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梛女子高校の会議室は賑わっていた。各クラスに机が用意され、そのあちこちで、へぇー、とか、いいね、と声があがる。話し合いは、互いが何を予定しているか知るところからだ。
梛女の五組は駄菓子屋を計画している。コンセプトは〝昔懐かしい情緒の再現〟。紙風船や竹とんぼといった、廃れてきている玩具も展示販売してみるつもりだ。
クラスメイトは、意外と張り切っている。種々のアイデアが出て、級長としては楽だった。ひと月も前の段階で、ほぼ実案が固まっていた。
琴巳がルーズリーフ一枚にまとめておいた概要に目を通し、敏哉が感心したように息をついた。
「手際がいいねー」
理佐が自慢げに、ふふぅ、と笑う。琴巳は、今週のHRでの内容を口にした。
「青高の人達に協力をお願いしたいのは、当日よりもその前日。やっぱり力仕事って結論が出たの。一年の教室は三階でしょ? 重い物とか運んでもらえたらって……ちょっと図々しい話なんだけど」
「いやいや。男が役に立つことなんてそれぐらいだよ。クラス半分は引っ張り出すね」
級長らしい発言をすると、敏哉はノートに何やら書き込む。琴巳は、すんなり引き受けてもらえてホッとした。敏哉の手元を見ていた理佐が、目線をこちらに移す。
「ね、割引券とか作らない? お手伝いしてくれた男子にプレゼントするの」
「来週のHRで提案してみよっか」
琴巳が諒承すると、敏哉は歯をこぼした。
「じゃ、僕は絶対手伝わないと」
五組の三人は笑い声をあげる。武は一人、概要に目を落としていた。春と同じで、話し合いに参加しているのかいないのか、孤高の雰囲気だ。
ともあれ、女子の話は簡潔に片づいた。メモをとり終え、敏哉はシャープペンシルをくるくる回す。ノートの頁をめくり、恥ずかしいなぁ、とぼやいた。
「僕等、女子の話を聞いてからにしようって感じで、あんまり決まってないんだ」
理佐が事情通の口ぶりで言った。
「でも、劇をやるのよね」
琴巳は、素直な感想を洩らした。
「大変そうね」
敏哉はペンを回し続けながら、苦笑気味に言った。
「女子の協力が得られるならまともな劇をやろうって意見が出てねー」
「敏哉君の女装も興味アリだったのに」
理佐は自分で言って、くすくす笑う。琴巳はつられて口許をほころばせた。
「男子が女装して、女子が男装したりして?」
敏哉が、ぴたっとペンを止めた。
「加賀さん、それいいね」
「は?」
「まともな劇に捻りを入れたかったんだよ、僕。実は、一組も劇を計画してるって聞いてるんだ」
話しながら敏哉がペンを走らせ出し、琴巳は焦った。
「あ、あの、長谷川君、わたし、何となく言っただけだよ? 深いことなんて全然考えないで、言っちゃって――」
「でも、面白そう」
顎に指先をあてて、理佐が言った。「そういう劇があったら、観てみたいかも」
だろ? と敏哉が理佐に笑いかける。そのまま、笑みを武にも向けた。
「どう思う?」
ちゃんと聞いていたらしい少年は、さらりと応じた。
「俺に出演依頼しないなら賛成だ」
「勿論。朝倉は副長だけで充分」
敏哉は笑みをたたえたまま、トンとペンで机を叩いた。「早速HRにかけよう――加賀さん」
「は、はい」
「演目が決まったらすぐ連絡を入れるから、そうしたら、募って欲しいんだ。僕等が協力して欲しいのはずばり当日で、男役の出演者。どうだろう」
「明日のうちから話に出しておけば、興味を持ってくれる人が居ると思う」
琴巳の返答に、理佐が颯爽と手を上げた。
「わたし出るわよ、琴巳っ」
言うと思った、と琴巳は笑声をこぼす。敏哉も笑って、加賀さんは? と訊いてきた。
「美少年になれるよ。出る気、無い?」
琴巳は慌てて手を振った。演劇なんて、最もむいてない分野だ。
「ごめんね、あの、わたしは裏方で協力させて? 力仕事でも頑張るから」
「あはは。オーライオーライ。残念だけど、無理強いはしないよ」
敏哉は気のいい風情で頷いた。「この案の提供だけでも充分な協力だしね」
「え、それは全然協力とは言えないよぅ」
琴巳は両手を合わせながら頼んだ。「何か裏方の仕事を廻してね? 級長が遊んでたら、ひんしゅくでしょ?」
「あー、そうなんだよねー。肩書ってつらいよなぁ」
敏哉は理解を示す。「ま、忙殺されるのも文化祭が終わるまでの辛抱だよね。頑張ろ」
うん、と琴巳はえくぼが浮かぶ。理佐が、拗ねた様子で口を挟んできた。
「ちょっとー、副長も大変なんだから。二人だけでしんみりしないでよっ」
ごめんごめん、と級長二人は苦笑いする。
他のクラスの面々も、粗方話し合いは終わったようだった。春の交歓会以来の会合で、久しぶりの話が弾んでいる感じだ。琴巳達は、話し合った内容を確認し合った。
青高での決定事項は敏哉から理佐に伝えることになった。二人は携帯電話を持っているので、連絡が早くつく。後は、理佐が受けた知らせを琴巳に廻してくれればいい。梛女からの伝達も、逆方向で済む。
三組の四人が帰り支度を始め、他の一同も動き出した。部屋を整え、ぞろぞろと会議室を後にする。
玄関まで歩く途中で、琴巳は袖を引かれた。振り返って、どきっとする。引いたのは武だった。
「忘れ物した」
「――えっと、会議室に?」
琴巳は一所懸命平静を装い、前方に声をかけた。「珠洲ちゃん、ごめん、鍵貸して」
珠洲は、はいよ、と放ってくれる。琴巳は受け取ると、礼を言って踵を返した。会議室まで戻り、鍵を開ける。扉を開けると、武は脇をすり抜けて入った。
入って、武は五組が使っていた机まで行かなかった。すぐ傍の机に寄りかかると、こちらを見る。忘れ物じゃない、と気がついた琴巳に、低声が詰問してきた。
「加賀、俺を何だと思ってるんだ」
鋭い目が怒っているようで、琴巳は足がすくんだ。
「何って――」
「夏前に、キリシマって梛女の奴が来た。俺の真似してんだか、毎日毎日、青高の門前に立って待ってた。加賀に名前を聞いたって言ったぞ」
心当たりが浮かんできた琴巳の前で、武は苛立たしげに髪をかき上げた。「俺は物じゃないぞ!? 自分に不要だからって、リサイクルするように他の女に廻して、いいことをしたとでも思ってるのか」
そんな、と言いかけた口を、琴巳はつぐんだ。
名前を訊かれたから教えた。そんなつもりは、これっぽっちも無かった。しかし、結果として武がそう感じたのなら、琴巳の行為は彼の言うようなことだったのだ。
琴巳が無言で立ち尽くしていると、武はじっと見据えてきた。
「俺は、他の女に好かれても嬉しくない」
ぴくっと琴巳は肩を震わせた。足が動かせて、後ろに引く。引いた途端、武は底冷えのする低声を発した。「逃げてどうする。こんなとこにあいつは出て来ない」
そう――振り返って栩麗琇那が居たあの時、本当に嬉しかった。舞い上がる程に。だけど、きっと、あの時とっくに、彼は別の女性が――
「もう言わないで」
目頭が熱くなり、琴巳は両手を握り締めた。「勝手に名前を教えたのは、謝る。これからは、気をつける」
「…………」
「閉めるから、出て」
仕方無さそうに、武は寄りかかっていた机から身を放した。
扉を閉め、鍵をかけ、琴巳は武を玄関まで送った。既に、他の役員達の姿は無かった。
靴を履くと、少年はこちらを見た。さよなら、と言いかけた琴巳に、宣告してくる。
「さっきの頼み、聞けない」
琴巳は又も動揺させられた。時間差のある返事は、栩麗琇那の特徴ではないか。「言うなと言われて引き下がれる程度なら、とっくに諦めてる。俺の方があいつより好きだとは言い切れなくなって、クサってたけど――」
びくりと琴巳は身をすくめる。もはや確実なのだ、武の方が栩麗琇那より琴巳を好いている。
「顔見て声聞いたら――駄目だ。五月の頃より、もっと、ずっと好きだ。俺は、諦めない」
少年は言い切ると、校舎から出て行った。
琴巳は、しばらく、その場を動けなかった。




