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魔導黎明記  作者: 綺羅鷺肇
3 少年は悲喜劇で踊る
20/96

一 或る機兵の事始め

 時は光陽が西に傾き始めた頃。午睡が終わり、午後の業務が始まった。

 長い昼休憩を終えたヨシフ・マッコールは昼当番の同僚と簡単な引き継ぎを行い、肥えた腹回りを撫でながら己の仕事場である窓口に座る。


 ゼル・セトラス組合連合会エフタ支部一階にある窓口は、組合員からの相談や持ち込まれる旧文明の遺物を鑑定して買い取る事を主な業務としている。

 この二つのうち買い取り業務については、グランサーがエフタに戻って来る夕方から夜にかけてが本番である為、開いている窓口は一つだけであり、若い職員が鑑定や査定の経験を積むべく詰めている状態だ。

 立ち寄る人がほとんどいない買い取り窓口の隣、相談窓口の一つにマッコールは座っている。相談窓口は組合員が抱える悩みや問題の相談に乗ったり、異業種間の取次や仲介、仕事の斡旋を受け付けたりする場所である。

 こちらには朝から夕方までの時間帯に人が訪れるのだが、毎日行列ができる程に人が来るわけでもない為、基本、窓口は一つ、後は場の状況に応じて増やすといった形が取られている。


 相談窓口に座ったマッコールは出かかったあくびを抑えつつ、卓上の書類や筆記具を整理する。

 人目が多い場所での待ち仕事だけに、ボンヤリする訳にも居眠りする訳にもいかず、ただただ、人が来るか交代時間が来るまで座りっぱなしである。

 人が来ない時など、半ば苦行に近い為、時折、相談窓口に人を置く必要はないのではないか、という意見も出るのだが、窓口には必ず人を置くという組合連合会発足時からの慣習は変えられず、続けられていたりする。


 マッコールは俯き気味になって、いかにして時間を潰そうかと、筆記具を指で回しながら考える。そんな彼の視界に、影が入り込んだ。何者かの来訪を知ったマッコールは顔を上げ、赤い外套を纏った青年、いや、その一歩手前といった雰囲気の少年を認め、一瞬の後、目を見開いた。



 見知った中年男が顔を上げ、直に驚くように目を丸くしたのを見て、赤髪の少年は思わず苦笑を浮かべた。それから、からかい交じりに話しかける。


「どうしたの、マッコールさん。そんなに驚いた顔をして」

「あ、ああ、いや、そりゃおまえ、三旬前と比べて、一回り大きくなったっていうか、身体つきが変わってたら、驚くに決まってるだろう」

「へぇ、そんなもんなの?」

「当たり前だ。一瞬、誰かと思ったぞ」


 マッコールの答えに、赤髪の少年クロウ・エンフリードは片眉を上げながら、肩を竦めて応じる。


「酷いこというなぁ。俺、ここの常連だったよね?」

「常連だといっても、お前さん、男だろうが。こちとら、毎日毎日、むさ苦しい連中の髭面ばかり見ているんだぞ? いい加減飽きるし、心も渇いて忘れたくもなる。本当に、たまには見た目麗しい女で目の保養をして、心を潤したいくらいだ」

「あはは、身も蓋もないね」


 明け透けな物言いに、クロウが一頻り笑う。その様子に、マッコールは三旬前の姿を見い出し、彼の記憶にあった昔の少年と今の少年とがしっかりと噛み合った。


 ちょっと見ない間に変わるもんだ。そんな思いを胸に抱きつつ、マッコールがクロウに問いかける。


「それで、魔導機の免許は取れたのか?」

「お陰さまでね」

「そいつは良かった。これでお前さんも公認機兵だな。免許番号は何番だ?」

「1-04989」

「1-04989だな、覚えておくよ。……で、ここに顔を出した理由は? 報告だけじゃないんだろ?」

「うん、報告と兼ねて、ちょっと相談に乗ってもらおうと思ってね」


 そう言い置くと、クロウは真面目な顔に戻る。

 マッコールの後ろ、事務机の一つで書類を書いていた女性職員が偶然にも彼の顔を見て、僅かに注視するも、直に仕事へと戻って行った。その際、彼女が胸に抱いたのは、七十点以上八十点以下、今後の成長に期待、という評価であった。


 周囲の反応はともかく、クロウが表情を改めたのに合わせて、マッコールもまた態度を改め、少しだけ上体を前に傾けて問いかけた。


「それで、相談っていうのは?」

「うん、俺、パンタルを貰う事にしたんだけど、置き場所について、ちょっと相談に乗ってほしいんだ」

「ふむ、置き場所ってことは、エフタを拠点にするのか?」

「うん、不慣れな内は見知った場所で見知った人がいる方がやりやすいかなって思ってね」


 マッコールが同意するように頷いた所で、クロウは窓口に右肘を乗せ、身体を寄りかかる形で話し続ける。


「それで、譲渡手続きの時にちょっと聞いたんだけど、個人保有の魔導機って、市壁の外というか、市が決めた場所にしか駐機できないんだよね?」

「ああ、魔導機を市壁の中に入れたり、駐機したりできるのは、市軍から許可を得た時だけだったはずだ」

「なら、エフタ市だと……、港湾地区あたりに駐機場があるの?」

「そう、組合が保有する駐機施設と市が管理する機兵長屋がある。他にラストルを駐機する施設が市内にあるが、これらは業務用ってことで特別に設置されている奴で、機兵には開放されていない。だから、先の二つから選ぶことになる」


 マッコールの説明にクロウはいちいち頷きながら、更に問う。


「なら、駐機施設と機兵長屋か、どっちが使いやすいの?」

「俺の立場としては組合の駐機場を推した方がいいんだが……、まぁいいや、両方の特色っていうか利点を説明するから、比較して決めてくれ」

「はは、ありがとうございます」


 軽口めいた口調で小さな恩を売ってくるマッコールに、クロウは苦笑を漏らしつつも礼を述べる。そして、中年男の聞きやすい低い声に耳を傾けた。


「まずは、組合が保有している駐機施設だ。これは大倉庫を改装して魔導機を駐機できるようにした施設でな、旬毎に二千ゴルダ、駐機及び管理料金を徴収している。けど、簡易整備や日常点検はやってくれるし、簡単な故障も直してくれるから、払うだけの価値があると言わせてもらおう」


 金はかかるけど、安全確実に魔導機を運用できるのが利点と、少年は頭の中でまとめた。


「もう一方の機兵長屋だが、エフタ市が管理する施設でな、魔導機の駐機場と住居が一体にしたもんだ。こいつの利点は居住に掛かる市税や特別税が掛からず、水光熱代を千ゴルダ払うだけ。この優遇に加えて、中々に広くて、簡易な入浴施設……洗浄器(シャワー)付の住居を得られる。ただ、魔導機の日常点検は自分でやらないといけないし、簡易整備や簡単な故障も知識や技術がなければ整備場に頼まなければならなくなる。後、港湾地区とはいえ、市壁の外に住むことになるな」


 クロウは洗浄器(シャワー)という言葉に大きく惹かれるも、慌てて首を振って、冷静に判断しようと努める。が、やはり洗浄器(シャワー)である。汗を流すのに非常に便利な洗浄器(シャワー)である。金が掛からないのも利点だが、何よりも個人で使える洗浄器(シャワー)があるのが、非常に大きな魅力でった。


 最早、クロウの中で冷静に比較対象することは叶わず、彼の心は機兵長屋への入居に大きく傾いていた。


 しかしながら、このクロウの反応も無理からぬことである。ゼル・セトラス域に住まう者にとって、住生活環境の改善、特に社会的地位の象徴ともいえる入浴施設は喉から手が出る程に欲する物なのだから。


 目の色を変えたクロウを見て、こいつは間違いなく機兵長屋を取ると断じつつ、マッコールは話を締める。


「組合の駐機施設はここで申請すれば直に使えるし、機兵長屋は市庁で機兵登録して、駐機場所がないって言えば、勧めてくれるはずだ。ま、とにかく、双方共に利点はあるから、お前さんが好きな方を選べばいいさ」

「ああ、うん。そうする」


 少年はすぐにでも市庁へ赴かんとばかりに気もそぞろな様子だが、マッコールが格好の暇つぶし相手を逃すはずもなく、更に話を続ける。


「それで、教習所での訓練はどうだったんだ?」

「んー、やっぱり厳しかったよ。暑い中、黙々と身体を鍛えたり、延々と走り続けたり、武器の取り扱い方法を習ったり、痣だらけになるほど格闘訓練したりしたし、実機に乗ってからも蒸し暑い中、基礎の反復や武装の習熟訓練をひたすらやったし、教官相手の模擬戦じゃ、何度死ぬと思った事か……。いや、ほんと、俺、よく乗り越えられたな、あの猛訓練」


 話をする内にクロウの目が段々と虚ろになっていく。その様子を見て、マッコールは吹き出す。この中年男の反応に対し、クロウは大いに不服である事を表に出して文句を言った。


「いやいや、笑いごとじゃないって」

「当人にとっちゃ笑いごとじゃなくても、他人から見れば、面白く見える時もあるさ」

「うぇ、趣味が悪いなぁ」

「こちとら、窓口にずっと座ってるおっさんだからな、娯楽に飢えてるんだ。大目に見てくれ」


 クロウは中年男の調子よい言葉に項垂れるも、もう一つの聞くべきことを思い出して口に出した。


「そうそう、忘れてた。ここって、機兵の仕事、斡旋してくれるの?」

「当然、斡旋するぞ。とはいっても、最近は割の良い北方域に流れる奴が多くて、ここを拠点にする現役機兵はいなくなっていたから、最近は仕事を取っていない」

「あ、そうなんだ」

「ああ、機兵の数自体少ないし、仕方がないことなんだがな。でも、まぁ、元から需要もあるし……、半旬もあれば、話を流して、仕事の依頼を取れるようにはできるが、どうする?」


 クロウは即答せず、顎に撫でながら質問する。


「エフタだと、どんな仕事が主になるの?」

「そうだな、市外の作業現場に付く警備か、商船に乗る護衛といった辺りだろう。武装した魔導機があるかないかで安心感や作業効率は大きく変わるからな」

「確かにね。じゃあ、どれくらい貰える?」

「エフタだと、一日千二百から二千五百といった所だ。相応の実績があれば高くなる」

「へぇ、結構もらえるんだ」

「ちなみに、北方域だと倍額になる」

「そりゃ、みんな北に行くはずだよ」


 クロウが呆れた声を上げると、マッコールは甘いの一言で断ち切る。


「お前、それなりの数の機兵が行っているのに、報酬額が下がらないんだぞ? それだけ蟲が多くて危険だって事だ」

「……なんか、物凄く納得した」

「今更かもしれんが、こういった金額にも、ちゃんと意味や理由があるって事を覚えとけよ」


 クロウは何度も首を縦に振る事で了解を示してから、仕事を見繕ってもらうことにした。


「なら、仕事の斡旋をお願いできるかな。教習所出たての若造にでもできそうなの」

「わかった。機兵になったばかりの若いのが仕事を探している、って話を流しておく。ただ、日当は間違いなく最低の千二百になるぞ」

「いいよ。実績なんてないし、気取らずにやっていきたいから」

「まぁ、目に見える実績……蟲を何匹叩き潰したって目安ができるか、こういった仕事を何度か熟して、不義理な事をせず、真面目に務めれていれば、こっちで日当を上げるように調整する。ああ、ついでに言っとけば、お前にも仕事を選ぶ権利はある。仮に、この仕事は嫌だとか、この依頼主とは反りが合わないと思ったら、依頼を受けなければいい。……仕事をする必要がない程の金があったり、別口で仕事の当てがあったらの話になるがな」

「ははは、ですよねー」


 人の世の真理とも呼べる言葉を耳にして、クロウの笑みも乾く。マッコールも軽く笑った後、付け加えるように斡旋の注意点を述べる。


「最後に注意してほしい事なんだが、もし、エフタから長期間離れたり、拠点を別の市に移したりする時は、できるだけ前もって教えてくれ。依頼元の都合もあるんでな」

「ん、了解。それで、次に顔を出すのはいつにしたらいい?」

「五日六日は見て……、八日位に一度顔を出してくれ。俺は昼から夜まではいる」

「わかった。じゃあ、マッコールさん、お願いするよ」


 クロウが軽く姿勢を正し、頭を下げた事を受けて、マッコールもまた力強い頷きで応じた。



  * * *



 マッコールとの話を終えたクロウはエフタ支部より出ると、マクスウェル広場で交錯する大通りの一つ、南大通りを北へと向かう。機兵として居住登録を行うべく、中央地区にある市庁に赴く為だ。


 午睡が終わった事もあって、通りを行き交う人や荷車が増えてきている。クロウもその内の一人になって、流れに乗って歩く。

 一年の終節、斜陽節の第三旬ということもあって、光陽の日照時間は短くなり、日差しの強さも最盛期に比べると弱まっている。けれども、昼間の暑さにはなんら変わりはなく、クロウはできる限り街路樹(ルーシ)の木陰を伝っていく。


 そうする内に旧港湾通りと交わる四つ辻に至り、その少し先は市重要区画を守る内壁の狭間を通り抜けて、中央広場に入った。光陽照りつける中央広場に人影はほとんどなく、時折、広場右手にある市軍本部から、訓練を行っていると思しき男達の掛け声が聞こえてくる位だ。

 そんな広場を北に向かって歩きながら、クロウは左手にある重厚な大建築物、組合連合会本部を見やる。自然、ミソラやシャノンはどうしているだろうか、との思いが少年の心中でたゆたうが、顔を出すのはこっちが落ち着いてからの方がいいだろうとも考えて、一際高い尖塔が目立つ市庁舎へと真っ直ぐに向かい、その正面玄関より中に入った。


 クロウは玄関のすぐ近くにあった受付で、機兵免許を見せて機兵関連を扱う部署を教えてもらい、案内板に従って庁内を歩く。

 市庁は人工石を主な建材とした頑丈な造りだが、ガラス窓が多めに作られている事に加えて、通路も広めに作られている為か、閉塞感は感じられない。

 通路で幾人かの人とすれ違いながら一階を奥に向かって進んでいき、クロウは目的地である大部屋に到着する。出入口付近の壁には、周囲を圧するかのように『軍務局』と勇ましい字で大書されたプレートが貼り付けられていた。



 大部屋はアーチ支柱と間仕切りを使用して、幾つかの区画に分けられていた。それぞれの区画には整然と事務机が並んでおり、そこで黒ズボンに灰色の上着という市の制服を着た男女が机に向かって書き物をしていたり、書類を片手に話し合っていたり、上司の判を貰っていたりと、各々の仕事をこなしている。


 さて、どうしたものかと、クロウが頭を動かして周囲を見渡せば、出入口より一番近い場所にいた禿頭の男性職員が彼に気付いて話しかけてきた。


「何か用事かい?」

「あ、ええ、実は、機兵として居住登録をしたいんですけど」

「ふむ、機兵の居住登録だね? 悪いけど、搭乗免許証を見せてもらえるかな?」

「はい」


 クロウは言われるままに腰鞄より免許証を取り出し、体格の良い職員に手渡す。職員は免許証の写真とクロウとを見比べて、同一人物であることを確認すると、免許証を返しながら笑みを浮かべた。


「エンフリードさん、疑うような真似をしてすまないね」

「いえ、気にしていません。それで、どうすれば……」

「そこの待合に座って待っていてくれるかな? 担当の者を連れてくるから」


 男が指し示した場所……出入口の右脇は少し内側に入った場所に、間仕切りで周囲より目隠しされた待合が設けられていた。


「わかりました」


 クロウが頷きと共に応じると、男は慣れた様子で中へ歩いていく。その歩き去る後ろ姿に、魔導機教習所で共に教習を受けた年長の同期生や指導を受けた老機兵に似た物を感じて首を傾げるも、彼は言われた通りに待合に向かい、整然と並べられた十脚程ある椅子の一つに腰掛けた。


 少年は腰を落ち着かせると、周囲に目を向ける。柱と灰色の間仕切りで囲われた待合、その片隅に鉢植えの観葉植物が置かれていた。他に見るべき物もない為、少年の目は緑鮮やかに生い茂る葉に向かう。大砂海において貴重な緑は、彼の目と心に安らぎを与える。程良く力が抜けた所で、クロウは上方より流れ来る微風を感じ取る。見上げれば天井に設置された扇風機がゆっくりと回っていた。


 その風で涼を取りながら、クロウは昨日と今日、それぞれの目的地へと去って行った同期生達に想いを馳せる。


 クロウ達三百六十一期生は修了式後の免許交付手続きで、全員が組合連合会が求める三つの義務を果たす事を誓約した。

 レイル・ウォートンは己が立身する力として、テオ・トルードは自らの開拓地を守る為に、ジルト・ダックスは独りで立って生きる力として、クロウ・エンフリードは故郷復興の一助とする為に、魔導機パンタルの譲渡を受ける事を選んだのだ。


 そして、昨夕、つまりは第三旬一日の夕刻に、テオが南方域の中心都市ルヴィラ行きの貨客船に乗って故郷への帰路につき、今日の午前中には、ジルトが北方域の中心都市であり、防塁都市とも呼ばれるエル・ダルーク行きの貨物船に乗って、レイルがエフタに寄港した恩人の商船で西方域の中心都市ザルバーンへと、それぞれ旅立っていった。


 三人の旅立ちを見送った際、それぞれが見せた顔……自身が住む開拓地の名を告げ、いつか遊びに来てほしいと言ったテオの屈託のない笑み、今に僕の名前が知れ渡るだろうと、大いに勇んで見せたジルトの強がりと強ばりが入り混じった硬い笑み、当分は砂海を東西に往復するだろうから、時に顔を合わせるかもしれんなと言ったレイルの穏やかな笑みが、クロウの印象に残っている。


 機兵の一人になった以上、無事に再会できる日が来るかは未知数だが、厳しい訓練を共にした仲だけに、また顔を合わせてみたい。そんな事を、クロウが神妙な顔で考えていると、小柄な職員が一人、待合に近づいてきた。


 その職員……光沢のある栗毛を短く切り揃えた小麦肌の女性はクロウに近づくと、少し鼻にかかった声で話しかけてきた。


「ええと、クロウ・エンフリードさん、ですね?」

「はい、お……、自分です」


 クロウは俺と言い掛けた所で、孤児院で公的な場で初対面の人と会う時は、特に言葉使いには気を付けなさいと言われていたことを思い出し、言葉を改める。

 一方の女性職員は咄嗟に話し方を改めた少年の様子に、一定の教育を受けていると認め、童顔はふっくらとした両頬にえくぼを作った。


「慣れていますから、普段通りの言葉づかいで構いませんよ」

「……お言葉に甘えます」


 クロウは即座に切り替えができなかったことを反省していると、職員は少し改めた様子で話し始めた。


「初めまして、私は当市軍務局警務課機兵管理係のベルティーナ・ベルトンと申します。本日は居住申請を為さりたいとのことですが、間違いありませんか?」

「ええ、エフタ市を拠点に活動をしようと思いまして」

「わかりました。では、あちらの部屋で手続きと説明を行いますので、付いてきてください」


 ベルトンと名乗った職員はクロウを待合近くの小部屋へ案内する。その後ろに付いていきながら、クロウは目前を歩く職員の年の頃を考える。が、幼い外観もあって読み切れず、自分より年上だろう位しか、当たりを付ける事ができなかった。


「どうぞ、こちらです」


 促されて入った小部屋は、奥側の壁に格子窓が設けられていることもあって、十分に明るい。外光で照らされる部屋の真ん中に対談用の机と椅子が数脚置かれている他、ここでも一隅に観葉植物が配されていた。


 ベルトンはクロウに着座すように促すと、自身も対面の席に着き、手に持っていた書類を机上に広げた。


「まず、居住申請の受付及び説明を行うに当たり、聞かせていただきたい点が幾つかありますので、お答えください」

「はい」

「それでは、今、魔導機搭乗免許をお持ちですか?」

「持ってます」

「以前はどちらにお住まいでしたか?」

「前からエフタに住んでます」

「……これまで、機兵申請を為された事はありますか?」

「今回が初めてです」


 ベルトンは頷き、一枚の書類に筆記具を走らせる。


「魔導機は何機お持ちですか?」

「パンタルが一機です」

「駐機施設は確保されていますか?」

「まだです」

「ありがとうございました。それでは居住申請に係る説明を始めさせていただきます」


 そう言うと、ベルトンはクロウにも読めるように、書類の上下を引っ繰り返して差し出す。クロウが視線を紙に落とすと、エフタ市民として守るべき市則や機兵特権について書かれていた。


「以前から当市に居住しておられるとの事なので、市則の説明は省略させていただきまして、機兵として守っていただきたい点より説明します。一つ目は、魔導機で市民の生命や財産を害さないこと。これに反した場合、当市より提供している各種特権を停止し、市則に則って罰せられますのでお気を付けください。二つ目は、非常時以外は、市軍の許可なく魔導機を市内に持ち込まないこと。持ち込む際は門衛責任者の許可証を得るか、前もって軍務局……ここで持ち込み申請を行ってください。これに反した場合も、先と同じく各種特権の停止及び罰則を与えられることがあります」


 クロウは当然とばかりに頷く。これを受けて、ベルトンは更に言葉を続けた。


「次に機兵への優遇特権について説明します。当市における機兵優遇特権は、課税控除、当市医療機関での医療費の半額控除、魔導機の補修部品及び武防具、運用魔力の三分の一割引の三点が主なものとなります。ところで、駐機施設を確保されていないとの事ですが、当市では駐機場付住居も用意しております」


 来たっと、少年は胸中で喝采を上げ、浮き立つ心が小躍りする。


「駐機場付住居、我々は機兵長屋と呼んでいるのですが、これに入居する事も可能です。入居に係る保証費は魔導機搭乗免許がありますので必要ありませんし、課税控除ということで家賃もありません。水光熱費として一旬当たり千ゴルダだけの負担となります。後、他の特色としましては……、簡易なものですが入浴施設が設けられていること位でしょうか」


 話の最中、微かに身を乗り出したことから、ベルトンはクロウが機兵長屋に興味を持ったと認識しつつ、住居の不利益面を語る。


「ただ、機兵長屋は港湾地区でも外れに設置されていますので、市内程の利便性はなく、市壁外ということで安全性も保障しておりません。それでも構わないと仰るなら、この話の後、現地を案内させていただきます」

「ぜひ入居したいので、よろしくお願いします」

「わかりました。最後にですが、当市がエンフリードさんに求める義務についてです。これを受けて頂けなければ、先の優遇特権は受けられませんので、ご注意ください」


 自分に求める義務と聞き、クロウは期待に膨らんだ感情を抑え、姿勢を正して静聴の構えを取る。少年の変化を見て取ったベルトンは、それが機兵が義務と聞いた際に示す反応と同じであることに、また、そのように反応する機兵という存在に、いつものように感心しながら口を開いた。


「当市が求めるのは、日常非常を問わず、当市市民を保護する義務、非常時において、当市市軍の指揮下で戦闘に参加する義務、居住地を変更する際に、当市にその旨を知らせる義務の三点です」

「あの……、市民を保護する義務と戦闘に参加する義務はわかるんですけど、居住地変更を知らせる義務は、どういった意味があるんですか?」

「簡単に言えば、機兵の皆さんがどこにいて、どのように動いているかを明確に知り、関連する都市が情報を共有する為ですね」


 いまいち要領が掴めないクロウに対し、ベルトンは右手人差し指を顎に当てながら、具体的な例を口にした。


「ええと、そうですね。エンフリードさんは当市が初めての登録なので、直接の係わりがなかった話ですが、機兵が居住市より他市に移住して居住登録を行う際には、前の居住市で発行された移住票が必要なんです。この移住票で二重登録を防いで、他人からお金を取って機兵用住居に住まわせるといった不正を失くす為の措置ですね」


 ベルトンは語らないが、移住票の内容は機兵の人物評や功績、前科の有無等々といった内容が記載されており、二重封筒で厳密に封印されている。仮に移住票の封が破られていたり、届け出を行わないままでの移住であった場合、何らかの犯罪等に関わっているとの嫌疑をかけられ、事の詳細が判明するまで、市軍の監視下に置かれるのだ。


 新人のクロウはそういった事情までは頭が回らず、ベルトンの話に素直に頷いていた。


「ああ、そういうことですか」

「はい、我々は公認機兵を信頼していますが、それが流出入の管理を怠る理由にはなりませんので」


 ベルトンはそう言い切ると、機兵用居住申請書と題された書類をクロウに差し出したのだった。



  * * *



 クロウが居住申請書や義務履行誓約書に必要事項を記入し、ベルトンが記入内容と免許の記載内容とを照らし合わせ、誤記や漏れがないかを確かめてから受け取ると、二人は港湾地区にある機兵長屋に赴く為、市庁を出た。


 青空で輝く光陽は先より西方に少し進んだ程度で、暑さはあまりかわらない。

 早くも額に汗を浮かばせながら、クロウとベルトンは目前の道、東西通りを西に向かう。両者が並んで歩くと、ベルトンの背がクロウよりもかなり低いのがわかる。当然、歩幅にも差があることから、クロウは意識してベルトンの歩調に合わせた。

 こうした具合に歩き続け、東西通りの突き当りは市壁循環道と繋がる三叉路まで出ると、左に曲がって港湾門がある南へと進む。

 市壁循環道はエフタ市の基幹道だけに、鼻息荒いコドルが荷車を曳いて行き来し、背負子に木箱を三つ背負った人足達が歩いている。彼らは市内北西に広がる工業地区と港湾地区もしくは商業地区を往復しているのだ。

 後方の工業地区より聞こえてくる作業音を聞きながら、流れの邪魔にならないように歩を進める内に、ふと、クロウは聞き忘れていた事を思い出し、隣を歩いているベルトンに問いかけた。


「あの、ベルトンさん、さっき聞き忘れていたんですけど、居住登録って、どれ位で終わるんですか?」

「うーん、そうですねぇ。通常なら、移住票の審査もあって、二日程は待っていただく所なんですが、エンフリードさんは初登録ですし、そこまで時間はかからないかもしれません」

「あ、そうなんですか?」

「はい。記入が必要な書類は、機兵長屋を利用するかどうかの項目を書いて、捺印していただくだけですし、こちらの作業も、エンフリードさんの免許情報を組合連合会に確認すればいいだけですから、向こうの公認機兵録に登録できていれば、明日にでも受理できると思います」

「そうですか。じゃあ、引っ越しの手続きって知ってます?」

「ええと、今、住んでいるのは賃貸ですか? それとも持家ですか?」

「賃貸で独り暮らしです」

「なら、管理人さんに言って、転出届を作成してください。その際、転出の日付は引っ越し作業等に必要な時間を考えて、余裕を持たせた方がいいと思います。それが出来ましたら、提出用の届を持って、私の所に来ていただければ、こちらで処理させていただきます」

「わかりました」


 いつしか、内壁と外壁の狭間に設けられた緑地帯を抜け、旧港湾通りが始まる三叉路を過ぎる。

 三叉路を越えてから左手に現れた、どこか雑然とした感のある建物群……繁華街では、夕方から始まる営業の準備が行われているようで、露地を清掃する小者がいたり、荷車から木箱や樽を降ろす男達がいたり、気怠げに歩く女の姿があったりと、それなりに賑やかだ。

 もっとも、クロウには縁がなかった場所だけに視線を送る事も足を遅くする事もなく、港湾門前の広場に入った。広場ではコドルが曳く荷車が頻繁に行き来し、巨大(かめ)を乗せた手押し車近くでは、篭を背負った日雇いの清掃員達が乾いたコドルの糞やゴミをシャベルや金挟みを使って拾い上げている。


 クロウは孤児院時代に友人達と共に独り立ちの元手を作ろうと、何度かやった事がある清掃作業に懐かしさを覚えながら、港湾門を潜る。

 門衛達は普段と変わらず、やる気がない様子でだれていた。しかし、ベルトンを見た瞬間、背筋が伸びた。この変化にクロウが瞠目していると、ベルトンが笑顔を見せながら、門衛に柔らかく話し掛ける。


「お役目、ご苦労様です」

「はっ、ベルトンさんもお仕事、お疲れ様です!」

「港湾門はいつもと同じく、問題ありませんっ!」

「そうですか。暑い中、大変だと思いますが、よろしくお願いしますね」

「お任せくださいっ!」

「ご安心をっ、不逞な輩は見逃しませんっ!」


 門衛達の驚くべき変わりように、クロウが内心で引いていると、当の男達と目が合う。その目は、まるでクロウの素性を全て探り出そうかとするかのように、どこまでも厳しい物であった。クロウは男達のただならぬ気配を感じて、背筋に冷や汗を流す。


 俄かに張り詰めた空気を解いたのは、一見して少女と言っても通りそうなベルトンである。


「あ、すいません。エンフリードさん、機兵長屋はこっちです」

「わ、わかりました」


 職務上の案内である事を悟ったのか、門衛達の目が和らいだ。その事に安堵しながら、ベルトンの誘導に従って、港湾地区に入った。


 港湾門からある程度離れると、ベルトンが小声で謝ってくる。


「先程は不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」

「は、はぁ、でも、今の一体……」

「うーん、女性と面と向かって触れ合う機会が少なくて、飢えてしまった独身男性の哀しい反応と思ってください」

「へ、へぇ、そうなんですか」


 この人、さり気に毒舌じゃないか、とも思ったが、その言葉を口に出す程に浅慮では無かった為、クロウはそういうものかと、納得するように頷いて見せた。それから、エフタ市軍に入隊した孤児院時代の友人が先の男達のようになっていないことを静かに祈った。


 クロウが心中で様々な思いを抱く間にも歩は進み、岸壁沿いに南北に走る整備道に突き当たる。ここで右に曲がると行き着く先に魔導機教習所があるのだが、今日は左へと折れた。


 右手に広がる泊地には数隻の魔導船が停泊し、岸壁には大型貨物船が二隻接岸していた。どちらの船も斜路を降ろして、荷物の積み下ろしが行われており、起重機や作業用魔導機ラストル、人足達が忙しそうに動き回っている。


 クロウが横目で埠頭の様子を見ていると、突然、ベルトンが左手前方にある建物を指差した。


「エンフリードさん、あそこが魔導機関連の支援施設です」


 差し指に導かれて目を向けると、倉庫と外観がほとんど変わらない建物が二棟並んでいる。その内の一つ、奥側の建物に、教習所ではクロウもよく世話になった魔導機回収車がラストルを乗せて入って行った。


「手前側の施設は組合連合会が管理運営しているものでして、大型駐機場と整備施設を備えています。対して、奥側の建物は当市が管理しています総合支援施設です」

「総合支援施設、ですか?」

「はい。魔導機の整備施設と魔力補給所、機体の維持管理に必要となる各種消耗品や補修品、整備道具の販売所、機兵向けの武防具店、軽食店、大砂海金庫の出張店といったものを一カ所に集めた物です。おそらく、エンフリードさんも利用することになると思いますよ」


 クロウが首肯して了解を示すと、ベルトンは更に付け加えた。


「この総合支援施設で魔導機関連の用は全て足すことができますが、整備や補修部品、武防具の作成等に関しては、市内の工場や工房に直接頼むこともできます。けれど、一昔前程に居住している公認機兵の数が多くないので、受けてくれる店は減っているかもしれません。……ああ、それと、もし頼む機会があれば、その時は最初に免許を提示してください。そうしないと、市軍に不審者がいるとの連絡が回って、騒動になる事もありえますので」

「わ、わかりました」


 笑い事では済まない話で説明が締めくくられた所で、総合支援施設の前を通り過ぎ、彼らの目的地である機兵長屋に辿り着いた。



 機兵長屋は細長い建物で、クロウ達が歩いてきた整備道より延び出た五リュート幅の舗装路、その南側に沿う形で手前側と奥側に一棟ずつ建てられている。それが三列あって、合計六棟が立ち並ぶ形だ。


 ベルトンは機兵長屋の一つを指し示し、概要を話し始める。


「当市の機兵長屋は、東西の幅が四十五リュート、南北の奥行きが十リュート、高さが六リュートで、一棟につき四人まで入居できる仕様です。今現在は、十人の方が入居されていますね」

「十人……、ということは、半分は使われていないんですね」

「そうですね。十数年前はもっと多かったそうですが、機兵需要の主軸がエル・ダルークに移った結果、居住数が減ったと、前任者から聞いています」

「なるほど」


 と、クロウが頷いている間に、整備道沿いの物で一番奥に位置する機兵長屋に到着する。赤錆色にくすんだ人工石造りの建物、その壁には『西第三棟』と銘打たれたプレートが打ち付けられていた。


「案内するのは、西第三棟の三号になります」


 そう言って、ベルトンが舗装路に入っていく。クロウもその後を追う。

 西第三棟には、人が出入りする扉と幅三リュート程の魔導機用出入り口が規則性を持って並んでいた。中でも目を引くのは、魔導機用の出入り口である。というのも、赤褐色に塗装された金属扉には、白字で番号が大きく書かれている事に加え、巨大な取っ手が付けられていたのだ。


 そんな扉を一号二号と通り過ぎ、先の言葉に会った三号の前に到着する。


「こちらですね。今から鍵を開けますので、少し待ってください」


 そう言うや、ベルトンは人用扉は握り部分に鍵を差し込んで、また、魔導機用の出入り口は扉の取っ手と建物とを繋ぐ錠前に鍵を差し込んで、それぞれ外した。そして、魔導機用の出入り口を開けようと、大きな取っ手を掴んで横に引く。


 だがしかし、扉はピクリとも動かず、うんうんと唸る声が周囲に響き渡るだけである。見兼ねたクロウが近づき、取っ手の開いた部分を掴む。


「手伝います」

「あはは、すいません」


 クロウが足を踏ん張り、力を込めて引く。


 けれども、扉全体が一度大きく揺れただけで動かない。ベルトンは何がおかしいと首を捻るが、クロウは感じた手応えから、何かがつっかえている事に気付いた。


「これ、中でつっかえ棒とか、してません?」

「……あ、そ、そうでした。すぐに外してきます」


 ベルトンはちょっとした失態に恥ずかしそうにしながら、中に入っていく。しばらくして、中から何かが外れる音が響き、ベルトンの声が聞こえてくる。


「エンフリードさん、すいませんが、扉を引いてみてください!」

「わかりました」


 クロウが再び力を込めると、先程の詰まった感触が嘘のように、引き戸は動き始める。クロウが半分程度を開けた所で、再度声が聞こえてくる。

 

「ありがとうございました」

「いえ、気にしないでください」

「そうそう、そいつ相手なら、別に気にする必要なんてないぞ、ベルベルちゃん」


 それは唐突な第三者の声。


 クロウとベルトンは驚き、声が聞こえてきた方向へ慌てて視線を向ける。そこには男が一人、顎に生やした無精髭を撫でながら、口元に笑みを浮かて立っていた。


「え、レイリーク教官?」

「よう、二日ぶりだな、エンフリード」


 軽い調子で手を上げて挨拶を送る男、ディーン・レイリークはクロウが魔導機の教習を受けた際、指導を担当していた教官の内の一人である。


「どうしてここに?」

「ははっ、どうしてもなにも、ここの隣、二号室が俺の家だからさ」

「へっ?」


 予期していなかった答えであった為か、理解が追い付かず、クロウが目を丸くしていると、外に出てきたベルトンが抗議の声を上げた。


「ディーンさん! どうせ呼ぶなら、ベルベルじゃなくて、ティーナって呼んでくださいって、言ってるじゃないですかっ!」

「いやいや、ベルベルちゃんをティーナって呼んでいいのは、マディスの旦那だけだって」

「う、ウディ君は幼馴染のお兄さんなだけですっ!」

「はは、ご冗談を。旦那がちゃんと生活できているか、定期的に様子を見に来ているのは、ここの長屋の連中は全員知ってることさ」

「そ、それは、職務の一環として長屋の管理に来たついでで……」

「えー、部屋の掃除までしてるのに?」

「そ、それは、あくまでも、ウディ君のご両親からも頼まれているからですよ」


 何故か、ベルトンの目が泳ぐ。と、そこに更なる声が聞こえてきた。


「ったく、おい、ディーンよぅ、いったい誰だぁ? 長屋の前で騒いでるやつぁ」

「おっと、旦那、家にいたんですか?」

「ああ、職場でな、ちょっと泊まり込み過ぎだから、たまには家に帰って寝てこい、なんぞと上役に怒鳴られて休んどった。……で、なにをやっとるんだ?」

「いや、どうも新入りが入りそうなんで、挨拶してたんですよ」

「ほぅ、新入りかぁ」


 ディーンの背後より姿を現したのは重い声の主。髭面の男は縦よりも横に大きいと感じる程にがっしりとしており、声音に相応しい体格であった。クロウが鍛えられた筋骨に感心していると、男は名乗りを上げた。


「おらぁ、ウディ・マディスだ。そこの一号室に住んどる」

「クロウ・エンフリードです。ここの三号室に住む予定です」

「そうかい。これも一つの誼だ。もし、魔導機で困ったことがあったら、相談に乗ってやらぁ」


 マディスの言葉を補足するように、ディーンが言葉を重ねる。


「エンフリード、ウディの旦那はな、口こそは悪いが、機兵免許の他に魔導技師の資格も持ってる凄い人だ。冗談抜きに、機兵としての技術や経験に加えて、整備を教える事ができる程に知識もあるから、本当に頼りになる人だぞ。もし、魔導機関連で困った時は相談に乗ってもらえ」

「はい、その時は、よろしくお願いします」

「おぅさ、任せとけ。……それで、ティーナ、お前は何しとるんだ?」

「仕事ですよっ! エンフリードさんをここまで案内してきたんですっ!」


 自然と会話より除け者にされていたベルトンが、顔を真っ赤にして己の役割を強調して宣する。それから、ディーンとマディスに厳しい視線を送って、これ以上は邪魔をするなと牽制し、クロウを部屋の中へと連れて行った。


 あれは照れ隠しだな、等とディーンが心中で判じていると、隣に立つマディスが当惑の表情を浮かべて、問いかけてきた。


「あいつぁ、何を怒っとるんだ?」

「さて、ちょっとばかり、機嫌が悪かったんでしょうさ。ま、一過性のもんですよ」

「……やれやれ、この歳になっても、女って生きもんだけはよくわからんわ」


 マディスの至言とも言える言葉に、ディーンは苦笑しながら頷いた。



 室内に入ったベルトンは一度大きく咳払いをして、己自身の気持ちを切り替える。その横では、クロウが室内の造りに目を向けていた。


 駐機場と思しき場所の天井は高く、屋根を支える梁まで五リュート以上ある。また、中空は三リュートより少し高い所をトラス構造の鉄骨梁が二本、対称を為すように左右両側の壁より二リュート程の所で、出入口の壁と五リュート先の壁とを渡っている。これら鉄骨梁には二本の支柱が設けられて、魔導機の横幅より少し広い間隔を作り出していた。

 クロウが魔導機を保持する懸架だろうと当たりを付けて、支柱に視線を走らせると、上腕や腰といった位置に刺又に似た固定具と思しき装置が設けられていた。更によく見れば、魔導機に乗ったまま、機体の固定や解除をできるようにする為か、手から腕の位置に固定具用らしきレバーが設置されていた。


 クロウが固定具の操作方法について考えていると、ベルトンが説明を始める。


「ええと、説明に戻ります。今、見ていただいているように、この住居は奥に見えます壁で、魔導機の駐機場と居住空間に分けられています。今いる駐機場は幅九リュート、奥行き五リュートで、魔導機を二機駐機する事が可能です。また、先程、魔導機用扉が開かなかったように、中から開かないようにすることができます」


 クロウが首肯すると、ベルトンは奥へと歩みを進め、壁にある扉の前で止まった。


「駐機場の灯りはここと出入口脇にスイッチがあります。覚えておいてくださいね」

「わかりました」


 ベルトンは少年の答えを聞くと、扉を引き開いて中に入る。続いて入ったクロウは、駐機場の暑さが嘘のような涼しさを肌に感じた。その心地よい涼気に軽い吐息を吐いた所で、彼の動きは止まる。

 彼の視線の先、居住空間は靴を脱いで上がる仕様のようで、靴脱ぎ場が設けられている。それに伴って一段高く作られた床には、ゼル・セトラス域では貴重な木材板が部屋一面に敷き詰められており、部屋の奥にあるガラス窓より差し込んだ光を艶やかに照り返していた。


 この想定もしていなかった贅沢な仕様に、クロウが面食らっていると、ベルトンが口を開く。


「住居部分は幅九リュート、奥行きが三リュート半になります。ですが、二階部分もありますから、実質は二倍ですね。二階に上がる階段は右手に、入浴施設や手洗い、台所は左手にあります」

「その……、なんていうか、すごく贅沢ですね」

「いえ、機兵は非常時において、頼りになる存在ですし、今までの事実として、命を代償に社会を守り支えてきた事を考えると、当然だと思います」


 一度、言葉を切ってから、ベルトンは言葉を重ねた。


「この住居は当市が機兵を信頼する証であり、言い方は悪いですが、対価の先払いでもあるのです」


 クロウは先人達が為した信用と屍の積み重ねが、今現在の待遇を生み出した事を知った。


「中を見て回りますか?」

「あ、はい」


 そして、クロウは室内を見て回る。

 まずは簡易入浴施設を覗き込み、手洗いでは清潔に使用して臭気対策を施すようにとの注意を聞き、一階にある台所の作りを確かめ、内壁沿いに作られた階段を上がって二階の広さと暑さに驚く。


 熱気が篭る二階より降りて、クロウは呻いて声を上げる。


「二階のあの暑さは、普段使いが難しいですね」

「そうですね。他の皆さんも、同居人がいない限り、二階は物置として使っているみたいです」

「え、同居って可能なんですか?」

「もちろん、可能です。ですが、同居人の方に課税控除はありませんので、それなりに家賃を払って頂く必要があります。これに関連してですが、仮に誰かと同居なさる場合はその旨を当市に申請してください。でなければ、最悪の場合、機兵長屋より強制退去という罰則になりますので」


 クロウが納得して頷いた所で、ベルトンは頃合いと見たのか、少し改めた様子で尋ねた。


「エンフリードさん、当市の機兵長屋に入居なさいますか?」

「ええ、お願いします」


 このクロウの言葉を聞くと、ベルトンは持っていた書類袋より居住申請書を取り出し、近くの窓枠……壁自体が分厚い為、出窓のようになっている場所に書類を広げた。

 そして、機兵長屋の利用項目に書き込みを加えて、クロウに署名欄と捺印場所を指し示して言った。


「では、ここに記名と捺印をお願いします。それでエンフリードさんに記入していただく場所は全てになります」

「ここ、ですね?」

「はい、そこです」


 クロウは渡された筆記具で記名し、準備よく渡された朱肉を使って捺印する。


「はい、結構です。後はこちらで処理しますので、明日の昼頃には手続きは終わって鍵をお渡しできると思います。ただ、正式に住居移転が認められるのは、転出届の提出後となりますので、注意してください」

「わかりました。明日の午後、転出届を持って行きます」

「はい、お待ちしています」


 ベルトンは両頬にえくぼを作って微笑んだ。



 こうして、クロウは機兵としての生活基盤を整えるに至り、彼の新たな生活が幕を開けた。

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