菊慈童~菱田春草「菊慈童」より
菊慈童 菱田春草 1900
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菊の葉に
ありがたい お経を書きました
慈悲深い観音菩薩さま
海よりも広く深い御心で
どうぞ守って下さいませ
すると 葉に露が宿り
それを糧として 私は命を繋いだ
やれ めでたや
800年経った今も
清らかな童子のまま
やれ めでたや
人と交わらず
山奥の庵に 独り
我を敬うか?
世俗に塗れ
泥を喰み 必死に生き抜いた者は
我を羨むか?
長寿をただ賛美し
菊の花を貪る輩よ
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朦朧体
菱田春草、横山大観らによって確立した日本画のスタイル。
それまでの日本画は、当たり前のように線で描かれていました。
浮世絵が分かりやすいかな。今で言うと、漫画みたいな感じ。
その線、や~めた。
色だけで、物の形や風景を描いてみよう。
色彩の濃淡。重ね塗り。色をぼかす。
様々な技法を使って、光や空気までも表現してみよう。
この新しい試みは、当初は理解されませんでした。
ぼんやりした絵だな。
明確な輪郭線が無いからだ。
色彩が混じってしまって、暗く、朦朧としているじゃないか。
非難と揶揄を込めて、「朦朧体」と評されたのです。
でも、さらなる試行錯誤を経て、やがて朦朧体は認められていき、以後の画壇に多大な影響を与えました。
ディスられて付いた名前が、評価を得て、時と共に正式な名称として認知される。
かっこいいなあ。なんだか、「印象派」と似ていますね。
「菊慈童」は、もともと中国の古いお話。
それをベースに、能の演目が作られました。
長寿を祝う、おめでたい曲となっています。
でも、この絵は手放しで「長生き万歳!」と言っている気がしない。
朦朧体の持つ、暗い雰囲気が漂ってるせいかな。
36歳で夭折した菱田春草。
いったい、彼はどう考えて、この絵を描いたのでしょうね。
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次週、最終回となります。
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