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13.恋の懺悔は誰が為

 授業が終わり、結衣香はひとり悩みながら家路についた。


 自分のした選択が、ここまで裏目に出てしまうとは、思いもしなかった。


 あの日、千恵を見舞いに誘わなければ、こんな事態にはならなかっただろうか?


 あの時、我慢してカラオケに残っていれば、玲奈と英司が付き合う事は、無かったのかもしれない。


 そもそも、自分が恋をしたいなどと言わなければ……。


 結衣香は責任を感じつつも、そんな小さな事を気にしていたら、何も出来なくなると愚痴りたい気分だった。それでも、後悔の想いは積もり、重なっていく。


 今のままでは、玲奈と千恵が仲直りするのは、かなり難しいだろう。このまま時が経ち、クラス替えが行われたら、ふたりは二度と話すことは無いかもしれない。


 もし、そうなってしまったら……。


 玲奈の失恋の記憶は、さらに大きな傷となってしまうだろう。表面上は気丈に振る舞っていても、彼女の魅力である寛容で気さくな性格は、少し影を潜めてしまうかもしれない。


 千恵は自分を正当化し続けて、より意固地になってしまうだろう。新しいクラスでも馴染むことが出来ず、ひとり孤独に過ごす事になるかもしれない。


 結衣香はそんな悲観的な考えに囚われながら、気付くと自宅に到着していた。ただいまとも言わずに家のドアをくぐり、しばらく玄関に立ち尽くしていると、妹がリビングから廊下に現れた。


「びっくりした! どうしたの、そんな所で?」


 何も言わずに佇んでいる姉に気付き、和葉は驚きの声を上げる。


「……なんでもないよ。ただいま」


 結衣香は力なくそう答えると、気だるそうにゆっくりと靴を脱いだ。


 家に一歩上がると、妹がまだその場に留まっていた。そして、心配そうに、こちらの顔を覗き込んでくる。


「どうしたの? 顔色悪いよ」


「何でもないよ……」


 他人に構う余裕はないのだが、和葉は結衣香の前から動こうとしない。


「……何かあったの?」

 

 そう問われた結衣香は、久しぶりに妹の顔を真正面から見据えた。そして、その顔が、かすかに強張っている事に気付く。


 結衣香は動揺している妹を不思議に思ったが、すぐにその理由を見抜いた。


 この子は――。


 自分に彼氏がいる事に、私が気付いたと疑っている。その相手を、私に知られたのではないかと、恐れているのだ。


 下手な質問をして墓穴を掘る訳にもいかず、和葉は何も言わずに、こちらの様子をうかがっている。


 そんな事、とっくにバレているとも知らずに……。


 不安な表情を隠しきれない妹を見ていたら、結衣香はどうしようもなく、笑いが込み上げて来た。突然、笑い始めた姉を見て、和葉はさらに戸惑っている。


「なに? どうしたの?」


 しばらく笑い続けた後、結衣香は混乱している和葉に言った。


「玲奈と千恵が、大喧嘩しちゃってさ。どうすれば仲直りできるか、考えてたんだ」


「玲奈さんと、千恵さんが? どうして?」


 ふたりの事は和葉も知っているが、詳しい事情を話す気にはなれなかった。結衣香は、話をはぐらかして言った。


「和葉の顔見て笑ったら、なんか気が楽になっちゃった」


「なんでよ? 何が可笑しいの?」


 よく分からないが、悩みの種が自分の彼氏では無い事を知り、和葉は少し安堵した表情を見せた。


「落ち着いたら、いろいろ話してあげる」


 そう言って、結衣香は自分の部屋に向かって歩き始めた。和葉は首を傾げながら、そんな姉をただ見送っている。


 不安そうな妹の顔を見て、結衣香は思うところがあった。つい笑ってしまったが、玲奈のことを考えると、身につまされる思いだ。


「いろいろ、正直に話さないとな……」


 結衣香は、小さくそうつぶやいた。




 翌日の放課後、いつもランチで訪れる中庭に、結衣香はふたりを呼び出していた。それほど人通りの無いこの場所は、落ち着いて話すには最適だ。


 しばらく待つと、玲奈と千恵が姿を現した。同時に呼び出されていたことを知り、不機嫌そうながらも、こちらにやって来る。


「何? 仲直りでも、させようっての?」


 千恵がめんどくさそうに言うと、玲奈が大きなため息をついた。


「謝りたいって、感じじゃ無さそうね」


「何で、私が謝る必要があるわけ?」


 ぼそりと言った玲奈の言葉に、千恵が噛みついた。


 ふたりは相変わらず険悪で、相手が謝罪するつもりがないことを悟り、すぐにでも帰ってしまいそうな勢いだ。


 しかし、結衣香は慌てず、冷静に言った。


「今日は、私の個人的な話を、聞いてもらいたいと思って」


 予想外な結衣香の発言に、ふたりは怪訝そうな顔をする。


「個人的な話って?」


「何かあったの?」


 彼女たちの興味を惹く事に成功し、ふたりの間に流れる緊張感が、少し和らいだ。


 結衣香はいつも座っている4人がけのベンチに腰を下ろし、ふたりにも座るようにうながした。結衣香の左に玲奈、右に千恵という、いつもの定位置に並んで腰掛ける。


 ふたりは次の言葉を待っていたが、結衣香の話が始まる気配がない。無言を続ける結衣香に、千恵が辛抱できずに言った。


「どうしたのよ?」


 しかし、緊張した結衣香の表情に気付き、それ以上は何も言わずに押し黙った。玲奈もその様子を見て、話が始まるのを静かに待ち構えている。


 ふたりを待たせていると知りつつも、結衣香は言葉を発することができないでいた。全てを話そうと決心していたのに、この場に及んで尻込みしてしまう。


 ひた隠しにしてきた自分の秘密を、彼女たちに話して何になると言うのか。


 もしかしたら、それは全く意味のない事なのかもしれない。もしそうであれば、どんなに下手なごまかし方をしてでも、この場を立ち去ってしまいたかった。


 そんな感情をなんとか抑え込み、結衣香は小さく深呼吸する。


 今、ここでしか、友人の関係を修復するチャンスはないと、直感が告げていた。


 結衣香は胸に秘めていた想いを、ゆっくりと静かに語り始めた。

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