ワイドショー「王昭君」~菱田春草「王昭君図」より
1902年「王昭君図」
菱田 春草
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(司会)
さて、今朝の話題はこちら。
後宮の美女、最果ての地「匈奴」へ嫁入り!
横行する似顔絵師への賄賂の実態をレポート!
漢の元帝が取った「美女外交」の行方を問う!
(ナレーション)
今回、犠牲となったのはこの女性。王昭君。
後宮の官女です。驚くほどの美女ですねえ。
王昭君(アップ画像)
(ナレーション)
なんと、空を飛んでいた雁が、見惚れて落っこちて来たなんて逸話の持ち主。
そんな彼女が、なぜ、野蛮な異民族のところへ嫁さなければならなかったのでしょう?
(コメンテーター)
そりゃ、匈奴の王が求めたからですよ。
漢の元帝に対して、「自分の嫁にしたいから官女を寄越せ」って抜かしやがってね。
ご存じの通り、漢の国と匈奴は幾度となくドンパチやってる間柄です。
でも縁続きになることで、両国の関係が安定する。外交上のメリットは計り知れない。
実はね、ここだけの話、本当は王女様を嫁に欲しかったらしいですよ。
漢王家の娘婿になれたら、それが一番ですからね。
(ゲスト)
え~。ずうずうしいなあ。辺境の遊牧民のところに、都会育ちの王女様をなんて。
(司会)
あ~、ほらほら。あんまり言うと、また炎上しちゃいますよ~。
(ナレーション)
漢の元帝は、嫁にやる官女を後宮から選ぶことにしました。
その選定に用いたのが、宮廷絵師の描いた肖像画です。
日頃から、帝はお傍に召す女性を絵を見て決めていたのだそう。
今回は、その中で一番醜い女性に白羽の矢が立ちました。
それが王昭君だったのです。
(ゲスト)
え?! 一番美人なのに? おかしくない?
(コメンテーター)
賄賂ですよ。
絵師に賄賂を渡して、実物より綺麗に描いてもらうんです。
後宮の女性は、家を背負って来てますからね。
帝の寵愛を得るかどうかに、一族の浮沈がかかっている。必死ですよ。
(後宮の皆さん)
(ナレーション)
ところが、王昭君は絵師に賄賂を渡しませんでした。
だから、わざと醜く描かれてしまっていたのです。
(ゲスト)
ひどいなあ! 汚職じゃん!
彼女はズルしなかっただけだろ。
それで馬鹿を見るなんてさあ。
(ナレーション)
王昭君が旅立つ段になって、帝は初めて彼女の姿を目にしました。
絶世の美女ではないか。そう惜しんでも、既に遅し。
帝は、絵師を斬首し、その首を晒しました。激しい怒りが伺えますね。
(コメンテーター)
まあ、ここに至って「チェンジで!」なんて言えませんからな。
ことは外交問題。本音は、匈奴と事を構えたくはないんだから。
(ゲスト)
それで、うまく行ったわけ?
(コメンテーター)
成功と言えるでしょうな。
漢と匈奴の関係は、このあと数十年に渡って比較的安定した。
つまり、官女を嫁がせることは、「和平の証」と受け取られたわけです。
外交、文化、政治。
その全てにおいて、メリットがあった。
つまりですね、え~と。
(司会)
あ、また長くなりそうですねえ(笑)。
でも、ボク個人としては言いたい。
強大な漢王朝が、一人の女性を犠牲にして外交を行うっていうのは、いかがなもんでしょうか。
王昭君さんはね、誰も知り合いなんていない辺境に、たった一人で嫁に行かなきゃならなかったんですよ。
きっと、道中、琵琶をかき鳴らしながら、涙にくれたに違いないんだ。
そう思うと、私も涙が出てきますよ。
久隅 守景によって描かれた王昭君 (江戸時代)
(ナレーション)
では、今日はこのへんで。
漢王家の犠牲となった儚き美女。匈奴との間に和平をもたらした、王昭君さんをご紹介致しました。
次回は、「楊貴妃のスキャンダル!? 唐の宮廷に渦巻く愛と陰謀!」です。
どうぞお楽しみに。
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(王昭君本人による独白)
勝手な想像ばっかり。
漢の人たちは、匈奴のことを蔑んでいた。
だけど違う。暮らし方が、そして文化が違うだけなのよ。
実際に来て、一緒に暮らして、分かった。
優しかった夫。
あなたは、何よりも私を敬ってくれた。
それがどんなに嬉しかったか。
そして、この国で暮らすことが、どれだけ私を成長させたか。
後宮では、一度も帝に召されずにいた。
絵師に賄賂を贈らなかったのだもの、当然よね。
今なら分かる。
あの頃の私は、融通がきかない、頭でっかちの人間だった。
現実に向き合って、何とかしなければならない時。
なりふり構わず食らいつく必死さが無かった。
ただの飾られた華だった。見向きもされない……。
でも、この地に来て。
根を張り、逞しく枝葉を茂らせることが出来たのよ。
幸せだったわ。
私がいることで、二つの国に争いが起こらなくなるなら。
それも嬉しかった。
そうでしょう?
戦いなんて、弱い者が泣くだけ。
だから、みんな気付いて。
私の本当の気持ちに。
これからも、私のお墓の周りにだけ、草は青々と生えるでしょう。
それは私の思い。
この地に根を張り、末永く平和を願い続けるでしょう。
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今回は趣向を変えてお届けしました。
中国四大美人に数えられる、王昭君。
史実上、あまり記録が無い。後世の人が、バリバリに創作しまくりました。
『漢書』匈奴伝下:王昭君の史実的記録が初出
『西京雑記』:似顔絵師への賄賂の逸話が登場
『世説新語』賢媛篇:同様の逸話を収録
『琴操』:王昭君の悲劇を詩的に描写(蔡邕作とされるが偽作説あり)
晋代『王明君辞』:王昭君を主題とした詩
唐代詩人の作品は、以下。
李白「王昭君二首」
杜甫「詠懐古跡五首 其三」
白居易・張蠙なども青塚を題材に詩作している。
中世・近世の演劇・語り物としては、
元代 馬致遠『漢宮秋』(王昭君の悲劇を描いた雑劇の代表作)
以上、AIさんによるまとめ。
だから、どこまでが真実で、どこからがフィクションなのか、ぐちゃぐちゃ。
私も、想像で彼女の気持ちを書いてみました。
犠牲になったと、悲観に暮れて一生を終えるよりも。
自分の置かれた場所で、精一杯生き抜いていく。
そうだったらいいなあと思います。
ちなみに、王昭君の墓とされる「青塚」。
内モンゴル自治区にあり、
「白草の地にあって、彼女の墓だけが青々としている」
という伝説が残っているそうです。
(AIにて生成)




