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「……陛下のことは、今でも愛しております。」
寝台の上で身体を起こしたリザは、小さな声でそう言った。
窓から差し込む陽光が、少しだけ血色の戻った頬を照らしている。
マリア王妃は静かに頷いた。
「ええ。」
「ですが……。」
その先が続かない。唇が震える。
俯いたリザの瞳から涙が零れ落ちた。
マリア王妃はそっと椅子から立ち上がり、リザの肩に手を置いた。
「恨んでもいいのよ。」
リザが顔を上げる。
「王妃様……。」
「本来なら。」
マリア王妃は静かに言った。
「あの馬鹿が、貴女を守らなければならなかったのだから。」
リザは声を上げて泣き出した。
それまで必死に堪えていたものが、一気に溢れ出したようだった。
「王妃様……!」
「ええ。」
「勝手な事を申し上げているのは分かっています……!」
涙で濡れた顔を上げる。
「ですが……この子だけは産ませてください!」
マリア王妃は黙って聞いていた。
「王冠も要りません!」
「……。」
「地位も名誉も要りません!」
「……。」
「ただ……。」
リザは自分の腹に手を当てた。
「この子と静かに暮らしたいのです。」
部屋が静まり返る。
やがてマリア王妃は大きく息を吐いた。
「ご家族は?」
「両親は既に他界しております。」
「兄弟姉妹は?」
「遠方に、姉が二人おります。」
「頼れそう?」
「はい……きっと。」
アマルベルガが口を挟んだ。
「お勧めしません。現在の体調で長距離移動は危険です。」
「そう。」
マリア王妃は少し考えた。
「なら私の領地へ行きなさい。」
「え?」
「王都から少し離れた田舎町よ。」
リザが目を丸くする。
「そこで療養なさい。」
「ですが……。」
「決定。」
有無を言わせない声だった。
「ジョージとシェリーに任せるわ。」
◇◇◇
数日後。
「姉上。」
王妃の弟であるジョージは、頭を抱えた。
「何かしら。」
「義兄上の愛人を預かれと?」
「そうよ。」
「意味が分かりません。」
ジョージの妻・シェリーも隣で頷いている。
「私も同じ気持ちです。」
マリア王妃は事情を説明した。
最後まで聞いた二人は沈黙した。
やがてジョージが深いため息を吐く。
「……災難だったな。」
シェリーもリザの手を握った。
「大丈夫ですよ。」
リザの瞳から涙が零れた。
◇◇◇
その後、王家の正式決定が下された。
リザの子は国王が認知する。
だが王位継承権は持たない。
生活費と教育費は王家が保証する。
将来にわたる身分保障も行う。
全てを書面にまとめ、署名が交わされた。
ようやく。本当にようやく、問題は解決へ向かい始めた。
◇◇◇
数ヶ月後、リザは元気な女児を出産した。
名はマリア。
リザがマリア王妃に頼み込んで、同じ名を付けた。
「王妃様が居なかったら……私はこうして、この子に会えませんでした。」
生まれたばかりの我が子を抱くリザを見て、マリア王妃は了承した。
アマルベルガによる鑑定でも、国王の血を引くことが確認された。
その報告を聞いたトマス国王は飛び上がった。
「会いに行く!」
しかし。
「その資格あんの?」
マリア王妃の一言で沈黙した。
「……。」
「身分保障した?護衛付けた?認知した?」
「……。」
「全部私がやったわよね?」
「……はい。」
国王は座り直した。
◇◇◇
三年後。
「お義姉様〜。」
王妃宮へやって来たシェリーは上機嫌だった。
「どうしたの?」
「実はですね。」
ニヤニヤしている。
どうにも、嫌な予感しかしない。
「あの子。」
「あの子?」
「リザです。」
シェリーは笑った。
「うちの護衛騎士と良い感じなんですよ。」
マリア王妃は固まった。
「……は?」
「結婚させようかと思ってまして。」
◇◇◇
数日後。
王妃は領地を訪れた。
小麦畑が風に揺れる中、三人の姿があった。
「マリアー!」
「はーい!」
金色の髪の少女が走り、後ろを大きな騎士が追いかける。
「転ぶぞ!」
「だいじょーぶ!」
騎士――マイクは苦笑した。
リザも笑っている。
どこからどう見ても、幸せな家族だった。
「パパー!」
マリアがマイクへ飛びつくと、マイクは当たり前のように抱き上げた。
少し離れた場所で見ていたマリア王妃は、小さく微笑む。
「良い男じゃない。」
「でしょう?」
シェリーが得意げに言う。
その翌年、リザはマイクと正式に結婚した。
さらに男児も生まれ、マイクは二人の子供を分け隔てなく愛した。
◇◇◇
その様子を遠くから見つめる男がいた。
トマス国王である。
「……。」
何も言えなかった。
隣に立つルイ王太子が口を開く。
「父上。」
「何だ。」
「母上の言う通りでしたね。」
胸に刺さった。
「手続きを踏まなかったからですよ。」
さらに刺さった。
「やめろ。」
「側室にもせず。」
「やめろ。」
「護衛も付けず。」
「やめろ。」
「認知もせず。」
「やめてくれ。」
ルイはため息を吐いた。
「さて。」
「……。」
「仕事が山積みなんですよ。」
トマスは最後にもう一度だけ小麦畑を見た。
笑い合う三人の姿と、リザの腕に抱かれて安心しきった顔で眠る赤ん坊。
そこに自分の居場所はない。
「戻りますよ。」
ルイが父の腕を掴む。
「ああ……。」
親子は王城へと戻っていった。
風に揺れる麦畑だけが、いつまでも静かに輝いていた。
後にこの事件は『王妃激怒事件』として語り継がれ、王城内では重要な教訓が残された。
『まず事実確認しろ。』




