第二章10 『アマルガムの洞窟』
《アマルガムの洞窟》
入口にはそんな看板があった。
洞窟の入口は、川を挟んで左右にあり、俺たちがいるのは入口の右側だ。
「あれは、コウモリだね」
と、凪が顔を上げた。
視線の先――入口の天井には、コウモリ型のモンスターがいた。
カクバット。
天井に佇む姿はこれまで見てきたモンスターの中でも小さいほうで、角張ったフォルムと鉱物みたいな光沢ある仮面をかぶったような頭が特徴的なモンスターだ。
何匹もいたけど、このゲームのモンスターらしくデフォルメチックだから気味悪さなどなく、俺は手始めに魔法を唱えた。
「《雷火》」
手のひらをカクバットに向けると、雷と炎の融合した魔法が放出された。
一撃で倒れたカクバットを見て、鈴ちゃんが感心したように言った。
「開さん、いつの間にそんな魔法を? 強そうですね」
「《天空の剣》を手に入れたら、この魔法も使えるようになってたみたい」
試してみたかった《雷火》の威力もそこそこにあるので、これはタンタロスみたいな強い敵にも使えそうだ。剣を鞘に収めていても、装備するだけでこれほどの魔法が使えるのは便利だな。
使ってみた感触として、この魔法はコントロールが効くようだし、剣にまとわせたら威力も上がりそうだ。
さっそく洞窟内に入る。
なにかないかと注意しながら進んでゆくと、アマルガムが所々に落ちていた。
「逸美ちゃん、アマルガムって合金だったよね?」
そうよ、と逸美ちゃんは小石みたいな形のアマルガムを拾って言った。
「アマルガムは、水銀と他の金属によってできた合金の総称。だからこの洞窟は《アマルガムの洞窟》だったのね」
鈴ちゃんも落ちているアマルガムを拾って、
「これ、売れますかね?」
「売れると思うぜ。各自アイテム覧に追加しておこう」
そう言って先を進む凪だったが、そのあとすぐに行き止まりになった。
凪は頭の後ろに手をやってつまらなそうにつぶやく。
「なーんだ。古い船以外にはなんにもないじゃない」
古びた船はどこか海賊船のようにも見える。近づいて、触ってみると、アイテム追加画面が現れた。
「あ。この船はもらえるみたい」
「へえ。よかったじゃん。ぼくも乗せてよ」
「いまは乗らないぞ。とりあえず船もアイテム一覧に追加したから」
《古びた船》をゲットした。
こうやってメニューの中のアイテムとして所持できるっていうのは、ゲームならでは便利さだとつくづく思う。
鈴ちゃんはこの古い船を見上げて、
「しかしそうなると、海の外にも冒険の舞台があるってことですよね?」
「だろうね。けどぼくらがそこまで冒険する時間はないかもしれない。順当にこの大陸の制覇から行こうぜ」
「はい」
と、鈴ちゃんは首を縦に振る。
「さあ、もう行こうぜ」
待って、と俺は凪を呼び止める。
「なんか石碑があるよ」
「開くんよく見てるね。さすが《探偵王子》だね」
逸美ちゃんは俺の横まで戻ってくるが、凪は首だけこちらに向けて、
「ん? なんて書いてあるんだい?」
石碑は、高さは一メートルくらいだろうか、横幅も一メートル弱で、縦書きに文章が書いてある。
「ええと――」
『今こそ旅立ちの時がきた。大海賊と呼ばれたこのキャプテン・グスタフ様が隠した賢者の宝を、おまえは見つけられるかな? 宝は神殿に守られている。石像を動かすことで、扉は開かれん』
「だってさ」
鈴ちゃんが嬉しそうな笑顔で、
「宝ってことは、お宝的なアイテムをゲットできるってことですよね」
「ぼくは渋~いお茶とヨウカンがいいな」
逸美ちゃんは手をあげて、「はいは~い! わたしは開くんの小さい頃のお写真がいい」とか言い出す。
「そういうのはお宝って言わないの。《ソロモンの宝玉》か《黄金の聖杯》辺りがお宝系アイテムとしては妥当なんじゃないかな。それが神殿にあるんだよ、きっと」
俺が顎に手をやってそう言うと、
「ぼくとしても、それなら甘~い和菓子をいただけなくても許せるかな」
と、凪は腕を組んだ。
「むしろアイテムが目的だよ」
凪は解説調に言う。
「おそらく、この船を使って海に出ると、それがゲットできるイベントが発生するのさ。もしくは、船がどこかの島か大陸に着いたときにね。だからそのアイテムを入手するだけで膨大な時間はかからないと思うぜ」
「なるほど。そのイベントのためだけに船を使うって考えると、ゲットできるまで時間もかからないんじゃない? いますぐ行こうよ!」
「そうよ、行きましょう」
「第一のお宝ゲットですね」
しかし、凪は首を横に振った。
「ダメだよ」
俺は一瞬でその意図を理解する。
「そっか!」
情報収集してからじゃなきゃね。さすが情報屋だ、と感心していると、
「まずは腹ごしらえしないと」
ズコーと俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんがこける。
「さっきリアルで食べただろっ! 先にするのは情報収集っ!」
鈴ちゃんは俺の言葉にうなずいて、
「確かに、情報収集を先にしたほうがいいですね。さっきの《迷いの森》のときみたいに、危険性やイベント発生条件とかの確認もできるし、アイテムだってもらえるかもです」
「そうだね。そうと決まれば《ミストフィード》を散策しよう!」
凪はくるりと身をひるがえして歩き出す。
「まったく、マイペースなやつだ」
呆れ気味の俺に、逸美ちゃんが言った。
「でも、海の冒険って海賊になるみたいで楽しみね」
「だね」
確かに。
お宝探しなんて、なんだか本物の冒険みたいでわくわくする。




