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例えばこんな恋語り  作者: K+
12章 彷徨い(サマヨい)

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 少年は、奥に積まれた飛び箱に寄りかかり、入って来た琴巳(ことみ)に鞄を向けた。受け取る顔を見つめ、やっと会えた、と呟くように言う。

 目を落とし、琴巳は鞄を抱き締めた。

「二度と、こんなことしないで」

「あぁ」

 本当に栩麗琇那と似た応じ方を、武はした。「悪かった。やり過ぎだと思ってる」

 胸が苦しくなった。感じることが叶わなくなった筈の空気を、近くに感じてしまう。

 早く離れたかった。琴巳は、半ば踵を返しながら言った。

「それじゃ、わたし――」

「そうやって逃げるから、度を越したんだ。逃げてどうすると言った筈だぞ」

 足を止め、琴巳は拳を握り締めた。

「そういうこと言わないでって言った筈よ」

「それは聞けないと言った」

 武は不機嫌そうに前髪を払い上げた。「先々週辺りから、加賀がフリーになったって噂が流れてる」

 琴巳は不審に眉を寄せた。

「何それ」

「解らないのか」

 武はもどかしげに足元を蹴った。「お前に目をつけてる奴は青高だけでもぞろぞろ居る。青大生の後釜を、どいつもこいつも狙ってるんだ。青高祭に一人で来るなよ。野郎共が群がるだろうからな」

 ぞっとした琴巳を、(たけし)はキッと見た。

「俺一人にも手こずってるくせに、まとめて来た時、逃げ出せると思ってるのか」

「こ、断るもの。わたし、誰とも、付き合う気無い」

 その返答に、武は目を見張った。

「本当に別れてたのか」

 琴巳はハッとして肩をすくめる。武は身を乗り出した。「話半分だった――なんで――」

「わたしっ、戻るから」

「ちょ――待てっ」

 走り出すつもりだったが、琴巳は素早く腕を掴まれた。

「ヤだ、放してっ」

 琴巳は懸命に腕を振ったが、武の手はまるで動じなかった。低声が、切々と響いた。

「まだあいつを好きなんだろ。解ってる。そのままでいい。俺はそれでも加賀が好きで、それでも、一緒に居たい」

 断る理由が見つけられなかった。琴巳は、崩れそうだった。疲れた心が、傾きかかる。「他の奴は俺が断ってやる。加賀の為なら何でもする。だから、俺の傍に居てくれ」

 大きく胸が鳴った。その一言は、ずっと、ずっと、栩麗琇那(くりしゅうな)に言って欲しかった台詞――

 目頭が熱くなり、琴巳は少年の胸にうつむきかかった。

 校内放送が、流れた。

〔一の五の副級長、朝倉(あさくら)、至急、実行本部まで。繰り返す……〕

 琴巳はぴくっと身を引いた。武も思わずか、手を放す。琴巳を受け止めようとしていたらしいもう一方の手が、きゅっと拳になった。

 滲みかけた涙と共に、琴巳は顔から血の気が引いた。完全に流された自分に、身体が震えてくる。

 執拗に、放送が繰り返された。が、少年は聞いていないようだった。こちらを凝視すると、訊いてくる。

「俺の方に来たな」

「――わ、判ん、ない」

「来た」

 断言されて、琴巳は狼狽に後ずさった。何とか話を変えたかった。

「よっ、呼んでる――行かないとっ。し、至急って言ってる」

「どうせ大した用じゃない」

 武は、意外なほど優しい笑みを見せた。「覚えてるか、春の交歓会でメアド交換してくれって言って来た先輩」

「う、うん?」

 話題が変わったのはいいが、すぐにはついて行けない。寸時きょとんとした琴巳に、武は告げてきた。

「あの先輩が青高祭(アオコウサイ)の実行委員長をしてる。あの時、俺が嘘をついたのが許せないらしい。加賀は例の青大生のモノだったって、すぐ後で知ったようだ」

 琴巳は息を呑んで少年を見上げた。

「朝倉君――部長を掛け持ってるって、リっちが言ってた――まさか、そんなことで?」

「聞いたのか」

 こちらを見下ろし、武は笑った。「青高生の割に低レベルな話で悪いな」

「そういう問題じゃないよ――誰か、話の通じる先生か先輩にとりなしてもらった方がいいよ。無茶苦茶じゃない」

 栩麗琇那が驚いた時と同じように、少年は眉を上げた。そっくりな仕種で、目を細める。

「可愛い奴」

 琴巳は、再度胸が高鳴ってしまった。武は、ぽふっとこちらの頭に手を乗せてきた。「ここまで我慢したから最後までやる。加賀に会えたし、最後までやれそうな気がする」

 どき、とした琴巳に武は悪戯っぽく言った。

「少しは惚れたか」

「え――」

 再び、呼び出しの放送が流れた。武は、ようやくそれを聞き入れた。出入口へ足を向け、動けずにいる琴巳を振り返る。

「一緒に居て、もっと惚れさせてやる」

 とどめのように言葉を放ち、少年は出て行った。




 キャンパスの一角にある公孫樹の大木から、はらはらと葉が落ちる。

 四講義目も終わると、食堂のカフェも閑散としてくる。窓際に座る栩麗琇那は一人、止めどない黄色の乱舞を、ぼんやり眺めていた。

 かたん、と隣で椅子を引く音がした。窓に、咲子(さきこ)の姿が映って見えた。横に座り、こちらを見ながら頬杖をつく。

「お待たせ」

「あぁ」

 応じて、栩麗琇那は腕時計に目を落とした。「半ので帰るか」

 そね、と軽く頷いてから、咲子は探るような目を向けてきた。

「ね、週末どうするの?」

「月曜に、もう週末のことを考えているのか」

「とぼけてるの?」

 咲子は頬杖をついた指先で、食堂の出入口を指した。「それともボケてるの?」

 栩麗琇那は無言で不愉快そうな顔をして見せる。咲子は、あら、と口をすぼめた。

「行きたいんじゃないかと思ったのに、梛女(ナギジョ)の学祭」

「勘違いだな」

 ぶっきらぼうに言うと、栩麗琇那は席を立つ。「黒沢は明後日、行きたいのか」

「明後日ぇ? あー、青高の方?」

 咲子はバッグを肩に掛けつつ立ち上がった。「加賀君との契約、一つだけ問題があるのよね」

 栩麗琇那はささやかに当惑して咲子を見た。眼差しの問いかけに気づいたのか、咲子は理由を口にする。

「貴男、ランクが高過ぎるの」

「…………」

「次のカレは確実に格下になっちゃう。当分作れないわ、きっと」

 コトミはどうなんだろう。

 歩き出しながら、栩麗琇那は思った。

 数日前、華奢な姿が男子校へ駆けて行った。見てしまった。狂おしくなる姿を。

 一人だった。

 押し殺した息をつき、栩麗琇那は咲子と出入口の硝子戸を通り過ぎる。

 硝子戸には、様々なポスターが貼り出されていた。青葉大学ももうすぐ学祭がある。気の早いクラブの出し物宣伝もあるが、十一月一日現在、一番目立つ所に貼り出されているのは、兄弟校とその交流校の、文化祭開催を知らせるモノだった。

 咲子はポスターを振り返り、青高かぁ、と呟いた。

「わたし、高校の時は青高生のカレが欲しかったのよねー」

 咲子の出身は県内の公立校で、ヘイヨウ高校だそうだ。栩麗琇那と違い、まともな学校生活と進路決定をしたのだろう。幾つかの高校や大学の名が、時折話に出てくる。「頭の良さでは水高に負けてたけど、何て言うのかなぁ、ブレザーの制服の所為か、紳士っぽくて、お洒落なイメージがあって」

 栩麗琇那は短い笑声をこぼした。

「付き合ってもいいぞ、明後日」

「どーしよ。加賀君がこんなにカッコ良くなかったら、年下の男の子を誘惑しに行ってもいいんだけどなー」

 ぼやくように言われ、栩麗琇那は僅かに口を曲げる。こちらの所為にされても困る。

 十六時三十分発のスクールバスに乗り込むと、よし、と咲子は拳を握った。

「付き合って。青高生狙いで集まった女子高生達の間を闊歩しちゃお。うふふー」

「俺は見世物か」

「せいかーい」

 けろりと肯定され、栩麗琇那は額に手をあてる。

 コトミは、二人だけの方が幸せそうだったが……

 又も焦がれる少女を思い出し、栩麗琇那は髪をかき上げた。かき上げた半ばで止め、バスの天井を仰ぐ。些少の不安が湧いた。

 コトミ、明後日、青高に居たりしないだろうな。

 この頃は食事の時間をずらしたので、朝の挨拶さえしていない。彼女がどんな学校生活をしているのか、皆目分からない。

 栩麗琇那がつけてしまった心の傷は、癒えただろうか。

 あの青高に駆けて行く一瞬前、目が合ったような気がした。こちらに気づき、ショックを受けて走り去ったのだとしたら……

 何度も傷つける気は無い。ただ、忘れて欲しいだけだ。

 切ない思いを抱え、栩麗琇那は窓にもたれて瞼を閉じる。

 己にもついた巨大な傷を慰める(すべ)は、あの笑顔を思い浮かべるしかなかった。

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