表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/79

09.人間性能 評価ボタン

 和馬とゆかりが、運営に参加して1ヶ月あまり。ついに、ベルテックスの本格的なSNS運用が始まった。討論用のスレッドが開放され、ユーザー同士での交流が可能となったのだ。


 ベルテックスの1番の特徴は、ユーザーのスコアリングシステムにある。


 スコアは自身の投稿などで獲得できるのだが、自分の発言が他者から評価されると、大幅に上昇するようになっていた。いいねボタンで10P、賛同の返信で30Pといった設計がされており、週ごとにランキングが発表される様になっている。そのユーザー評価システムはSNSの名前を取り、『ベルスコア』と命名されていた。


 また、サービス開始を記念したイベント開催も決定している。第1回目のイベントは討論会で、和馬たちの勧誘に使ったカフェを貸し切って行われる予定となっていた。




 イベント当日、カフェの店内で用意されていた軽食とコーヒーを飲みながら、20人ほどの学生たちが談笑している。その全員が、ベルテックス主催の討論会の参加者だ。


 正規の申し込みで参加した、ベルテックスの会員は12人。学年はバラバラだが、全員が東大生だった。それに加え、ゆかりに頼んで呼んでもらった、女友達が4人。残りは、蘇我田たち運営メンバーだ。


 そのほとんどが初対面のはずだが、歓談するうちに緊張もほぐれてきたようだ。


 蘇我田が会場の様子を眺めていると、詠流が一眼レフカメラを首に下げてやって来た。今日はカメラマンとして、イベント風景を撮影するのが、彼の役目となっている。


 カメラの液晶を覗きながら、詠流が蘇我田に話しかけた。


「花田さんの友達が来てくれなかったら、男ばかりになってたよ。討論会として女性の意見も聞くべきだし、呼んでもらってよかったね」


 ベルテックスの女性参加者は、ゆかりを含めて2人しかいなかったのだ。それでは心細いだろうと、ゆかりに友達の動員を頼み込んだのだ。


 しかし、蘇我田の目論見は、別のところにあった。


「今回の写真は、広報で使うからな。男ばかりだと、単純に絵面が悪い。できる限り、フォトジェニックな写真が欲しいからな」


 おしゃれなカフェで、楽しげに話す学生たち。しかも、ゆかりの友達は美人揃いだったし、そこに和馬が加われば、下手な広告よりも絵になった。


 そもそも、和馬とゆかりは顔採用で、広告塔として利用するつもりで誘ったのだ。狙い通り彼らを勧誘出来たのは幸運だったが、蘇我田はそれを詠流に説明するつもりはない。


 彼はその返答に驚いた様だったが、すぐに納得顔になる。そして、思い出したかのように、疑問を口にした。


「いつも思うんだけど、ベルテックスの運営費はどうなってるの? 今回は、会費も集めてないし……」


 初開催である今回のイベントは、全員が参加費無料で招待されていた。場所や軽食などの費用は、全てベルテックスの持ち出しになっているのだ。そんな詠流の問いに、蘇我田がさらりと答える。


「18から株式投資を始めて、多少の蓄えはある」


「株!? 蓄えって、蘇我田君の自腹だったの!?」


 自腹に加え、株で儲けているという話に、詠流は2度驚いた様だ。それ以上の細かい説明は避けて、蘇我田は付け加える。


「とはいえ、さすがに毎回無料というのは無理だ。次回からは、会費を取る。それで、儲けるつもりはないがな」


「そ、そうだったんだ」


 詠流は改めて、蘇我田がベルテックスにかける熱意を感じ取った様だった。詠流からの熱い眼差しを受け、蘇我田は苦笑しながら視線を会場に戻す。


「そろそろ時間なので、準備をお願いします!」


 和馬のよく通る声が、カフェに響いた。


 すでに机は隅に寄せられており、中央に観客用の椅子が並べられていた。その正面に、討論する側の椅子が6席ずつ用意されている。


「お伝えしているとおり、6名が肯定と否定に分かれて討論を行います。正式なディベートのように、細かくパートを分けてはいません。いわゆる、朝生方式ってやつです」


  ひとつの議題につき討論の時間が30分、全員で総評を行う時間が15分。今回は3つの議題が設定されており、毎回人を入れ替えて討論を行うのだ。


 ベルテックス上での話題をもとに、以下の3つの議題が選定されていた。


・環境ビジネスは、本当にエコなのか?

・若者が活躍するため、役職に定年を設けるべきか?

・能力主義は、本当に有益なのか?


 議題は共有されているので、参加者は事前に情報収集を行っているはずだ。


「ひとつ目の議題は、環境ビジネスです。アプリに名前が表示された方は、前の席にお座りください。分かりやすいように、アプリの表示と同じ順番にお願いします!」


 選ばれた人の一部から、苦笑いが漏れた。討論者はランダム選出されるので、希望の議題から外れてしまったのかもしれない。


「最終的なジャッジは、ベルテックスのアプリで行います。オーディエンスの方々は、支持できる発言があったら、その人の評価ボタンを押してください!」


 アプリには議題に加え、討論者の写真と名前が登録されていた。また、メンバーの一覧ページもあり、参加者は誰にでも評価を送ることができるようになっている。


「振り返りの時間では、オーディエンスからも意見を募集します。そこでも、良い発言をした方がいれば、評価ボタンを押してください!」


 席の1番後ろで、詠流がビデオカメラのセッティングをしている。今回、彼がカメラマンに徹しているのは、人前に出たくないと、討論への参加を拒否したからでもある。


 和馬は司会役に専念し、蘇我田とゆかりが議論に参加する予定となっていた。


 ビデオカメラの準備が整ったことを確認すると、和馬が討論の開始を宣言する。


「それでは、討論会を開始します!」


 最初に選ばれたメンバーは、緊張した面持ちで椅子に座っている。


「では、肯定派から、ひとりずつ意見を聞いていきましょう!」


 司会役の和馬がうながすと、肯定派の手前の男が、控えめに話し始めた。


「今、この話題がホットなのは、海洋プラスチックの問題が大きく報道されたからだと思う。買い物袋が有料になったのは、生活に密接する大きな変化で……」


 討論者が、順番に自分の意見を口にする。客席の人間は、静かにその話を聞いていた。


「CO2の排出量を取引すると言うが、それ自体が金儲けの手段として開発されたんじゃないかと疑ってしまう。消費者は余分なコストを支払っているが、その金が環境のために使われているとは思えない」


 発言をするごとに、討論者が客席をうかがっているのが分かる。自分の発言が評価されているのか、気になるからかもしれない。言葉のひとつひとつに、その緊張が感じられる。


 探り探りに始まった討論は進むにつれて、参加者の積極的な発言が増えてきた。


「以前は森を守るために、紙よりもプラスチック素材が良いとされてませんでした? 今はその流れが逆になっていて、こっちが良ければそっちはいいのかと、疑問に思うんですけど?」


「確かに。環境問題といっても様々ある。ひとつ事に囚われていては、最適解を導き出すことはできない。この意見は、先程の林さんの話にもつながると思いますが、どうですか?」


 和馬の司会ぶりは絶妙で、議論の勢いを保ちつつ、全員に発言をうながしてゆく。プロ顔負けの仕切り具合に、蘇我田も感心していた。


「カーボンクレジット市場はその質、市場の透明性、二重カウントなどの課題があるにも関わらず、EUを中心に市場が拡大していますが……」


 環境問題に詳しい参加者がおり、議論が彼の発言を元に収束していく。専門的な情報がわかりやすく解説され、なかなか聞き応えのある議論になった。


 議論の後に会場の意見を聞いた後、和馬からアプリによる投票結果が告げられる。


「環境ビジネスは、エコである! 今回は、そちらの主張が支持されました!」


 環境ビジネスには問題がありつつも、エコを促進していると判断されたのだろう。その結果は妥当と言えそうだが、和馬がひと言付け加える。


「しかし、この勝ち負けに、それほど意味はありません。この討論によって、皆さんの認識が深まったことにこそ、価値があると思います!」


 そして、ベルスコアを1番多く獲得した者も発表される。


「今回の討論で1番支持を得たのは、杉浦さんでした! 環境問題に対する見識が素晴らしく、いろいろ勉強になりました! おめでとうございます!」


 照れ笑いしている杉浦に、会場の全員から拍手が送られた。


 興味のある議論を存分にして、皆から賞賛されたのだ。彼にとって、今日は輝かしい1日になったに違いない。顔がゆるんでいる杉浦を見て、蘇我田は冷やかな笑みを浮かべていた。



 場が温まったのか、次の討論では最初から白熱した議論が展開された。


 若者が活躍するため、役職に定年を設けるべきか? 


 それは、まだ権力を持ち得ない若者が、熱くなる議題だった。それに加え、討論する側の人間に、周りから支持されたいという願望が生まれたのかもしれない。


「政治を見れば、その弊害は一目瞭然だ。権力をもった老人たちが、その地位にしがみついて退こうとしない。そんな構造を見て、政治家になろうと思う人が、増えるはずがない!」


「しかし、本当に実力のある者であれば、年齢制限で縛るのは損失になる。一部の例で、全体のルールを決めるのは、どうかと思うな」


「そんな甘いことを言ってるから、いつまでも老人の支配が続くんだ!」


 オーディエンスに自分をアピールしようと、討論者たちの前のめりな発言が続く。


「待って、待って! 人の発言は、さえぎらないようにお願いします!」


 その勢い押されて、進行役の和馬も苦労している様子だ。討論はさらに熱を帯び、会場はその熱気で満たされていた。


 誰ひとり、このイベントがここまで盛り上がるとは予想していなかったかもしれない。だが、討論は参加してみると面白みがあり、ベルスコアという目に見える評価が、熱中を後押しした様だ。


 ベルテックス初のイベントは、大成功と言って良い成果を納めつつあった。



「これで、今日の討論は終了となります。ご参加、ありがとうございました!」


 全ての討論が終わり、和馬から終了の宣言が出された。参加者の顔を見る限り、イベントの反応は上々のようだ。


「最後に、アンケートの記載をお願いします。感想はもちろん、運営に対する要望もお書きください!」


 今回はプレイベントの意味合いが強く、参加者から意見をもらうことも目的となっていた。運営メンバー全員で、アンケートの依頼と回収にまわる。


「二次会へ参加される方は、店の外に集合してください!」


 希望者は、この後飲みに行くことになっていた。


 蘇我田は酒の席など必要ないと考えていたが、交流を深めるのに必要だという和馬の意見を取り入れたのだった。まだまだ語り足りないといった面々が、和馬の誘導で居酒屋に移動を始める。


 和馬以外の運営メンバーはカフェに残り、撤収作業をすることになっていた。机や椅子などを元に戻し、簡単な片付け作業を行う。


 蘇我田は机を拭きながら、ゆかりの様子を盗み見ていた。彼女は容姿端麗なのはもちろん、おしとやかな性格で、今時珍しく男を立てる配慮が感じられる。


 将来、妻にするならこんな女がいい。


 蘇我田は、ゆかりをそんなふうに評価していた。だから、邪魔な和馬に先導役を任せ、少しでもふたりの時間が持てるように仕向けたのだ。


 もちろん、詠流も一緒なのだが、彼は居ないも同然と考えている。


 作業もすぐに終わり、ゆかりは集めたアンケート用紙を読んでいた。そんな彼女に、蘇我田は猫撫で声で話しかける。


「お疲れ様。参考になりそうな意見はあった?」


 アンケートを読んでいた顔をあげると、ゆかりは嬉しそうに顔を上気させていた。


「私の意見に対する、感想が書いてあって……」


 差し出されたアンケート用紙を見ると、ゆかりの発言を褒める言葉が書かれている。


 蘇我田とゆかりは、能力主義は有益なのか? という、最後の討論に参加していた。


 肯定派に選ばれた蘇我田は、容赦ない意見で否定派を切り捨てていた。運営側なので、盛り上げ役に徹しようと考えていたのだが、もどかしい討論に我慢できなくなったのだ。


「能力の高さは努力ではなく、与えられた環境による運の要素が強い? だからなんだ! 重要なのは、現時点で優秀かどうかだ! 能力ある者が活躍してこそ、社会を発展させることができる!」


 優秀であると自負する参加者が多いだけに、蘇我田の意見は好意的に受け取られた。そんな中、否定派のゆかりが、懸命に訴えた。


「才能の開花に、家庭環境が密接に関係するのであれば、経済格差と一緒に固定化されていくことになります。その可能性を、潰さないようにしてあげたい! より多くの才能を生み出す努力をした方が、より良い社会になると思います!」


 よくある感情論のように感じて、蘇我田はその発言を聞き流していた。しかし、会場の中には、その言葉に感銘を受けた者もいたようだ。ゆかりの意見への賛同を、丁寧な言葉で書きつづられている。


「なんか、すごく嬉しい」


 そうつぶやいて嬉しそうに微笑む彼女の顔を、蘇我田は眩しそうに見つめていた。つい、彼女の頭を撫でたい衝動に駆られるが、軽く肩をたたくにとどめる。


「よかったじゃないか!」


 上機嫌な彼女は、蘇我田のスキンシップに嫌がる様子はない。


「スコアで評価してもらうのも嬉しいけど、やっぱり手書きのコメントっていいよね!」


「そんなものか? 紙なんて、そのうちゴミになるだろ?」


「そうかもしれないけど! 心がこもってる感じがして、嬉しいの!」


 蘇我田の言葉に苦笑しながらも、ゆかりは真剣な眼差しで訴えた。


 文字に心がこもっているなど、勘違いでしかない。蘇我田はそう思いつつも、喜ぶゆかりの姿を見て考えを改めた。


 スコアリングシステムは、本人の承認欲を満たすためのものでもある。先程の議論のように、そういう思いが原動力となり、大きな波を生み出すのかもしれない。


 評価、コメント、そして動機付け……。


「いろいろ、テコ入れ出来そうだな」


 ぽつりとつぶやいた蘇我田に、ゆかりがたずねる。


「なんの話?」


「おかげで、アプリ改修のアイデアを思いついたよ!」


 自分の仕込んだものが、少しずつ成果を積み上げつつある。蘇我田はニヤリと笑い、ゆかりの肩を再び軽く叩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ