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【9/5完結】「煉獄のパールライト」哀しき死者たちのネクロスゲーム  作者: 志津川 雄治
2日目

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03.心と体が離れてる

 相ケあいがせ 結衣香ゆいかは、魅力的な男性を見落とさないよう、白い部屋をぐるりと回っていた。


 人々の多くは部屋の壁に沿って集まり、それぞれ思い思いに過ごしていた。部屋の中央に陣取る人は、数えるほどしかいなかった。


「壁際に集まるのは、人間の習性なのかな?」


 そういう自分も、電車では一番端の席を好んでいたので、人のことは言えないかもしれない。


 127人というと、学校でいえば4クラス程度の人数だろうか。それだけいれば、素敵な人が見つかりそうなものだが、そんな簡単な話ではなかった。


 女性が約半数で、男性も半分ほどは子どもか老人。そうなると、幅をかなり広めにとっても、恋愛対象になりそうな男性は20人にも満たなかった。同年代に絞ると、5人もいない。


 選り好みできる状況ではないので、少しでも良さそうな男性がいたら、とにかく話しかけてみることにした。見た目ではわからない、その人柄を知りたいと考えてのことだった。


 先ほどはそれを梓に邪魔されたが、むしろ相手の人間性が確認できたので、感謝しているくらいだった。


 そして、結衣香は懲りもせずに、新たな男性に声をかけた。


「すいません。少しお話しできませんか?」


 相手は少し明るめの茶髪で、アメカジ系のラフな服装の男だった。正直、好みのタイプではなかったが、数少ない年齢の近い男性だったので、声をかけやすかったのだ。


 根津ねづやすしと名乗った青年は、19歳のフリーターでネットカフェで働いているそうだ。楽な仕事だからおすすめだ、と彼は得意げに答えた。


「ネットカフェ難民って、まだ存在してるんだぜ。うちの店にも、何人か住み着いててさ。外に出る時はスーツ姿なのに、戻ってくるとスウェットに着替える奴がいて。こいつ、めっちゃくつろいでる! ってさ。この話、面白くね?」


 根津はすぐに馴れ馴れしい態度になり、そんな話を得意げに披露した。どう返せばいいのか、結衣香は困ってしまう。


 根津は隣に座った彼女の、顔や身体をチラリと盗み見ながら、嬉しそうにニヤついていた。話しているうちに、結衣香は話しかけたことを後悔し始めていた。


 結衣香の嫌悪感にも気づかず、根津は彼女の方にずりずりとすり寄ってきた。離れようと、少し後ろに下がった結衣香に、彼は言った。


「結衣香ちゃん、いろんな男に話しかけてたろ」


 少し前から結衣香に気付いて、盗み見ていたらしい。彼女をねっとりとした視線で見ながら、根津はささやいた。


「わかるよ。君の気持ち……」


 そう言われて、結衣香は少しドキリとする。自分の行動を見て、何かを見透かされたのだろうか? そんなはずはないと思いつつ、少し緊張して彼の次の言葉を待った。


「死ぬ前に、処女を捨てたいんだろ?」


「……は?」


 あまりにも予想外の言葉に、結衣香は絶句した。


「だったら、経験豊富な男を選んだ方がいいぜ。俺だったら、痛くしないで気持ちよくさせてやるよ。知りたいんだろ? 本当のエクスタシー」


 下手な歌詞のような決めセリフを聞かされ、結衣香は思わず身震いした。彼女は何も言わず立ち上がり、その場を離れようとする。


「ち、ちょっと待てよ!」


 根津は慌てて、結衣香の腕をつかんで引き戻そうとした。


「離してください!」


 結衣香は大声を出して、その手を振り払った。何事かと、周りの注目がふたりに集まる。その視線に根津は焦り、言い訳でもするかのようにわめいた。


「何だよ。お前が誘ってきたんだろ!」


「は? 話をしたいって言っただけでしょ!」


「昨日からずっと、男漁りしてただろうが!」


 その言葉に、結衣香の顔が赤くなった。否定したい。けれど、そう見られても仕方ない行動をしていた自覚もあった。


 結衣香がどう反応すべきか逡巡していると、別の男から声がかけられた。


「結衣香ちゃん。そんな男ほっといて、また僕とお話ししようよ!」


 そう言ったのは、昨日話したWebデザイナーを名乗る男性だった。カジュアルな高級ブランドに身を包んだ男は、軽薄そうな雰囲気のせいか若く見えたが、年齢は38歳と想像よりも年上だった。


「俺の方が、いい物件だと思うよ?」


「既婚者なのにですか?」


 男の発言に、結衣香はそう冷たく言い放った。


 彼は結婚指輪をしていなかったが、妻の前以外では外していると、自慢げに語ったのだ。そんな男とは話していられないと、結衣香は彼との会話を早々に切り上げていた。


「え? この状況で、気にすることかな?」


 こだわる意味がわからないと、彼は困った顔で笑った。この男といい、ネカフェの男といい、結衣香は男運のない自分を嘆いた。


「人間性の問題です。誠実でない人と恋なんてできません!」


 男たちをにらんでそれだけ言うと、結衣香は逃げるようにその場を立ち去った。


「あの人たちは、いったい私の何を見てるの!」


 まるで、自分がモニターに映る虚像にでもなったかのようだった。自分の内面というものが、全く求められていないような気がした。


 相手のことを知ろうと努力していただけに、結衣香はどうしようもない虚しさを感じたのだった。






 浩輔がみことと一緒に座っていると、結衣香が少し苛立ちながら帰ってきた。浩輔の隣に座ると、怒りを露わにしながら、それまでの経緯を語り始めた。


 素敵と思った人には恋人がいて、そんな人ほど誠実な対応だったこと。ダメな男からは、簡単に口説ける女だと思われてしまうという苛立ち。


「私、そんなに軽い女に見えますか? 女から話しかけるのって変ですかね?」


 セクハラ発言した男は論外として、結衣香に声をかけられて舞い上がってしまった男たちには、浩輔は少し同情的だった。


「変とは言わないけど、あまり思わせぶりな態度はしない方がいいよ」


 お節介だと知りつつも、結衣香の行為を軽率だと苦言を呈した。すると、結衣香は心外だという顔をする。


「そんなことしていません。少し話しただけですよ!?」


 結衣香にそういうつもりはなくても、相手は勘違いするだろう。彼女は、自分の魅力を明らかに過小評価しているようだった。


「男っていうのは、可愛い女の子と目が合って、微笑みかけられるだけでも、勝手に期待してしまうものなんだよ。ましてや、お話ししましょうなんて声をかけられたら、なおさらね」


「そんなこと、言われても……」


 真剣な表情で浩輔に言われ、結衣香は口ごもってしまった。彼女は納得いかない顔をしつつも、浩輔に質問を返した。


「都筑さんも、そうなんですか?」


「え?」


「目が合ったら、惚れちゃいます?」


 上目遣いの結衣香から視線をそらし、浩輔は平静を装いながら返答した。


「一般的な傾向としてね」


 浩輔はドキリとしたが、表には出さずにそう誤魔化した。結衣香は何かを考え込んでいたが、ふと別のことに気づいたように、こちらに身を乗り出した。


「というか、私のこと可愛いって言いました?」


 そんなところを拾われても、浩輔は困ってしまう。浩輔は動揺が悟られないように、素っ気なく答えた。


「一般的に見て、という話だよ」


「それって、同じことじゃないですか!」


 結衣香はそう言って、無邪気に笑った。否定をするわけにもいかず、今度は浩輔が口ごもる番だった。


 浩輔は話題を変えるつもりで、結衣香に気になっていたことをたずねてみた。


「君は恋がしたいと言うけれど、恋人がほしいとは言わないんだ?」


「うーん。別に付き合えなくても、いいんですよね……」


 結衣香がさらりと、意外すぎることを言った。


「恋をしたら、その相手と付き合いたいと思うのが普通だよね?」


「まあ、普通はそうかもしれませんけど……」


 浩輔は結衣香の言う恋について、奇妙なズレを感じていた。肉体的な接触を、無意識に避けたいと思っているのだろうか。


「恋というのは一方的に出来てしまう。自分の理想を相手に重ねて、想像の中で好きという気持ちをどんどん膨らませていく。確かに、それが一番楽しい時期かもしれないけれど、ずっとその状態でいたいということ?」


 浩輔は彼女の真意を探ろうと、わざと回りくどい言い回しで問いかけた。


「都筑さんはリアリストですね。正しいけど、夢のない言い方だな……」


 結衣香は、少し困った顔でそう答えた。


「でも、そうですね。そんな状態が、理想なのかな……」


 彼女の視線が、ふっと宙を見てさまよった。そんな彼女の表情を見て、胸の辺りがざわつき、浩輔は言葉を続けた。


「一方通行の恋じゃなく、互いに愛し合いたいというのが普通だと思うけど?」


「愛かぁ。愛は重いな……」


 恋はしたいが、愛はいらない。浩輔の困惑した表情に気づき、結衣香は慌てて補足した。


「別に、愛を否定するわけじゃないですよ? でも、そこまでは必要としてないというか……」


 その言葉から、浩輔は彼女が何かしらの葛藤を抱えているのではないかと感じた。彼はためらいながらも、さらに踏み込んだ質問をした。


「そう思うのは、昔の恋が原因?」


 結衣香は、ハッとして浩輔の顔を見た。しかし、浩輔がその表情を読み取る間もなく、彼女は努めて明るく笑って言った。


「そんな、大恋愛なんかしてないですよ!」


 そう言って彼女は立ち上がり、軽く背伸びをした。


「普通でつまらない。そんな恋しかしてない……」


 浩輔に背を向けていたので、そう言った彼女の表情を見ることはできなかった。だが、振り返った結衣香は、いつもの明るい表情に戻っていた。


「もう少し年上の人にも、声をかけてみようかな。もう一度、回ってきます!」


 結衣香はそう言うと、再び男たちのいる方に去ってしまった。


 浩輔は彼女の後ろ姿を見送りながら、自分の言い方が悪かったかもしれないと、自問自答していた。


「夢のない言い方か……」


 浩輔がポツリとつぶやくと、隣にいたみことが話しかけてきた。


「おねえちゃんは、たぶん心と体がくっついていないんだと思う」


 みことの発言に、浩輔は少し驚いた。彼女が、自ら話しかけてくるのは珍しかった。


「どういう意味?」


 浩輔が質問すると、少女は頭をかしげて難しい顔をしていた。それ以上の、上手い言葉が出てこないらしい。そんなみことを見て、浩輔はその言葉の意味を読み解こうとした。


「自分で自分の感情を、よく理解できていないということ?」


 ニュアンス的には近かったようで、みことは小さくうなずいた。


 結衣香は恋することには積極的だが、それ以上の関係は求めていない。そのちぐはぐさは、結衣香の前の恋が関係しているのだろう。そこまでは、間違いないように思えた。


 少しモヤモヤする感情を持て余しながら、浩輔はみことを見た。みことは、年齢以上に周囲をよく見ているようだった。いや、子どもというのは、大人が思っている以上に周りを見ているのかもしれない。


「心と体が、離れているか……」


 その意味を考えながら、浩輔は気になっていたことをみことに聞いた。


「君も、そう感じることがある?」


 しかし、その問いに少女は何も答えなかった。






 古寺こでら 正和まさかず、23歳。


 実家が小さな洋食屋を営んでおり、調理専門学校を卒業して、今はその手伝いをしているということだった。短く切り揃えられた髪と整った身なりには、料理人らしい清潔感があった。顔はイケメンとまでは言えないが、少し話しただけで、素朴で優しそうな人柄が感じられた。


 こんな人と付き合って、いつか一緒にお店を持つというのもいいかもしれない。結衣香は彼と話しながら、そんなことを考えていた。派手さはなくとも、確かな幸せがそこにはあるように思えた。しかし、自分自身をそのイメージの中に描くことが、どうしてもうまくできなかった。


「実は、俺には好きな人がいるんだ……」


 しばらく話した後に、古寺はそう切り出した。その事実をすんなりと受け入れて、結衣香は質問した。


「相手は、どんな人なんですか?」


「幼なじみだよ。今週末に、初デートする予定だったんだ」


 その淡々とした様子に、結衣香の胸がきゅっと軋んだ。その約束は、多分もう叶わないのだ。


「付き合いが長いから、切り出すのが恥ずかしくってね。ふたりで遊んだことは何度かあったけど、今度のはデートだからって言って、俺から誘ったんだ。彼女は、いいよって言ってくれた。だから……」


 結衣香の想像していた洋食店の中に、彼女のイメージが現れた。活発そうで、笑顔が可愛らしい姿だった。口数の少ない彼の代わりに、お客さんと談笑しながら、一緒にお店を切り盛りしている光景が浮かんだ。


 彼女のことは、実際には何ひとつ知らない。結衣香の勝手な妄想だった。しかし、そのイメージは妙にしっくりとして、変えようがないものに感じられた。


 会話のお礼を言いつつ、結衣香は古寺と別れた。


 彼女は歩きながら、何もないこの部屋の天井を見上げた。目をつむると、幼い頃描いていた理想のイメージが目に浮かんだ。


 それはもう、叶わない。


 たとえ、珠をすべて集めて結衣香が生き返れたとしても……。

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