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【9/5完結】「煉獄のパールライト」哀しき死者たちのネクロスゲーム  作者: 志津川 雄治
4日目

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06.器の小さい男

 蘇我田がしばらく歩いていると、男あさりを続けている梓の姿を発見した。


 声をかけられていた50代の男性は、梓と交渉する気はないらしく、話はまとまらなかったようだった。梓が蘇我田の姿に気づくと、彼女は面倒くさそうな表情になった。しかし、何か思いついたのか、彼女はにこやかに声をかけてきた。


「ねぇ、あなたも諦めて私としない?」


 蘇我田が無視して梓の横を通り過ぎると、彼女は寄り添うようについてきた。自分のポジションを奪われた花蓮が、険しい顔で梓をにらんでいた。


「珠、たいして集まってないんでしょ? 複数譲ってくれるなら、うんとサービスするわよ?」


 腕を絡めようとしてきた梓の手を、蘇我田は乱暴に振り払った。


「触るな。このアバズレが!」


 梓はよろけながら、険しい表情で抗議した。


「痛いわね。もっと、女性には優しくしなさいよ」


「自分に都合の良い時だけ、女を持ち出すのか。いや、女を売るのが専売特許だったな。男に媚びを売るしか能がない尻軽女が!」


 蘇我田は、梓に容赦ない暴言を吐き捨てた。だが、老人たちとは違い、彼女は言われるがまま、黙っているタイプではなかった。


「ずいぶん、女を敵視するのね。女性関係で、何かトラウマでも抱えてるのかしら?」


「勝手に決めつけるな。俺は女に苦労したことなどない!」


「どうだか。女への恨み辛みが溢れちゃっているみたいだけど?」


 蘇我田が一瞬たじろぐのを見て、梓は笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「だいたい、あなたの言うことってさ、いまいち信用できないのよね。そもそも、あなた本当に東大生?」


「なんだと!」


 それが梓の挑発だと分かっていても、蘇我田は苛立ちを抑えることができなかった。


「主張は、ネットの不満の寄せ集めだし。考え方は偏っていて、柔軟性なさそうだし。自画自賛ばかりされても、まったく信用できないわ」


「実績なら、説明しただろ! 俺は新しいコミュニティーを創設して……」


「確認できないんだから、なんとでも言えるじゃない。本当に、そんなサービスあるの?」


 蘇我田の言葉を遮って、梓は小馬鹿にしたような口調で言った。


「実在するさ。テレビでも紹介されたんだぞ!」


「だから、証明できないでしょ? それに、いくら実績を並べ立てても、あなたの言動って共感できないのよね。そんな人に、珠は渡せない。これって、人間性の問題だから、もうあきらめたら?」


 それを軽く受け流すほど、蘇我田は我慢強くなかった。


「ふざけるな! 俺以上に、生き残るにふさわしい人間などいない。社会にとって、俺が死んだらどれほどの損失になるか!」


「損失なんて、あるわけないでしょう。自意識過剰も、いい加減にしたら?」


 口論では、梓のほうが一枚上手だった。彼女は蘇我田を手玉に取るように、論点をずらして批判を続けた。


「自分のことばかりで、他人の気持ちを分かろうともしない。そもそも、そういう感覚がないのかな? そういうの、サイコパスって言うんでしょ?」


 梓の何気ない一言が、高校時代のクラスメイトの言葉と重なった。


『意識の高いサイコパス!』


 同級生の嘲笑が脳内に響き渡り、屈辱の記憶が蘇った。そして、蘇我田の怒りは頂点に達した。


「俺がサイコパスなら、お前は単なる売女だろうが! 体を売って、楽して利益を得ることしか考えられない、浅ましい女が!」


「楽しているように、見える? 私は……」


 梓が反論しようとするが、蘇我田はそれを許さずたたみかけた。


「平気でこんなことができるなんて、どんな教育をされてきたんだ。追い詰められたときに人間性が出ると言うが、あんたはずるい手段を使う卑怯者だ!」


 蘇我田は怒りに任せ、さらに大きな声で彼女を罵倒した。


「卑しい人間は、卑しい手段を用いるものだな。お前のような女に、未来などあるか! 若さを失った途端、文句ばかり言うババアが生まれるだけだ。お前に、生きる価値などない! むしろ、死んだ方が社会のためだ。死ね。今すぐ死ね! 生き残るにふさわしいのは、俺だけだ!!」


 蘇我田の罵声が終わると、部屋が一瞬の静寂に包まれた。あまりの暴言に、周囲の人間も言葉を失っていた。


「ちょっと、言い過ぎだよ……」


 花蓮が小さくそう言って、蘇我田の袖を引っ張った。


「あなた、想像以上にガキね」


 言われた梓は怒りを通り越し、呆れ顔で蘇我田を見ていた。そんな梓を睨みつけると、蘇我田はくるりと背を向け、その場から足早に立ち去った。


 蘇我田の後を追ってきた花蓮が、小さくつぶやいた。


「あそこまで、言わなくてもいいのに……」


「うるさい!」


 怒鳴られた花蓮は、身をすくめながらも蘇我田にたずねた。


「なんか、必要以上にムキになってない?」


 花蓮の言葉に、蘇我田は何も答えなかった。少し頬を膨らませながら、彼女は言った。


「やっぱり……ああいう女がいいの?」


「何がだ?」


 花蓮の言っている意味が分からず、蘇我田は立ち止まって彼女を振り返った。花蓮は視線をそらし、なぜか頬を赤らめていた。そして、蘇我田の袖を引っ張りながら、小さくつぶやいた。


「ホントは、あの女とヤリたいんじゃないの?」


「はあ!? 何を馬鹿なことを……」


 花蓮の突拍子もない言葉に、蘇我田は呆れ顔になった。いったい何をどう勘違いしたら、そんな話になるのか。


 そして、顔を真っ赤にしながら、花蓮は囁くように言った。


「私でよければ……き、キスぐらいしてあげてもいいよ。どうしてもと言うなら、その先も……」


 花蓮の提案に、蘇我田は空いた口がふさがらなかった。そして、花蓮にある女の姿が重なり、彼の中に嫌悪感がせり上がってくる。その不快感を吐き捨てるように、蘇我田は叫んだ。


「誰が、お前みたいな女とするか! 俺は、頭が悪い女が大嫌いなんだ。強い男に寄り添って、寄生することしか考えない。恥ずかしいと思わないのか!」


 蘇我田の言葉に、花蓮はショックで固まっていた。蘇我田はさらに追い打ちをかけるように言った。


「性欲を持て余しているなら、あの女みたいに体を売ってでも珠を集めて来たらどうだ!」


 蘇我田のひどすぎる提案に、花蓮の瞳が涙で揺れた。


「ひ、ひどい……。なんで、そんなこと言うの!?」


「それが嫌なら、ジジイどもに色目を使えばいいだろう。だらだらとくだらない話ばかりしやがって。目的意識が薄いんだよ。少しは、俺の役に立ってみせろ!」


 花蓮の表情が困惑から悲しみ、そして怒りへと変化していった。震えながら、彼女は蘇我田を睨みつけた。


「みんなの、言う通りだよ……」


「ああ!?」


 花蓮は顔を真っ赤にしながら、両拳を握りしめて叫んだ。


「独りよがりで、他人のことなんて何も考えてない。あなたは、サイコパスなんて、カッコいいもんじゃない。単に、器が小さいだけじゃん!」


 その言葉が蘇我田に届いた時、彼の脳内で何かが弾けた。


 視野が白く染まり、体の感覚が途切れた。とてつもない怒りさえも吹き飛び、全ての感情が解き放たれたような、奇妙な解放感が胸を満たしていた。


 そして微かに拳に痛みを感じると、都筑と小林の声が聞こえてきた。


「よせ! もうやめろ!」


「何やってんだ、お前!」


 気づくと、蘇我田は倒れた花蓮の上に馬乗りになっていた。都筑と小林に羽交い締めにされ、花蓮の上から引きずり下ろされる。自分の手の甲には、赤い血がこびりついていた。


 花蓮は体を折って地面に横たわり、恐怖に震えながら号泣していた。


「ひ……どいよ、私は……信じて……」


 彼女のそのつぶやきに、蘇我田はやっと状況を理解し始めた。しかし、まだ自分がしたことを信じられないでいた。


「女の子を殴るなんて……」


「最低なやつだな!」


 周囲から蘇我田を非難する声が聞こえてきた。刺すような視線が、自分に向けられているのがわかった。


「俺は……」


 蘇我田の心に、ゆっくりと絶望が広がっていった。


 もう、自分に珠を譲る人間が現れることはないかもしれない。そう直感した蘇我田は、その場に力なく座り込んだ。そんな彼を、都筑と小林が困惑した表情で見下ろしていた。


 また同じ失敗を、俺は繰り返したのか……。


 現実から目を逸らすかのように、蘇我田の脳裏に過去の記憶が蘇った。

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