12.生徒会長と試験結果
そう言われてやってきたのは、生徒会が所有するサロンだった。古めかしい大きな屋敷の中は、白と赤を基調とした明るくも落ち着きのある内装で、埃ひとつないほど綺麗に清掃された廊下に飾られた調度品は、古くも質の良さそうな物ばかりに見える。その一角の外、学園の敷地内だと思えない程、見事に整備された中庭が見渡せるテラス席に案内された。
「素晴らしいサロンですのね」
「お褒めに預かり大変恐縮です。こちらは高等部生徒会専用のサロンで、元々は王族が学園に通うための居住地として建てられたのがこの建物です。最初に住まわれたのが、二代目国王のベルゼルク様でしたので、通称『ベル邸』と呼ばれています。ここにある物は全て建設当初のまま使用しています」
ベル邸は、有事の際にも使用できるようにと部屋数は多く、生徒会室として使用している執務室や食堂、娯楽室もあり、更には生徒会役員一人一部屋与えられている。常に王宮所属の使用人が在住しており、屋敷の手入れや身の回りの世話までしてくれるそうだ。そのせいか、生徒によっては実家よりも高待遇ゆえ、実家に帰りたがらない者もいるだとか。
サロンの説明を済ませたコーディーは、姿勢を正しエリザの方に向き直した。
「本日こちらに御足労頂きましたのは、先程総会での事を謝罪したく……」
「そんな……私は全く気にしておりませんよ」
「だとしても、学園のトップとしてそれで良しとは致し兼ねます」
「それはそうですが……」
難しい顔をして言い淀むエリザ見たコーディーは、フッと優しい笑みを一瞬浮かべた。直ぐに口を引締め、頭を下げる。
「エリザ様。私の不手際で不快な思いをされましたこと、深くお詫び申し上げます。申し訳ございませんでした」
その様子は彼の誠意がヒシヒシと感じられ、エリザ個人としてではなく、商会の会長として、彼の謝罪を受け取る事にした。
「頭をお上げください。謝罪は受け入れます。以後、こういった事がないよう努めて下さい」
「ありがとうございます。気をつけます」
「よろしくお願いします」
数瞬見つめ合った2人の間にほんのり冷たい風がふわりと通り過ぎた。それと同時に甘い沈丁花の香りが鼻腔を擽る。暖かい陽光、冷たい風、沈丁花の香り……春だなと思わずにはいられない組み合わせである。それは、コーディーも同じだったようだ。
「最近まで寒かったと思ったのですが、いつの間にか春になりましたね」
そう言ってコーディーは、胸元から懐中時計を取り出し、チラリと時間を観る。
「ホームルームが終わるまでまだ時間がありそうなので、このままここでお茶は如何ですか。寒くなければ、ですが」
「ありがとうございます。是非お願いします」
「では、準備させて頂きます」
既に準備が出来ていたのだろうか、後ろに控えていた執事らしきご老人に合図をすると、あっという間に焼き菓子と紅茶が並べられた。
「アルフ達にはこの場所を伝えてあるので、どうぞご安心を」
「ありがとうございます。あと、既に私の来賓としての仕事は終わっております。今はアルフ・シュトーレンとカミル・シュトーレンの妹として接して下さいませ」
そう言ってエリザがふわり笑うとコーディーもつられて微笑む。
「……分かった。君の心遣いに感謝する」
この学園では高等部の生徒会長が全生徒の中で最も権力を持つ。そもそも爵位は生徒の両親あるいは家族が持っているもので、生徒自身が爵位を有している訳ではない。この観点から、例え自分の方が爵位が上であっても、生徒会長が相手では驕れないのである。権力で威張りたいなら生徒会長になれって事らしい。この学園にいる限りは、エリザも同じである。
これはアルフから聞いた話だが、そもそも生徒会長になるには、いくつかの条件を満たさないといけないらしい。
まず、学年で5位以内をキープしている事、心身ともに健康である事、慈善活動を複数回している事、前生徒会長から推薦状を貰う事などがあるそうだ。アルフも条件を全て把握していないそうなので、きっとまだ他にもあるのだろう。
全ての条件をクリアした後、教員と全校生徒の7割以上の承諾が必要になる。この厳しい条件から分かるように誰もが生徒会長になれるものではないため、生徒会長は学園のトップとして色々と権限が与えられるのだ。
「ネクソン様は何故生徒会長になろうと思ったのでしょうか?あっ、答えにくいのであれば、無理にお答え頂かなくても結構なのですが……」
目の前に座るコーディーの顔を見ると、両眼の下には隈が出来ていて疲れた顔をしているように見える。よほど忙しかったのだろうか。そこまでして大変な生徒会長の仕事を全うする理由が気になった。
「あぁ、それはね……」
どうやらコーディーは外交官を目指しているようだ。コーディーの話によると、亡き母が東の方の国出身で、幼い頃からよく故郷の話を聞かされていた。この国とは全く違う情景に胸を高鳴らせ、いつしか行ってみたいと思うようになったそうだ。
さらには、母親が息を引き取る直前に喧嘩別れをした祖父に宛てた手紙を届けると約束もした事もあり、母親の祖国に行くと目標が確固たるものになった。しかし、10年ほど前から母親の祖国は情勢が悪く、普通の観光目的として入国出来ない状況が続いているそうだ。そんな中でも入国を可能とする唯一の職業が外交官という事らしい。
しかし、外交官は王宮内の職業の中でも配属が難しいとされている。その所以は人員が少ないからだけではなく、家柄と博識さが求められているからだ。国内外の世界史や情勢にも詳しくなければならない。また訪れる国々の語学や作法・マナー・法律も理解している必要がある。
そもそも王宮に関する職業に就職希望をする場合、推薦状が2通必須となる。推薦人は貴族あるいはそれに準ずる者とされており、当たり前の話だろうが、その推薦人によって、就職の優劣が決まってくる。だからと言って、推薦状はそう易々とは貰えない。何故なら推薦した者が就職後に何か大きな粗相をした場合は、推薦人まで咎められるからだ。風評を気にする貴族ほど、推薦状を書くのは嫌がる傾向にある。
知識は勉強すればどうにかなるが、持って生まれた家柄だけはどうにもならない。ネクソン家は伯爵位を持つものの、地方貴族で大したコネもないため、殆どあてにできない。そう知ってからというもの、外交官を半ば諦めかけていたコーディーだったが、父親から学園で推薦状を貰える話を聞いた。
学園の推薦状は、どの職業においても無下に出来ないほどの影響力を持つほど凄いらしいと――。
「向いていない生徒会長の仕事だけれど、出来の良い仲間の協力があってこそ、今の僕がある。仲間には感謝しきれないな」
たまたまコーディーの学年は王族や大貴族の子供がおらず、他に生徒会長になりたいと大義を燃やす者もいなかったため、運が良かったと話す。
「任期はあと2ヶ月でしたよね」
日本とは違い、この学園は9月始まり……逆を言えば7月末が卒業式である。日本で生まれ育ったエリザとしては、なかなか慣れない感覚なのだが――。今が3月、生徒会役員の任期は5月で終了となると考えると、任期はもう少し早くても良いのではないかと思ってしまうぐらいだ。
「そうなんだ。でもその2ヶ月も憂鬱で仕方がないよ」
「お忙しいのですか?」
「来月から新システムの試運転があるのだけれど、そのトラブル対応に追われるのが目に見えている。今日君と会ったジェラルド殿下やブリジット嬢たち次期生徒会も手伝ってくれるが、それでも初めての事となると、そう上手くは行かないだろうね」
「そういえば、兄達も言ってましたね……」
今月末に新システムの概要を聞いて、来月から試運転で出たトラブルを、その都度報告するのだと言っていた事を思い出す。
「とは言え、残り2ヶ月間だ。目一杯頑張るよ」
「はい。お体を崩さない程度にお願いしますね」
「ふふっ。そうだね。……それにしても君はしっかりしているね。カミルの方が幼く見えるよ」
(まあ、こっちは心は大人だからね。寧ろ幼く見えたらショックだよ)
などと思いながらも、エリザの顔は褒められて嬉しそうである。
「流石はエリザベス商会の会長をしているだけのことはある。制服も格好良かったし、機能も凄いね。服に付与魔法を使えるなんて知らなかった」
確かに付与魔法は装飾品や武器に使用することが多い。エリザの店も販売している服飾品に付与魔法は一切していない。付与魔法自体が特殊で珍しいため、知らないのも当然だ。
「あまり服には使用しないので、知らなくて当たり前ですわ。しかし、付与魔法があるのとないのとでは、戦闘の際に雲泥の差が生まれますので」
「そうだね。だからこそ来年度から新しくなる学園に相応しい制服だと思うよ。私たち3年生は着られなくて残念だ。――それに、ここ2.3年で教師陣もガラリと変わったし、それが良い方向に行くといいね」
「良い先生が配属されたのですか?」
「元騎士団長や元魔法士団長、他にもその道で有名な先生や研究員だった教師が入ったんだ。そのお陰で格段に勉学の質も上がった」
「以前はそうでもなかったのですか?」
「そうだね。生徒も教師も意欲的ではなかったかな。授業も専門ではない教師が、教科書を読むだけのものだったし、これは内緒の話だけれど、教師と子供の親が繋がっていたりもした」
(繋がっているって事は、裏金とか賄賂とかそんな感じだろうか。お金を払う代わりに成績良くしてくれとか?これはどの世界でも変わらないな)
「と言う事は、先生が変わる時はかなり揉めたのでしょうね」
「それがね。揉めたという話は僕の耳に入ってこなかったんだよ」
生徒のトップに情報が流れてこなかったとなれば、穏便に事が進んだのだろうが、果たして、そんな事が可能なのだろうか。摘発の相手が貴族だと国を巻き込む大事件になりそうなものだが。
「先生側で上手く揉み消したって事ですか?」
「いや、そうでもなさそうだった。って言っても、その時は僕はまだ生徒会長ではなかったから、前生徒会長に聞いた話だけどね」
「その前生徒会長さんが嘘をついた可能性はないのですか」
「それなないね。彼は真面目で正義感が強かったし、教師達の事をよく思ってなかった。そんな彼が嘘をつく理由がないし、そもそも嘘がつけない性格だった」
「そうですか。なら、よっぽど穏便だったのですね」
もしくは、文句を言わせない状況を作ったか……
「たぶん理事長の手腕だろうね。今回の改革の発案者も理事長らしいし」
「へぇー。理事長の……」
学園長の3人には会ったが、理事長にはまだ会った事がなかったな、と思い出す。お貴族様を牽制できるほどの人物となると、何処ぞの魔法学校の校長先生みたいに立派な髭を生やしたご老人なのだろうか、とエリザは想像をふくらませた。
「新しくなった学園で一から学べる君が羨ましいよ。何かと大変だろうけど、君なら上手くやってけそうだね」
「ありがとうございます。そうだと嬉しいです」
実はまだ、貴族以外も学園に通えるようになった事以外にどう変わるのか知らない。兄達は多少知っているようだが、入学してからのお楽しみだと言われているため、教えてもらっていない。エリザとしてもそれで構わないと思っているため、それ以上詮索しない事にしているのだ。
「コーディー様。アルフ・シュトーレン様とカミル・シュトーレン様がお見えになりました」
「そうか。ありがとう」
控えていた使用人がコーディーにそっと声をかけた。
「どうやら時間切れのようだ。また機会があったらゆっくりとお喋りしよう」
「はい。是非お願いします。色々とお話が聞けて有意義な時間を過ごす事が出来ました。……あと、コーディー様。よろしければ、こちらをどうぞ」
エリザはアイテムボックスから、小瓶を1つ取り出す。
「これは?」
コーディーは不思議そうに小瓶に入った透明と青い2層の液体を見つめる。
「これは、所謂入浴剤ですね。よく振ってから5滴ほど浴槽に垂らしてください。日々の疲れを取ることができますよ」
「ありがとう。大切に使われてもらうよ」
香油とポーションが入ったこの小瓶の効果は凄まじく……効果がありすぎて非売品となった物だ。エリザとしては何故これを作らないのか不思議なぐらいだったが、この世界ではポーションは飲んで治すものと言う概念も強いらしい。喜んでくれるかと思い、プレゼントしたカムイとミーシャに叱られてしまったのは半年前の事である。
売り物に出来ず、かと言って誰か構わず渡す事も出来ない在庫処分に悩ませられている商品。目の前のお疲れの彼にどうしてもプレゼントしたくなった。貰い物ではなかったが、どこで手に入れたか聞かれると困るため、「貰い物ですが」と忘れず付け加えておいた。
その後、迎えに来たアルフとカミルと仲良く屋敷に帰宅した。兄の前で泣いてしまったせいか、しばらくの間、兄達はエリザから離れてくれなかったのであった。
「お嬢様。学園から手紙が届きました」
入学試験から2週間後の朝、早くも学園から合否の通知が届いた。アーニャから手紙を受け取り、エリザは慌てて駆け出した。
「お父様、お母様、学園からお手紙が来ました!」
勢いよく居室の扉を開けると、両親がクレアをあやしていた。両親は既に学園から手紙が来たことは知っていたのか、表情を変えることなく落ち着いた様子でエリザを招いた。
「開けてみなさい」
「はい!」
あー、ドキドキする。一般教養も実技試験は大丈夫だと思うけれど、問題は状況設定問題だ。
あの試験だけは正しい回答が分からない。質問の意図が私と思っているのと違えば、0点だって有りうるのだ。それで不合格になったりして……。
やるだけの事はやったので、不合格なら不合格で後悔はない。エリザは机の上にあったレターカッターを器用に使い、そっと手紙を開く。
『合格』
エリザは手紙を見た瞬間、思わず息を吐く。
「どうだった?」
「見てください!合格です」
心配そうにこちらを見る両親に笑顔で合格通知を見せる。すると、2人は喜びの声を上げる。
「良かった!実技試験でやり過ぎて、逆に不合格になっていないか心配だったんだ」
(そっちかーい!)
エリザは心の中で突っ込む。親の心配としては如何なものか。そう言えば、試験が終わって本宅に帰ってきた時……「エリー!お帰り!試験どうだった?機材を壊さなかったかい?」って聞かれたなとふと思い出す。
チート過ぎてお断りしますとか……なくはないと思うけれど。ちゃんと加減したよ?
「ほら。だから大丈夫だって言ったじゃない」
「いや、しかしだな……」
「はいはい。そんな事より、エリーの合格祝いをしなくちゃねー。クレア」
エレインの問いかけにクレアは機嫌良さそうにキャッキャッと笑う。
「クレアも合格を喜んでくれてるのー?」
エリザは感激のあまりクレアのモチモチな頬をスリスリした。
来年度から学園生活が始まる。どんな日々が待ち受けているのだろうか。楽しみ過ぎてそのテンションのまま屋敷中の使用人に報告して回ったのだった。




