08.優性論者のコミュニティ
それほど広くないカフェの店内に、蘇我田と詠流の姿があった。向かいには、同級生らしき男女二名が座っていた。 大学近くにある隠れ家的なカフェは、独特なデザインの木製家具が並ぶ、おしゃれな雰囲気の店だった。価格は少し高めだが、学生たちの間では密かな人気店だった。
「それにしても、ベルテックスを作ったのが蘇我田だったとは驚いたな」
青木和馬は、よく通る声で蘇我田にそう言った。
彼は白シャツにジーンズというシンプルな服装だったが、顔立ちが整っているため、まるで雑誌のモデルを思わせる爽やかな印象を与えていた。これで東大現役合格なのだから、『天は二物を与えず』という言葉を疑いたくなるほどだ。
財布から1枚のカードを取り出して、和馬は言葉を続けた。
「掲示板にこのカードが貼られているのを見つけてさ。何のチラシか気になって、持ち帰ったんだ」
ベルテックスのカードは、蘇我田が紙質からこだわって製作したため、単なるチラシには見えない高級感があった。コストはかなり割高になったが、蘇我田の目論見通り、人目を引く仕上がりになっていた。
「電車に乗って、スマホでQRコードを読み込んだら、突然数式問題を出題されてさ。制限時間もあるし、慌ててカバンからノートを出して解いてたら、降りる駅を乗り過ごしたよ……」
和馬は苦笑まじりに話したが、失敗談を披露できたことが嬉しいのか、どこか満足げだった。
ベルテックスのカードにあるQRコードをスマホで読み取ると、様々なジャンルの難解な問題が出題される。それに正解した者だけが、ベルテックスへの入会案内に進むことができるのだ。
『あなたの価値を証明する、全く新しいコミュニティ』
そう書かれた登録フォームに和馬が登録したのは、2週間ほど前のことだった。だが、登録したものの、アプリには『Coming Soon』と表示されていて何も操作できなかった。
「青木くんは、数式問題だったんだ」
彼の隣に座る、セミロングのストレートヘアが綺麗な女性が言った。
「私の時は、大学の椅子の数を当てるっていう、フェルミ推定だったよ」
彼女の名前は、花田 ゆかり。彼女も同級生の中で、上位を争う美貌の持ち主だった。白いブラウスに、ベージュのロングスカートという清楚な服装がよく似合っていた。
蘇我田は、わずかに笑みを浮かべながら彼女に言った。
「その問題に正解したのは、まだ君だけだよ」
「ほんと? やった!」
ゆかりは無邪気に喜んで、蘇我田に笑いかけた。少し垂れ目な彼女の微笑みには、周囲を和ませるような愛嬌があった。蘇我田は密かに胸を高鳴らせつつも、それが顔に出ないよう冷静を装った。
「知り合いに、問題に答えられなくて、入会できなかった奴がいてさ。他のカードを見つけようと、校内を探し回ってたよ。まさか、カードごとに問題が異なるのか?」
「さすがに、そんなことはない。単純なCookie制限だから、キャッシュクリアで再チャレンジできる。問題も、完全にランダムだよ」
和馬が質問を投げかけ、蘇我田がそれに答えた。
「そうなのか。しかし、何の説明もないと、気づかないと思うぞ?」
「別にいいさ。将来的には門戸を広げるかもしれないが、基本的に誰でも入れるコミュニティにするつもりはない」
その言葉を聞いて、和馬が最も気になっていたことを尋ねた。
「コミュニティね。今更だけど、俺たちはこれがどんなサービスなのかを、まだ知らされていない」
挨拶代わりの会話が終わり、ついに話が本題へと進んだ。場の空気が少しだけ引き締まると、蘇我田がふたりに向かって言った。
「これから、本格的な活動を始めるところでね。だから、運営に協力してくれる人間を探してるんだ」
蘇我田が彼らを呼び出したのは、ベルテックスの運営メンバーに勧誘するためだった。そして、蘇我田は自信ありげに、そのサービスの運営理念を口にした。
「ベルテックスは、優秀な人間同士が結びつき、お互いをより高め合うことができるコミュニティだ」
説明を始めた蘇我田を、隣に座る詠流が不安げに見つめていた。
「それで、名前がベルテックス? しかし、実際のところ、何をするんだ?」
和馬が値踏みするような視線を、蘇我田に向けた。ベルテックスが取るに足らないものだと判断したら、彼は誘いに乗ってこないだろう。
「簡単に言ってしまうと、SNSの運営に加え、セミナーや討論会、ボランティアや起業アイデアコンテストなどの、イベントを主催する」
蘇我田の言葉を聞いて、和馬の表情が少し曇るのが分かった。クイズ研究会だと言った方が、まだ彼の興味を惹けたのかもしれない。和馬は少し硬い口調で、蘇我田に言った。
「セミナーや討論会ね……。それって、今あるサービスで事足りるんじゃないか? 知名度もない中で、ベルテックスが提供する価値って何だ?」
和馬の質問には答えず、蘇我田が問い返した。
「青木は、日本の学歴社会についてどう思う?」
急な問いかけに面を食らいながらも、和馬は答えた。
「どう思うって……。ある程度の指標として有効だし、必要なものだと思うけど」
「確かに、学歴は重要だ。しかし、それだけじゃ、俺たちの価値を測るのは、不十分だと思わないか?」
「……何の話だ?」
蘇我田の質問意図が分からず、和馬は怪訝な顔をした。そして、蘇我田の話題は、再び予想外の方向へ飛んだ。
「青木は、信用スコアを知っているか?」
「ああ。中国などで導入されているのは、知っている。日本にもいくつかサービスはあるらしいが、あまり認知されていないな……」
和馬は腕組みしながら答えると、ゆかりの方を見た。
「評価が高いと、ローンの金利が低くなったり、いろんなサービスで優遇されるやつでしょ?」
日本ではあまり知られていないサービスだが、ふたりとも、概要をきちんと把握しているようだった。
信用スコアとは、その人の年齢や性別はもちろん、職業や学歴、購買行動やローンの返済状況など、さまざまな個人情報を元に、信用力を数値化したものである。ローンを滞納して信用スコアが下がる、という例は分かりやすいが、スコアリング方法は様々だ。
レンタル品をきちんと返すかどうかはもちろん、SNSでの発言や、ネットゲームの不正行為なども、減点の対象になるらしい。他にも、子どもがいる人間は、親としての責任を果たしていると判断され、信用度が上がるという話もあった。
信用スコアが低いと、学校の入学を断られたり、就職ができないこともあるらしいので、人々はスコアアップに必死になるという。そして、信用スコアが格差を広げ、それを定着させてしまうという批判もあった。
「社会主義国家が編み出した、国民統制のひとつなのかもしれない。しかし、重要なのは、今まで数値化できなかったものが、ITでできるようになったということだ」
蘇我田はそう言うと、ベルテックスの真のテーマを告げた。
「学力に加え、今まで評価が難しかった発想力、判断力、行動力、コミュニケーション能力などを数値化し、ランキングにする。ベルテックスは、真に優秀な人間を、可視化するサービスだ!」
蘇我田が語る理念に、和馬は驚きの表情を浮かべた。その顔に、先程みせた失望の面影はなかった。
「つまり、個人の性能評価をするわけか……」
「そのとおり!」
議論に熱中する二人を横目に、ゆかりが眉をひそめて言った。
「少し、ディストピア感があるけど……」
その発言に、蘇我田はすぐさま反論した。
「今現在だって、俺たちは誰かに評価されている。推薦入試や、就活の場などでだ。ただし、基準も曖昧で、評価者の主観が反映されるためフェアではない。もっと誰もが納得できる、公正な指標を作りたいんだ」
蘇我田の言葉選びは、巧妙だった。そう言われると、ゆかりも納得したような表情になった。
「想像以上に、壮大な計画だな。しかし、どうやって数値化する?」
言葉とは裏腹に、和馬には茶化した雰囲気はなかった。
「SNSを使って、お互いを評価し合う」
想像していたよりもローテクな返答に、和馬は肩透かしを覚えたようだった。
「それで、精度の高い数値が出るのか?」
「数式のような、答えがある訳じゃない。将来的にはAIで自動化したいと思うが、基本的に人の判断に任せるしかない。評価者が多くなるほど、スコアは適正な値に近づくはずだ」
そして、蘇我田はスコアリング方法の、詳しい説明を始めた。和馬とゆかりは、それを真剣な表情で聞いていた。
一通りの説明を終えた蘇我田は、一息ついてコーヒーを口に含んだ。和馬が顔を輝かせながら、隣の詠流に話しかけた。
「そのアプリを、古賀くんが作ってるのか。すごいな!」
「いや、まだまだ未完成だから……」
それまで黙って話を聞いていた詠流は、急に褒められて顔を赤くした。
「今、会員は何人ぐらいなんだ?」
「カードを配り始めて、約1か月。配布枚数を絞っているから、まだ100人程度だよ。しばらくしたら、招待も可能になる予定だ」
和馬の質問に答えつつ、蘇我田はひと言付け加えた。
「しかし、重要なのは、数ではなく質だ。スコア化が上手くいったら、評価が低い馬鹿には強制的に脱会してもらう」
蘇我田の過激な言葉に、和馬が肩をすくめた。
「随分と、過酷なシステムだな」
「えー。私ついて行けるかな……」
この発言は、ふたりには行き過ぎではないかと捉えられたようだ。蘇我田は小さく咳払いし、言葉を続けた。
「今の世の中、サークルやボランティア活動なんかで、自分をアピールするなんて弱すぎる。実際に何かを創り上げるような、そういった実績がなければ、評価されない時代だ」
続けて、蘇我田はとっておきの口説き文句を切り出した。創設メンバーに入れば、就職活動などでも有利だと匂わせたのだ。
「このアイデアには、可能性がある。君たちにも創設メンバーとして、参加してほしいんだ」
そして、自分はそのサービスの創設者となる。全ての名声と評価が、自分のものになるのだ。
「面白そうだ。是非、手伝わせて欲しい」
「どこまで役に立つか分からないけど、私も、やってみようかな……」
和馬は力強く、ゆかりは控えめに、運営への参加を表明した。説得の成功に喜び、詠流も頬を上気させてこちらを見ていた。
「ありがとう。心強いよ」
そう言うと、蘇我田は小さな箱を3つ取り出し、それぞれに手渡した。3人がその箱を開けると、中にはベルテックスのカードが入っていた。ただし、ロゴと同じ箔押しで、彼らの名前が刻まれていた。
「もう、私の名前が入ってる!」
「おいおい。俺らが断ったら、どうするつもりだったんだ?」
ちょっとしたサプライズだが、自分の名前の入ったカードを手にして、和馬たちはとても嬉しそうだった。
「通し番号が入っているこの名刺型カードは、運営用だ。後々、スコア上位者にも、特典として作ろうと思ってる」
せいぜい、俺のために働いてもらおう。蘇我田は盛り上がる彼らを見つつ、込み上げる笑いをこらえながらそう思っていた。




