第十一章 底
七月の終わりから八月にかけて、透と凪の間に変化が起きた。
これまでの「クライアントとカウンセラー」という構造が崩れた。二人はただ、二人だった。
凪の確信は揺れ続けていた。鶴見の問いは凪の中で答えを出さなかった。霊的知覚は消えていなかった。死者の影のようなものが見える体験も、人のオーラの変化も、変わらず起きていた。しかし凪はその体験に、以前のような確固たる解釈を与えられなくなっていた。
それは一種の真空状態だった。
知覚は続いている。意味が宙に浮いている。
透は凪に、これまで誰にも話さなかったことを話した。大学時代、死の恐怖が最も激しかった夜のことを。哲学書を床に投げ捨てて、知識があるほど出口がなくなることを悟って、泣いた夜のことを。
「それでも続けていたんですか、哲学を」
「続けていた。出口は探せないとわかってても、迷路の地図を描くことをやめられなかった。多分、それが自分のやり方だったんです。答えを出すためじゃなく、問い続けることで生きていく、という」
「答えを出さないことが目的だったんですか」
「違う。でも答えが出ないことに耐える練習だったかもしれない。知識を積むほどに、確定的な答えが出ないことが明確になる。その明確さと付き合う練習」
凪はしばらく考えてから、
「私は逆だったかもしれない。体験によって答えを確定させようとしていた。知覚があれば答えになると思っていた。でも鶴見先生が教えてくれたのは、体験も答えにならないということだった」
「じゃあ何が答えになるんですか」
「なれないのかもしれない。答えに、人間は」
透はその言葉を長い間持っていた。




