それ、本当に王妃の命令ですか?
「あの目障りな女、処分いたしました。」
「……は?」
マリア王妃の素の声が部屋に響く。
一瞬、何を言われているのか、本当に分からなかった。
マリア王妃の髪をとかしている侍女は、嬉しそうに続けた。
「陛下にまとわりついていた、女狐にございます。」
そこで、ようやく理解した。
夫のトマス国王が、王城の侍女を寵愛しているのは知っていた。
令嬢の名は、リザ・ロベルト。
平民の娘で、宮殿に侍女として出仕していた。
美しい茶髪に榛色の瞳、桃色の頬、何より庇護欲を掻き立てる美しい容姿の女。
気配りが出来るし、物腰も柔らかい。
己の立場を理解している立ち振る舞いに、マリア王妃も特に悪い印象を持っていなかった。
「……その、女が、なに?」
ようやく出た自分の声は、ひどく掠れていた。
ここで侍女はようやく、マリア王妃の様子に気付いた。
「あ、あの……。」
「その女をどうしたと?」
マリア王妃は無表情で、ゆっくりと振り返る。
櫛を持つ手がガタガタと震えている。
「……その女……リザは今はどこに?」
「え、あの……王妃様のために処分を……」
「誰の命令で?」
侍女は口を噤んだ。
マリア王妃の背筋を冷たいものが走る。
まさか。まさか、本当に?
「誰が命じたの?私は……そんなこと命じた覚えはないわよ?」
はくはくと口を開き、言葉にしようとする侍女の顔は真っ青だった。
王妃は小さく息を吐き、自分の侍従を呼ぶ。
「リザ・ロベルトの所へ案内しなさい。」
「し、しかし、王妃様。」
「聞こえなかった?」
王妃の冷たい目が侍従を射抜く。
「案内しなさい……早くっ!!」
「は、はっ!!」
侍従に案内された先を見て、マリア王妃は目を疑った。
王城の地下深くに存在する、この地下牢は罪人を収監する場所だ。
嫌な予感が胸を締め付ける。
「開けなさい。」
見張りの兵士は慌てて膝をついた。
「お、王妃様!?なぜこちらへ――」
「開けなさい。」
低い声に、兵士は震えながら鍵を取り出した。
重い鉄扉が軋んだ音を立てて開き、鼻を突く血の臭い。
「――っ!」
マリア王妃は息を呑んだ。
牢の中央に、鎖で両腕を吊り上げられたリザが居た。
白かった肌は痣と裂傷に覆われ、茶色の髪は血と泥で汚れている。
顔を上げる力すら残っていないのか、頭は力なく垂れていた。
かすかに胸が上下している。
生きている。だが、それだけだった。
「王妃様!」
側に居た拷問官が得意げに歩み寄る。
「ご覧ください!この女狐め、恐れ多くも陛下を誑かし――」
「リザを降ろしなさい。」
拷問官は言葉を止めた。
「……は?」
マリア王妃はリザから目を離さなかった。
「聞こえなかった?」
静かな声だったが、その場の誰もが背筋を凍らせた。
「リザを降ろしなさい。」
「し、しかし王妃様!まだ尋問が――」
「早く!!」
地下牢に怒声が響いた。
兵士たちは慌てて駆け出し、鎖が外された。
崩れ落ちたリザの身体を兵士が受け止めたが、そのあまりの軽さに顔を強張らせる。
「医者を呼びなさい!」
マリア王妃は振り返る。
「今すぐよ!」
「は、はい!」
「それから魔女のアマルベルガ殿を呼んで!最優先です!」
侍従が駆け出す。
「リザは私の宮殿へ運びなさい。」
「王妃様、それは――」
「運びなさい。」
有無を言わせぬ声だった。誰も逆らえない。
兵士たちは慎重にリザを抱き上げた。
そのまま地下牢を出ていくと、静寂が落ちた。
残されたのは拷問官、見張りの兵士、侍従たち。
マリア王妃はゆっくりと振り返った。
その顔から感情は消えていた。
「さて。」
全員の肩が跳ねる。
「そこに並びなさい。」
誰も動けない。
「聞こえなかった?」
全員が慌てて横一列に並ぶ。
「座りなさい。」
「お、王妃様……。」
「その耳は飾りかぁぁぁぁーーー!!
座れって言ったよのぉぉ!!早く座れぇぇぇーー!!正座しろぉぉぉぉっっ!!」
王妃の怒号が地下全体に響き渡った。
全員が床に座り込んだのを確認して、大きく息を吸って吐き出す。
そして、マリア王妃は静かに問う。
「では説明してもらいましょうか。」
冷たい微笑みが浮かぶ。
「誰の命令で、何をしたのかを。」




