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例えばこんな恋語り  作者: K+
19章* 再会す(サイカイす)

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93/125

 メイフェス・コートにも四季がある。

 季節は初夏に入り、五月も中旬になると、寝苦しい日も出てきた。

 その晩、浅い眠りを繰り返すうち、栩麗琇那(くりしゅうな)は夢を見た。


 琴巳(ことみ)が、例の真新しい家に居た。

 素朴な調度品を、幸せそうに見つめている。電気もガスも使えないこの世界で、これからさぞ不便な思いをするだろうに。先の不安など無いかのような顔をしていた。

 ふと、丸い瞳がこちらを見やった。漆黒が、一際きらめいた。

「お兄ちゃん――」

 駆け寄って来ると、琴巳は栩麗琇那の腕に己が腕を絡めた。弾むように歩を進め、ベッドへ導く。

 精霊級というのは二種に大別できるらしい。

 精霊に近い種と人に近い種。

 精霊に近い方は純粋が勝ち過ぎて短命。十歳まで生きればいい方だという。

 人に近い方は、精霊級だと気づかず、普通に平均寿命まで生きることもままある。少々風邪をひき易いとか疲れ易いといった程度で。

 更に、人に近い方は、精霊級から遠ざかる機会がある。

【ここに記す事は控えさせて頂きます。】

 蒼杜(そうと)の、勿体ぶった一文――

 澄んだ声が、座ろ? とベッドを示す。

「座るなら、向こうの椅子に」

 ぎごちなく指差しつつ、栩麗琇那は琴巳を見た。どきん、とする。

 再会した日、隣に居ると実感し、改めて一年ぶりの彼女を見直し、気づいた。

 琴巳は色香があった。女っぽくなっていた。

「精霊扱いなんて嫌よ」

 囁きが耳を打った。「わたし、大人の女性なんだから」

 精霊は繁殖行動などしない。即ち、精霊級がソレをするならば、より人に近づく。

 あのメモは、どういう意図なのか――

 書かれたままに、瞬間移動についての警告だけと受け取るべきなのか。

 気兼ねなく瞬間移動をする為にも契ってしまえと、そそのかされた気もして……

 いつの間にか、琴巳が上に乗っていた。衣服を脱がせながら胸に頬を寄せてくる。

「大好き、お兄ちゃん」

「――解ってる――けど、どいてくれ」

 栩麗琇那は起き上がろうと、必死にもがいた。


「……どいて……っ」

 己がうわ言で、目が覚めた。

 暗がりの中、寝室の天井に巡らされた太い梁を見留め、夢だったと深く安堵の息を洩らす。しかし目の端に何かが動くのを捉え、瞬いた。

 廊下に面した扉近くで、黒々と細長かった影が縮こまる。

 無意識に肘の分だけ身を起こし、影を凝視した。

 寝室は大部分が夜の闇に覆われていたが、後宮には鐘結界を張っているから光源が完全に無くなることはない。窓辺からは月光以外に、金の光も淡く差し込んで来ていた。

 目が慣れれば、人が跪いていると判った。まだ夢かと錯覚しかけ、栩麗琇那は緩く頭を振る。

 状況を把握するのに手間取った。世話役を拒否している独身皇帝の後宮は、昼間でさえ余人がそうそう立ち入れる区域ではない。

 それが、宮の最奥にある(てい)の寝室に、帝以外の何者かが居る。あろうことか、鐘結界をすり抜けて。

 ルウの民は驚くべきことに、六百年を経た今なお、皇族暗殺の歴史を持たない。(みやこ)でも殺人の事例は驚異的に少なく、それは一族の誇りでもある。

 だが、邪界と思われている碧界(へきかい)から帰還した皇帝を、少なからず忌避する者は居る。宮勤めを一旦総解雇したことで、恨みを覚えている人々も居る筈だった。

 言葉が出ない栩麗琇那の眼前で、人影がそろりと動いた。ベッドへ寄って来る。

「近寄るな」

 栩麗琇那は片手に術力を集めた。「怪我をしたくないなら」

 影が止まる。はい、と耳に届いたのは記憶に無い女の声だった。

 刺客の可能性が失せれば新たな予感が浮上し、栩麗琇那は頭がガンガンしてくる。

「いつから、この部屋に居た……?」

「恐らく、一時間ほど前でしょうか」

 半身を起こし、栩麗琇那は前髪をかき梳いた。片膝を立て、眠りこけていた羞恥に顔をうずめる。ハタと夜着を検めたが、幸い乱れてはいなかった。

 しかしながら、何をしに来たと訊くのは馬鹿らしい。

「誰の(めい)だ。正確に問えば、どの老の」

「申し上げられませぬ」

「……詮無いことを問うた」

 六老全員で審議した上、送り込んできたに決まっていた。

 良家中の良家の娘になるのだろうか。それとも、この機に良家の仲間入りをしたい所から、生贄のように差し出されたのだろうか。

 扉近くまでは月光が差さず、女の顔は判別しかねた。栩麗琇那は、寝台を降りつつ告げた。

「帰って報告するといい。わたしが、それはそれは喜んだ、と。世話役を求めなかったのは、やはり異界帰りの汚点を気にしていたが故だったらしい、とな」

 女は身動きしなかった。返答に困っている風だった。

 栩麗琇那は、隣続きの小部屋に足を向けた。扉を開け、まだ動かない女を見やる。

「一晩帰れないなら、泊まっていくといい。その寝台、使っていいから」

 夜着の襟元に付いていたボタンを、栩麗琇那はもぎ取った。「何か証が必要なら、これを見せてみな」

 結界に包んだボタンを放ると、受け止めた女はやっと口をきいた。

「どちらかへ、お出かけに……?」

「涼みがてら、皇領でも視察してくる」

 言い置くと、栩麗琇那は小部屋に入った。薄手の長衣を引っ掛け、早々にラル宮殿から消える。


 瞬間移動した先は、皇領アル地区ではなく、サージソート王国北端だった。

 九十五里(くじゅうごり)より多少大きな浜辺が眼前に開けている。ここは、皇子(みこ)時代からの秘密の場所だった。一人になりたい時の。

 栩麗琇那は琴巳に再会した途端にころっと視覚障害が治ったが、周囲は薄白い靄がかかったような風情だった。昼間の筈の大陸に、陽光の明るさが無い。

 移動の指輪が強く光っていなかったから気づかなかったが、辺りは細かに霧雨が舞っていた。

 遮る物も無く広がる海は、灰色がかっている。荒れ気味の波を見やり、栩麗琇那は間の悪さを苦々しく思った。静めるつもりの心が、これでは沈んでしまう。

 しばらく迷っていたら、髪や服が雨を含み出す。

 上着の内ポケットに放り込んだ組紐を取り出し、リィリ共和国への指輪を眺めれば光を発していない。栩麗琇那は再度、瞬間移動した。

 森の中に現れた栩麗琇那は眉をひそめた。木洩れ日が無く、薄暗い。上空を仰げば雲が垂れ込め、今にも雨が降りそうだった。

 サージソートで濡れてしまった髪を撫で上げると、栩麗琇那は歩き出した。

 会わない心づもりだったのに、予想外の出来事と天気が、栩麗琇那を琴巳の家へ導く。

 幾らも歩かないうち、雨粒が頬に当たった。ルウの帝とは裏腹に、水の女神ウル・ラ・カーは相当にハイらしい。

 琴巳の家は、しとしとと降り始めた雨の中で、ひっそりと建っていた。

 栩麗琇那は、胸中にためらいの欠片を抱えつつも、厚い木造の扉を叩く。すぐに、澄んだ誰何の声が聞こえた。

「コトミ……」

 呼びかけは呟きにより似ていたが、ぱたぱたっと駆け寄る足音がした。かたかたと、もどかしげに閂を外すこもった音がする。その間が、引き返せと言っているような気がした。

 栩麗琇那が敷石から一歩後ずさった時、扉が開いた。漆黒の瞳がこちらを見留め、さっと潤む。それでも、琴巳は努力しているのか、涙の代わりに、頬にえくぼを浮かべた。

「どうぞ――入って?」

 やや小さく感じる声で言い、琴巳は扉の外に出た。ぼやぼやしていると彼女が濡れてしまうので、栩麗琇那は家に踏み込む。後から琴巳も入った。「拭く物、持って来る」

 脇をすり抜けかける姿が痩せて見え、栩麗琇那はぽつんと問うた。

「元気だったか」

 琴巳は頷いたようだったが、歩みを止めなかったので定かではなかった。

 本当は、問わずとも解っている。元気な筈がない。

 並大抵のことではない。たった一人の男の為に、異なる世界に来るのは。そこまでして来たのに、当の男は気持ちに応えようともしない。これで明るかったら、気がふれたとしか思えない。

 馬鹿だ、コトミ――

 不意に、不安定な精神がタガを緩めた。栩麗琇那は離れかかる琴巳の手を掴んだ。驚いたように振り返ったところを引き寄せる。

 細い姿を胸に抱くと、栩麗琇那は問を繰り返した。

「元気だったのか」

 雨に濡れた胸元に、新たに生温かい雫がつたった。琴巳が小刻みに首を振り、栩麗琇那は華奢な背へまわした手に力を込める。

 こんな原始的で危うい世界に、何ものにも代えがたい存在を来させてしまい、どうすればいいのか。

 心はただひたすらに、腕の中の相手を渇望するばかりで。


 しばし、青年は娘を抱き締めていた。

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