57 王都の散策
翌朝早起きしてジルと空き地の様子を確かめに行った。 無事に発芽しておまけにツルが伸び始めている。暫くの間、また村が騒がしい事になりそうでちょっと不安になったけど ”見た事の無い食べ物に皆喜んでいるから” というジルの言葉で まあ成る様にしか成らないか、と開き直る事にした。
ゆっくり観察していて村人達に掴まるとまた質問攻めに遭いそうなのでジルに ”時間が出来たら必ずまた様子を見に来るから” と言って村を後にした。
その後、川を見つける度に釣りをしての休暇らしい道中だったけれど 最後の釣りを終えて王都に入る前に従者用の衣服に着替えた。休暇中とはいえさすがに平民用の衣服で伯爵家に戻るのは憚れる。
昼前には王都近郊に戻って来たけれど… はっきり言って 選定の儀迄は俺に出来ることは何も無い。この世界のそういった儀式等は何をすればいいのか全く分らないので国宝級の水晶玉に宿っていた精霊のリリィに丸投げだ。
休みはまだ一日半あるから王都の街をゆっくり散策してから帰る事にしたのだけれど 昨日王都の街を一人でチャリに乗っていた時に感じた道行く人々のひそひそと囁きあう声や疑心暗鬼な視線の事を思い出した。
”試運転中の魔道具” なんて張り紙をしたらどうだろうか? なんて思ったりもしたがリリィの ”余計に面倒な事になるわよ” という助言で止める事にした。
街に入っても隠蔽魔法を解除しないままチャリを押して歩く。結構な人通りが有るからチャリに乗ったまま周りの景色に気を取られて誰かにぶつかりでもすれば大事だ。
『別に和真がよそ見してたってチャリが気を付けているから大丈夫よ』
『そうかもしれないけど珍しい物なんか見つけたら立ち止まってじっくり見たいし…』
『それもそうね。王都の人々の生活の一端を知る事が出来るから ゆっくり見て回るのは良い事だと思うわ』
イスト地方で訪れたラグの町に比べると格段に賑わいが違う。ラグではジルに案内して貰って買い物なんかも多少は経験したけれど 流石王都ともなると店の規模も構えも比べ物にならない位敷居が高い。
街ゆく人々の雰囲気も ”都会” っていう感じが半端ない。流石この国一番の中央都市だ。
尤も現代日本の首都東京… どころか地方の県庁所在地の街とは人の数も建物の大きさも比べ物にならない。
道中で朝ごはんを済ませて王都に入ったけれど 昼も近くなりお腹が空いてきた。王都ともなると王族を中心に貴族が多く滞在している。大通りは貴族向けの立派な店が立ち並んでいたのだろう。中心街では身分違いで買い物が出来ないのは明らかだ。リリィに一般市民向けの店が有る場所を検索して貰いそちらへと向かった。
市民向けの区画の端にある木立の陰にチャリを停めて自分は隠蔽魔法の範囲外に出た。リリィが傍にいてくれたら離れた場所のチャリの様子も分かるのでチャリを置いたまま歩いて散策をする事にした。
そのまま食べられる軽食みたいな物を売っていないかな、と探して歩いて行くと様々な食材を扱っている店が立ち並んだ通りを発見した。美味しそうな匂いに引き寄せられて進んで行くとちょっとした広場に出た。
中心にある小さな池の様な水場を囲むように露店が並んでいる。その場で食べられる軽食を売る屋台や生産者が直接販売しているであろう農産物の店、古着なんかも売っている。
この区画は一般市民向けの商品を扱う店ばかりの様だ。ジルと行った町は殆んどが一般向けの店だったけれど 広い王都は身分によって生活の場が区画分けされているのだろう。
お腹が空いているので何か気軽に頬張れそうなものを探して歩く。尤も通りに入る前から匂ってきている肉の焼けるいい匂いの源の方に自然と足が向いているのだけれど…
一軒の露店の前に立って並んでいる品々を吟味する。肉の串焼きが三種類と焼いた肉と野菜を挟んだロールパンがやはり三種類。
「おっ、兄ちゃん。いかにも腹が空いてるって顔してるな。どうだ? うちの串焼きはここらじゃ一番うまいぞ!」
「三種類あるみたいだけど何の肉?」
「ボア鉄貨一枚と半鉄貨二枚と鳥鉄貨一枚半鉄貨一枚とトカゲ鉄貨一枚の魔物だな。パンに挟むとプラス鉄貨一枚。お薦めはボアだけど兄ちゃんは若いから ちょっと硬めのトカゲでも平気なら一番安価だな」
詳細な名称じゃなくて大雑把な種類しか分からない所がいかにも庶民向けの店ってところかな。きっと小物で手に入り易い魔物を使っているんだろう。
「じゃあボアと鳥のサンドを一つずつとトカゲの串焼きを一本」
「流石若い兄ちゃんは違うな。さぞかし食べっぷりも良いんだろな。入れ物はどうする? 皿に入れるなら補償金鉄貨2枚と使用料半鉄貨2枚、持ち帰りなら木の皮代が半鉄貨3枚 持って来た器かそのまま持って行くなら商品代金だけだが… これだけ買うなら食べきれなかった時の事を考えて木の皮に包んで持ってくってのが一番無難だな」
チャリが一緒なら何か出せるけどそこまで惜しむ値段でもないしその辺の石垣に座って食べる事も出来る。
「じゃあ木の皮に包んで下さい」
「毎度あり! ちょっと待っててくれよ」
「鉄貨1・2・・・5枚と半鉄貨1・2・・・6で… 全部で鉄火6枚と半鉄貨1枚、初めてのお買い上げだから大サービスで鉄火6枚!」
「ありがとう!」
「良いてことよ。その代わり気に入ったらまたのお買い上げ、よろしくな」
「勿論!」
包みを受け取ると「あそこの石垣が日陰で座るのにも丁度良い」とオヤジさんが指さして教えてくれた。お礼を言って教えて貰った場所に腰掛けて食事をする。
リリィとは念話できるので食べ物を頬張ったまま会話が可能だ。
『このまま手ぶらで帰るのも何か気が引けるな』
『エリザベートさんの事? 屋敷でご両親と水入らずで過ごしてるんだから気にする事ないわよ』
『それもそうだね。ところで肝心の選定の儀、何か名案見つかった?』
『それは和真が何とかする事じゃないの? 第一、儀式の内容がもう少し詳しく分からない事には先手は打てないし… 行き当たりばったりで上手くいくとも思えないでしょ?』
『そうか。さすがに精霊でも内容の解らない事をその場で何とかするっていう訳にはいかないよね』
『せめて進行内容だけでも前もって解らないとね』
『伯爵に聞いてみるよ』
食事を終えて散策しながらの帰り道、貴族用製菓店舗の前にちょっとした行列が出来ているのが目に留まり ”新作お菓子の販売” という声が耳に入った。近付いて覗き見ると日本で言う所の ”オムレットケーキ” の様なお菓子が並んでいて希望数を木の箱に入れてくれる様で高級感がある。
エリザベートさんにお土産で買って行きたいけど持って歩くには形が崩れそうだし…
『あのくらいなら大丈夫よ。チャリのアテムボックスほどではないけど 応用でちょっとした収納魔法が使えるから。時間を止める事は出来ないけどね』
『そうなの? めちゃめちゃ便利じゃん。お財布とか掏られたり落とす心配もないって事でしょ?』
『そうなるわね。私を落としたり無くしたりしなければ』
『だってリリィとは念話できるから近くにさえいれば場所は分かるし 結界で敵意の有る者は寄せ付けないから奪い取られる心配ないし』
平民姿なら行列に並べもしないが貴族の従者がお使いで買いに来ている、という体で購入した。
その後も暫く散策してそろそろチャリの所へ戻ろうと思った時、リリィが 『チャリにぶつかった人物が立ち止まって 見えないはずのチャリの方を睨んでいるらしいわ』 と伝えてきた。
慌てて通りを抜けてチャリを停めている木立の見える所まで戻ると 言われた通りチャリのすぐ近くで腕を組んで考え込んでいる貴族風の衣装を纏った20歳過ぎの青年が目に入った。
まさかチャリの結界に気付かれた?
そう思って立ち止まったまま見入っていると不意に目線を移したその人物と視線がぶつかった。
思わずヤバい! と思って反射的に視線をそらしてしまった。そのまま方向転換して歩き出しながらリリィに ”後を付いてくるように” とチャリに伝えて貰った。
歩きながらリリィに詳しい事情を聞いてもらったら 考え事をして歩いていたらしい先ほどの人物が木にぶつかりそうになって避けた拍子に 見えないチャリにぶつかってしまい不審に思って立ち止まったそうだ。その直後、見えない物体に向けて鑑定魔法を放ったが それはチャリが張った結界に弾かれてしまったらしい。
まあ、チャリはもう移動してしまったから手探りで探してみても見えない謎の障害物は既にそこには無い。
思わず目をそらした俺の事を不審に思ったとしても この広い王都で庶民の俺と見知らぬ貴族が再び顔を合わせる事は無いだろう──── とその時は深く考えないでいた……




