第七話
家の前で待っていると、サクラさんが荷物を持って家から出てきた。
「おまたせいたしました」
「あ、持つよ」
俺は、買出し用だと思う大きめのリュックサックと、本が何冊入っている大きめのトートバッグを受け取る。両方とも厚手の木綿で出来ている。
「ありがとうございます」
二人で家の建っている丘を下ると、村の中心部と隣の村へと繋がっている未舗装の街道に出る。
サクラさんが、俺が居た地球の料理事を聞いてきたので、二人で並び、話をしながら歩いて行く。
サクラさんとの会話も、海まで言った時よりも結構慣れてきた。
そして、30分ほどでドール村の中心部に着く。
ドール村は戸数200戸ほどの村で、村民は500人前後らしい。
立地的には、このエルサム王国のリオス伯爵領の一番西側で、ドール村の奥には、広大な森の未開拓地が広がる。
少数の集落はあるらしいのだが、リオス領の領都からの西街道はドール村で終わりらしい。
主要産業は農業で麦とビート、少量ながら漁業も行っている。
村に入る手前の丘の上から村を見回すと、海に近い所に村の中心部があり、30戸ほどの建物が集中している。海の反対側には広大な畑が広がっていて、ぽつぽつと家と働いている人が見えた。
中心部近くに体育館のような大きな建物もある。
「へぇ、思ったより大きいなぁ」
俺は石畳で舗装された道を足で突きながら言った。村と聞いてたので、もっと寂れたイメージがあったが、何件かの店もあり、人通りもそれなりで、皆忙しそうにしている。
家は木造なのと煉瓦ぽいのもある。
「こちらです。昼までは勉強を教えますが、トールさんはどうします?」
まぁ、一人でウロウロするのもなぁ……。
まれびとって隠した方が良いんだっけ?言葉は分かるけど、一人だとまだハードルが高いな。
「んー……見学出来る?」
「できますよ」
「じゃあ、見学で」
「はい」
サクラさんは、村の中心部に近い大きめの建物に近づいて行く。
村の集会所らしい大きめの建物の前には、5才から10才ぐらいの子供が10人ほど待っていた。
「あっ!せんせーだ」
「せんせー、おはよう!」
「おはようございます先生」
「はい、おはようございます」
子供達はサクラさんを見つけると、それぞれ挨拶をする。
それをサクラさんが笑顔で返す。「サクラさんの笑顔なんてあんまり見た事無いなぁ、子供好きなのかね」と考えていると……。
「おにーちゃんだれ?」
「お?しらないおっさんだっ!」
子供達が俺に気が付いた。
たしかに小学生ぐらいの子からしたら、おっさんかもねぇ。
俺はどういう風に自己紹介しようかと考えていると。
「このひと、せんせーのだんなさまー?」
「違いますよ。まだ、婚約者です」
……は?
サクラさんがサラッと言った。
「……スゲー!」
「おー、やっとサクラせんせーにもはるがきたかー」
うんうん、と金髪で癖毛の男の子が腕を組んで言う。
「……っく、サクラせんせいは、ぼくのおよめさんにしようとおもってたけど、まけたぜ」
え?あの、サクラさん?
サクラさんを見ると通常運転中ぽい。
子供達がざわつき出しだので、しゃがんで子供達と目線を合わせ、とりあえず自分の名前を言う。
「……あー、水無瀬徹です。よろしく」
「あたし、ノーラ!」
「おれ、エイル!」
自己紹介を始めた子供達の相手をしていると、サクラさんが集会所のドアを開けた。
……パンパンッ!
「はい、みんな勉強を始めますよ」
「「「はぁ~い!」」」
サクラさんが手を叩くと、子供達が集会所に入って行く。
俺は一番小さな女の子の手を握って、一緒に入った。
集会所の中は思ったより広くて、机と椅子があり、会議室っていうよりも古い教会みたいな雰囲気だ。
とりあえず、子供達の一番後ろに座ると、サクラさんの授業?を見学した。
授業が始まると、子供達は静かになる。
各自、自分用の小さな黒板を持っていて、サクラさんの用の黒板に書いた問題を中心に授業をする。
前半は書き取りで後半は計算をやっていた。
サクラさんは思ったよりしっかり先生をやっていて、子供の質問にも淀み無く答えている。
サクラさんは可愛いし、家で家事もしているし、しっかりしてて、よく気が付くし、スペック高いよなぁ。俺と同じ年だとは思えん。
そういや、婚約者ねぇ……あー、コクヨウさんが冗談で言ってたっけ。
実際、サクラさんみたいな子が彼女だと、楽しいだろうなぁ。
そんな事を考えていると、授業が終わった。
「せんせー、ばいばいー」
「せんせい、これ、せんせいにって、かあちゃんが持って行けって……」
「ぼくもー」
子供達は授業料の代わりなのか、お裾分けなのか、カバンからチーズとか、ベーコンみたいな物とかを置いていく。
「いつもありがとう、また来週ね」
子供達が皆挨拶をして、帰って行く。
「おまたせいたしました。では、食事に行きましょう」
サクラさんの荷物を持ち、サクラさんについて行くと、近くにある食堂に着いた。
食堂は3階建ての結構大きな建物で「さざなみ亭」と看板が出ている。
サクラさんは慣れているのか、躊躇無くドアを開けて中に入った。
中はカウンター席とテーブル席があって、食事時なのか20人ほどの客が居た。
「いらっしゃい~!」
「こんにちわ」
サクラさんは挨拶をすると、空いているテーブル席に座る。
「あら?サクラ、子供達の面倒終わったの?」
サクラさんと知り合いなのか、俺達と同じ年ぐらいの従業員の女の子が、お盆を持って、こっちに来る。
「うん」
「あら?今日は二人?珍しいわねぇ~、サクラが男連れなんて……私はリベリア。黒髪って事は東方の人?コクヨウさんのお客様かな?サクラ、良かったら紹介してくれる?」
ハキハキ喋る子だなぁ。そばかすとニンジン色のポニーテールが印象的だ。
「私の婚約者のトールさん」
…………シーン。
「……え?」
ザワついていた店内が、サクラさんの一言で一瞬静かになる。
おう……またかぁ。
「……水無瀬徹です」
俺はとりあえずペコッと頭を下げた。
「「「え?……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」
「ちょ、ちょっとサクラ!こ、こんやくしゃぁ?!」
「うん」
……サクラさんは通常運転。
「……マジかよ」
「……あぁ俺のサクラさんが……」
「……俺、次の漁が終わったら、サクラさんに告白する……つもりだったのに……」
周りの客がボソボソ言っている。
サクラさんモテるんだなぁ……。まぁちょっと大人しいけど、スペック高いしなぁ……。
「……リベリア、今日のおススメは?」
「え?あぁ、今日はモノビリの良いのがあるから焼き魚にして……。じゃ無いでしょ?! いつの間に婚約者?!」
「お母様の紹介で、一緒に住んでる。……トールさん、魚は食べれますか?モノビリは白身の魚なのですが……」
そういや、こっちに来てから魚食べてないか。
「魚は好きだけど……」
「では、おススメ二つ……。リベリア?」
「……さ、先越された……い、一緒に住んでるって……」
リベリアさんがブツブツ言ってる。
「リベリア?リベリア、仕事して」
「……ッハ?! あぁ、今日のおススメ二つね……」
リベリアさんはオーダーを聞くと、フラフラと調理場の方に歩いていった。
「リベリアは私と同じ年の幼馴染です。この店の娘ですね」
「……あ、あぁ」
「この店は宿屋兼食堂で、主に宿屋の方は商隊の人や、未開地に行く冒険者の人が利用してます」
冒険者?まぁ、気になった事は家に帰ってから聞くか。あれこれ聞いてるとまれびとってばれそうだし。
「おまたせ~、今日のおススメ二つです」
ドール村の事を色々聞いていると、リベリアさんが料理を持ってきてくれる。
スズキぽい魚料理と黒っぽいパンとスープのセットらしい。
「とりあえず食べましょうか」
「……だな」
リベリアさんはこっちを見て、色々聞きたそうにしているが、とりあえず食事を食べる。
周りの客の目線も気になるが、もうサクラさんにまかせるしか無いので、とりあえず無視する。
「美味しいけど……箸が欲しいなぁ」
白身の魚は小骨が多いが、油がのってて凄く美味しい。
ただ、骨がある魚はナイフとフォークじゃ使い慣れないのもあって、食べにくい。
「ハシですか?東方の人は使うらしいですが……ちょっと貸してください」
俺が骨を取るのに苦戦していると、サクラさんは俺の皿を取って、骨を取ってくれた。
「……どうぞ」
「あ、ありがとう」
……かなりはずかしい
「ッチ!……サクラめ、イチャイチャしやがって……」
リベリアさんの方から聞こえた気がするが……気にしたら負けだ……。
とりあえず食事が終わって「さざなみ亭」から出る。
会計の時に「ウフフフ……今度、家に行くから……覚悟しときなさいよ」と、リベリアさんがサクラさんに言ってた。
「次は買い物です」
その後、コクヨウさんに頼まれていたワインと塩とか肉とか生活用品を色々買い物をした。
どの店でも「婚約者です」と、サクラさんは俺を紹介し、色々おまけしてくれた。 買い物が終わって、俺はがっつり重くなったトートバッグを持ち、リュックを背負って、サクラさんと家に帰る。
考えたら俺って、ここお金持ってないなぁ……なんとか仕事しないと……。
「……トールさん」
「ん?」
「……ご迷惑でしたでしょうか?」
家までの道のりを歩いている、とサクラさんがぽつりと言う。
「婚約者って事?」
「……はい」
「俺はまぁ……選択の余地は無いからね、全然迷惑だとは思わないよ。俺はまれびとで、まだこの世界の事は何もわからないし、ただの居候なんだよね。今回の事は言い出したのはコクヨウさんだけど、サクラさんの方が迷惑じゃないの?サクラさんは、今までとこれからの生活もあるし……」
正直に言うと、こんな可愛い子と「婚約中です」と、周りに見てもらったら嬉しい気持ちがある。ただ、もっと違うごまかし方もあると思うし、サクラさんの気持ちが分からない。
サクラさんが俺に対する話し方も、子供達やリベリアさんに比べると硬いし。
それこそ、まだ知り合って一週間も経ってない。
サクラさんに好きな人が居るのかもわからない。
サクラさんの方を見ると、彼女は俺の顔を見ている。
「……私は、私は変化と特別が欲しかったのかもしれません」
「変化と特別?」
「……私は、トールさんが来るまで、このまま変化も無く生活をし、生きて行くと思ってました……。それはそれで不満も無く、納得をしていたのですが、トールさんが現れて「何かが変わって行く」と、思うようになりました……。それが変化です」
サクラさんは、自分の気持ちを整理しながら話してくれる。
「……特別は、私は「誰かの特別」になりたかった。この世界では、親や周りの人が決めた結婚は普通です。いずれ、誰かと結婚はするかもしれません。今回はお母様の冗談でしたが、私は拾われ子ですので、お母様に結婚の話を言われれば、相手がどんな人でも、選ぶ事はしなかったと思います。ただ、自分で選ぶと言う事がしてみたかった……」
ん?ちょっと何かおかしいぞ……。
「それに、トールさんは精霊達も全然警戒しませんし、一緒に暮らしていて誠実な人と分かります」
あ、あれ?
気が付くと二人とも足が止まっていた。
夕日に照らされて、不安げな顔で俺をだけを見ている彼女は綺麗だ……。
「……不束者ですが、末永くよろしくお願いいたします」
何か俺、この世界に来てから驚いてばっかりだなぁ……。
……ふぅ、止め刺された。
「……よろしくおねがいします」
俺がそう言うと、サクラさんは満面の笑顔を見せてくれた……。
「……えーと、帰ろうか?」
「……はい」
「よっし!よくやった!……息子よ!」
「おわっ!」
「お、お母様?!」
コクヨウさんが街道脇の草むらから出てくる。
「……いやぁ、ちょっと遅かったから迎えにきたのじゃ、さぁ!帰るぞ!」
そう言うと、コクヨウさんは満面の笑顔で俺とサクラさんを抱きしめた。
……俺、水無瀬徹は異世界で婚約しました。無職なのに……。
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