術式を込めた魔力の塊を形成する事が難しい点にある。
これは魔力が持つ『媒体なしに収束させる事が難しい』という性質に由来する物であり、開発当初より今現在に至る百年以上の間、魔導銃の開発に携わる者達を苦悩の渦へと引き込んで溺れさせている大問題である。
それ程の難題だけに、余人よりも魔法の知識を有し、多くの魔術式を知っているミソラであっても、確実に機能するとも絶対に安全だとも言い切れないのだ。
ミソラはマディスのパンタルより試製一型を受け取っているクロウの機体を見つめる。
彼女が危険の伴う試験、その実行役に赤髪の少年を選んだのは、クロウならば何があっても大丈夫だという、魂の囁きとも直感とも呼ばれる物に従った結果である。
クロウなら大丈夫だと、ミソラが心中で念じるように呟いた所で、ふと、今更ながらに、試射自体は人の手じゃなくてもできたんじゃないか、との思いが湧き起こってきた。それと同時に、背筋や首筋に冷たい物を当てられたような、怖気が全身を駆け巡る。
俗に言う嫌な予感を感じて、ミソラは試験を中止しようかと考える。けれども、理由がない状態で中止にするのは流石に難しく、厳しい顔で時を待った。
一方、ミソラの視線の先にいるクロウは、試製一型の大きく膨らんだ銃床を右肩に担ぎ上げ、銃身の中程にある銃把を握りしめていた。
傍らで持ち方の指導をしていたマディスはクロウの持ち方に不具合がないと判断すると、後輩に言い聞かせるように話し出す。
「エンフリードよぅ、今、おめぇさんが担いでるのはぁ、初めて組み上げたばかりの試作品で、どんな不具合が出るかわからねぇ代物って奴よ。おかしいと思った時や俺が大声を上げた時はぁ、かまわねぇから放り捨てろ」
「え、そんな扱いでいいんですか?」
「ああ、こんなもん、また作りゃあ良いだけだからな」
そう言い置いて、マディスはクロウの機体から距離を取り、ミソラ達に準備が整った事を告げる。これを聞いたミソラは様々な思いを心底に押し込め、大声で指示を出した。
「試製一型の試射を始めます! 射撃姿勢、構え! 安全装置、解除!」
クロウはミソラの指示に従い、両足を前後に開き、膝を軽く曲げて姿勢を安定させると、左手で銃身脇の設けられた摘まみを回転させる。
「目標、一番標的!」
その声に合わせて、少年は百リュート程先に立てられた、一の数字が描かれた標的に照準を合わせる。
「撃てっ!」
大声に押され、引き金を引く。
途端、銃口より光が尾を引いて飛び出した。一つ数える間に、光の矢は目標に命中するや弾け、標的もまたばらばらに砕け散った。
開発室の面々が静かに頷き、少し離れた場所にあるバルド級からはどよめきが起きる。
「命中! 次! 二番標的! ……撃てっ!」
今度は一番標的よりも五十リュート遠方にある二番を狙い撃つ。過たず的中し、これもまた砕け散った。
こうした具合にクロウは十発二十発と射撃を続ける。時に外すこともあったが、全ては計画予定の範囲内に収まり、試験は最後の過程に入った。
ミソラも試験が特に問題もなく進んだことに、少しだけ安堵の色を見せながら、最後の指示を出す。
「最後は連続射撃よ! 二十番標的を目標にして、弾切れになるまで、引き金を引き続けてちょうだい!」
これを受けて、クロウは引き金を引き絞る。が、銃口が光り輝くだけで、魔力弾は発射されない。
「出ない?」
少年は口より疑問の声を漏らすと同時に、先程、注意された事を思い出す。また、時を同じくして、外から野太い叫びが聞こえた。
「エンフリーッ!」
閃光と衝撃。
そして、破砕音と共に、砂塵交じりの熱風が周囲に吹き荒れた。
12/09/22 誤字修正。
13/11/15 語句修正。
以下、後書きの名を借りた作者の戯言
突然の爆発に巻き込まれてしまった。14へ行け。




