第二十六話
第二章のラストになります。
『……中々帰って来ませんわね』
門の前に居るアリアンロッドからアリスさんの声がする。
本隊が甲蟲の巣に向かってから一刻(二時間)ほど経った。
「サクラ、甲蟲の反応は?」
「ありません」
後ろを見るとレレとミミがのんびり草を食んでいる。
『そろそろ帰ってきても、良いと思うんだけどね』
本隊が出る前に倒した、甲蟲を乗せた馬車の御者が手を振ってきたので、黒狼で振り返す。
「あ、正面に竜機兵の反応出ました。数15機です」
『……ふぅ、全機帰ってきたか。ん?15機?』
サクラの索敵に、巣に向かっていた本隊の竜機兵が反応する。
こっちに向かってくる竜機兵は15機?1機多い。
後詰の竜機兵は各々緊張を解くと、街に帰ってきた本隊を門を開いて出迎える。
帰ってきた本隊は中々の激戦だったのか、破損している竜機兵も見える。
一機だけ、ボロボロの竜機兵とその竜機兵が引っ張る馬車に10人ほど人が乗っていた。怪我をしているのか包帯を巻いている人も見える。
『後詰ご苦労様です。巣は殲滅出来ました』
『ヒューリ!ベクスンも!っ無事だったのですか?!』
『あぁ、途中で拾った。怪我をしているが全員居るぞ』
『おぉー』
どうも、初日に巣に攻め入った時に未帰還だった竜機士や戦術機関士が救出出来たらしい。
『奴等結構溜め込んでいたから、後で取りに行く手配をしないとな』
今、帰ってきた竜機兵からそんな声も聞こえる。
甲蟲の巣には餌になるのか、金属などの資源が溜め込まれている事が多い。
それを専門に狙う人達も居るらしいが、こういった混成部隊だと一旦街に集められて、現金などで分配されるらしい。
『団長、お疲れ様でした』
『成功おめでとうございます』
帰ってきた本隊に後詰の戦術機関士が挨拶する。
『ただいま~♪』
ヴェルデンは特に被害は無かったようで、しっかりとした足取りで俺達の方に歩いてくる。
『おかえりなさいでス』
「お疲れ様でした」
ヴェルデンに向かって、サクラとルーリさんが無事帰還を出迎えた。
『では、街に戻りますよ。もう門は開いていてもかまいません』
機士団の団長の戦術機関士が言うと、他の竜機兵も続く。
チュールの門は三日ぶりに外門も内門も開放された。
チュールの街の広場で、機士団長のエフラムさんが竜機兵から降りて、甲蟲の巣を殲滅した事、これで今回の甲蟲の件は終息した事を宣言すると、街の人々は大喜びで迎えてくれた。
広場に来ていた代官らしき人や、街の商店や商隊代表達に団長は報告すると、街を上げての宴会が始まった。
後で聞いた話だとチュールの街まで甲蟲が攻めてきて、街が閉鎖されるのは5年ぶりだったらしく、久々の事に街の人達はかなり緊張していたらしい。
その分、甲蟲を退治して、安全が確保された事は街の人々も歓喜し、その後無礼講のお祭り状態になった。
「黒の坊主飲んでるか~?」
「飲んでますよ」
「どうぞ、トール様♪」
「あ、ありがとうございます」
他の商隊の護衛の竜機士のボリスさんが聞いてくると、カップの中にワインが入ってないのをアリスさんが酌をしてくれる。
俺は地球では高校生だったし、親父も家では晩酌をしなかったので、今まで酒はほとんど飲んだ事無かったが、体質なのか、飲んでもあまり酔わない事が今日分かった。
商隊の集まっている所で、各々地面の上に敷物を敷き皆で食事を摘んだり飲んだり踊ったりしている。
俺の横にはサクラとアリスさんが居て、両方から酌をしてくれていた。
「徹は飲めるんだ?」
正面で飲んでる忍が聞いた。忍も結構飲んでるみたいだが、あまり酔った感じはしていない。
ただ、膝上に小柄なルーリさんを乗せていて、頭をグリグリしていた。
ルーリさんも気持ちが良いのか目を細めている。
「みたい……今日初めてまともに酒飲んだ」
「後でいっぺんに来るかもよ?」
「サクラも酔って無いよね~?」
いや、結構酔ってそうだぞ、真っ赤な顔してるし。
サクラは「美味しいですね」と言いながら、俺の隣でワインを結構なペースで飲んでいた。
「忍はあまり酔ってないな」
「アタシは親父に付き合って結構晩酌してたからなー」
忍は「ま、こっちじゃ飲める年齢だしねー」と言うと、忍の横に座って大人しいけど凄いピッチでエールを飲んでいるレリムさんと乾杯してワインを飲んだ。
ここ、エルサム王国では成人は15歳で、それ以前からワインを飲む事は結構普通だ。
酒精はエールかワインがほとんどで、街の商店から放出されていた。個人的にはエールよりはワインの方が飲みやすかったので、俺はほとんどワインを飲んでいる。
「こちらもどうぞ」
野菜の炒め物をサクラが取ってくれる。
「お?ありがとう」
「こ、こちらも美味しいですわ!」
アリスさんもサクラに対抗してか、焼いた肉串を小皿に盛ってくれた。
「あ、ありがとうございます」
「トール様、わたくしには敬語はいりませんわ」
「いや、でもアリスさん「いりませんわ」とは……」
アリスさんも酔ってるのか赤い顔をしている。
考えたらアリスさんとはまだ会って3、4日しか経ってないし、サクラが言うにはアリスさんは多分どこかの貴族らしい。
まぁ、まだ若くてアリアンロッドを所有している竜機士なんて、貴族か大商人の令嬢だと思う。
年齢は同じぐらいだが、フランクに話せる相手では無かった。
「槍の件もありますし、わたくしには敬語もいりませんし、名前も呼び捨てでかまいませんわ!」
アリスさんがヒートアップしている横でサクラはマイペースに甲蟲の肉を食べている。
「徹モテるねぇ」
忍は正面で俺達のやり取りをニヤニヤしている。
一緒に忍の膝上でルーリさんもニヤニヤしていいた。
いつの間に二人共仲良くなったんだか。
遠目にはリーアさんが、リュートとか言う弦楽器で陽気な曲を弾いていて、それに合わせて、何人かの男女が踊っている。
「そういや、忍は機兵鍛冶になるのか?」
「もう、あまり時間が無いけど、一応レリムさんに出来るところまで教えてもらうつもり」
そうか、予定では後6日ほどでレーヴに着くんだっけ。
レーヴでレギスさんの商隊とヴォルトさん達と別れる。
最初、忍はそのままヴォルトさん達に預かってもらう予定だったが、忍本人は俺達に付いて来ると言い張った。
「色々覚える事多そうだな」
「機兵鍛冶だけじゃなくてさ、旅の仕方や馬車の乗り方、それに馬の世話も教えてもらうのさ」
忍はこの三日でこの世界の事に慣れてきたのか、初めて会った頃よりは余裕があり、楽しそうにしている。
「なんか忍は楽しそうだな」
俺がそう言うと、忍は「そうか?」と言いながら膝上に乗せているルーリさんの猫耳を触っていた。
「ま、開き直りさ。色々やってみたいし、それに何処かでじっとしているのもなんだかね~」
「実はシノブさんは私よりも魔力も結構あるので、色々出来る様になりますよ」
さっきまで大人しくエールを飲んでいたレリムさんが言う。
「へぇ、俺には魔法の素質が無いから羨ましいな」
「とりあえず生活魔法は覚えたいねぇ」
生活魔法は着火や湧き水や洗浄乾燥など、一般生活で便利な理術で、比較的簡単に覚えられる。
魔力にもよるが、旅をしていると湧き水や洗浄の魔法はかなり重宝する。
ちなみにサクラも一通り使えるらしいが、精霊魔法の上位魔法の方が使い勝手が良いらしくて、ほとんど使わないらしい。
そんな感じで、サクラや忍やアリスさん達とこの先の相談しつつ、俺達は宴会を楽しんだ。
「……ふう」
街の内壁の上に登ると、酒精でほてった顔に当たる風が気持ち良い。
チュールの街を見下ろすと、結構遅い時間だが、至る所でかがり火が焚かれ、まだ宴会は続いている。
大人も子供も皆楽しそうにしていた。
地球に居た頃は、まだ高校生で、自分とは関係の無い人達に、俺が何か出来るとは全然思わなかった。
皆の笑顔を見ると、黒狼で少しでも貢献出来た事を素直に嬉しく思う。
「大丈夫ですか?」
チュールの街の喧騒を聞きながら考え事をしていると、サクラが近づいて来た。
「俺は大丈夫だけど、サクラも結構飲んでたんじゃ?」
「ええ、ちょっと飲みすぎたかもしれません」
サクラは赤い顔をして、そう言うと、俺の横にぴったりとくっつく。
「皆さん楽しそうですね」
「だな」
サクラが風にあおられる髪を抑え、俺の横で街の騒ぎを見ながら言う。
「サクラお疲れ様。それとありがとう」
「私は、トール様にお礼を言われる様な事は……」
「いや、初めての実戦だったし、黒狼に乗り初めて今日まで色々あったからさ」
俺も初陣だったけど、サクラも一緒に初陣だった。
「では、トール様もお疲れ様でした」
俺とサクラは顔を見合すと、二人で笑った。
この三日間は大変だったけれど、なんとかサクラと一緒に乗り切れた。
「サクラは竜機兵に乗る事は嫌じゃない?」
二人で一頻り笑うと、サクラに聞いてみる。
元々普通の村娘のサクラは俺に付き合って黒狼に乗ってくれている、と思っていた。
「最初は、黒狼に乗るのはちょっと怖かったですけれど、戦闘中はとにかく必死で、怖かったとかは考える余裕は無かったです。竜機兵に乗って戦う事も、トール様のお役に立てますし、皆さんの役にも立てましたから全然嫌じゃ無いですね。それにトール様と一緒に黒狼に乗って旅をするのは楽しいです。」
サクラは楽しそうに、騒いでいる宴会を見ながら言う。
「よかった。これからもサクラには世話になると思うからさ……これからもよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
俺はサクラの腰に手をかけて、引き寄せた。
『じゃあ行くわよ~』
リーアさんの声で黒狼を立ち上げると、アリアンロッドと一緒にヴェルデンと一緒に歩き出す。
レレとミミが曳くレギスさんの竜車に続いて、レリムさんが御者をしている馬車にはレリムさんの横に忍が座っていた。
周りを見ると、レギスさんの商隊だけでは無く、他の商隊も門に向かって進み出している。
防衛戦で一緒になった竜機兵や、知り合いになった他の商隊の人達、そして見送りに来ている街の人達が俺達に向かって手を振ってきたので振り返す。
門から街道に出る出口付近は多少は混んでいるが、商隊や行商の竜車や馬車は順番にゆっくりとチュールの街から出て行く。
チュールの街は4日ほど滞在したが、初めての実戦があったり、忍とアリアさん達と会えたり、思い出深い街になった。
商隊は終点のレーヴの町まで、あと二つの村を経由して6日ほどだ。
暫くして門を商隊と共に出ると、前を進む商隊の竜車の後ろにヴェルデンとアリアンロッドと並ぶ。
「トール様、さぁ行きましょう」
「よっし、行くか!」
サクラの声に答えると、俺は次の目的地に向かって黒狼を歩かせた。
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